蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第30章 終わりの始まり

ゴールデンバウム王朝の時代より銀河帝国軍は、帝都たる惑星オーディンの地表上から飛び立って行った。

その目的が外征であろうと地方叛乱の鎮圧であろうと、宇宙艦隊が艦列を組んで遠征に向かう姿を、地上から逆に天空へと流星群が駆け上る様に、皇宮を含めた中心市街から見る事が出来た。

意図的に見せていたのだ。

出征の度に逆流星群を見せる事で、帝国ないしは皇帝の権力を見せ付けていたのである。

 

その夜、あえて夜間を選んで殊更(ことさら)逆流星群を目立たせる様に3個艦隊もの出征軍が飛び立った。

当然の様に翌日は、出征軍の目的が公式発表されていないだけに尚更、前夜の話題に関心が向きがちだった。

だが、これもまた陽動作戦の1つとも言えた。

この日、突如として帝都に居合わせた文武の高官が、皇宮「玉座の間」に召集された。

前夜の出征軍に関心を向けていた高官たちは、理由を考えるヒマも無く「玉座の間」に集まった。それだけでも前代未聞だ。

兎に角(とにかく)先例にだけは忠実だった先帝フリードリヒ4世の時代に限らず「玉座の間」を使用するような公式の儀式が挙行されるのであれば、数日間から少なくない場合で数週間の準備期間が出席者にも与えられていた。

 

……そうして「玉座の間」に集められた高官たちが目撃した儀式。

 

それは玉座から7才の幼児が抱き下ろされ、生後1才未満の乳児が替わって玉座に置かれる、と言う儀式だった。

そして其の儀式は、帝国宰相ローエングラム公爵が最高司令官の軍服姿で主導していた。

目撃者たちは理解させられた。

この儀式は、ただ単に第37代皇帝の時代が終わり、第38代皇帝の時代が始まる事を告げるだけのものでは無かった。

初代ルドルフ大帝から数えて38代の皇帝を即位させて来たゴールデンバウム王朝の「終わり」が始まった、と宣言していたのだ。

 

同時にゴールデンバウム王朝のみの終わりでも無かった。

キルヒアイス上級大将の指揮する3個艦隊の出撃を持って「神々の黄昏」作戦と帝国軍が命名した、自由惑星同盟とフェザーン自治領と言う2つの国家の「終わり」も始まっていた………。

 

……。

 

…戦艦ユリシーズの哨戒報告から、実際の敵襲来までの時間を有効利用するため「ヤン艦隊」の幹部たちは会議室に集合していた。

 

その会議室にも続報は届く。

「艦型識別。戦艦バルバロッサ」

現状で帝国宰相ローエングラム元帥は帝国軍最高司令官の称号を名乗り、軍務尚書、統帥本部総長そして宇宙艦隊司令長官を自ら兼任している。

これに対してジークフリード・キルヒアイス上級大将は軍務次官、統帥本部次長そして宇宙艦隊では副司令長官を兼任しており「副司令官」と言うのも彼だけの称号同然に成っていた。

その副司令官を出陣させて来た以上、“この”イゼルローン方面の出兵も本気だと言う事だ。

だが、未だ帝都には最高司令官自身が残っている。

そして本気ならば、あの覇者が陣頭に立たない筈が無い。

おそらくは今1つの方面へと……

 

ヤンは要塞事務監に命令した。

「先週、例の小惑星が来てから始まったプロジェクトを推進。

それから出来るだけ正確に、時期見通しを報告して欲しい」

 

未だ会議中の処へ、さらに続報が届いた。

アルテナ星系外周の監視衛星が緊急通信を発して沈黙。その意味は1つしかない。

会議室から指令室へ、艦隊側のスタッフならばドックへと移動するべき時だった。

 

……宇宙戦艦バルバロッサのスクリーンに窓が開いて、副将両名の顔が映し出されている。

 

この両名が選択された理由はキルヒアイスも了解していた。

これから始める戦闘は、陽動作戦と承知の上で難攻不落の要塞に突撃しなければ成らない。

それも、本気で攻め落とそうとしているとしか見えない勢いで。

本質的には優しいキルヒアイスの様な指揮官には、兵士たちには過酷な命令である事も分かってしまう。

もっとも、そんなキルヒアイスが方面軍司令官だからこそ、軍事的にも余分な損害が出る手前での加減も出来るだろう。

同時に其れだからこそ、こうした任務でも戦意に不足しないだろう副将が選ばれていた。

 

その点を考えてみても、ケンプの戦意は低くない。

この1年近く「一度の敗戦は一度の勝利で償(つぐな)えばよい」とのラインハルトの言葉を実現する機会を待っていた筈だ。

ただ、双璧と呼ばれる両上級大将への意識から余裕を減じている、と言うのは本当だろうか?

片やレンネンカンプである。決して視野は広くない。

だが「陽動作戦と承知の上で難攻不落の要塞に突撃する」と言う命令でも忠実に実行する軍人である事は確かだ。

大佐時代のレンネンカンプを、ラインハルトとキルヒアイス自身の上官に持った経験からも分かっていた。

 

次の瞬間には、脳内の回想から目前の要塞へと、完全に意識を転換していた。

「撃て!」

何処かの露悪者なら「派手にやるのも今回の任務のうち」とか何とか言いそうな戦闘が、見た目は大真面目に開始された………。

 

……。

 

…キルヒアイス指揮下の帝国軍が真面目に攻め寄せるため、ヤンの側も真面目に防戦するしか無い。

 

そんな見た目は真面目な戦闘が続いて20日間。

帝国軍は決して有利とも言い切れない。

少なくとも戦術的にはイゼルローン要塞は難攻である事を再確認する様にも見えた。

 

その丁度(ちょうど)20日目。

今度はミッターマイヤー艦隊旗艦「人狼」とロイエンタール艦隊旗艦トリスタンとが艦首を並べて、帝都オーディンを発進した。

今度も行き先は明言されていない。しかし知るもの以外はイゼルローン回廊だと思った。

 

……その双璧の目的地が誰の眼にも明らかに成るのは、目的に到着した時に成る。

 

その明らかに成る時を待たず「この」方面の第1陣である疾風と第2陣の相棒に続いて、第3陣であるローエングラム直属艦隊そして第4陣ミュラー艦隊も帝都から出発していた。

この間1週間足らずの内の某日、何とか時間の都合をつけたヒルダは従弟を病室に見舞った。

中佐待遇の軍服姿のままで。

 

憲兵本部からは特命室長ザルツ少将も便乗していた。

名目としては防衛司令官として帝都を離れらないケスラー総監に代わって、選抜された憲兵たちを引率する事に成っていた。

引率される憲兵たちの任務は、フェザーンでの尋問である。………。

 

……。

 

…12月24日「前世」持ちには感傷が無い事も無い日ではある。

 

だが、当日のザルツはブリュンヒルトの艦上、ラインハルトの後ろにヒルダたちと並んで双璧からの報告を聞いていた。

実の処、フェザーンに関係する限りは双璧の報告を聞いているだけで充分だった。

ラインハルトが見ていたのはフェザーン回廊の向こう側なのだ。

 

……フェザーン回廊方面の第3陣と第4陣が惑星フェザーンに到着した当日。

ラインハルトがフェザーン航路局での時間を過ごしていた頃。

 

ザルツ少将は早速、尋問を開始していた。

対象は弁務官事務所から逃げ損ねた同盟関係者たちである。

とは言え『原作』にも固有名詞すら出て来なかったモブキャラクターたちだ。

持っていた情報は、それ相応のものでしか無い。

ただ「ヤン・ウェンリーの秘蔵っ子」がフェザーンに赴任して来ていて、当面は逃げ延びている事だけは確認出来た。

 

実の処、ザルツの脳内では迷っていた。

ユリアンに逃げられるのは、悪意あるサボタージュだろうか?

だがザルツの「知識」では、ユリアンがヤンの後継者としてラインハルトに立ち向かってくる前に、ヤンとラインハルトの和解は可能な筈だった。

それをジャマし“た”のは暗躍するテロリストたちである。

「この」件も含めて、ヤン不正規隊との和解の後に残る最後の敵であろうテロリスト・ネットワークとの戦いでは、ユリアンが地球に潜入して持ち帰ってくる筈の情報は有効な武器に成り得るだろう。

それでは、ユリアンには『原作』通りに地球に旅立ってもらった方が、最終的にはラインハルトの利益なのだろうか?………。

 

……。

 

…また1つ、行く年を送り来る年をむかえる。

 

「乾杯!!自由惑星同盟最後の年に!」

『原作』では第5巻だけの一発キャラクター扱い、にしては名セリフだ。

そんな名(?)セリフを聞き流しながら、俺ことザルツ少将は思ったものだ。

 

この惑星の何処かでユリアン・ミンツと言う若者は、どんな年越しをしているだろう。

確か、もうマリネスクとかとは出会っている筈だ。

もしかしたら「コソコソお祝いもしないでいたら、かえって胡散臭(うさんくさ)く思われますよ」とでも忠告されているだろうか。

だとしたら、確か「ドラクール」とか言った酒場ででも、ささやかに乾杯くらいはしているだろうか。

 

……その酒場「ドラクール」

 

「「「「乾杯。新しい年が、せめて好い年である様に」」」」

流石に口に出しては、無難な事しか言えない。

だが暗黙に了解した本音は「自由の宇宙(そら)を求めて」である。

そのテーブルを囲んでいるのは、ユリアン・ミンツ、ルイ・マシュンゴ、マリネスクそしてカーレ・ウィロックだった。




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