「独裁者と言う者は、民衆が内政に目を向ける事を好まない。
それゆえに敵を作りたがる」
ローエングラム公爵の宣言から1ヶ月以上も過ぎた8月も半ば過ぎに成ってから、同盟元首は自国民に対して公式の声を発した。
「だがフェザーンは中立であり、それが帝国としても前提条件だ。
そして我が同盟の領土は難攻不落のイゼルローンに守られている」
トリューニヒトの肉声と画面の中の笑顔は、後世の歴史書で文字情報を読むだけでは想像も出来ない程の説得力を持っていた。
「そのため、自分が権力闘争で追い落とした筈の残党を引っ張り出したのだ」
それでも何故か、その魔力(?)が通用しないヒネクレ者ばかりが「ヤン艦隊」には集まっていた。
そのヤン視点で書かれた歴史書が後世には多く残る結果と成ったため、かえって同時代人の見ていたトリューニヒト像が伝わり難くなった。
「したがって、わが同盟の親愛なる市民諸君が関心を持つ価値は無い。
これは専制国家の内部問題に過ぎない」
どうやら国家元首は「親愛なる市民諸君」を(個人によっては無理矢理だった場合が在ったかも知れないが)安心はさせた様だった。
結局は、同盟内部の問題を優先して(そう見せかけて)帝国の内部問題(?)は黙殺した様である。
それでも未だ同盟には帝国との交戦関係は在っても外交関係は無い。
それはそれで、和平か戦争続行かの問題は在ったのだが
しかしフェザーン自治領は、名目はどうあれ帝国とも同盟とも国交関係を持っていた。
そのフェザーンと帝国との外交交渉の経過は、帝国側から何らかの返答を要求された場合のフェザーンからの回答としては「知らぬ存ぜぬ」に尽きた。
例えば、帝国側からは当事者として暴露された自治領主補佐官については「高等弁務官として同盟に駐在している」で済ませている。
確かに、その補佐官の前任者が帝国駐在のボルテックなのだから、これ自体は在り得なくは無い。
ただし見え透いてはいるが。
逆にフェザーン側から回答を要求された場合、帝国側の言い分は「言いたい事は言った」に尽きていた。
片や、帝国領内におけるフェザーン商人の交易活動には何らの規制も加えず、経済制裁の類は全く行われていなかった。
そのため時間とともに、フェザーン本国には交易品と共に楽観論が持ち帰られ始めた。
結局、帝国もフェザーンの商業権益は惜しく中立を続けさせる積もりだろう。
今回の事も、せいぜい言いがかり程度に終わるだろう。と。
ラインハルトが欲しかったのはフェザーン回廊そのものだったし、むしろ喰う前に手間をかけて豚をやせさせるまでも無かったのだったが………。
……。
…同盟側やフェザーン側が、そうした状況だった頃。
ローエングラム元帥は直属の部下たちを元帥府に招集した。
「どうやら、フェザーンの欲深どもは喉(のど)元を過ぎた熱さを忘れて物欲を思い出した様だ。
だが、私は忘れる積もりなど無い」
そのラインハルトの宣告に、部下たちも異論は無い。
「だが、彼らが機会をくれた事だけは確かだ。
フェザーン回廊と言う大きな贈り物を受け取る機会を、だ」
列席する提督たちは、それぞれに個性的な反応をした。
ただ最高司令官の左右では、副司令官と補佐官だけが事前に知っていたらしく無反応だったが。
それぞれに視線を交換してから、疾風が口を切った。
「では、今回の件を大義名分としてフェザーンを討伐なさると」
「フェザーン自治領のみでは無い」
それが意味する事は明白だ。
「フェザーン回廊の真の価値は、自由惑星同盟を征服し、帝国の新領土として統治する時に存在する」
居並ぶ勇将たちをしても緊張させた。
「そうだ。
同盟を自称する共和主義者たちと帝国の旧体制が始めたままの戦争を、私が終わらせる。
そして、宇宙に新たな秩序をもたらすのだ。
その戦略として惑星フェザーンを、同盟を征服するための拠点とする」
主将の目前でもオッドアイから露悪的な色を隠さないのは、主将も認める彼らしさだった。
「フェザーンの黒狐も、商談の相手が悪かった様ですな」
主将の替わりに答えたのは、側の補佐官だった。
「自分の持っている商品の価値を、それも相手側から見た真の価値を誤解していたのでしょう」
ヒルダはラインハルトに対して追従など言っていない
「その真価を自分の価値観で考えていたのです」
それでも補佐官の答えは上官を満足させた様だった。
……ザルツ少将ごときには、会議へ出席する資格は無い。
機密保持の理由からも会議の内容を詳しく知る事が出来たのは、かなり後日だった。
ただ『原作』と言う1つだけの反則知識は持っているから、ある程度の推測は可能だったが。
そんな俺が1人だけ、脳内で思い出している事も在ったりした。
「前世」持ちだから想い出す事が可能な、ラインハルトたちからは遠い過去の話。
東アジアの島国で革命が起こった時代である。
日本史上「戊辰戦争」と呼ばれる内戦の最中(さなか)新政府軍と旧勢力軍との間で1つの自治領が中立を申し出て来た。
この時、不在だった責任者の代理として応対した若い参謀は、未熟ゆえに驕慢(きょうまん)無礼に振る舞い、かつ旧勢力側への内通をうたがって門前払いに等しい対応をした。
そのため、領民の保護を名分に中立を訴えていた自治領側の指導者も、ついに新政府側との開戦を決意した、と伝えられる。
結果は、内戦の中でも激戦に数え上げられる惨状だった。
だが全ての責任が、ただ1人の参謀の未熟と驕慢そして責任者の不在に帰納するだろうか?
この時に申し出られた「中立」のウラや思惑を深読みせずとも、それは新政府と抵抗勢力との「天下2分」を前提とした「天下3分」に他ならない。
新政府軍の戦争目的つまりは勝利条件が、新政府による「天下統一」だった以上、新政府側の誰が応対しようが「イエスかノーか」以外の回答は在り得なかった。
そして「フェザーン自治領」と言う国家形態そのものが、フェザーン回廊の両側で銀河が「2分」されていた事を前提とした「銀河3分」に他ならない。
そして、ラインハルトの視点では「新帝都」としてのフェザーン回廊にこそ、真の価値を認めていた。
そんな事を1人、脳内で考察していたザルツは、もう1つの疑問も持っていた。
ラインハルトは生き急いでいるのでは無いだろうか?
“今”のラインハルトは姉や友そして恐らくは恋人に囲まれて、間違いなく『原作』からは何かが変わっていた。
それでもラインハルトは「宇宙を奪う」事だけは『原作』通りに急ごうとしている。
それを「知識」が破綻していないから都合が好い、と言うだけの理由でスルーはしていなかったか。
もっとも何故「都合が好いのか」まで考えてから「これはヴァルハラまで持って行くしか無い」と思ったものだ。
そう残り時間だ。もう後3年足らず。
「ガンは征服出来たがカゼだけは出来なかった」時代の、皇帝であれば最高度の享受が期待出来た筈の医療でも、不治どころか正確な病名すら不明な難病。
暗殺や戦死と言った他者の悪意によって強制される悲劇ならば「反則」知識での回避も可能だが、こればかりは知っているだけで、こちらの立ち位置は死神も同然だ。
ラインハルトには時間が限られている。それも、そろそろギリギリで。
その時間切れ前に「宇宙を奪わせる」ためには『原作』通りに“今”の時点で「神々の黄昏」作戦を発動してもらうしか無かった。
だから、あえて今回のザルツ少将は余計な干渉をしていない。
せいぜい無実(?)の罪で死ぬ事に成りかねないモルト中将辺りをかばう程度の積もりで居た。
変わっていたのはラインハルト自身とヒルダやキルヒアイスたち、あるいは精神的にならばアンネローゼの存在などだった………。
……。
…そのラインハルトは提督たちを解散させた後も、ヒルダやキルヒアイスとの3人で密談を続けていた。
「前」宰相が国務尚書だった頃の国務省をそのまま使用している宰相府の窓からは、皇宮を夜景の中に視認出来る。
この部屋の主がラインハルトに成る前までは不夜城の如く光を放っていた皇宮も、宰相が新しくなって以来、ずいぶんと暗闇に閉ざされる様に変わっていた。
それでも現状では、少しは光が戻って来ている。
ペクニッツ子爵家の(間もなく爵位が上がる事に成っている)家族が同居し始めた分だけ光が戻っていた。
あるいは「見張る対象は1ヵ所に集中していた方が安全だ」と言う理由でケスラー憲兵総監の部下たちに監視されながら、エルウィン・ヨーゼフの世話役を押し付けられているランズベルクとシューマッハは、癇癪(かんしゃく)持ちの幼児に手を焼いているだろうか。
「私には無用だ。あのような虚仮脅(こけおど)しの建物など」
確かにラインハルトには、今夜も姉が待っている家だけで必要にして十分だった。
例え宇宙を奪い取り、新王朝の皇帝と成ったとしても。
しかし今晩はまだ、姉の元には帰れない。
と言うよりも、あの優しい姉に聞かせるには生臭い話をこの3人でする事に成っていた。
「神々の黄昏」と命名される作戦の、より具体的な戦略の練り上げである。