蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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石黒監督版『銀河英雄伝説』に対して、作者が勝手に「ここがこうだったら」などと思っている事です。
vol.54『皇帝ばんざい』のEDは「ワルキューレは汝の勇気を愛せり」だったら、もっと好かったな、と今さら思っています。


第12章 閑話らしきもの(その2)

戦艦ブリュンヒルトでのラインハルトの席を無造作に玉座に例えて来たが、本来の意味での玉座は、銀河帝国の只1ヶ所にしか存在しない。

その本来ただ1つの「玉座の間」にラインハルトが踏み込んでいた。

正面の大扉を通り抜けたラインハルトは、王朝の臣下たちが列を成す中央にできた回廊を、紅いカーペットを踏んで進んでいく。

そして、玉座を見上げる階段の下まで進んだ。今までならば、ここで留まり膝を屈した。

だが、今日だけは尚も階段とカーペットを踏みしめて昇っていく。

階段の下から見守る群像には、黒地に銀を飾った軍服の背中が今日の儀式のための豪華なマントに隠されていた。

 

階段の上には待っていた。

玉座の片側には、大公妃のドレス姿も美しい姉が。

その反対側には長身を元帥の軍服に包み、勲章の正装も凛々しい親友が。

ラインハルトは孤独では無かった。

今日のドレス姿もラインハルトの正装に合わせたヒルダを片手にエスコートして昇ってきた。

そのヒルダを片腕から解放すると、キルヒアイスがアンネローゼの側に移動してヒルダに場所をゆずった。

 

ラインハルトは玉座への最後の一歩を近付く。

その玉座の背もたれの上に付けられていた「双頭の鷲」の飾りは「黄金獅子」に取り替えられていた。

座上に安置された、黄金の冠の頂上に付けられている飾りも同様だった。

その宝冠の前で最後の閂(かんぬき)の様に両方の肘休めに乗せられていた錫杖(しゃくじょう)を片手で取り上げる。

続いて宝冠に両手を伸ばした。

そして頭上に持ち上げる。無造作に、しかし誰ひとりまねしようのない優雅さをもって。

 

次の瞬間、見上げる臣下たちの瞳に映った。

黒と銀の大元帥の軍服姿を玉座に腰かけさせ、黄金の冠と黄金の髪をひとつに溶けあわせた彼らの皇帝の姿が。

 

「ジーク・カイザー・ラインハルト!」の唱和が「玉座の間」に響(ひび)き、繰り返されながら木霊(こだま)し続ける。

ローエングラム王朝が、ここに始まる………。

 

……。

 

…そんな「玉座の間」の末席。

 

この即位のオコボレで中将に昇進したばかりの俺ことハンス・ゲオルグ・ザルツ新中将は、当然に唱和していた。

 

間もなく式典が無事に進行しパーティーにうつると、適当に歓談しながら物思いに浸(ひた)ったりした。

 

『原作』によると、5月25日付で当面は存続させた同盟との和約を成立させた、和約の名からして其の時はバーラト星系に居ただろうラインハルトは、6月22日に惑星オーディンで戴冠している。

その間隔と同じくらいの時間を、ハイネセン~イゼルローンあるいはオーディン~イゼルローンの移動に消費している記述が在るが、ハイネセン~フェザーン~オーディンの経路は時間的距離からしてもイゼルローン経由よりも近道な訳だ。

それでも、ラインハルトを乗せた戦艦ブリュンヒルトがオーディンに帰り着いた時点で、せいぜい数日前。

ブリュンヒルトからの超光速通信で指示して準備させて置かなければ、実際的に不可能だったろう。

例えば国務尚書に指名していて、おそらく「この」儀式の取り仕切りが初仕事だっただろうマリーンドルフ伯爵その他に、とかである。

 

実際に、そうだった。

そして俺は、その準備の事務方に関係していたため、ある程度の楽屋裏を知る立場だった。

 

……儀式の準備をする側の視点からは、真面目に処理しなければ成らない問題の1つが席順である。

 

列席者を武官と文官に大きく分ければ、文官側の第1席はマリーンドルフ伯爵自身だったが、武官側の第1席では多少の紆余曲折が在った。

問い合わせるべき武官側からの出席者の殆(ほとんど)がフェザーン回廊からの凱旋途中だった、と言う事情も在ったが、最前列に同格者が2人出来ていたのだ。

 

大元帥である皇帝ラインハルトに次ぐ元帥と定められたのは、キルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタールの3人だったが、この3人の中から第1席を選ぶならばキルヒアイスだと、双璧も納得していた。

だがキルヒアイスの位置は階段の上、玉座の側でラインハルトを待つ、と決まった。

もしも他の臣下と並べて階段の下から見上げさせたら、新皇帝がスネただろう。

残る双璧が互いに譲(ゆず)り合ったため、愛娘ほども武官たちの気心を知っているとも限らない伯爵には決めかねる事に成った。

 

それに伯爵としても席順だけに悩んでいる事も出来なかった。

某日、伯爵は皇宮を訪問する。

幼帝と言うにも幼過ぎる女帝カザリン・ケートヘンの親権者として皇宮に引っ越して来てから1年足らずのペクニッツ公爵が応接した。

 

伯爵と公爵が2人切りでどのような会話を交わしたか、と言う事は後世の歴史家には想像力を少なからず刺激される事だったが、正確な内容は当の2人しか知らない。

ローエングラム王朝の「正史」に残る事では、以下のごとくである。

 

数日の間に何度か伯爵が公爵を訪問し、そして何回目かの密談の後、2人は乳母に抱かせた女帝を伴って、第3者の前に公式交渉の場を移した。

そして女帝を隣の席に寝かせて卓に着いた公爵は、伯爵が宮廷の礼節を墨守しながら拡げた書類を今いちどだけ通読してから、羽ペンを受け取った。

そして書類の末尾に記入した。

―女帝カザリン・ケートヘンの代理人としてペクニッツ公爵―

ゴールデンバウム王朝の、これが終焉であった。

 

……これに先立つ密談の内容は、結果だけなら明らかに成っている。

 

女帝には公爵令嬢としての余生が―と言うには余り過ぎているが―新皇帝の名において保障された。

今ひとつ、これに比較すると見た目ささやかとも言えなくも無い談合が伴(ともな)った。

 

後にローエングラム王朝側が公認(?)した処によると、数日間に何回か繰り返された談合のうち、残り1回か2回に成った時に公爵の側から提案された事に成っている。

「私も、式典には列席すべきだろうか?」

誠実にして、かつ其れは愚鈍の同意語では無い伯爵も、瞬間だけ公爵の真意を深読みしようとした。

まるで、自ら晒(さら)し者に成る事を希望するのか、とでも錯覚しそうだった。

だが伯爵の誠実さは、愛娘に受け継がれて大きく開花した聡明さと互いに補完し合っている。

直ぐに、この提案が持つ政略的意味に気付いた。

 

新皇帝が戴冠する、その宝冠をかぶせる役に相応しいのは、生存していれば先帝だ。

元々、戴冠式と言う儀式をわざわざ挙行する目的は「今この瞬間より、この人物が正統の皇帝である、と言う事実を“見せる”」ためなのだ。

だがら、これまで正統の皇帝「だった」先帝が自分の正統性を譲り渡す、と言う政治的意味を其のまま視覚化出来るのならば、それが好い。

 

「公爵の御英断を尊重しましょう」

そう伯爵は答えたと、これはローエングラム王朝側の公式見解である………。

 

……。

 

…俺ことザルツ新中将だけは、思ったものだった。

 

公爵は知らなかっただろうが、交渉相手が伯爵で好かったのだ。

オーベルシュタインだった場合よりは、確実に冷汗の量が減少していただろう。

また、そう言う経過で無ければ、こんな提案を自分からしたりはしなかっただろうし。

 

式典当日の「玉座の間」では、公爵は文官最前列の伯爵と並んで、双璧の前に立っていた。

流石に新皇帝への「ばんざい」は免除されている。

末席の俺の耳までには、公爵の声が唱和に加わっていたか、どうかは聞き取れなかったが列席者に並んで挙手の敬礼をとっていた。

 

式典が進行しパーティーにうつる頃には、そんな公爵を誰も引き留めなかった。

まして末席のザルツ中将ごときが、おせっかいの出来る立場でも無い。

 

そんな物思いに浸りながら、今宵(こよい)はパーティーを楽しんでいた。

デザートに摘(つま)んだシュークリームは、塩の隠し味が上手で菓子全体が甘かった。

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