「レオポルド・シューマッハ大佐そしてランズベルク伯爵ですな」
目の前に出現した帝国軍少将の軍服姿の相手は、隠し持っていたブラスターを抜いたシューマッハに対しては両手を上げて見せたものの、後ろにはアサルト・ライフル型のブラスターを2人に対して照準している、最低でも1個分隊の憲兵を指揮していた。
「帝国軍の憲兵本部特命室長ハンス・ゲオルグ・ザルツ少将。お2人を「保護」させて頂く」
「保護?逮捕の間違いでは無いですかな」
「ナイン。憲兵総監ケスラー大将閣下の命令は、保護で正しい。
まあ、この記録を見れば納得出来るだろう」
尚も片手を上げたまま、もう片手で武器と誤解されないよう慎重に取り出した記録メディアを再生する。
帝国宰相ローエングラム元帥とフェザーン自治領から派遣された高等弁務官との対談だ。
もっとも其の場に居るのはラインハルトとボルテックだけでは無い。
ザルツ少将以外の知らない『原作』では、ヒルダはアンネローゼを訪問していた事に成っていたが、そのアンネローゼはローエングラム公爵私邸に身を寄せていて、キルヒアイスは生きていた。
高等弁務官を出頭させた帝国軍最高司令官は、自分が副司令官と補佐官を同席させる人数合わせとして、呼び出した相手にも2人まで部下の同行を認めていた。
もっともボルテックは専(もっぱ)ら、自分からラインハルトへと話そうとしていたが。
2人が対面して着席した処から始まった対談は、ランズベルクとシューマッハが聞き逃せない処まで進んでいた。
「皇帝を誘拐して、フェザーンに何の利益があるのかと、そう訊いているのだ」
「………」
「それにランズベルク伯爵ではいささか荷が勝ちすぎるとも思うが、どうかな」
「おどろきましたな。そこまでお見通しでいらっしゃいましたか」
記録の中のボルテックは感嘆の演技だが、ランズベルクは素で驚愕、シューマッハは「やはり」と言う態度だった。
「すると、密告したのが私どもフェザーン……」
ランズベルクは血の気が消えた色に、シューマッハは怒りの色に成っていく。
「……同盟を討伐なさるりっぱな大義名分を獲得なさることになります。
そうではございませんか」
ボルテックは笑った。そしてランズベルクの驚愕は憤慨に変化していた。
尚もボルテックはラインハルト相手だけを相手にする積もりの独演会を続けていた。
「私どもフェザーンは、閣下の支配なさるかぎりの全宇宙における経済的権益、とくに恒星間の流通と輸送の全てを独占させていただきます」
ランズベルクは自分の耳と目をふさぎたい様だが、シューマッハが忠告して止めさせた。
そしてザルツには聞き逃した分だけ巻き戻してからの再生を要求した。
「同盟が皇帝の亡命を受けいれぬかぎり、どれほどすぐれた戯曲であっても筋の進行のさせようがないが、そのあたりはどうか」
「その点は、わがフェザーンの工作をご信頼くださいますよう。策は打ってあります。
必要なかぎり」
ここでザルツとか言う憲兵らしくも無い少将は、再生を止めた。
「まだ必要かな」
実の処、この先にはフェザーン回廊ウンヌンと言うラインハルトの戦略に関係する秘密が記録されている。
だが「ナイン」シューマッハは、そう答えた。
ランズベルクの方はと言えば、茫然自失(ぼうぜんじしつ)していた。
「では、お2人を「保護」させて頂く」
シューマッハはブラスターをザルツに渡し、自分の足で歩いて同行した。
ランズベルクはと言うと両側から憲兵に腕をとられていたが、連行に抵抗していると言うよりも、どちらかと言うと、自分で歩く気力を取り戻していない様にも見えた………。
……。
…7月7日。ラインハルト・フォン・ローエングラムの宣言が銀河を驚愕させる。
ラインハルトは先ず、自分とボルテックとの会見の記録を公開した。
ランズベルクとシューマッハが見せられた物と同一である。
続いて、その2人が証言したが、この期に及(およ)んでもランズベルクは「自分の信念は変わっていない」と、むしろ正々堂々と弁明した。
その上で「自分の忠誠にフェザーンは付け込み、自分をだました」と訴えた。
シューマッハに至っては「共に亡命して来た部下たちを人質に捕られ、最初から相互不信と一方的な利用の関係だった」と断言した。
その上で「部下たちには罪は無い。彼らが帝国に残した家族の元へと帰還出来る事を願う」と訴えた。
そして本題と成るローエングラム元帥の演説である。
「私はここに宣告する。
不法かつ卑劣な手段によって幼年の皇帝を誘拐し、歴史を逆流させ、ひとたび確立された人民の権利を強奪しようとはかって未遂に終わった門閥貴族の残党どもは、その悪業にふさわしい報いを受けることとなろう。
彼らと野合し、宇宙の平和と秩序に不逞な挑戦をたくらむ野心家たちも、同様の運命をまぬがれることはない。
誤った選択は、正しい懲罰によってこそ矯正されるべきである。
罪人に必要なものは交渉でも説得でもない。
彼らにはそれを理解する能力も意思もないのだ。
ただ力のみが、彼らの蒙を啓かせるだろう。
今後、どれほど多量の血が失われることになろうとも、責任は、あげて愚劣な誘拐犯と共犯者にあることを明記せよ」
……ラインハルトは共犯者が何者であるかは、自由惑星同盟ともフェザーン自治領だとも明言しなかった。
する必要も無かったのだ。
「門閥貴族どもの残党を倒せ!奴らの復活を許すな。平民の権利を守れ」
「門閥貴族どもの共犯者を倒せ!」
その声は最初の演説以降、ラインハルトが扇動するまでも無く自己拡大を続け、兵役志願者たちの数と銃後の協力体制として表面化し始めた。
この「国民軍」こそ、ラインハルトが欲しかったのだ。
「新ティアマト星域会戦」までのラインハルトは建前上、ゴールデンバウム王朝の軍人として同盟軍と戦い功績をあげて来た。
そして現状のローエングラム体制にしても「ダゴン会戦」以来の戦争状態を撤回したわけでは無い。
今更、対同盟戦の大義名分は不要なのだ。
必要とするならば、帝国の平民階級に対して、だったのだ。
ボルテックと言うよりは、セリフを教えただろうルビンスキーの詭弁(きべん)に他ならない。
そしてラインハルトは、もう1つの必要にして十分な結果も手に入れた。
「国民軍」結集の熱気の中、今更の様に宰相ローエングラム公爵から発表された。
そう「今更」と想われる雰囲気が、実は無関係でも無い問題だった。
「今回の陰謀に加担した者たちは錯覚していただろう。
皇帝の身柄1つのみで、直ちに自分たちには正義が存在すると。
彼らは現在の皇帝が、すでに第37代皇帝だった事まで都合好く忘れていた様だ。
確かに、今の皇帝は未だ幼く子は無い。
だが、こうした事態に対処する選択肢が他に全く無いと、誰が断言したのだ」
そして帝国宰相として発表した。
「現帝エルウィン・ヨーゼフ2世の“年少”の再従妹(またいとこ)に当たる、カザリン・ケートヘン・フォン・ペクニッツを皇位継承権者とする」
同時に、こうも発表された。
「継承権者の親権者に当たるペクニッツ子爵を“未成年”である皇帝と“皇太女”の後見人に指名する」
この発表は、直接的には今回の陰謀が無益のみならず無駄でもあった事の宣告だったが、
間接的には、ローエングラム王朝への名義書換が始められた事をも意味していた………。
……。
…この時点での帝国側には、フェザーンや特に同盟側の情報を確認出来る筈も無い。
例えばザルツ特命室長は憲兵本部に所属してはいたものの、帝国側に入って来る情報そのものが少なくなっていた。
特に同盟側の情報と成ると、フェザーン経由の情報ルートが尚さら信用出来かねる代物に成っていた。
フェザーン関係の情報の信用性も本質的には同様だろう。
「茶番だ」
そんな限られた入手ルートの情報から確認出来た限り、フェザーンと同盟の国家元首は、まるで口をそろえた様にラインハルトの演説にコメントすると、多くを語る事を避けた。
シューマッハとランズベルクの証言に出てきた、自治領主補佐官についても「同盟駐在の高等弁務官と交代した」と言うのが自治領主府からの公式発表だった。
それ以上を少なくとも公式的には、自治領主ルビンスキーは語らない。
そして同盟政府は「茶番だ」と言うコメント以上の関心を政権外への公式発表としては示さなかった………。
……。
…ただ、限られた情報に接した帝国側の中で、ザルツ少将だけは脳内だけで深読みしていた。
確かに幼帝は、実際には亡命して来なかったのだから、例えフェザーン自治領側からの工作を受けたり工作資金を受け取ったりしていたにせよ、知らん振りを決め込んだ方が無難、と言う考え方もあるだろう。
だが帝国国内で結集しつつある「国民軍」の力の向け先が何処になるのか、そもそもラインハルトは同盟が「今回」だけは無関係だからといって見逃す積もりかどうか、真面目に検討しているのだろうか?
不真面目で検討していないのか、真面目に検討していて無能なのかは知らないが、まさかヤンだけは例外だろう。
そしてザルツ少将には「反則」知識が在るだけに、どうしても深読みしてしまう。
ヤンですら、後年ユリアンに編集を任せた「メモリアル」の段階で文字にした疑惑。
トリューニヒトは何時からルビンスキーらとの共犯関係だったのか。
同盟をローエングラム王朝に売り渡した上で、その新領土ごと帝国の権力を乗っ取ると言う野望のために、何時から暗躍していたのか?
同盟側トリューニヒト政権のリアクション情報が確認出来ない中で、どうしても「疑いの心が見えない幽霊を生む」ザルツ少将だった。
そんなザルツは、もう1つの深読みもしていた。
前回のガイエスブルクの件、そして今回のリアクションが『原作』とズレた理由は推察出来る。
「アムリッツァ」が「新ティアマト」に変わった事と同じ方向性の変化が、より大きく成っているのだろう。
友を永遠に、そして姉も身近から消失した虚無のスキマに「宇宙を奪う」と言う野望と、オーベルシュタインの説く「中学生向けのマキャベリズム」が入り込んだラインハルトと、私生活では姉に癒(いや)され、公私ともにキルヒアイスとヒルダの助言と忠告を受けているラインハルトでは、違っていても可笑(おか)しくない。
確かにラインハルトは天才だ。
その天才が及ぶ限りの分野では、容易には他人に動かされる彼では無いし、むしろ下手な干渉など許さない激しい感性も天才を形作る部分の1つだ。
だが同時に「天才少年」ゆえのアンバランスも大きい。
そのアンバランスを支える3本の足の役目をする人たちに囲まれていれば、何かが違うだろう。
だが“その”ラインハルトにして、ルビンスキーが持ちかけて来たウラ取引に最後まで付き合う積もりが無い事は変わらなかった。
それはそうだろう。
ラインハルトはフェザーンから、商業権益や1回限りの通行権よりも大きな利益を得ようとしていた筈だ。
“現状”での同盟領を「新領土」とした後にラインハルトが建設する筈のローエングラム王朝の新帝国、その構想の中で、フェザーン回廊の真の価値を見付けていた筈なのだから。