蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第23章 鉄壁ミュラー

「総旗艦ブリュンヒルト健在」

 

しかし、ミュラー艦隊の到着時点で総旗艦の直属艦隊は兵数の殆(ほとんど)が、包囲殲滅の危機に直面していた。

それどころか、敵は包囲陣から引き抜く戦力の余裕が出来た途端、もはや数隻の護衛艦しか居ない総旗艦にトドメを指そうとしていた。

まさしく其の瞬間に戦場へと到着したミュラー艦隊は、先ずは其の総旗艦を襲っていた敵分遣隊を狙って逆襲したのだった。

 

だが、味方も今だ包囲殲滅の危機に在る。

いや、殲滅し次第どころか再び包囲陣から戦力を引き抜く余裕が出来次第、今度こそ敵は総旗艦を仕留めようとするだろう。

その前に敵を撃滅するしか無い。

そう決断して総攻撃をかけるミュラーだったが、瞬間のスキを突いた敵が最後に結集した攻撃は、ついにミュラーの旗艦リューベックを総員退艦に追い込んだ。

 

鳴り響く警報と退艦命令の中で無念を噛み締(かみし)めていたミュラーだったが、シミュレーション・マシンは停止しない。

ようやっと稼動中である事に気付いたミュラー大将が驚愕と疑問の声を上げると、操作役のザルツ少将は平静を演技しつつ回答した。

「敗北条件は「総旗艦の撃沈」か「ミュラー提督戦死」です。

戦艦リューベック撃沈は含まれていません」

ハッとしたミュラーはシミュレーションを続行した。

「では、他の艦に司令部をうつす。もっとも近い距離にいる戦艦は何か」

 

だが当然ながら、今度はミュラーが移乗した新たな旗艦に敵の攻撃は集中して来る。

ミュラーは第3の旗艦と成る戦艦へ、更には第4の旗艦である戦艦へと脱出しながら総旗艦を護り続けた。

そのミュラーの最終防衛線まで遂(つい)に突破した敵が、総旗艦を射程距離に捕らえようとした、まさに其の半歩前で、隣の星系では敵首都が陥落、戦場には停戦命令が届いた。

シミュレーション・マシンはミュラーの勝利を判定して停止した。

 

「いったい、どう言う積もりだ?」

主君のラインハルトからして、冗談も混じっているだろうが「いたけだかなミュラー」は「女気なしのロイエンタール」や「浮気者のミッターマイヤー」と並べて「皆、彼ららしくない」と評したくらいである。

戦場で指揮をとっているとき以外で年長者を問い詰めたりは、普通しない。

だが当時ミュラーは大将でザルツは少将であり、かつ士官学校に同時に在籍して直接に先輩後輩だった経験が無い。

逆にローエングラム元帥府に抜擢された時点で、ミュラー少将はザルツ大佐よりも上級者だった。

 

「まあ、ミュラー提督。ザルツ先輩の言い分も聞こうでは無いか」

逆に双璧は、ミュラーの視点では学校での直接の先輩でもあり、元帥府での上級者でもある。

その双璧の視点では、ザルツは義理の在る先輩であり、まったく3すくみだった。

 

「ミュラー大将。提督には「鉄壁ミュラー」と呼ばれるまでに成長して頂きたいのです」

この言葉にウソは無い………。

 

……。

 

…切っ掛けは、とある汚職事件である。

 

「ジークフリード・キルヒアイスが生きていれば、きっとローエングラム公爵をお諌めしただろうな」

とは疾風が相棒にだけは洩(も)らした溜息だった。

と言うのが『原作』での記述だったが、キルヒアイスは生きていた。

 

科学技術総監から、とある新兵器を売り込まれた最高司令官は其の場で即断せず、補佐官と副司令官との合議まで返答を保留した。

当然の様にキルヒアイスは「無用の出兵」だと軍事戦略あるいは帝国の政策そのものの視点から正々堂々と主張した。

まったくヒルダも同感でありキルヒアイスに共感していたが、同時に一応はウラを疑ってみた。

そこで、ケスラー大将とザルツ少将にウラ取り捜査を依頼して置いた。

 

当時のケスラー大将は、帝都防衛司令官から「臨時」が取れた事に加えて「前」憲兵総監の自爆も結果的には機会と成り、後任の総監を兼任する様に成っていた。

当面は憲兵組織そのものの改革に邁進(まいしん)すべきだったが、どうやら今回の件が事実上、総監昇進後の初仕事に成りそうだった。

そんなケスラー大将の下でザルツ少将に与えられた憲兵本部特命室長と言う立場は、何かと自由に動けそうだった。

 

まあ、本人にしても分からぬでも無い。

全体的な才覚や実績からすれば、良くも悪くも「器用貧乏」と言う処だろうが、思い出したようにトンデモ無く的確で、何処から入手したのかの見当も付かない、しかし結果からは間違い無かった情報を持って来る。

そんな部下に与える立場としては適所だろう。

 

早速、そんな立場らしい初仕事をする事にした。

科学技術総監に関係してアヤシゲな密告が在った、と言った感じの報告を憲兵総監へと持っていったのである。

当然に、憲兵隊としても調べざるを得ない。

帝国軍全兵器の情報を管理する責任者が、フェザーンと言う「外国」に買収されていたのが事実なら、完全なるスパイだ。

そこへヒルダからの依頼が重なった。

結果は、科学技術本部の人事活性化だった。

 

……だが、俺ことザルツ少将だけは、将来の事を考えたら1つだけ困った事が起きていた事に気付いた。

 

『原作』通りに実行されていたら、ケンプ1人では済まず180万以上もの未帰還者を出して、しかも失敗する戦いだった。

だから潰(つぶ)して悪い筈は無かったのだが、この大敗戦の結果「鉄壁ミュラー」へと覚醒する、と言う側面も在った筈。

だからと言って、その覚醒と引き換えに180万に死んで来い、と言うのは流石に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だ。

しかし「鉄壁」が覚醒しないままで、もしも「バ-ミリオン会戦」が戦術レベルの細かい展開まで『原作』通りだったら……

正直、1人ゾッとした。ガイエスブルクで扉に懐(なつ)きたく成った時の気分だった。

 

散々考えた末、思い付いた事が戦術シミュレーションだ。

あらかじめ「鉄壁ミュラー」をシミュレーション・マシンの中で体験させて置く。

同じ内容を学習しても成果は受け取る側の者で異なる事も在り得るだろうが、ナイトハルト・ミュラー程の人物であれば、例えシミュレーションであっても、あらかじめ経験しているのといないのとでは、いざ其の場に直面した時に違いが出る筈だろう。

ただ、俺が士官学校の教官でミュラーが学生といった立場では無い。

それどころか、こちらは少将で向こうは大将だ。

どうやってシミュレーションを強要させるか。それに不満タラタラでは身に付くまい。

 

そこで更に思い付いたのは双璧だった。

第1に、俺は双璧にとっては同時期の士官学校で直接に先輩後輩の関係、それも友情の切っ掛けと成った義理が在る事に成っている先輩だ。

それに戦術シミュレーションの事にかぎっても、双璧と俺との間ではレンテンベルクの前例が在る。

つまりは、この件での協力を期待出来る。

第2に、今度はミュラーにとって直接に学校での先輩後輩の関係が在ったのが双璧だった。

そして今でもミュラーが大将ならば、双璧は上級大将。

しかも「帝国軍の双璧」と呼ばれるだけの実績も名高い。

双璧ならばミュラーに戦術シミュレーションを強要も出来るだろう。

第3に、仮想ヤン・ウェンリーと言う問題も大きい。

シミュレーション・マシンだけでは相手の強さまでは再現困難だ。

まして相手はヤンである。

ハッキリ言って、双璧が2人がかりでも無ければ、仮想とは言えヤンは再現出来まい。

最後に『原作』ではヤンを「時間切れ」に追い込んでミュラーを粘り勝ちさせる結果をもたらしたのは、双璧だった事だ。

つまりは、双璧に対しても学習効果を期待していたのである。

 

とは言え、双璧が上官と先輩を盾に強要するだけでは、ミュラーは不服で身が入らなかったかも知れない。

そこで先ずは、双璧にミュラーを飲みに誘い出してもらった。

やはり、新兵器の売り込みが成功していた場合にはケンプ大将の副将として出征できた可能性が、ミュラー当人の耳にも入っていた。

そうなると疾風と並ぶ常識人のミュラーとしても、欲求不満が無いわけでも無い。

だが俺は、あくまでも少将から大将への言葉使いに気を配りながらも、正論で指摘した。

「ご無礼ですが、ケンプ大将とミュラー大将がロイエンタール、ミッターマイヤー両上級大将を相手に、要塞対要塞の戦力互角の戦いをして、勝つ自信が御ありですか?

相手はヤン・ウェンリーです。

ローエングラム元帥閣下ですら、戦術レベルで最後まで勝った実績を残せなかった敵なのです」

これがケンプだったら、特に当時は『原作』によれば「年下」の双璧に上級大将への昇進で追い抜かれている事に焦(あせ)っている様な記述も在ったみたいだが、常識人かつ双璧よりも後輩のミュラーには、そうした事で憤慨する様な事は酒の席でも無かった。

それでも自分とヤンとの力量差を確かめたいとは言い出し、双璧相手の戦術シミュレーションを承知した。

 

そして俺は、シミュレーションを慎重に設定した。

出来るだけ『原作』通りに、しかし実現した時に俺が予言者などと疑われない様に「バーミリオン」などの固有名詞は慎重に改変して。

戦術展開そのものには関係しない処で違いが出る様に、つまりは実現した時には偶然に見えそうに。

そしてミュラー提督は、今回のシミュレーションから思う処が、何か在った様だった………。

 

……。

 

…だが実の処、もう1つの玉突き現象が起こっていた事には気付かずにいた。

 

シャフト技術大将と言う人物は、外見だけで判断するのは偏見かも知れないものの「指向性ゼッフル粒子」とか「移動要塞」とかを発明開発した科学者やエンジニアと言うよりは、むしろ“俗物”に見える。

実の処、総監と言う職務に要求されるのは研究者そのものの才能よりも研究組織の管理者としての有能さだ。

そうした管理者としては、ある意味では有能だったシャフトに管理されながら、直接に研究開発したスタッフが居たのだ。

そしてシャフトの失脚と其れに伴う人事の急変との巻き添えを喰っていた。

 

そうした人事上の不平と、折角(せっかく)開発した移動要塞がボツに成った不満から、人物的にも「世間知らずの学者」まがいの技術士官が刹那(せつな)的な行動に出ていた事の意味を、俺もケスラーも見落としていた。

ラインハルトやヒルダやキルヒアイスたちにも、一応は報告されただけだった。

この利子は高く付く結果に成る。

何と言っても銀河の向こう側には「奇蹟の魔術師」が存在したのだ。




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