「全ての道はローマに通ず」とは、古代ローマ帝国が其のインフラの充実によって広大な帝国を支配し「パクス・ロマーナ」を達成した事を意味した。
ローマは征服した後の地方自治体や属州に中央集権との絶妙なバランスで自治権を与えながら、帝都である都市ローマから、全ての地方自治体および属州へと通じる街道ネットワークを完備し、そのネットワークを通じて支配した。
この史実は、ローエングラム王朝による新領土すなわち「旧」同盟領の支配にも応用出来る。
元々「自由な惑星の同盟」と名乗っていた同盟の政治体制は、こと内政面に関係する限り、それぞれの有人惑星や星系への権限委譲が大きい。
例えば、中央政府の国家元首の肩書が評議会議長すなわち会議の第1人者を名目とするのに対し、星系1つの自治政府に主席が存在する。
そんな各星の自治政府の上に、占領軍の軍事力が乗っていたのが「冬バラ園の勅令」以後の新領土の実態だった。
しかし、これは利用の仕方によっては帝国側に不都合でも無かった。
直ちに帝国内務省などに地方行政の末端までの責任を負わせるまでも無い。
これら自治政府に末端の「旧」同盟市民を管理させつつ、フェザーン回廊を通じて帝国本土と連結するインフラを、帝国本土と新領土を含めた全体をおおうネットワークとして充実させる事で新帝国全土を支配出来る。
軍事力の次はインフラで支配したローマ帝国の史実の様に。
そのインフラ建設を目的として「工部省」を新設した意義は存在したし、責任者である工部尚書に期待する処も其れだけ大きい。
工部尚書シルヴァーベルヒは確かに、新王朝の足下に穴を掘ろうとするテロリストの標的に成るだけの高価値目標だった。
その工部尚書が首都建設長官を兼任している様に、結節の要(かなめ)である点と線としてのフェザーン回廊も地理的価値は高い。
そして新帝都フェザーンへの遷都も、旧帝都オーディンから官僚たちを移住させて終わり、な筈も無い。
ローエングラム王朝の新帝都として惑星フェザーンを皇帝ラインハルト1世が選択した理由は、フェザーン回廊で只1つの有人惑星、に集約される。
だが「旧」フェザーン自治領は有人惑星1つ、星系1つの「都市国家」に過ぎなかった。
当然ながら、その国家規模に相応しい首都機能しか備えてはいなかっただろう。
例え、有人惑星としての人口は旧帝都オーディンや「旧」同盟首都ハイネセンを含めて群を抜いていても。
むしろ、人口最大の惑星だけに既存の行政機能や関連インフラは惑星そのものの住民と彼らを対象とした地方行政に不可欠だった。
それらのインフラや行政機能まで奪えば征服者=略奪者である。
結局は、人口最大と言っても惑星1つの地表上なら無い筈の無い更地に、帝都の首都機能そのものと成る市街地とインフラを新たに建設するのが、最終的には手間が無かった。
その中心と成るのは、当然ながら皇宮「獅子の泉」である。
「獅子」が獅子皇帝ラインハルト1世を意味するのは明白だが「泉」も無意味な命名では無く、水を取り入れた庭園と建物が絶妙に組み合わされた設計に成っていた。
どうやら、地球時代の代表的な大都市だった紐育に中央公園を建設した先人と同様な発想を、首都建設長官シルヴァーベルヒも持っていたらしい。
だが、この「獅子の泉」の「玉座の間」で戴冠した皇帝は、玉座と宝冠自体は旧帝都から運んで来たラインハルト1世が戴冠した時と同じものだったにしろ、第3代ラインハルト2世が最初と成った………。
……。
…そんな「獅子の泉」の建設地周辺にニョキニョキと言った擬音でも聞こえそうに新庁舎が建設され続けていた。
そうした未だ築数年しか経過していない庁舎の1つの、とある執務室。
周辺の庁舎では大抵の執務室に同じ複製が架かっているだろう、2枚の絵が架けられていた。
1枚は旧帝都での「玉座の間」が描かれていた。
構図の中央では皇帝ラインハルト1世が黒と銀の軍服姿を玉座に腰かけさせ、黄金の宝冠を黄金の頭上と1つにしている。
玉座の左右には皇姉と「マイン・フロイント」そして1世の最終的にはカイザーリンだったヒルデガルドが配置され、階段の下では臣下たちが「皇帝ばんざい」を唱和していた。
構図上、最前列に近い数人しか描き切れてはいなかったが。
もう1枚には、基本的に同じ構図で同じ玉座と宝冠が描かれていたが、描かれている場所は異なっている。
それらをとりあえずは旧帝都から運び込んでいた「旧」フェザーン自治領主府の迎賓館でもあり、ラインハルト1世が大本営として接収した事も在る建造物の広間だった。
玉座に腰かけているのは、幼帝として即位する結果に成ったアレクサンデル・ジークフリード1世を抱いた皇太后ヒルデガルド。
その左右を守るように、先帝皇姉と「先帝のマイン・フロイント」とが描かれていた。
そして階段の下では、やはり臣下たちが「皇帝ばんざい」を唱和していた。
その2枚の絵が架けられた部屋の当人と客人は、対談していた。
……ラインハルト1世が新王朝の発足時に任命した10人の尚書の中で、新帝都への合流が遅れた2人が居た。
司法尚書と学芸尚書である。
後の皇帝ラインハルト1世は帝国宰相として改革を始めた当時から、公平な税制度と公平な裁判を改革の2大原則としており、当然ながら旧体制下での不公平な裁判の遣り直しが司法省の課題と成った。
同時に貴族がらみの裁判を担当していた典礼省の実務権限を他省へと移管しており、最終的には新王朝発足時に消滅させる事に成っていたから尚更だった。
結局の処、ゴールデンバウム王朝時代の不公平な裁判とは貴族がらみが少なくなかったからだ。
かくて典礼省から引き継いだ件も含めて多数に上(のぼ)る遣り直し裁判の決着を、宰相ローエングラム公爵(当時)に抜擢された司法尚書は期待されたのである。
片や学芸尚書の課題も「現在」を生きている者へと直ちに影響するものでこそ無かったが、それだけに何代かでの引き継ぎ仕事に成る公算が大きかった。
「ゴールデンバウム王朝全史」の編集である。
どちらにしても、旧帝都オーディンで確保した大量膨大(ぼうだい)な資料証拠を紛失しない様に新帝都フェザーンまで運び込む手配だけで、引越しを遅れさせられていた。
この日、司法尚書と学芸尚書は必ずしも引越しの苦労話だけで会見していたのでは無い。
現状では憲兵総監であるケスラー元帥が、総監と成る以前に個人の依頼で保管していた秘密文書、言う処の「グリンメルスハウゼン文書」の回覧に関係していた。
司法省の遣り直し裁判と学芸省の「全史」編集。
どちらにしても不可欠な資料でもある。
その回覧の順番を討議していた時、ふと話題が反(そ)れた。
「フリードリヒ4世が死の直前に、当時の国務尚書へと言い残した秘話ですが」
学芸尚書の言った事は、司法尚書には斜めに聞こえた。
元々、法廷に立って経歴を積んで来たのである。
「文書の当人は、4世よりも早く死んでいますが」
「しかし、その時の会話の内容は昔話だったそうですな。
後の4世の友人としては文書の当人くらいしか居なかった様な2人の若い日の」
「ふむ。では其の秘密が文書の中に書かれているかもと?」
司法尚書は慎重に成った。
「学者と言う者は専門の事しか考えない」などとまでの偏見は持っていない積もりだったが。
「ええ。文書の当人は当初、先帝陛下に文書を渡そうとした、との事ですが。
もしかして其れは……」
「博士。その事を「全史」に書く積もりですかな」
対談の相手が検察官の顔と態度に成っている、とまで言ったら大げさにせよ、司法尚書が態度をあらためた事までは学者でも分かった。
「学芸尚書。我々はローエングラム王朝に仕える臣下です」
「当然でしょう」
「そう、当然です。尚書も学者であると同時に皇帝陛下に直属する内閣に陪席する身です。
同じく学者でも在野の学者では無いのです」
「手心を加えろと」
これだけは学者の良心に賭けて言うべきとでも思ったか、学芸尚書も少しばかり言い方が変化した。
これに対して司法尚書は、今度は学芸尚書を諭(さと)そうとするかの様とも取れる言い方をした。
「恐れ多いことですが、我々の仕える現王朝までもが歴史に成るまでは、例え旧王朝の歴史であっても書けない事は在るのですよ。
博士が在野の学者であったらならば、話は別でしょう。
新王朝には旧王朝に比較すれば言論の自由が認められています。
おそらく個人の責任で書かれた歴史書を執筆しただけでは、罪ありとはされますまい。
確信犯的な不敬を犯(おか)す様な悪意でも明らかでも無い限り。しかし」
ここで、もう1回だけ言い方をあらためた
「尚書が作成しているのは、ローエングラム王朝が記述するゴールデンバウム王朝の歴史なのです」