蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第24章 閑話らしきもの(その4)

ヤン・ウェンリーは知っていた。

衰退する自由惑星同盟を更に自爆させた内乱が、ラインハルト・フォン・ローエングラムの策謀だった事を。

だが、この事をヤンが恨んだ痕跡は無い。

ユリアン・ミンツ編集「ヤン・ウェンリー=メモリアル」は、同時代人による最も公正な評価をされたラインハルトを記述している、と言うのが後世の歴史家の通説だが、その文中にも探し出せない。

 

その理由は「メモリアル」による限り、以下の様だとされる。

ヤン自身が帝国の内乱を予測し、これに乗じて同盟の利益を図る策謀を構想しており、そんな自分と自分の策謀を「勝つことだけ考えていると、際限なく卑しくなるもの」と自己評価していたからだ。

ただ、前線指揮官の1人に過ぎなかった彼には実施出来るだけの権限が無かっただけだった。

そのため、しばしば後世の歴史家は、以下の様なIFに誘惑される。

 

もしもヤンが前線指揮官では無く「策謀」を実施出来るだけの権限を持った高官直属の補佐者だったら、同盟に仕掛けられたラインハルトの策謀は失敗し、逆にヤンの策謀が帝国を落とし入れていたのでは無いのか?と

しかし「メモリアル」中のヤン自身は「それは誰にも分からない」としか回答していない。

 

更に「メモリアル」を読み解こうとする歴史家たちが深読みするのは、両国内乱の翌年(宇宙暦798年 帝国暦489年)前半から中期にかけて準備され進行していた策謀を、どこまでヤンが見抜いていたか、についてだ。

後世に残る「メモリアル」を読む限り、ヤンもユリアンも主張している。

ヤンもまた、策謀の当事者以外は知る事の出来ない事は知らなかった。と

少なくともヤンやユリアンは「後出しジャンケン」に成ってから「自分は予言していた」などと主張するのは、歴史家の態度では無いと考えていたらしい。

 

……当時のヤンは「メモリアル」によれば、別の事を考察していた。

 

実際に仕組まれた様な策謀によって早まらずとも、ローエングラム改革によって活性化し始めた帝国と、尚も不活性化し続ける同盟のバランスが、何時かは軍事的にもアンバランスに成るであろう事までは予測していた。

その時、同盟が採るべき途(みち)は、民主共和国家の理想に殉教して玉砕する事などでは無く、何らかの方法で民主共和主義の理念を後世に生き残らせる事の筈だ、とヤンは考え始めていた。

そもそも、ローエングラム改革によって帝国が活性化しはじめている事自体、ヤンに言わせれば、ルドルフ大帝へのアンチテーゼの実現であり、理念的にもゴールデンバウム王朝と言う共通の敵の敵に成り得るのである。

高い理念を持ったシビリアン政治家が、この理念に目覚め、同盟市民を説得する事をヤンは願っていた。

 

……だが当時、同盟の政治指導者はヨブ・トリューニヒトだった。

 

「メモリアル」は皇帝ラインハルト1世に限らず公正に評価した、同時代人からの証言とされるのが通説だが、もちろん例外も存在する。

ことトリューニヒトに関係する限り、ヤンもユリアンも自分に偏見が存在する事を自覚しながら記述しているが、それでも結論は「断罪」だった。

ヤンがラインハルトと並んで英雄伝説の対象と成っている後世、トリューニヒトに着せられた汚名は同時代の人気からは想像も難しかっただろう。

 

そのヤン=ユリアン父子が偏見を自覚しながらも捨て切れない疑惑が「メモリアル」にも残っている。

父子にも確定証拠を見付けられず疑惑に止めてはいるが。

トリューニヒトは何時から、どの程度までアドリアン・ルビンスキーらの共犯者に成っていたのか?

ヤン自身がラインハルトとの最後の戦いに挑もうとしていた時点では、共犯関係が成立していた事は通説に近い。

そして彼が狙っていた事は「旧」同盟をラインハルトに征服させた上で「旧」同盟領だった新領土もろとも乗っ取り政権首班と成る。

その野望の元に暗躍し続けた事は、もはや「黒に近い灰色」とされている。

 

視点:とある転生者

 

俺ことハンス・ゲオルグ・ザルツは、ただ1つの「反則」知識を持っているだけの平凡人だ。

ラインハルトやヤンの戦いに割って入れる戦略家でも無ければ、陰謀家としてもルビンスキーやトリューニヒトに本来かなう筈も無い。

そんな俺でも、知識だけは「反則」だ。

だからヤンですら「後に成ってから」疑(うたが)った様な疑惑を疑う事が出来た。

トリューニヒトは何時から、どの程度までアドリアン・ルビンスキーらの共犯者に成っていたのか?

 

『原作』でロイエンタールに中断されられた時点での彼の狙いは「旧」同盟をラインハルトに征服させた上で「旧」同盟領だった新領土もろとも乗っ取り政権首班と成る事の筈だった。

そのために、ルビンスキーや地球教団らのテロリスト・ネットワークまでも利用していた。

しかし何時から?「この」狙いで暗躍していたのか。

そして「こうした」共犯者たちと共犯関係になっていたのか?

 

『原作』では、ガイエスブルクを動かすよう唆(そそのか)していた時点で、ルビンスキーは近い将来にラインハルトが同盟を打倒すると予想していた。

その前提で以後の策謀をたくらむのだが、同じ統計を同盟元首の職権でトリューニヒトも入手出来ていた筈だ。

そしてトリューニヒトはヤンの軍事力で守られている事を信頼などしていなかっただろう。

でなければ(ルビンスキーに唆されたからとは言え)査問会にヤンを呼び付けたりとか、ユリアンやメルカッツをイゼルローンから引き離したりとかは、流石にしないだろう。

そして帝国に降伏する時も実に未練も無く、しかも逆クーデターの私兵に使ったのは同盟軍内のトリューニヒト派閥でも無く、憂国騎士団でも無く地球教徒だった。

 

とは言え、憲兵本部特命室長の権限を持っても、こうした疑惑を裏付ける証拠を見付ける事は、全てが終わり「旧」同盟側の資料を入手出来る様に成っても困難だった。

本質からして、光の下よりも闇と影に所属していた事実だったのだから。

 

それに当時つまり、ルビンスキーが科学技術総監の背中越しに軽く小突いて来たジャブは空振りさせたものの『原作』通りならば「本番」の策謀をたくらみ始めていた筈の頃の俺には、フェザーン回廊の向こう側の情報となると、ヤンが査問会に呼び出された事すら確認出来なかった。

確かに、本来ならば非公式な「裁判ごっこ」である。堂々と発表も出来ないだろう。

それにガイエスブルクが動いていない。ヤンをイゼルローンから呼び戻す必然性が無い。

 

結果として「査問会」そのものが無かった事を確認出来たのは「旧」フェザーン自治領駐在「元」同盟駐在武官を尋問する機会が出来た時だった。

何人か居た中の主席武官は赴任“当時”トリューニヒト派閥の大佐だったため、ある程度のウラ話をしゃべれた。

例えば「ヤンの七光の小僧」の事とか。

 

視点:後世の歴史家

 

当時、つまり後年に編集された「メモリアル」では「灰色の疑惑」とした其の暗躍が始まっていたかも知れなかった時期、ヤン自身はチェスの連敗記録を伸ばし続けていた。

もう1つの回廊から自分の背中にかけて進行しつつある陰謀にも気付かずに。

そして、他の多数同様に驚愕したと「メモリアル」は主張している。

 

視点:とある転生者

 

ケスラー大将が憲兵組織の改革を断行し、その成果を元に本来の任務へと邁進(まいしん)し始めた頃、俺ことハンス・ゲオルグ・ザルツ少将に与えられていた憲兵本部特命室長と言う立ち位置は、何かと自由が利く立場だった。

そんな立場をよい事(?)にザルツ少将は1人、物思いに浸(ひた)っていた。

本部の建物外では雷が、ラインハルト曰く「ルドルフにふさわしいエネルギーの浪費」を続けていた。

帝国暦489年6月某日……

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