蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第18章 断罪烈火

宇宙戦艦ブリュンヒルトからの超光速通信を受けてヒルダは、留守を預(あず)かっていた元帥府から応対した。

 

「フロイライン。やはり貴女の意見も聞いて置きたい事が起こった」

ヒルダは先ず、聞き上手な態度を見せた。

「賊軍に加担した貴族どもの領地が最近、騒がしい。

貴女も領主の娘ならば不快かも知れないが」

「幸いにしてマリーンドルフ伯爵領は平穏です。領民たちも平穏に生活しています」

「それで好い。話を戻すが」

ラインハルトは瞬間だけヒルダに向けていた微笑を消した。

「そうして騒がしく成った地方の1つ、惑星ヴェスターラントから、ブラウンシュヴァイク公爵の代官シャイド男爵が追い出された。

そのシャイドは伯父の処まで逃亡して死んだ。

そして、ブラウンシュヴァイクは甥の末路に逆上して、自分の領地を核攻撃する、などと喚いているらしい」

驚愕しながらもヒルダは確認すべき事を確認した。

「どうして其の事をお知りに成りました?」

「ガイエスブルクに連れて来られていた兵士の中に、ヴェスターラントから徴兵されて来た者が居て、脱走して来た」

「それで。ご相談とは何でしょうか?

まさか、いかに対処なされるか、ご決断なされていない訳でも無いでしょう」

「すでにキルヒアイスが向かっている」

キルヒアイス上級大将は旗艦バルバロッサの直属を800隻まで選りすぐった高速部隊で固めており、それが今回も役立っていた。

「でしたら、私から申し上げる事はございません」

「阻止するのは当然だ。だが其れでメデタシ、メデタシかな?

ブラウンシュヴァイクには自分の足を撃った事を思い知らせるべきだ、と思うが」

 

ヒルダは瞬間だけ思案してから答えた。

「でしたら、この事実を帝国全土に公表なさるべきです。

どちらに正義が存在するか、誰もが知るでしょう」

画面のラインハルトは、瞳の中に宿る氷の炎を表に現した。

「その兵士の証言だけで証拠が弱いと御思いでしたら、鹵獲した核兵器なども物証に成さるとよろしいでしょう。ただし」

ここでヒルダも念を押した。

「キルヒアイス提督には、あくまでも阻止を優先させてあげてください。

手に余れば撃沈も、やむを得ますまい」

ラインハルトは頷(うなず)いたが、ここでヒルダには思い当たった事が在った。

「リッテンハイム侯爵は、この件に対して、どう動きました?」

盟主が失点をおかせば一時的にせよ副盟主には、盟約内部での主導権を大きく出来る機会には成り得るのだが。

「むしろ盟主をけしかけたらしい。あげくに熱核弾頭の半分を提供したそうだ」

「盟約全体が萎縮させられている現状では、内部での意見は過激に奔(はし)りがちです」

むしろヒルダも納得していた。

「おそらく侯爵も、そうした衝動を自分で制御出来る人では無かったのでしょう」

 

ここまで討議して来て、ふとラインハルトは表情と態度を変化させた。

「フロイライン。私たちの付き合いも、そろそろ其れなりだが」

そう前置きして置いて続ける。

「先刻の貴女には私の用件について別な心当たりが在りそうにも見えたが」

「閣下。その件はザルツ准将から直接に御聞きください。

この通信は、例の御老人も聞いているかも知れません。

むしろ閣下も、ヴェスターラントの件は御老人にも聞かせても好い積もりで通信なされたのでしょう」

ラインハルトは了解して、その後は少しばかり雑談してから通信を切った………。

 

……。

 

…その時、超光速通信に乗って帝国全土に向けて放送が流れた。

 

「帝国全土の臣民に告ぐ。卿らの忠誠に彼らが値するものかどうか、再考すべき時が来た」

ラインハルト・フォン・ローエングラムの演説は、ヴェスターラントの顛末(てんまつ)に関係する事実を混じえながら続いて行く。

故郷の救援を求めた兵士の証言記録が再生され、阻止のため出動したキルヒアイス高速部隊の行動記録が披露された。

そして、高速部隊に拿捕された特務艦と其の艦内に満載された熱核弾頭ミサイルが公開された。

「受け取るが良い。

お前たちが、お前たちの護るべき民衆に向けた憎しみの炎を、お前たち自身に返そう」

ふたたび画面がローエングラム元帥の演説から切り替えられると、ガイエスブルク要塞へと急速接近する、先ほど公開されたばかりの特務艦と同型の艦影が放映された。

 

要塞内部でも話の急展開や「まさか」と言う思いで反応が遅れているものも居たが、メルカッツ上級大将は流石に百戦錬磨だった。

「『ガイエスハーケン』エネルギー充填、照準急げ!

発射可能に成れば充填完了を待つな。浮遊砲台も浮上させろ」

だが、要塞主砲の有効射程からは外側に展開した艦隊が、要塞まで届く限りのビームを数の限りだけ乱れ撃ちして来た。

当然に要塞装甲の表面で反射して無効だったが、流体装甲の液面に浮かび上がろうとしていた砲台を引っ込めさせるには有効だった。

 

そのビームの雨あられが途切れた瞬間、急速接近して来た特務艦から流体装甲にミサイルが降り注ぎ、続いて、とても特務艦の1隻が攻撃した程度では起こりえない程の爆発が其の辺りの装甲を引き剥がした。

惑星ヴェスターラント上の居住区の数だけ用意されていた熱核弾頭の爆発に他ならなかった。

 

「浮遊砲台○××○×連絡途絶!状況不明」

「同じく○○×○×救助を要請」

と言った報告ないしは悲鳴がサイレンとともに要塞司令室を飛び交い、そして致命的な事実が判明した。

「ガイエスハーケン損傷!!修理を要す!」

 

そしてラインハルトは、こう演説を締め括った。

「あらためて帝国臣民に問おう。誰が卿らの敵であり、誰が其の敵から卿らを護るのかを」

 

……この政略的効果は大きかった。

 

明らかに“この”放送を境として、ヴェスターラントに倣った反抗が帝国全土の、盟約に参加している貴族たちの領地で続発し始めた。

そして、ガイエスブルクへと留守をしている領主の代官を追い出しては、ローエングラム元帥へと保護を求めて来た。

余りに同時多発的だったため、かえってキルヒアイス別働軍の様な纏(まと)まった艦隊を送るのは、逆に非効率的な程だった。

それに其々(それぞれ)に見れば、1つずつの惑星ないしは1つずつの星系の住民保護の問題である。

それぞれの現地には艦隊未満の分遣隊が適時に派遣され、各艦隊の主力と司令官は要塞を包囲し続けていた。

 

その各艦隊は、主砲で追い払う事の出来なくなった要塞に接近しては攻撃する、嬲(なぶ)る様な波状攻撃を繰り返していた。

誰かの「前世」でのRPGキャラクターがHPを少しずつ削り取られる様に、弱らされて行く要塞の内部では、平民出身の兵士たちから貴族出身の上官たちへの反抗心が生まれ始めていた。

軍事的にも具体的なダメージを伴なっただけに、兵士たちの心理へと与えた影響は其の具体的ダメージよりも大きかったのだ。

その心理的ダメージが、軍隊内の階級に加えて貴族や領主としての特権を振りかざして来た、上官への憎悪に気付かせていた。

 

その中心に居るべき盟主と副盟主と言えば、互いに絡(から)み酒を絡み合わせていた。

追い詰められている事も分らないほど知力が低い訳でも無い。だが、分かりたくない。

そんな感情が酒に奔らせていたが、同時に互いが「疑いの心から見えない幽霊を生み」合ってもいた。

互いに相手が、自分の首と両者の妻と娘、同時に先帝の血縁者であり彼らの野心を正統化する旗印だったが、それらを「金髪の小僧」に差し出すのでは無いか?と言う「幽霊」が消えなかったのだ。

そんな幽霊や現実逃避から互いに酒を絡ませ合う盟主と副盟主を横目に、フレーゲル男爵やランズベルク伯爵らの今だ戦意を失わない(破滅の美学に酔っていたかも知れない)若い貴族たちは、宿将メルカッツを巻き込んで最後の戦いの準備を始めさせていた。

メルカッツ程のベテラン戦術家ならば、主砲も撃てなくなった要塞よりも、まだ艦隊戦の方ならばギャンブルの余地が残っている位は知っている。

そう自分にも言い聞かせたのか、黙々として出撃を準備した。

だが、そんな貴族たちと心中する積もりは、もはや平民出身の兵士たちには無かった。

 

そうした要塞内部の詳細が判明したのは、後に生き残った証言者たちが語り残したからだが、

その中でケスラー中将らが潜り込ませていた工作員たちは、導火線を探しては点火して回っていた………。

 

……。

 

…俺ことザルツ准将は、そんな全てをガイエスブルク城外のブリュンヒルトへと急行する駆逐艦の上で聞いていた。

 

流石に要塞内部に関係した証言までは後日の事だったが、ラインハルトの演説も各地で続発し始めた反抗の情報も、駆逐艦の上で聞いた。

聞きながら、矛盾した思いを思っていた。

(…俺が到着するまでは、要塞に落ちて欲しくない。

いや、落ちた後の戦勝式典を開催して欲しくない…)

自分の選んだ主君の勝利を願うのは当然だ。

だが其の勝利が、あと数日だけ遅れる事も願っていた。




「UA」「お気に入り」の伸びが励みに成っております。
何とか完結まではもっていきたいです。
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