蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第17章 情報処理と状況確認

俺ことハンス・ゲオルグ・ザルツ准将は、現状で入手可能な情報を再検討していた。

 

ローエングラム元帥が「帝国軍最高司令官」として尚書と総長を兼任する様に成ったため、軍務省と統帥本部と言う軍事情報の集中する2大システムに集中していた情報が活用可能に成っている。

その中から「自由惑星同盟と自称する叛乱軍ども」に関連した情報を検索してみたのだ。

 

とは言っても今頃に成って、ようやっと整理出来る程度の情報が集積出来ていた、とも言える。

フェザーン経由の情報、これとて自治領主の思惑と言う確信犯的なフィルター越しなのは確実でも、こちらは未だ入手可能だったが、同盟内部へと直接に潜り込ませていたスパイ組織は半壊状態だった。

間接的ながらヤンの被害である。

イゼルローン陥落の結果、例えば其のコンピューターから直接に奪われた情報だけでも相当なものの筈だ。

殆(ほとんど)唯一の前線基地として機能し続けていたのだから、それだけの情報が集積され蓄積されていた。

その上、その時点までヤンのペテンにしてやられるとは予想もしていなかったために、何の予防処置もされてはいなかっただろう。

 

イゼルローンだけが落ちたのではない。

同盟側へ侵入した後は、イゼルローン回廊以外の後方連絡線が無い。

そうした占拠部隊の殆(ほとんど)が、孤立から降伏へと至っていた。

それらの捕虜たちからも、それなりの情報を取られただろう。

おそらくキルヒアイスが交換で連れ帰って来た捕虜の中には、少なくない数そうした者たちが混じっていた筈だ。

1つの例がエル・ファシルだ。

初陣のヤンが英雄と成って以来8年間、帝国軍の占拠部隊以外は無人の惑星だったが、めぐり合わせの悪かった占拠部隊は、イゼルローン陥落の巻き添えで降伏に追い込まれ、ヤンに連れ出されて以来、避難生活を送っていた住民が帰還していた。

この惑星では、ことさらヤンが英雄に祀(まつ)り上げられる訳だ。

 

余談は兎も角、こうした情報が破片ながらも入手出来ていた。

半壊状態の上、当面は息を潜めている組織が何とか送って来たもの、フェザーン経由で入手出来る公開情報やアヤしげな情報、そうした情報の破片を、俺が持っている「知識」と言う絵に当てはめられるか、どうかを検証してみた。

 

先ず確かめたのは、当然ながら同盟軍の戦力だ。

やはり「新ティアマト星域会戦」後に再建されたのは、イゼルローンに駐留する様に成った「ヤン艦隊」だけだった。

ビュコック「新」宇宙艦隊司令長官の指揮下に残った戦力は、他には未参加だった2個艦隊だけ。

どうやら「新ティアマト」は『原作』「アムリッツア」に、かなり近い損害を与えたらしい。

人事面での結果も、けっこう確かめられた。

「新ティアマト」で包囲を完成し殲滅し始めた直後、イゼルローンではフォーク参謀が発作を起こし、作戦面を丸投げしていたロボス司令長官は下すべき命令を決断出来なく成っていた。

事ここに及んで司令部を主導し、敗走して来る味方をイゼルローンに迎え入れたのはグリーンヒル参謀長だった。

フォークは入院、ロボスは退役の形式で軍の実務から遠ざけられたのに対して、グリーンヒルが左遷だけで降級もさせられなかったのは公正だったろう。

『原作』と異なっていたのはキャゼルヌ後方参謀だった。

補給に責任を推し付ける様な負け方では無かったからか、ヤンともどもサッサとイゼルローンに赴任していた。

 

同盟側に関係して入手出来た限りの情報では『原作』との相異を発見出来たのはキャゼルヌの件くらいだ。

そして現状、ヤン艦隊はイゼルローンを出撃してドーリア星域を経由し、首都星ハイネセンを目指している。

 

同盟側から先ず検証してみたのは結局の処、どの程度まで『原作』からズレているか、どうかの目安にするためだった。

同盟の他にもフェザーン関係の情報からも『原作』との矛盾は見付けられなかった。

と成ると『原作』そのものの破綻した「世界」では無い筈では?

 

その上で、いよいよ本命である帝国側の情報を検討し始めた。

先ずは、わがローエングラム陣営だ。

やはり大きいのはオーベルシュタインの不在だろう。

だが、ラインハルトが期待していたのは軍事面の参謀では無い。

自分とキルヒアイスで足りると考えていたし、おそらく実戦面での戦略や戦術に限れば、そうだった筈だ。

現状でブリュンヒルトに乗せている参謀長は、艦隊の管理運営と言う本来の任務に従事させているモブキャラクターだが、それでも、リップシュタット連合軍に対する戦略戦術に限るならば、あの「戦争の天才」が失敗するとも想えない。

 

むしろ陰謀策略の方面を担当させたがった筈だし、その意味での主な敵は、すでに反乱を起こしている、つまりは軍事的に打倒出来るリップシュタット連合軍では無く、背中を向けていて今は同盟者と言う事に成っている帝国宰相だろう。

そうなるとオーベルシュタインをブリュンヒルトに乗せて従軍させているよりも、ヒルダとケスラーを帝都に残している方が有効な筈だ。

大丈夫。間違った方向へとはズレてもいない。

 

そして自軍以外の状況に関係しては、入手出来た情報に限ってみれば『原作』からのズレは今までに表面化した部分以外には確認出来ない。

結局“賊軍”に限れば、最大のズレは副盟主が分裂しなかった事だ。

しかし、それだけキルヒアイスが別働軍の任務を早く済ませて、それだけ早く本軍に合流出来る。

ガイエスブルクに対する戦術ならば、キルヒアイスがラインハルトを補佐するだろう。

だから「ここ」までの心配は、しなくても好い筈だ。むしろ問題は…

 

……俺が『原作』からのズレを恐れたのは、2つの悲劇が近付いているからだ。

 

起きてくれない方が好いに決まっている悲劇だが、逆説的ながら、俺の『原作』知識で回避するためには『原作』通りの経過で近付いてくれる事が前提だった。

その意味では、おそらく「その」意味で対処可能な範囲にズレは止まっている。

 

それでは、どう対処するか?

おそらく1つめの悲劇は回避出来る。

あの冷徹なる参謀は、何と言った。

「カイザーをお恨みするにはあたらぬ」

「卿はカイザーではなく、私を狙うべきであったな」

“その”オーベルシュタインは始めから居ない。

ヒルダに超光速通信で相談するか、キルヒアイスが間に合う様に合流出来る計算に成って来た以上、戦場でキルヒアイスに相談する筈だ。

こちらの悲劇は、回避出来る可能性が高い。

 

だが、もう1つの悲劇は「そこ」に至る経過が複雑だ。

オーベルシュタイン1人を恨んで済む程、単純な原因の結果とも言い切れない。

それにラインハルトにしても、もしヒルダか誰かから事前に警告されたとした処で、信じたくない事だろう。

信じら“れ”ないのでは無く、信じ“たく”ない悲劇なのだ。

もう1つの悲劇なら在り得ない事でも無いとラインハルトなら想えただろうが。

 

そう成ると…あらかじめ「この」悲劇を予測して動けるのは俺「現世」ではザルツ准将だけだ………。

 

……。

 

…俺はヒルダとケスラーに報告した。

 

「情報処理と状況確認のために、独自に分析してみます」

と、あらかじめ報告しておいた其の事後報告である。

その経過においてアントン・フェルナー大佐にも確認しておいた事項について、フェルナーからも証言させた。

ここでも『原作』通りにフェルナーは、いっそ清々しく自分から出頭して来ていた。

正し「相棒」のオーベルシュタインは居ない。代わりにケスラーの下に置かれていた。

 

そのフェルナー曰く

「アンスバッハ准将とは、同じ主君に仕えていた同士として人柄を知っています」

そのフェルナーから得た情報と言う事にして、俺が報告した内容には、ヒルダやケスラーですら真剣な態度にさせられた。

問題は、内容が内容だけに知られたくない相手が居る事だ。

戦場のブリュンヒルトに通信してラインハルトに警告する事は簡単だ。

だが、ラインハルトが勝利した瞬間の足下をこそ狙っているだろう大ムジナが同じ帝都に居る。

 

「私が使者に立ちましょう。未だガイエスブルクは陥落していません。今からなら間に合う筈です」

オーディン~ガイエスブルクの時間的距離は20日間が公式設定だが、それは艦隊フォーメーションでの設定だ。

駆逐艦とかが単独で派遣されるのであれば、何日間ぐらいは短縮出来る。

ここまではヒルダたちには明言出来なかったが『原作』通りならば9月9日。

8月15日の要塞外艦隊戦が終わった直後の今すぐに出発すれば間に合う筈だ。

ヒルダも「それ」が最善と想ったらしかった。

 

こうして俺ことザルツ准将は現状、急行する駆逐艦の上に居る。

時に8月も残り数日だった。




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