蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第16章 流血の宇宙?

「1対1でオフレッサーと出会ったら、卿はどうする?」

「すっ飛んで逃げるね」「同感だ」

双璧をしても、逃げても恥にならない相手というものは、確かに存在するのである。

「しかし、こう成るとザルツ先輩には」

「思い出した様に驚かされるな」

 

出撃の数日前、出撃準備に追走されながらも、ささやかながら作った時間を戦術シミュレーションに活用していた。

ローエングラム元帥が「帝国軍最高司令官」として尚書と総長を兼任する様に成ったため、軍務省と統帥本部と言う軍事情報の集中する2大システムに集中していた情報が活用可能に成っていた。

その中から参照すべき情報を確認していたのだが、シミュレーション・マシンを操作していたザルツ准将が、とある設定をした。

 

敵の本城と言うべきガイエスブルクまでの途中に存在する要塞の1つ、レンテンベルクである。

この要塞を攻略するには第6通路を突破して核融合炉を奪取するのが最短ルートだが、その通路に装甲擲弾兵総監オフレッサーを配置したのだ。

これだけ条件が限定されると、双璧ですら正攻法では困難だ。

6回ほど撃退され、その失敗相応の犠牲が出た辺りで双璧はシミュレーションをひと休みした。

「遣り方を代えるべきだな」

「同感だ。疾風も宇宙で無ければ吹きそうに無いな…先輩は、何か在りますかな?」

軽く頭を横に振ってから答えたものだった。

「名高い双璧に、やっとこ准将くらいが勝てる訳も無いだろう。

だが…原理原則くらいなら言えるな」

「原則?」

「目的のために手段を選ぶものだ。この場合、目的は?要塞を入手して再利用する事か。

無力化が目的だったら、戦艦の火力を集中して動力炉を直撃しても、むしろ手っ取り早いだろう?

恐らく元帥閣下としては「平民の味方だ」と宣言している手前、平民出身に決まっている兵士を100万単位で虐殺したくは無いだけだろう」

「だったら、降伏勧告をすれば好いでしょう。ザルツ先輩」

その時は、そこまでだった。艦隊の出撃準備に時間を取られていた………。

 

……。

 

…仮想が現実化していた。

 

「では、ミッターマイヤー頼む」

「やはり俺からか」

「俺よりも卿の方が誠実そうに見える。それに下級だが俺の家名にもフォンが付いている」

「分かった。だが多分、もう1回の勧告が要るだろう。

その時は卿の方が、こちらが本気だと通じるだろう」

「俺の方が、冷酷そうに見えそうだからな」

 

結局の処、疾風の誠意あふれる勧告も黙殺され、第6通路には何処かの「奇蹟の魔術師」まがいの1点集中砲火が叩き付けられた。

通路に立て篭(こ)もる側が戦闘手段を限定するために自分で充満させたゼッフル粒子に点火し、核融合炉の手前まで誘爆していた。

この結果に多少は慌(あわ)てながらも、露悪的態度で隠しながら再度また勧告すると、今度は「返答を待って欲しい」との猶予を要求して来た。

数時間後…要塞内の「行方が判明している」最上位者シュターデン大将の名で勧告受諾が伝えられた。

この数時間は、それまで最上位者だった上級大将の行方不明を確認するために費やされていた。

 

……前線からの情報を入手して、俺ことザルツ准将はホッとしていた。

 

あの猛獣を捕まえるまでの犠牲もだが、捕まえた後の始末も厄介だ。

『原作』ではオーベルシュタインが提案していた、と言うよりも「あの」劇物でも無ければ思い付きもしないだろう。

だが“それ”を知っていたからと言って、俺が代わりに嫌われ者に成るなぞ、真っ平ご免だ。

それに「前世」で『原作』を読んでいた頃から思っていたものだ。

最初から “こう”しておけば、ラインハルトが劇物に腹いせの方法を提案させる様な、不愉快な事を聞く事も無かっただろう。

 

……だが、前線から逐次送信されて来る情報に接しながら、何時の間にか違和感を覚えていた。

 

その違和感が何だったのかに気が付いたのは、とあるキルヒアイス上級大将からの報告に接した時だった。

「ガルミッシュ要塞、開城」

開城?陥落でも自爆でも無く?それに「キフォイザー星域会戦」はどうした?!

 

表面的な事実だけは、直ぐに判明した。

“賊軍”の副総帥は、分派行動をとってはいなかった。

『原作』での結果的には、1回の会戦で実質的に片付いてはいたが、キルヒアイス別働軍に数の上では対抗する規模の敵軍が、ガイエスブルクの「副」程度はある要塞を拠点に活動していれば、余分に手間取り位はしただろう。

その手間が省けた分だけ早く、しかし成果は着実に上げつつあったキルヒアイスは、ガルミッシュ開城と、シュタインメッツ少将らの投降を手土産に、取り合えずはローエングラム本軍との合流を目指す。

「8月10日~15日の間に、ガイエスブルク周辺にて合流の見込み」と報告していた。

 

だが、どうして?“賊軍”は分裂しなかった?

再度『原作』を思い返してみて、思い当たったのはオフレッサーの後始末だった。

当時の読者としても「エグい」と思った遣り方だったが、思い返せば「あの」冷徹なオーベルシュタインが、“たかが”主君の腹いせ、などと言った御機嫌取りのためだけにエグい報復を思い付く筈も無い。

参謀長は何と言った?

「貴族どもに相互不信の種をまいてごらんにいれます」

そして結果は、どうだった?「この事件の後遺症は大きかった」と書かれていた筈だ。

更には総帥と副総帥のケンカ別れも「この事件の」後だ。

しかし「この事件」は貴族たちの心理に限っても、それほど影響が大きかったのか?

 

さらに詳しい「真相」は後日、この時に要塞内に居て生き残った証言者、どうもケスラーが事前に潜り込ませた「草」とかも混じっていそうだったが、兎も角(ともかく)も証言が入手可能に成ってから判明した。

 

確かに貴族たちは相互不信を、オフレッサーの件から助長はされなかった。

その代わりに別な意味でなら深刻な消失感を、ガイエスブルクの内部に与えていた。

実の処、オフレッサーは盟約に忠実だった。

成り上がりものほど当人次第で、自分だけの成り上がりを許してくれた旧体制に忠実な場合も少なくない。

例えば、幕末の新撰組だ。

逆に、かつての自分の出身階級に対して、ことさら敵対的ポーズを演技すらしてみせる者も居る。

そう言う意味で「金髪の小僧」に対する反感を大っぴらにしていた巨漢である。

そして「強さ」のイメージでも、とりあえず味方で居る間は安心感を与えてくれる虚像ぐらいは周囲に与えていた。

だが「その」勇士は、たかが通路1つすら守護出来ずにアッサリと消えた。

その消失感が、とりあえずは総帥と副総帥を再協力させたらしかった。

 

だがラインハルトとヒルダは超光速通信で合議しながら、この点については心配していなかった。

「貴族同士を左右に分断するよりも、貴族と平民を上下に分断する方が、ローエングラム陣営の勝因に成る」

との認識を確認し合っていたからだ。

兵数的にも、戦略家としてのラインハルトは計算していた。

分裂した場合に副総帥が連れ出していただろう兵数がガイエスブルクに残っていたとしても、キルヒアイス別働軍の合流で強化される実戦兵力の方が強い。

 

実の処、8月15日に要塞外で戦われた艦隊戦の結果は其の通りだった。

 

しかし同日、俺ことザルツ准将は既(すで)に行動中だった。

独自に情報を分析し、とある事を確認した上で行動を開始した後だった訳だ。

 

これに先立って、キルヒアイスからの報告に接した後の俺は、ヒルダやケスラーには、こう報告して置いた。

「情報処理と状況確認のために、独自に分析してみます」

この報告自体はウソなんかでは無い。

正し、独自の情報源と突き合わせたのである。俺が持っている1つだけの反則知識と。

その上で、致命的なズレが生じているか、いないかを確認したのだ。

 

確かめなければ。悲劇が近付いていた。

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