蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第33章 3提督の災難

「正面攻撃で落とせる要塞ならば、もう何回かは奪ったり奪い返したりしていてもよい筈です。

ですが結局、今イゼルローンに居る「奇蹟の魔術師」の奇策が成功した事だけなのです。

そんな敵を恐れる事は、決して我々の恥には成らないでしょう」

わずか数ヶ月前には、キルヒアイス上級大将が断言している。

その「恐れるべき敵」が「難攻不落」付きで5分後には、このガンダルヴァ星域にワープアウトしてくるかも知れない。

流石に名将揃いの帝国軍でも、これはプレッシャーだった。

 

「おそらく、ヤンは案外すぐ近くにいる」

同盟宇宙艦隊の主力は、今なお隣の星域と言うべきランテマリオに集結したまま待機している。

古来、数次の会戦の舞台となった戦略上の要処がある。

ランテマリオ星域も恐らくそうであり、ここが決戦場となる可能性はまだまだ高い。

だから帝国軍がその選択をした場合、間に合うよう駆けつけられる様にしている筈だ。

とは言えガンダルヴァと近隣の星域との間に限っても其の大部分は、ただ真空の空間が広がる名すら無い虚空が数光年に渡る。

そもそも遠く煌(きら)めく星々を目当てに、現在位置を計算する意味だけしか無い空間である。

たかが直径60kmの球体を探知するためのハードウェアもソフトウェアも無い。

帝国軍が捕捉し戦いを挑むという意味では、ヤンは行方不明のままだった。

 

勿論(もちろん)普通ならば、そんな何も無い空間に待機している艦隊など、たちまち補給物資を喰い尽(つ)くして仕舞うだろう。

だが今のヤンは補給拠点を引っ張って歩いているのだ。

片や、ヤンの立場からすれば、帝国軍が惑星ウルヴァシーを拠点としている事は分かっている。

ガンダルヴァ星域を監視していれば好い。

何の事は無かった。

西暦20世紀の航空母艦が陸上の航空基地に対して持った有利の再現である………。

 

……。

 

…最初の犠牲者はゾンバルト少将だった。

 

ただし、後述する各提督が直面したのが「災難」だったら、ゾンバルトの場合は災難にも数えられない「大惨事」だった。

正規の戦闘部隊である宇宙艦隊ですら「薔薇の騎士」曰く

「こいつは戦闘と呼べるものではありませんな。一方的な虐殺です」

と言う結果に落ち入る要塞が、非戦闘用の輸送船どころか貨物を自走式にしただけの輸送コンテナで編成された船団の目前に、完全な奇襲でワープアウトして来たのである。

その後は、虐殺ですらない抹殺だった。

 

連絡途絶に気付いた帝国軍の派遣した救援艦隊が船団の残骸と救命艇を発見した時には、ヤンとイゼルローンは何処かへとワープしていた。

輸送コンテナは残らず破壊され、惑星ウルヴァシーを恒久基地化する筈の物資は全て消失した。

 

……兎に角(とにかく)帝国軍としては、先ずヤンを探さないと成らなかった。

 

とりあえずシュタインメッツ艦隊が捜索に出動し、更に後詰としてレンネンカンプ艦隊を送り出したが、その行く手には既(すで)にヤンが待ち構えていた………。

 

……。

 

…そこは名も無いどころかブラックホールも何も無い、星系と星系の空間である。

 

「?」

ヤン艦隊の布陣は、一見すると正攻法に見える。

イゼルローンの要塞主砲「雷神の鎚」の射程ギリギリに展開していた。

だが、ただ射程内に誘う様な陳腐な戦術で来る筈も無い。

シュタインメッツもそう思い慎重に対応していたが、気が付いた時にはイゼルローンとの相対距離が微妙に縮まっていた。

 

そう今のイゼルローンは動くのである。シュタインメッツとしても知識としては知っていた。

しかし、長年「動かざることイゼルローンの如し」であった要塞だから、その常識が在った。

さらには、周囲に相対的に距離感をつかむような目印の無い星系間の空間だった事、要塞のエンジンを内蔵しているのとは反対の半球を向けられていた事、要塞との中間にヤン艦隊がチラついていた事などによって、微速前進を誤魔化(ごまか)されていたのだ。

「うろたえるな!距離的に射程に入ったとて、やつらも味方撃ちなど出来はしない。

半包囲体勢を引いて、要塞の方へ敵艦隊を押し込む様に展開せよ。

それで「雷神の鎚」と我々との間には、やつらがいる」

 

だが、それこそが最初からのヤンの狙いだった。

広く展開したため必然的に薄くなった中央を、ものの見事に1点突破したのだ。

そのまま背面展開へと続き、先刻とは全く逆の体勢となった。

違うのは、要塞から見れば敵との間に味方が居ない事である。

流石に「雷神の鎚」では敵を貫通して味方まで届いてしまう。

その代わり、要塞表面に浮かび上がった浮遊砲台がつるべ撃ちに撃ち上げて来た。

もはや半包囲では無く完全包囲だった。

 

シュタインメッツの戦死がこの時では無かったのは、後詰のレンネンカンプ艦隊の存在だった。

「レンネン」艦隊の接近を探知したヤンは、救援と連携出来ない方向の包囲をあえて開いて、シュタインメッツの残存艦隊を追い立てると、第2の敵に向かい合った。

ただし、イザ砲戦が始まる寸前、敵前回頭して要塞をめぐる様な艦隊運動を見せる。

「あれは?!止まれ!」

レンネンカンプには見事に見覚えが在った。

回廊攻防戦の際、レンネンカンプ自身がヤン傘下のアッテンボローの罠に掛かった時の艦隊運動そして要塞との位置関係、そのままの再現だった。

当然、レンネンカンプは必死に部下を止める。

敗走する味方の援護のためもあって全速力進発の状態から、急停止する。

その停止した瞬間に、再回頭したヤン艦隊お得意の1点集中砲火が襲いかかった。

 

突撃から急停止した出鼻をピンポイント攻撃されて、そのまま全くの壊走に成ってしまった。

その艦隊をレンネンカンプが何とか再編成した時には、イゼルローン要塞はヤン艦隊を収容して、何処かへとワープしていた………。

 

……。

 

…何時もの露悪者のフリをした調子で、双璧の相棒である疾風に語りかけていた。

 

「してやられたな」

惑星ウルヴァシーに兎も角も建設された、高級士官の集会場である。

「ここまで、移動要塞を使いこなすとはな。シャフトの奴も全く余計な事を」

「こう成ると、奴の裁判で判決が伸びているのは、幸か不幸かと言う処だな、誰にとってだが」

帝国宰相ローエングラム公爵は裁判の公正化を進めており、多くの冤罪事件の再審が認められていた。

その影響がこんな処にも現れていたのである。

とは言え断罪を待つばかりの、もう権力を持たぬ者にまでかかわっているヒマは無い。

実の処、それどころでは無かった。

補給。戦略家を気取れば戦術よりも重要とされる問題が、問題化しつつあった。

 

補給拠点を自ら引っ張って歩いているヤン艦隊。

ランテマリオ星域のすぐ後方に有人星域を控えて補給を受けている同盟主力。

片や帝国軍は、フェザーン回廊を経由して惑星ウルヴァシーまで物資を運んで来なければ成らない。

ヤンの暗躍下で。

 

物資の欠乏は未だ表面化していない。

またザルツ少将しか知らない「アムリッツァ会戦」の知識は無い。

それでも「アムリッツァ」直前の同盟軍(?)ほどの楽観論者は居ない。

だからラインハルトは、ワーレン提督に出撃の許可を与えた。

同盟軍の補給基地を襲い、物資を強奪して来る。だが相手はヤンである………。

 

……。

 

…結局の処、液体爆発物を満載した無人船団をつかまされ、スゴスゴ帰還して来る結果に成った。

 

「もうよい」

ラインハルトも、もう限界だった。

ヤン・ウェンリーの挑発だと理解はしている。

だが、あえて挑発に乗ってやる。

「おれは宇宙を盗みたいのではない。奪いたいのだ」




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