蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第22章 翼持つ黄金獅子の飛翔

帝都オーディンの中心市街から意外と近くに、貴族たちの狩猟を目的とした人工の森や湖が存在する。

そうした湖の1つに着水した戦艦ブリュンヒルトから指揮をとっただけでは無かった。

キスリング中佐指揮の陸戦隊が元帥府を確保するのも待ちかねた様に自ら元帥府へと乗り込んで、ローエングラム元帥は陣頭指揮をとり続けた。

その元帥府に、各提督から次々に報告が入って来た。

 

俺ことザルツ准将も、ラインハルトたちの末尾を追走する様に元帥府に到着すると、逐次着信する報告を取り次いでいた。

 

キルヒアイス上級大将より

ローエングラム侯爵邸およびマリーンドルフ伯爵邸の警護隊と合流。

グリューネワルト伯爵夫人およびマリーンドルフ伯爵父娘の安全確保。

ミッターマイヤー大将より

宰相府を占領し「国璽」を確保せり。

ロイエンタール大将より

リヒテンラーデ公爵私邸を占領。公爵の身柄を確保。

 

(…これで勝った…)

 

こうして帝都の長い夜は明けた………。

 

……。

 

…翌朝すでに、惑星オーディンの地表上はローエングラム軍に完全占領されていた。

 

元帥府では、とりあえず脳と身体をリセットさせたラインハルトが決断を下し始めた。

「帝国宰相たるかたを死刑にはできまい。自殺をお勧めせよ」

昨夜のうちに合流して来たヒルダも合意した。

「その方が好ろしいでしょう。処刑と成れば手続きも罪状も必要です」

ラインハルトは瞬間だけ、露悪的な微笑と苦笑を混ぜ合わせた。

「罪状か。滅亡する王朝の宰相であった事が本来の罪なのだがな」

流石に「わが友」が露悪をいさめた。

「ラインハルト様。例え、そうであっても公表するべき事では御座いますまい」

「『君側の奸臣』を討った。とりあえずは其れを名分とするしかないでしょう」

ヒルダも進言を続けた。

「未だ形式的にせよ、玉座の上から幼児1人を追う段階では在りません。

むしろ形式を踏む事で、覇権を確立して行く段階かと」

ラインハルトも合意した。

 

「リヒテンラーデ公爵以外は、どうされますか?」

友人が言外に寛容を求めている事が、ラインハルトだけには感じ取れる。

その事をラインハルトの表情と態度からヒルダも読み取った。

「公爵以外で元帥閣下の御邪魔(じゃま)に成る様な有力貴族は、殆(ほとんど)が賊軍に参加していて、閣下が倒されたでしょう」

ヒルダの言い分は当たらずとも遠からず、だ。

リヒテンラーデの陰謀が未完成だったのはラインハルトが早過ぎたためだが、有力な陰謀仲間に成るような貴族が、ほとんど居なかった事にも助長されていた。

「これ以上お手を汚さずとも、彼らから閣下の慈悲を求めて来る可能性も小さくは在りますまい」

「フロイラインの言は、聞く価値が在る」

 

キルヒアイスは更に確認しようとした。

「それでは公爵の一族も、処断しなくて好ろしいのでしょうか?」

「私を恨んで倒そうというのならば、挑戦してくるが好い。

力無き権力者が倒されるのはリヒテンラーデに限るまい」

「閣下」ヒルダが居なければ、もっと直接的な忠言をしただろう。

「大丈夫だ、キルヒアイス提督。私には破滅願望は無い。

それどころか私は、どうやら自分で考えていたよりも欲深だった様だ」

そして彼だけが可能な、覇者の顔をした。

「お前やフロイラインが協力してくれれば、この帝国だけでは無い。

もっと大きなものを奪い取れる」

 

それからヒルダとキルヒアイスは、ラインハルトを地上の問題に戻した。

「実際的には監視の目は必要でしょう。

ケスラー提督の部下たちには手間が加わるでしょうが、それで十分でしょう」

後日談ながら、リヒテンラーデ公爵の遺族の中で性格の強い女性に閉口したケスラーが、半分以上は冗談ながら女性に詳しそうな戦友の1人に相談した結果から、第2代皇帝の「マイン・フロイント」への因果関係が発生する事に成る。

しかしながら、それらは後日談である。

 

 

……追走し損ねた各艦を収容しつつ追走して来たミュラー提督が到着した時、ローエングラム元帥は勝者と成っていた………。

 

……。

 

…内乱の年は行き、後世の歴史家は知っているが、策謀と風雲の年が来ようとしていた。

 

宰相府で開催された年越しパーティーの末席で、俺ことザルツ少将は物想いに浸(ひた)っていた。

そう「宰相府」だ。

ローエングラム元帥は「帝国軍最高司令官」に加えて「帝国宰相」を兼任していた。

ヤン・ウェンリー曰く

「名義の変更がなされていないだけで、実態はすでにローエングラム王朝」だった。

 

そのヤンも『原作』通りにクーデターと内乱を鎮圧して、イゼルローンに復帰していた。

(…『原作』通りか…)

「修正力がどうの」と言った人外な何かを持ち出すまでも無い。

3つの国家を合計すれば400億もの個人が、それぞれの思惑、感情、利益損失で行動しているのだ。

ザルツ少将ごときが1つだけの反則知識で動き回っても、こんなものだろう。

そして『原作』が破綻していなければ、今年は策謀と風雲の1年に成る。

そして其れは今年だけでは終わらない。そして終わった時には……

 

未だ『原作』が破綻していなければ、そして「冬バラ園」辺りまで持っていければ「皇帝」ラインハルトは宇宙最強の存在に成っている。

残る敵は、数え方によれば2つだけ。「ヤン不正規隊」とテロのネットワークだけだ。

更にはヤンとは談判が可能な筈だ。『原作』通りならば。

(この時のザルツ少将には、後にヤン自身と会談したりユリアン編集の「メモリアル」を読んだりして分かった事までは、流石に分からなかった)

ヤンは「昨年」同盟に起こったクーデターと内乱がラインハルトの策謀である事を知っていた。

そして自分の手を汚して鎮圧した。後には妻の父となる人まで手にかけながら。

それでもヤンは「この」時の復讐心とかでラインハルトの評価を変えたり、ローエングラム王朝と民主共和政体との共存の可能性を小さく見積もらなかった。

歴史の当事者と成りながら、後世の歴史家の視点で見定める事の出来る「奇蹟の魔術師」の視点は玉砕以外の道を見付けていた。

 

だからヤンとは談判が可能な筈だ。

『原作』ではヤンの息子ユリアンが引き継いで成功させた様に。

いや、テロリストどもの暗殺さえ無ければ、ヤン自身が達成していたかも知れない。

残るは、そのテロリストたちだ。

何時の間にか1つのネットワークで闇の中ながら連結していた陰謀家たち。

地球教、ルビンスキー、トリューニヒトそして彼らの共犯者たち。

彼らはヤンほども共存可能とも想えない。

彼らとヤンとの違いは、むしろヤンとラインハルトの共通性と解釈するべきかも知れない。

 

このテロリスト・ネットワークの弾圧とヤンとの談判に成功すれば、ローエングラム王朝は銀河の覇者と成る。

 

そこまで思って、俺は誰にも気付かれない様に苦笑した。

“今”の時点で「ここ」まで予測出来たら、予言者だ。

ラインハルトやヤンだって予言者なんかじゃない。

彼らは只、神でも予言者でも無い人間でも視る事の出来る限界まで、ものを視ようとして視る事が出来ただけだ。

現時点ではラインハルトやヤンでも、あるいは彼らを翻弄(ほんろう)する積もりの策謀者たちも、すべてを「予言」する事までは出来ないだろう。

俺は其のラインハルトを末席から見上げた。

 

ローエングラム元帥は、キルヒアイスとヒルダを左右に公人の態度と顔だった。

あい変らず、アンネローゼは弟の公式の場には姿を見せない。

おそらく今日も、ローエングラム公爵私邸で身内だけの、ささやかな新年会を準備して待っているだろう。

 

行く年は終わり、来る年が始まる。

1人だけが知っていたかも知れない。

猛禽をしたがえる白鳥の翼を持った黄金の獅子が、フェザーン回廊の向こう側までも飛翔するまで、あと1年と少し。

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