その戦いの何処から何処までの範囲を何と呼ぶか、は多少の論議を呼ばなくも無かった。
歴史上の呼び方として、とある戦争全体あるいは戦争の部分を成す戦局や戦線を纏(まと)めて、決戦と言う結果に成った会戦あるいは拠点の攻防戦の名で、つまりは会戦の戦場や攻防戦の対象と成った地名で呼ぶ場合が、幾(いく)つか存在する。
「ダゴン星域会戦」以来の銀河帝国と自由惑星同盟の戦いも、そうした傾向に片寄っている。
それは両国の戦争が、宇宙艦隊の決戦に片寄りがちだった事も原因の1つだったろう。
例えば戦争(War)と戦闘(Battle)の間あるいはWarの技術である戦略とBattleの技術である戦術の間を、Campaignと言う概念(がいねん)で埋める軍事思想も存在するが、とあるアジアの国家の軍隊はキャンペーンの適当な訳語を普及させる前に敗戦して、軍そのものが解体された。
対して「神々の黄昏」と帝国軍が名付けた作戦が発動されてから終結するまでの軍事行動と其の結果もキャンペーンの概念に当たるが、この場合は作戦名の印象が強く、したがって歴史的にも作戦名でキャンペーン全体が呼ばれている。
さらには其のキャンペーンの中で、帝国軍が惑星ウルヴァシーを発進してから戦闘停止が命令されるまでの両軍の作戦行動と戦闘を纏めたものも、また1つのキャンペーンであろう。
この中には、少なくとも2つの戦場で戦われた艦隊決戦レベルの戦闘と他の幾つもの星域を含めた軍事行動や勝敗が含まれ、しかも2つの狭い意味での会戦が戦われた戦場以外にも、キャンペーン全体あるいは戦争全体の勝敗に関係する戦場が少なくとも1つ存在した。
だが通常、そうしたキャンペーン概念に相当する場合も含めて、2つの会戦の片方ないしは戦場と成った星域の名をもって呼ばれる場合が多い。
なぜならば両軍が、それぞれ1人の敵を挑発し決戦に引き出す事を戦略レベルでの目的として行動し、その結果「その」1人と1人が正面衝突する結果と成ったためである。
何より其の2人が「この」時代を象徴する英雄として同時代と後世から見なされるため、2人が直接対決した戦場の名をもって呼ぶ事が同意を得られ易かった………。
……。
…最高司令官は、あらためて部下たちに問う。
「ひとりヤン・ウェンリーに名をなさしめるためか」
「名をなさしめた」3提督の視点からは「災難」のオマケである。
続いて主将と各将との遣り取りが繰り返されたが、結局の処「自分自身でヤンと戦う」と言うラインハルトの決意表明だった。
……ラインハルトから部下たちに命令された作戦は以下の通りである。
キルヒアイス上級大将、シュタインメッツ、レンネンカンプ、ワーレン各大将の艦隊をもってランテマリオ星域の同盟軍を足止めさせる。
3提督の艦隊はヤンのため数を減じているが、敵軍も3個艦隊中の2個艦隊が寄せ集めである以上は大差の無い兵力であろう。
これで指揮をとるのがキルヒアイスならば、他の戦場に干渉させない程度は困難でも在るまい。
「無理をする必要は無い。
私がヤンの首をもって彼らを降伏させるまでの時間をつくれれば十分だ。ただし」
ラインハルトは友人だけに向ける笑顔をつくった。
「敵の姿を見てその場で戦わないのは卑怯だ、などと考える近視眼の低能まで恐れる必要も無い」
他の各提督も、それぞれの艦隊を指揮してガンダルヴァ星系を離れる。
ヤン・ウェンリーにラインハルト自身を各個撃破する可能性を見せかけ、姿をあらわしたところを撃つためだ。
そして、ラインハルト自身も直属艦隊を指揮して同盟首都を目指す。
当然ながらヤンは、ラインハルトが首都に接近する前に出現するしかない。
そこを狙って各艦隊が反転し、ヤンを包囲殲滅する。
ここまでは戦略レベルの作戦だった。それでは戦術レベルの作戦は?
ヤンにはイゼルローンがある。
「進むことと闘うことしか知らぬ猛獣は、猟師のひきたて役にしかなれぬ。私は違う。
「雷神の鎚」の射程内に飛び込む様な無謀なマネなどせぬ。
だがヤン・ウェンリーは私を倒す事、すなわち戦艦ブリュンヒルトを沈める事だけが勝利の機会だと知っている。
私のほうから近付いて来なければ、艦隊をもって私を撃つために要塞から出て来るしか無い。
そのヤン艦隊を、反転した卿らが包囲するのだ」
そして、反転包囲までヤン艦隊の攻勢を如何(いか)に防御するか、については紙を重ねてワインを吸い取らせるパフォーマンスを見せた。
「私の前にヤンをつれてくるのだ。生死は問わぬ」
ここにいたって、部下たちからは反論や疑問は無かった………。
……。
…その頃ヤン・ウェンリーが何をしていたかの詳細は、帝国軍に所属していた以上、後日に知る事と成る。
帝国軍が動き始めた事は、間もなくヤンも知った。
もっとも帝国軍の側に隠す積もりが無かったからでもあったが。
そのヤンは恒例に従って、出撃前には半日間の自由時間を許した。
イゼルローン要塞内部の施設は丸ごと運んで来ている。
それぞれの場所で、それぞれに自由時間を過ごす機会が残っていた。
そうした自由時間を部下や兵士たちに許した時点で、ヤンは決戦を選択していた。
首都星ハイネセンから惑星ウルヴァシーにかけての各星系の位置関係とかは変えられない。
また戦場を選んだのは、ラインハルトとヤンの「暗黙の諒解のもと」だった事も、変わってはいなかった。
そもそも選択の前提条件である、ヤンとラインハルトが互いに相手に決戦を決断させるための挑発を目的として戦略レベルで選択した手段も、ザルツ少将だけが知っていた『原作』と50歩100歩だった。
それぞれの基本的な戦略思想や思考パターンそして「神々の黄昏」作戦と言う環境が大きく変化していないのだ。
したがって、ヤンの選択は必然だった。
首都に戦場が近付いてしまう以前、と言う範囲内で最大限ラインハルトと部下たちが遠く離れる地点。
ガンダルヴァ星系からバーラト星系へと結ぶ線上に沿って、バーラトよりは手前かつ有人惑星を持たない星系。
それがバーミリオン星域だった。
ヤンは自由時間の終わった後、移動要塞イゼルローンをバーミリオン星域へと進発させ、その場でラインハルトを待った………。
……。
…出撃前夜の惑星ウルヴァシー。
ラインハルトにブリュンヒルトへの同乗を謝絶されたヒルダが、キルヒアイスに訴えていた。
こう成ると才能の問題よりは人生経験の問題である。
困惑したキルヒアイスは、適当な相談相手ないしは悪い言い方をすればヒルダの向かう先を押し付ける相手を探した。
ファーレンハイト艦隊に便乗してウルヴァシーに到着して以来、こう言ったチャンスを探っていたザルツ少将には好都合だった。
……出撃するローエングラム直属艦隊。
その後をヒッソリと言うよりはコッソリと追走していく1隻の艦。
強行偵察艦の母艦だった。
まさしく、強行偵察艦とは「この」時のヒルダの目的に合ったコンセプトで建造されていた。
直接の戦闘は回避しながら情報を収集するためセンサー類は強化されている。
そして情報を入手したら味方に報告するため、例えば超光速通信などでは危険な敵中から高速で敵を振り切って脱出する。
こうした任務のため特化して建造されているが其れと引き換えに、例えば伯爵令嬢の乗船などには適当とも言い切れない。
乗員の居住性などは、充実していること西暦20世紀の潜水艦の如くである。
当時の潜水艦が本来のステルス性能を発揮するために潜水母艦と言う艦種を必要とした様に、母艦機能を持った艦を艦隊に同行させる事を当然としていたのが強行偵察艦だった。
その母艦をヒルダに提供したのは、ザルツ少将の暗躍だった………。
……。
…他にも前夜の段階でザルツは暗躍していた。
出撃準備と言う忙中の閑をワインと談笑で消費していた高級士官たちの中にミュラー大将を探し出していた。
とは言え大将だの上級大将だのが揃(そろ)った中では、特命室長などと言う職域からしてアヤしい少将がウロウロするのもアヤしい。
そこを酒と談笑の席である事をよい事にミュラーに近付くと「偶然とは言え、空恐ろしい気分もしなくもありません」などと言う言い回しで「例」のシミュレーションを思い出させた。
「おや、ザルツ先輩。ミュラーに何用ですかな?」
などと疾風が声をかけてきた事もよい事に、双璧にも「実は、こんな話で」と言った言い回しで、シミュレーションを思い出させておいた………。
……。
…双璧を始めとする各艦隊が其々(それぞれ)の方向へと出撃して行った。
その後からローエングラム直属艦隊と前後して、キルヒアイスと3提督の別働軍も出撃する。
当然ながら最も近いランテマリオを目的地とするキルヒアイス別働軍が最初に敵と対峙した。
だがキルヒアイスもビュコックも、互いに同じ目的で行動していた。
ラインハルトとヤンの直接対決の場に、目前の敵がジャマしには行かせない事、同時に可能ならば、駆けつける事である。
互いに「この」2つの目的を天秤に乗せながら、手段として選択するべき戦術を模索していた。
こう成ると睨(にら)み合いや小競り合いがダラダラと続き易い。
ましてキルヒアイスもビュコックも自分の任務を心得る将器と、その任務のためなら自分の短気などコントロール出来る精神を併せ持っていた。
ビュコックもキルヒアイスも分かっていたのである。
目前の「ランテマリオ星域会戦」が「バーミリオン・キャンペーン」を組み立てる部分の1つでしかない事を………。
……。
…そのキャンペーンそのものの名前とも成っていく星域にラインハルトが接近し始めていた。
そして、そこにはヤンが待っている事を知っていた。
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