蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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今話中「男」では無く「漢」と変換したのは、あくまで意図的にした事で、決して誤字ではありません。
アンスバッハ准将とは”そういう”「漢」だと言う意味を込めました。


第19章 黄金樹は倒れた

9月7日

俺ことザルツ准将は、旗艦ブリュンヒルトと合流した。

 

「こちらがフロイライン・マリーンドルフおよびケスラー中将から預(あず)かったものです」

俺が差し出した記録メディアを、ラインハルトとキルヒアイスが再生させると、当然ながらヒルダの挨拶から始まった。

そして、本題である。

先ずは、アントン・フェルナーの証言だ。

「アンスバッハ准将とは、同じ主君に仕えていた同士として人柄を知っています。

あの漢は、ブラウンシュヴァイク公爵が自分に相応しい主君かどうかだけで、自分の信念を曲げません。

私の様な無節操者とは違います。

その事は、むしろ主君が敗者と成った時にハッキリとするでしょう。

例えば主君に縄目の恥や、屈辱的な処刑を避けさせるために自害をすすめながら、その主君の亡骸を手土産に自分だけオメオメと生き延びる、そんな漢では在りません。

もしも、そんな自分の知るアンスバッハでは無い、一見しただけなら恥知らずとも見える行動に出たならば、むしろ主君の仇を討つため自分の生命すら捨てた行動に出た、と考えるべきです」

続いてヒルダからのメッセージである。

超光速通信では帝国宰相が不安だったために、ザルツ准将を使者に出した、と告げた。

その帝国宰相の、メッセージ作成時点の行動に関係しても、入手出来た限りの情報を語った。

帝都に残留している、あるいは取り残された貴族たちと密かに、しかし秘密にしては頻繁(ひんぱん)に連絡を取り始めている。

と伝えて来ていた。

 

「さて、どうするかな。キルヒアイス。いや、アンスバッハに気を付けろ、と言うのは了解した。だが、帝都の老人はどうするかな?」

赤毛の忠臣は困惑していた。

「好いのだ。お前が、こうした相談事には向かない事は分かっている。それで好いのだ」

ラインハルトは同時に自分にも言い聞かせる様だった。

「こうした相談相手としてフロイラインを選択したのは私だ」

キルヒアイスと2人切りの時の口調でも無いのは、未だ俺が退出していないからだ。

「そのフロイラインとケスラーは、あの老人と同じ帝都に残した方が役に立つと判断し決定したのも私だ。

お前は、目前のガイエスブルクを落とす事だけを考えていれば好い。

済まなかったな」

 

そこへ、そのガイエスブルクが動き出した、との情報が報告された。

 

突撃と言う戦闘行為は、最低でも絶望を勇気に変換する効果は持っている。

正に其の通りの効果によって作り出された攻撃力と突進力で、貴族軍の最後の突撃と攻撃は実行された。

同時に、百戦錬磨のメルカッツが完璧にコントロールしていた。

流石にラインハルト以下の名将たちでも、油断ばかりはしていられない。

だが、そんな狂乱の攻撃力にも限界は存在する。

その攻勢終末点を「戦争の天才」は完全に計算し切っていた。

そして其の瞬間、キルヒアイス高速艦隊の、これこそ完璧きわまる反撃が決まった。

 

ダイヤモンドを砕くタガネの様なキルヒアイスの一撃は、貴族軍を総くずれとした。

戦術や艦隊フォーメーションのみならず、兵士たちの忠誠心のレベルでも。

少なくない各艦の中で、貴族出身の上官に対して平民出身の兵士たちが報復したあげく、ローエングラム軍へと降伏したのである。

 

……要塞上空の制空権は、すでに奪われていた。

 

出撃したリップシュタット側の艦船は殆(ほとんど)撃沈されるか降伏するか行方不明だった。

おそらく不明艦の何隻かは、同盟かフェザーンへの亡命を選んで脱出したのだろう。

今や要塞周辺の空間は、ローエングラム軍の艦隊が流体装甲すれすれで自由行動している。

主砲も撃てず、艦隊も撃滅された要塞が、ここまで近接されては如何(いか)に分厚い装甲に守られていても陥落は時間の問題、むしろ防御力や耐久力が高ければ高いほど嬲(なぶ)り殺しも同然だった。

 

後の証言から知った事だったが、そんな要塞の内部では、撃滅された艦隊の艦内で起こった事と同じ事が起きていた。

むしろ外側からのローエングラム軍の攻撃に催促される様に、要塞内部の平民兵士たちは貴族出身の上官たちに反抗し、これまでの諸行に報復し、そして自分たちを解放すると、要塞の一部を占拠してローエングラム軍に降伏しようとした。

こうして外部への反撃の止まった要塞へと、ついに先駆けと成った双璧が乗り込んで行った。

ガイエスブルク要塞は陥落し、貴族軍は敗北したのである。

ゴールデンバウム王朝…黄金樹は倒れた………。

 

……。

 

…そんな要塞内部に、ラインハルトたちの末席に紛(まぎ)れ込む様にして、俺ことザルツ准将も入城していた。

 

とは言え、落城したばかりだ。味方の攻撃した結果である傷跡も生々しい。

特にガイエスハーケンは、例の核攻撃の後、とうとう修復されなかった。

 

……後日談ながら、この時の修復が成されたのは要塞そのものがリサイクルされた時だった。

 

フェザーン交易商人から「同盟側の灯台」と命名された星系が存在する。

その名から想像される通り、フェザーン回廊の同盟側出入り口に位置している。

この星系に未修復のまま放置されていたガイエスブルクを修復した上で移動させる決定が成された。

 

皇帝ラインハルト1世がローエングラム王朝の新帝都として選んだのは、惑星フェザーンである。

その理由は、帝国本土と新領土を連結するフェザーン回廊の地理的有利だが、軍事的にもイゼルローンの様な拠点を、回廊の両側へと置く事で難攻と成り得る。

しかし、当初「同盟側の灯台」星系がガンダルヴァ、ヴァンフリート星系ともども自由惑星同盟から割譲される3つの星系の1つ、とされた時点では、ヤン・ウェンリーから明け渡させたイゼルローン要塞が移動させられる筈だった。

だが相手はヤンである。結局の処、イゼルローンは惑星エル・ファシルの衛星に成った。

 

この時に成って、放置されていたガイエスブルクの事を誰かが思い出したのである。

ちなみに「帝国側の灯台」星系には、無傷で開城したまま放置されていたガルミッシュ要塞が移動させられた。

ただし、これらは後日談である………。

 

……。

 

…その時のガイエスブルクは占領したばかりの敵城だった。

 

ラインハルトたちの関心が向いていたのは「賊軍」首魁の行方だった。

フレーゲル男爵たちが出撃した後も、盟主と副盟主は要塞の奥深くで深酒を絡(から)み合わせていたが、最終的には覚悟の自決を遂げた、と報告された。

 

問題は、そう報告して来た最後に残った忠臣たちが、主君の遺体を引き渡す際に条件を付けて来た事だった。

主君の遺族を保護するよう要求していた。

 

盟主と副盟主それぞれの妻と娘、先帝の娘と孫娘でもあり、この挙兵を正統化する旗印でもある彼女たちは戦役の間どこに居たのか?

『原作』の読者としても疑問に想った事だったが、結局の処“この”ガイエスブルク以上に安心出来る場所は無かっただろう。

おそらく盟約に参加した貴族の中で少なくない者が、この拠点まで家族を連れて来た筈だ。

その彼女たちを貴族への報復に逸(はや)る平民兵士たちから何とか保護しているが、身の安全を保障した上で、帝都の帝国宰相の下へと送還して欲しい。

それを見送った上で無ければ、彼女らの夫であり父である主君の御遺体を引き渡す事は出来ない。

と、頑強に主張し続けていた。

 

だが、俺に限れば先入観が在った。

アンスバッハならば、これから自分が仕出かす事に巻き込みたくないのでは?

同時に「条件を飲めば、ご遺体を引き渡す」と思わせる事で、言わば陽動作戦を仕掛けているのでは?

 

そうした先入観を捨てきれない俺は、戦勝式典が開催される会場の警備を申し出てみた。

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