蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第35章 それぞれの星域にて それぞれに戦う

バーミリオン星域の本来なら惑星が存在するには不自然な位置に、銀色の人工天体が存在していた。

 

それがイゼルローン要塞である事を認めたラインハルトだったが、ここは狭い回廊の中では無い。

要塞主砲の射程外を迂回する様にして同盟首都を目指すかの如く振る舞えば「ヤン艦隊」が其の進路に立ち塞がる様に出撃して来た。

そのままイエロー・ゾーンからオレンジ・ゾーンへ、とローエングラム直属艦隊とヤン艦隊は接近して行った………。

 

……。

 

…ラインハルトたちが出撃して行った後のウルヴァシー基地では、ザルツ少将が其れなりに動き回っていた。

 

何しろ、大将以上の提督ほとんどが出撃した留守である。

特命室長などと言った職域のアヤしい少将でも、それなりに権限が在りそうにも見える。

だが、駐留していた戦力の大部分を送り出した後で出来る事は、結局の処は多くない。

そもそも敵国に相当深入りしていたのだ。

超光速通信などで入って来る状況も、隣のランテマリオ星域以外では「靴の上から足を掻(か)く」様なものだった………。

 

……。

 

…ランテマリオ星域で対峙するキルヒアイスとビュコックは、互いに同じ目的で行動していた。

 

ラインハルトとヤンの直接対決の場に、目前の敵がジャマしには行かせない事、同時に可能ならば、駆けつける事である。

互いに「この」2つの目的を天秤に乗せながら、手段として選択するべき戦術を模索していた。

 

こう成ると睨(にら)み合いや小競り合いがダラダラと続き易い。

ましてキルヒアイスもビュコックも自分の任務を心得る将器と、その任務のためなら自分の短気などコントロール出来る精神を併せ持っている。

ただし「敵の姿を見てその場で戦わないのは卑怯だ、などと考える近視眼」が指揮下に居ないとも限らない。

もっとも、この時のキルヒアイスが指揮していた3提督の中で視野の広さとか、戦意過剰とかの問題を持っていそうなレンネンカンプは、最近2回もヤンにしてやられたためか、キルヒアイスの命令には大人(おとな)しく従っていた。

 

片や同盟軍にはサンドル・アラルコン少将と言う中級指揮官の1人が居た。

「新ティアマト会戦」以降、従来は中将職をあてていたNo.艦隊が書類上の存在に成る中で各地に駐留していた、少将や准将相応の小艦隊を指揮していた少将の1人である。

今回そうした小艦隊をかき集めて、第14・15艦隊を兎に角(とにかく)も編成したのだが、問題はとかく疑惑付きな人物だ、と言う事だ。

民間人や捕虜虐殺で告発されていないのは、軍隊内での庇(かば)い合いの結果だとか、前々年のクーデターに参加しなかったのは、個人的な反目のためだとか。

ビュコックとしては、とても何とか集めた決戦戦力を預(あず)ける積もりには成れなかった。

だが本人の視野の広さでは、同格の小艦隊を預かる少将の1人だったライオネル・モートンが、中将に昇進して第14艦隊司令官に任命された事までしか見えない。

流石にビュコックは、アラルコン分遣隊を第14艦隊では無く、ラルフ・カールセン中将の第15艦隊に編入していた。

 

そのアラルコン分遣隊がビュコックやカールセンの命令を拡大解釈して突出して来た時は、キルヒアイスも付け込むスキが出来たか、と思った。

だが百戦錬磨のビュコックは、しぶとい。

全軍のみならず第15艦隊に限ってもアラルコン分遣隊以上の損害は極小化していた。

いや、その分権隊にしても旗艦大破の後の指揮系統を再編しつつ、救えるだけを救っていた。

流石のキルヒアイスをしても、付け込むスキも逃げ出すスキも中々に見つからない。

その通り、ビュコックもまたキルヒアイスを逃がさない様に、ラインハルトを助けに行かせまいとしつつ戦っていた………。

 

……。

 

…ラインハルトはヤン艦隊を発見した時点で、指向性をしぼった超光速通信を後方の惑星ウルヴァシーの基地へと送っていた。

 

第2次大戦当時、新兵器だったレーダーの開発に大きく貢献したのが八木博士の発明した指向性アンテナである。

だが、当の八木の母国の軍は其の価値に気付かなかった。

奇襲を重視する余り「闇夜に提灯をつけて敵を探す」事をきらったのだが、実はレーダーのみならず暗号戦でも痛い目を見た日本軍には更に貢献する可能性が在った。

西暦21世紀までテレビアンテナに使用された様に、本来の八木アンテナとは指向性アンテナだ。

すなわち送信アンテナとしては送りたい方向には強く遠く電波を送ることが出来、逆に横から盗み聞きしようとするものには弱く近くしか届かない電波に成る。

20世紀末に登場したステルス軍用機は、反射電波に指向性を持たせる事で敵レーダーをやり過ごしたのだ。

 

ラインハルトがヤン艦隊発見を通信した場合も、繰り返すが指向性をしぼった超光速通信で後方の惑星ウルヴァシーの基地へと送っていた。

後方へ送るのだから直線上に傍受者が居る可能性が比較して低く、かつ横から盗み聞くには弱くなるのが指向性通信波だ。

それに惑星の位置ならば判明済みである。

ウルヴァシー基地は総旗艦ブリュンヒルトの報告を各艦隊の方位へと転送して、返信を待たなかった。

したがって、それぞれの受信者をつきとめる事は通信情報だけでは難しい。

こうして行動中の各艦隊は「バーミリオン会戦」の開始を知った。

 

……その中にはミュラー艦隊も居た。

 

ミュラー艦隊は目指して来た星域の手前まで近付くと、その位置で待機しつつ何かを待っていた。

ミュラーが受けていた表向きの命令は、その星系に在った同盟軍補給基地の占領である。

だがミュラーは一見サボタージュに見られかねない一時の行為に出ても、少しでも早く反転して駆けつける方が、今回の「キャンペーン」そのものの目的のために選ぶ手段だ、と想う様に成っていた。

出撃前夜、酒にかこつけてザルツ少将が思い出させたシミュレーションは確かに影響していた。

後日、そうザルツにも告げたのだが、相手の脳内での微妙な感想までは知らなかっただろう。

ミュラーが其の補給基地に接近しなかった事で、未演に終わった人間ドラマの事も。

 

かくして、ミュラー艦隊が他に先駆けてバーミリオン星域に来援する結果と成ったが、ミュラーの心境が他者にも理解されるとしたら、それは双璧だったろう。

 

その双璧は、それぞれが表向きの目標に割り当てられた補給基地に形ばかりの攻撃を仕掛けた後は、敵の反撃が届かない処に引いて降伏を勧告する、と言ったフリを繰り返しながら「バーミリオン会戦」の開始を待った。

 

かくて本気で攻略するよりは早目に反転してバーミリオン星域へと急行する双璧と、向かう先でもある筈のバーミリオン方面から急行して来る、予定に無かった筈の強行偵察艦が出会う事に成る………。

 

……。

 

…繰り返すが、敵国に深入りした超光速通信などは不自由な戦線である。

 

惑星ウルヴァシーのザルツ少将などが、こうした事情を知るのは後日だった。

リアルタイムで知ることが出来たのは、せいぜい隣のランテマリオ星域ぐらいである。

 

……そのランテマリオでは、キルヒアイスがキレていた。

 

「キレる」などと言った感情や行動とは縁の無さそうなキルヒアイスだが、少なくとも2つの例外が存在する。

無論、ラインハルトとアンネローゼだ。

 

何時ものキルヒアイスにしては強引な攻勢で敵軍のうちモートン艦隊を突き崩すと、それを強引に逃げ出すスキと言うよりはラインハルトを助けに行くスキにしようとしたが「悪女の深情け」の様にシタタカな百戦錬磨に閉口させられていた。

閉口させられてキレていた事に気が付くと、元通りビュコックを逃がさない事でラインハルトを間接的に支援する任務に立ち帰っていた………。

 

……。

 

…かくて「バーミリオン・キャンペーン」の其々(それぞれ)の局面で其々の戦いが戦われていた。

 

その時、最も狭い意味での「バーミリオン星域会戦」も同時に戦われていた。

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