そこはフェザーン自治領主の公邸では無い。
アドリアン・ルビンスキーが私的にと言うよりは秘密裏に、惑星フェザーンの(地表上とも限らない)何処かに所有している住居の1つだった。
その住居の主は、1人の女と会話していた。
ルビンスキーの息子の視点からは父親殺し未遂の共犯者だったが、その父親との2重スパイに成った女である。
そう言う相手と承知しながらも、他に話し相手の居ない話だった。
父親を殺す機会を当面では無くした息子はと言えば、同盟首都に居る。
自治領主から高等弁務官へと通信する場合の権限を行使したとしても、超光速通信では物騒過ぎる話題でもあった。
それでも聞く相手くらいは居ないと、ルビンスキー自身の考えも整理出来なかったのだ。
「ボルテックは何をしている」
ローエングラム公爵に暴露された例の対談以降、まったくロクな報告が戻って来ない。
「金髪の坊やに尻尾を振ったのじゃ無いの」
だとしたら……ボルテックは期せずしてルビンスキーを模倣している事に成る。
もしもボルテックが、帝国とローエングラム公爵の武力を頼んでルビンスキーを裏切ろうとしているのであれば、まさしくルビンスキーこそ、ボルテックがルビンスキーに対して行おうとしているかも知れない裏切りと同様な行為を、地球の総大主教に対して行おうとしているのだから。
「ふん。火傷をする覚悟があるなら火遊びをしてみるがよいわ」
「あんたは覚悟しているの」
「宇宙丸ごとなら、燃え尽きた処でかまわんな」
そこへ、留守にしていた自治領主府で当直に当たっていた官僚からの通信が入って来た。
現状では自治領主と言う公職に就いている以上、居場所そのものを秘密には出来ても通信回線の完全な切断までは出来ない。
せいぜい逆探知の対策だけは、万全を期してはいたものの。
自治領主府からの連絡事項は、同盟駐在の高等弁務官つまりは「息子」からの報告だった。
「ヤン・ウェンリーの秘蔵っ子か」
報告内容は、同盟からフェザーンへと赴任する新任の駐在武官についてである。
辞令を受け取りに立ち寄った同盟首都で接触を試みた結果だった。
直接の接触自体からは、当たり障(さわ)りも無い挨拶しか得られなかったが、首都での動きに関係しては、ある程度の情報を入手出来ていた。
イゼルローン要塞のヤン・ウェンリーから、直属上官である宇宙艦隊司令長官への何らかの密書を預(あず)かっていたらしい。
その件と関係するのかどうかは知らないが其の司令長官は、近ごろ急に勤労意欲に目覚めたらしい国防委員の1人と、何やらコソコソ動き回っているらしかった………。
……。
…その訪問者が同盟首都を出発してイゼルローン要塞へと向かっていた途中に当たる時期、帝国側ではローエングラム元帥が演説していた。
当時、同盟軍の情報部門はトリューニヒト政権の秘密警察に成り下がっていた、と言った伝説を創作する者も後年には居たが、当事者たちは真面目に職務を続けていた。
当然ながら、フェザーン自治領を経由して密航して来た“その”亡命者からも、可能な限り有用な情報を入手しようとした。
特に今回の亡命者は「科学技術本部に所属していた技術士官であり、例の指向性ゼッフル粒子などの開発に関係した」と申告していた。
当然に帝国軍の兵器に関係した技術情報を入手しようと、情報部門では技術部門からの応援まで呼んで熱心に尋問したのだが、相手は、世間で研究者と言う人種を想像する通りのテンプレートとすら言える人物だった。
自分が直接に開発した画期的な新兵器を前提とした大胆きわまる新作戦が、思う存分なだけ自分に研究させてくれていた上官の失脚で潰(つぶ)れた事に憤慨していて、その「大」作戦と新兵器の事ばかり話したがった。
もっとも“その”作戦の内容自体は、同盟軍としても聞き逃せないものではあり、情報部門は上層部へと報告して判断をあおいだ。
その報告が上がってきた時「変テコな秘密裁判ごっこも無く」帝国軍も攻めて来てはいなかったため、宇宙艦隊司令長官には書類に目を通してから問い合わせてみるだけの余裕が在った。
そして当人と面談してみてから、イゼルローン要塞を訪問させる手続きをとった。
情報部門としても異議は唱えなかった。
実の処、件の「大」作戦の事ばかり喋(しゃべ)りたがる技術士官には困惑させられていた。
それよりも他の兵器情報も聞き出したかったのだが。
このイゼルローン行きで満足して他の情報に話を移してくれれば、それはそれでよかった。
イゼルローン回廊と同盟首都の往復には2ヶ月前後の時間を要したが、この時点では繰り返すが、ローエングラム元帥の発表前である。
それほど事態が切迫しているとは思ってもいなかった………。
……。
…ユリアン・ミンツ少尉がフェザーン自治領に着任したのは10月15日である。
その翌日には歓迎パーティーが開催された。
そのパーティーの主賓などは「おそらく、そんなもの」とでも思っていたかも知れないが、パーティーで交わされた会話を、出席していない筈の自治領主が会場とは別な場所で聞いていた。
会話自体を聞く限りでは、主賓は新しい職場の上官に言論の自由を制限されている様だが、必ずしも其ればかりが会話の内容を限定している訳でも無さそうだ。
「ヤン・ウェンリーか」
どうやら「あの」ペテン師は、新しいペテンの種を仕込み始めたらしい。
その関連でウカツな事を喋らないよう自主規制もしている様だった………。
……。
…事態が切迫しているとは「奇蹟の魔術師」も思ってはいなかった。
この年の初頭、偵察部隊を追い払った後は“帝国軍が攻めて来る事も無く”紅茶にブレンドした酒の割合とチェスの連敗記録が主な関心事だった。
そこへ投げ込まれたのがローエングラム元帥の演説である。
流石に脳内の畑に生えて来ていた草を抜いて耕作し始めていた。
そして次第に予測していった。「神々の黄昏」作戦を。
こうして脳内の畑を耕作している処へ、事態が急転する前に同盟首都を出発していた訪問者がイゼルローンへと到着した。
この訪問は、ヤンが久し振りに耕作を再開した畑にタイミング好く刺激を与える機会をもたらした。
公正を期するため、戦術シミュレーションでのヤンは、先にガイエスブルク側を受け持った。
そして開始から行き成り、要塞に要塞をぶつけて其れで終わらせた。
この結果に訪問して来た技術者は、絶句してから憤慨した。
「ぶつけて破壊する目的ならば、要塞である必然性が何処に在りますか!」「そうだね」
「同程度の質量を持った小惑星か何かにエンジンを装着すれば、それで済む事では無いですか」
「でも、有効だろう。
もっとも、これからその策で来る、ということなら、ひとつだけ方法はあるけどね」
今度はヤンがイゼルローン側を受け持った。
接近するガイエスブルク。
その稼動中の通常航行用エンジン12個のうち1個だけを、ヤンは狙い撃った。
航行中、突如として合成ベクトルと重心を不一致にさせられた移動要塞は、操縦者の意志を無視した不制御運動を始めた。
シミュレーション・マシンの反対側からは、自分で設計した技術者が何とか残り11個のエンジンを駆使して制御を取り戻そうとしたが、その余裕を与えず「雷神の鎚」が追い討ちをかけた。
ガイエスハーケンで反撃したくても、制御を取り戻すまでは狙いも付けられない。
その前に動力炉へと「雷神の鎚」が突き通っていた。致命傷である。
「奇蹟の魔術師」の勝利だった。
絶句する技術者をむしろ激励(げきれい)する様にヤンは語りかけた。
「画期的な新兵器だと言っても、結局は道具だからね。
ただ便利な道具だと言う事は間違いないけれど、使う人間が使いこなせなければ「宝の持ち腐れ」に成る事は変わらない。
私ならば、要塞に要塞で対抗する以外の使い方も思い付くと思うけれど」
そのヤンの言葉に、訪問者の眼が科学者らしい輝きを取り戻し始めていた。
先ずヤンは、自分の構想する戦略理論「スペース・コントロール」について要約しながら語った。
「自分の必要な宇宙空間を必要な時間だけ確保する」
そして移動要塞と言うハードウェアを、このソフトウェアに結び付けた。
「確保したい宇宙空間に移動可能な後方支援の拠点を移動させる事で、既存の拠点に拘束されずに目的を達成する」
技術者は「目からウロコが落ちた」様な目をしていた。
「さっきの私が使った戦術だって対処方法は在る。
専門家でも無い私が言うのは、宗教の教祖に布教する様なものだろうけれど、エンジンを隠せば好いんじゃ無いかな?
例えば、今回みたいに要塞の外周沿いにエンジンを装着せずに、片側の半球に全部のエンジンを設置すれば反対側の半球を敵に向けるだけで、敵に向けた半球側の装甲を盾にする事が出来る。
無論、敵に向ける側の半球は要塞主砲などの反撃手段が在る側だ。
もう1つは流体装甲の下にエンジンを設置する。
エンジンを稼動する時だけ、例えば流体装甲を凹ませてノズル代わりにする」
もう技術者は、自分の脳内で設計図を書き始めていた………。
……。
…久し振りに帝国駐在の高等弁務官から自治領主に、役に立ちそう(?)な報告が届いた。
「帝国軍最高司令官の副司令官キルヒアイス上級大将の指揮下、ケンプ大将、レンネンカンプ大将の3個艦隊が出発した」
実は後半が重要だった。真の意味からも。
「目的は公式発表されないもののイゼルローン方面への出兵である公算大」
この時だけは黒狐も真の意味には気付かなかった。
それとも気付かないフリだけだったのか………。
……。
…自由惑星同盟軍は国内84ヶ所に拠点を確保していたが、そのうち何ヶ所かは宇宙戦艦なども建造可能な工廠でもあった。
そうした工廠が存在する星系の1つでは、その星系の小惑星帯に在る小惑星の1つで大規模な工事が施工されていた。
アイランズ国防委員とビュコック宇宙艦隊司令長官の協力の下、推進される工事を利権がらみとでも思ったのか、ジャーナリズムからは何人かが喰い付いてみた、のだったが、在野ジャーナリズムの旗手とされている筈のパトリック・アッテンボローが何やら報道協定らしきものを結んで引き下がったため「あのパットやビュコックの爺さんまで、アイランズ程度のザコ政治屋に買収されるのか?世も末だ」と嘆かれた、とか伝説が残る。
外形を直径60kmの球形に削られ、内部をくり抜かれて人工惑星イゼルローンに質量を合わせさせられた小惑星には、それぞれ18個ずつのワープ・通常航行用エンジンが取り付けられた。
そして報道協定の下、テスト航行を兼ねながらイゼルローン回廊へと航行して行った。
この小惑星が、イゼルローン要塞の存在してい“た”アルテナ星系にワープアウトしてから丁度(ちょうど)1週間後、宇宙戦艦ユリシーズがキルヒアイス艦隊を発見した。
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