蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第31章 動かざることイゼルローンの如し?

敵要塞を目前にした宇宙戦艦の上では、年越しも戦場の作法に習うしか無い。

ジークフリード・キルヒアイスは戦艦バルバロッサのスクリーンに開いた窓越しにケンプ、レンネンカンプと乾杯を交わして、そのまま作戦の打ち合わせに移った。

 

「今さら要塞を正面攻撃しても無益です」

実の処、双璧のフェザーン到着で陽動作戦がバレて以降、キルヒアイスからは仕掛けていない。

「正面攻撃で落とせる要塞ならば、もう何回かは奪ったり奪い返したりしていてもよい筈です。

ですが結局、今イゼルローンに居る「奇蹟の魔術師」の奇策が成功した事だけなのです。

そんな敵を恐れる事は、決して我々の恥には成らないでしょう」

そして実の処、最近のキルヒアイスは副将両名の戦意を宥(なだ)める方に回り始めていた。

陽動作戦を本気の攻勢と見せかけるため、戦意の高い副将を選んだ事が裏目に出たとまでは言わなくとも、効き目が出過ぎはしたらしい。

 

そうした折、姉ブリュンヒルトと並んで旗艦機能の1つである戦場での情報能力も高いバルバロッサは、帝国軍の妨害を潜(くぐ)り抜けてイゼルローンに届けられた超光速通信を傍受再現した。

「全責任は宇宙艦隊司令長官がとる。貴官の判断によって最善と信じる行動をとられたし」

キルヒアイス程の名将ならば、この文面の意味する処は明解だ。

尚更、兵士をムダに死なせる気が小さくなっていた………。

 

……。

 

…直接の通信相手である「奇蹟の魔術師」は、部下たちを会議室に集めていた。

 

「イゼルローン回廊を放棄する」

先ず結論を告げてから、部下たちを納得させるために説明する。

 

戦術レベルで要塞が難攻でもフェザーン回廊を突破された以上、戦略レベルで無価値化された。

この上は、せめて機動戦力だけでも活用するしか無い。

 

部下たちは納得はした。だが無念の感情まで、全員が自分で解決出来た訳でも無さそうだ。

「誤解させたかな?

私は“ここ”の回廊は放棄するが、“この”要塞まで置いて行くとは言ってないよ」

またも部下たちは驚愕した。ヤンは要塞事務監に説明を引き継いだ。

 

……事務監キャゼルヌ少将の説明で全員が思い出した。

例のプロジェクトが進行中だった事を。

 

「しかし意外でしたな。

あなたは胡散臭(うさんくさ)い「画期的な新兵器」とかをむしろバカにしていた、と記憶していますが」

要塞防御指揮官シェーンコップ少将は何時もの調子だったが、ヤンも平常だった。

「私は、どんなに便利な道具だって使う人間が使いこなせなければ「宝の持ち腐れ」に成る、と考えていただけだよ。

まあ私自身は、間違いなく機械音痴だがね。こうした新規な科学技術は魔法も同然だ。

だけど新しく工夫されて、より便利に成った道具には其の道具なりの使い様が在るものだよ」

「すると、今回の移動要塞も使い道が在るものだと」

シェーンコップの質問に対するヤンの回答は、以下の如くである。

 

第1に、我々が護って助け出さなければ成らない民間人や非戦闘員だ。

軍民あわせて500万人以上を完全収容するためには、我々が用意する全ての輸送力を総動員しなければ成らないだろう。

(ここでキャゼルヌが補足した)

「輸送船と病院船を全て使用しても民間人だけでも収容し切れない。

艦隊にも民間人を分乗させてもらうしか無いんだ。

大体その事務仕事だけで、どれほど面倒か。うちの部下たちは過労で倒れかねん」

それに、これだけ多数の非戦闘用の船団をエスコートしながら、敵前から脱出しなければ成らない。

しかも何処かの有人惑星に立ち寄って民間人を避難させてから、我々は戦場に駆けつける事に成る。

移動要塞の中に守ったままで丸ごと逃げ出せれば、そうした全てを解決できる。

第2に、目前のキルヒアイス軍だ。

我々がイゼルローンを置いて行けば、さっそく後方支援の拠点に使ってフェザーン方面のローエングラム本軍との両面作戦を展開する積もりだろう。

しかし其のイゼルローンを持ち逃げされたら、帝国側からの後方支援体制を組み直してから進撃するしか、どうしたって無くなる。

それだけでも足止め位には成る。

第3に、艦隊や船団を組んでワープを繰り返しながら航行していけば、そして其の規模が大きくなる程、各艦固有の速度よりも遅くなる。

(艦隊フォーメーションの名人である副司令官と頷(うなず)き合った)

帝国のミッターマイヤー提督は「疾風」の名も高いが、彼の艦隊の艦だけが新発明で速い艦ばかりな訳じゃ無い。

他の艦隊よりも各艦固有の速度に近い快速で機動しながら、フォーメーションをコントロール出来る上手さを評価すべきなんだ。

しかし、ワープするのが移動要塞1つならば、まったく要塞固有の速度で移動出来る。

この事と、途中での寄り道を省(はぶ)ける事が重なれば、数日ぐらいは早く決戦場に到着出来るかも知れない。

今の場合、数日でも貴重だろう。

 

いま決戦場に到着、と言ったけれど1回切りの会戦で帝国軍を追い払えるとは限らない。

その後の戦略や戦術にも応用が出来ない事も無いだろう。

戦略レベルだと、同盟軍は国内に(副官に確認してから)84ヶ所の後方支援の拠点を持っている。

それらを利用しつつ機動戦を戦うのが通常だろうが、こちらの移動したい処へ拠点ごと移動出来れば84個の固定点に拘束されず、同盟領と言う空間そのものを利用して機動しながら、それだけ柔軟に戦える。

戦術レベルでは言うまでも無いな。

イゼルローンの攻撃力と防御力を何処の戦場でも戦術に組み込める。

まあ、相手は「戦争の天才」だ。そんな事は計算済みの戦い方で来るだろうがね。

 

とりあえず、これだけの使い道は思い付く訳だ。

私自身には魔法の様な新技術でも、専門家が可能だと言っている以上、遣らせてみるだけの価値は在った事に成る。

まあ優秀らしい発明家と、何故か今回だけは協力的な本国の支援と、それから(キャゼルヌに微笑んで)これだけは本当に優秀な実務者に恵まれた事だしね。

「成程」例によって副参謀長が纏(まと)めた………。

 

……。

 

…要塞から「ヤン艦隊」が出撃して来た。それも事前情報の通りならば、ほぼ全力で。

 

そのヤンの動きは、まるで「雷神の鎚」にキルヒアイス軍を誘っている、とも見える。

それでもキルヒアイスには、違和感が消えない。

現状でヤンが、それも全力出撃して来る理由は1つしかない筈だ。

だが非戦闘員を連れて撤退するならば、出て来る筈の護送船団が出て来ない。

しかし「エル・ファシルの英雄」が民間人を置き去りにして逃げる筈も無い。

その上、同盟側へでは無く、逆に帝国軍が居る方向へと出撃して来ていた。

 

先日レンネンカンプが、無人であろう輸送船をオトリにした奇策にしてやられているが、あの様な策は、実際に脱出する時に追撃を躊躇(ためら)わせるためで無ければ意味が無い。

むしろ次の出撃が本物の脱出だ、と予告している様なものだった。

だが目前のヤン艦隊は、まるで別な動きと陣形を見せている。

名将キルヒアイスにして困惑していた。

何せ戦術レベルに限れば、どれほど悪辣(あくらつ)な小細工を遣ってのけるか分からない相手なのだ。

 

そのヤンは戦艦ヒューベリオンの上で、自らの艦隊をカーテンにしてイゼルローンを隠そうとしていた。

 

そして其のヤンからイゼルローンの指令室を任せられていたキャゼルヌとシェーンコップは、ヤン艦隊のカーテンで帝国軍が見えなくなった事、つまりは逆に帝国軍からイゼルローンが隠されたことを確認すると、任されていた「仕事」を開始した。

先ずは、球体を半回転させる。

全体が銀色の球面だから、知らない者が外から見たのでは気付かなかったかも知れないが。

今までは帝国軍側の半球を盾にしていた側で設置工事を続けていたシステムを、同盟側へと脱出するならばエンジン・ノズルを向けるべき方向へと向けたのである。

続いて、流体装甲の18ヶ所がノズルの形に凹み始めた。

 

……ヤン艦隊は尚も、帝国軍が追撃してくれば逆撃する体制のまま後退し始めた。

 

流石にキルヒアイスは、違和感の「正体」に気が付き始めた。

イゼルローン要塞の位置が変わっていたのだ。

しかも流体装甲の10数ヶ所を、まるで宇宙船のエンジン光を拡大した様に輝かせながら尚も遠くなって行く。

キルヒアイスは、バルバロッサのスクリーンに開いた窓越しに副将の1人を見てから、去年つぶれた作戦と其の作戦の前提だった新兵器を思い出した。

 

ジークフリード・キルヒアイスはラインハルト陣営でも主君に告ぐ名将とされる。

その彼にして「動かざることイゼルローンの如し」と言う常識(?)には不覚をとった………。

 

……。

 

…フェザーン回廊を往復する全ての商船を取り締まる事など「物理的に不可能だ」と、とある交易商人は言った。

 

そこで帝国軍が目を付けたのが、フェザーン人の協力者である。

そうした協力者の1人が情報を持参して来ていた。

 

「帝国の辺境へと向かう地球教団の巡礼を運ぶと称して出航、実は同盟側へ逆行する、か」

憲兵本部から出張して来ていたザルツとか言う少将は、考え込むフリをした。

「この1人だけ身元の確かな乗客、信者の引率者だと言う地球教の聖職者だが実は、特命室長としては泳がせている」

協力者と付き添って来た駆逐艦長は顔を見合わせた。

「私が他の情報源から入手した情報だと、どうやらアドリアン・ルビンスキーと何らかのウラ取引が在ったらしい」

「では尚更、捕らえて吐かせるべきでしょう」

「大昔の革命家で「宗教とは麻薬だ」とか言った誰かが居たそうだ」

特命室長は「やれやれ」と言った仕草をした。

「そう言う手合は拷問した処で「殉教だ」と逆に陶酔しかねん。

まして司教だったな、そう言った指導者クラスだと殺すだけの結果に成りかねない。

仮に何か吐かせたにせよ、逆に教団に直属する幹部だと、そいつが吐きそうな情報には向こう側も心当たりが在るだろう。

そいつをこちらが捕まえた事が知られたら、折角(せっかく)吐かせた情報を役に立たないよう変更させられる危険もある。

むしろ同盟側へ逃げたまま行方不明に成ってくれた方が、教団側が油断してくれる分だけ有益、と言う考え方も出来る」

そこまで言ってから、少将は艦長が困惑している事に気付いたフリをした。

「卿には卿の上官に対する責任が在るだろう。

もしも、この件で上官から責められた時は、ザルツ少将に責任をかぶせれば好いだろう」

 

……駆逐艦長と商人を帰した後、ザルツ少将は脳内だけで回想していた。

 

正直、葛藤(かっとう)が無い筈も無かった。

だが、1週間足らず前に起こった事件に背中を蹴(け)り飛ばされていた。

何とも、ガイエスブルクが動いていなかった代わりに、イゼルローンをヤン・ウェンリーが動かしていた。

ビリヤード台の何処で、どの玉とどの玉がどんな風に衝突した末にポケットに落ちたかは知らないが、最初にキューを突っ付いたのは、科学技術総監を失脚させる様に暗躍した何処かの転生者だろう。

正直これ以上の『原作』破綻に対して、下俗な言い方をすればビビッていた。

 

……そんな狂言が自分たちの関係ない処で演じられていた、とはユリアン・ミンツたちが知る筈も無い。

 

ヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞でアルテナ星系を脱出してから6日後に惑星フェザーンを出発したユリアンたちは、ランテマリオ星域で「帰宅」に成功する事に成る。

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