蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第38章 儀式が終わった後 再び幕は上がる

新帝国暦1年7月5日

特命室長ザルツ中将は、同じ憲兵本部の建物内に在るケスラー総監の執務室を訪問した。

「閣下、出来れば御人払いを」

ケスラーとの2人切りを確認すると、ザルツは言い出した。

「恐れ多い事ですが、明日に予定されている行幸に関係した事で、聞き捨て出来ない情報を入手しました」

ケスラーとしても、こればかりは冗談でも済まない。

「先ほどメックリンガー上級大将にも確認しましたが」

 

ハインリッヒ・フォン・キュンメル男爵は、1人の人生で多方面に業績を上げた人々に憧(あこが)れた。

それは何人かの歴史上の人物であり、そして同時代人ではエルネスト・メックリンガーだった。

そのメックリンガーが男爵の従姉から依頼されて、病床を見舞った事が在った。

この時、多才な芸術家であると同時に参謀型の明敏な軍人でもあるメックリンガーは、男爵の病室に違和感を感じた。

それまでメックリンガーが見舞った男爵の様な病人は、代償行為として小動物などを動き回らせたりしていた。

しかし男爵は動物嫌いなのだろうか?

 

「その病人の嫉妬心に付け込んだテロリストが、男爵邸に潜入している可能性が在るのです」

ケスラーはザルツ情報が結果的には正確だった事を知っている。

「そのテロリストに心当たりは在るのか?」

「地球教と言う宗教組織が疑わしいです。

例のトリューニヒトが逆クーデターの私兵に利用したそうですが」

「地球教か」

ケスラーは少しだけ考え込んで決断した。

 

「行動開始は夜明けと同時だ。

玉体を危険に晒(さら)し奉(たてまつ)るのは不本意だが、動かぬ証拠も必要だ。

早過ぎても空振りの可能性が無くも無い。無論、遅過ぎるのは論外だ。

行幸は昼食に合わせる予定だったな。夏の夜明け頃ならば丁度(ちょうど)間に合う」

有人惑星の季節は、標準暦と地球時代の季節に合わせられている場合が結局は多い。

惑星オーディンの中心市街での季節も地球時代の中央ヨーロッパを再現しており、夏至を過ぎたばかりの7月6日の朝日は早い。

「ザルツ中将。卿は地球教とやらのアジトを奇襲しろ。

俺が男爵邸に突入するのと同時に、だ」

「閣下が御自分で?」

「今夜のうちに準備すれば、明日の夜明けには間に合う。

まあ、明日の面会予定者には迷惑だろうがな。何と言っても、カイザーの御身が大切だ」

 

……そうした夏の短い夜をロイエンタール元帥が、どう過ごしていたか、憲兵本部の何人かには間もなく知れた。

 

ロイエンタールとは直接には無関係な理由で、相手の女性が憲兵本部の監視対象だったためである。

 

視点:オスカー・フォン・ロイエンタール

 

俺が初めてウォルフガング・ミッターマイヤーの名前を聞いたのは「対番」などと言う制度に基づいて同室者が発表された時だった。

無論、対番の先輩には俺自身が其れまでの1年間世話に成って来たのだし、今度は俺が同じ期待をされているのも理解はしていた。

少なくとも、教官や学校当局、俺より先の先輩たちにイチャモンを付けられない程度には任務を果たす積もりだったが。

 

だがミッターマイヤーと言う新入生は、俺の予想をことごとく、好い方向で裏切った。

 

ミッターマイヤーが対番と成った其の次の長期休暇、俺は帰郷する積もりに成れなかった。

父親の資産の分だけ貴族趣味な、しかしロクでも無い思い出と使用人しか待っていない実家よりも寮の共同部屋が、奇妙に居心地が好い事に俺は気付き始めていた。

その俺をミッターマイヤーは自分の帰郷に付き合うよう、執拗なまでに誘った。

正直な処、面倒くさくなったのが其の時の本音だった。

 

俺は知った。俺の家族は、両親は普通じゃ無かった。

普通の家庭、普通の家族、普通の両親や普通の夫婦と言う見本を俺は見学出来た。

俺の母親を基準に女を知った積もりに成る事も、俺の両親の様な夫婦を基準に男女の関係を知った積もりに成る事も、結局は知った積もりに過ぎなかった。

少なくとも理屈の上では理解出来た。

同時に、俺たちを対番にした思惑も理解出来てしまったが。

 

……そのミッターマイヤーの家族が1人増えたのは、あいつが2年生の時だった。

 

あいつの対番は、もう俺では無く新入生に成っていて其の世話にも手抜きなどは無かったが、露悪趣味な先輩を見捨てたくも無い様だった。

そんなミッターマイヤーが自分の両親が引き取った12才の少女について語る有様は、あいつを知る誰をも驚愕させた。

あげくは俺の処へと相談に来た。

女の機嫌をとるなら俺に聞くものだ、とでも思ったか。

生憎(あいにく)子供は専門外だ。

 

そんなミッターマイヤーが俺の事を「先輩」を付けずに呼ぶ様に成ったのは何時からだったろうか。

遅くとも“あの”事件の後では、そうだった筈だ。

 

……何と言っただろう?あの女は。

 

どちらにせよ勝手に俺に惚(ほ)れて、俺が結婚と言うものをどう考えているか、俺の思いを知りもしないで勝手に思い込んでいた女の1人だ。

まったく、俺の他に3人も結婚する積もりの男が居たのだから、サッサと結婚しておれば好いものを。

俺を巻き込むからややこしい問題に成る。

俺は兎も角(ともかく)善人のミッターマイヤーまで巻き込まなくても好かろうに。

 

付き合いの好いミッターマイヤーは、とっくに銃なり刃物なり持ち出していても変でも無いほどに頭に血の上がった相手を3人も前にして俺を弁護していた。

だが、わが友が道理を説けば説くほど余計に血が上がっていく奴らは、ミッターマイヤーにまで向かって「貴様に彼女の何が分かる」などと言い出した。

少なくとも、あの女の考えていた事が分からなかったのは自分たちだろうに。

そうしたら全く付き合いの好い事に「自分はエヴァンゼリンと言う女性を知っている」などと答える有様だ。

おまけに「現在16才で出会った当時は12才」とまで正直にも言ってしまう。

相手は自分が何を言っているかも分かっているかどうかも分からないのに。あいつも若かったな。

ついに俺では無くミッターマイヤーを嘲笑する様に(ロリコンに当たるドイツ語)などと言い出したが

「俺は兎も角、エヴァを侮辱するな!」

と、疾風に相応しいコブシが見事に顔面を捕らえていた。

 

正規の試合ならば1ラウンドぐらいが経過した後、俺とミッターマイヤーはコブシとコブシを突き合わせて笑い合い、足元には3人が伸びていた。

 

……後日、俺は徹底してミッターマイヤーをかばった。

 

俺自身がミッターマイヤーと同じ中尉に成る事自体は、大して不満に思う事でも無かったが、ミッターマイヤーの中尉昇進がフイに成る事を考えてみると、何だか急にバカげた事の様に思えたからだ………。

 

……。

 

…そんな笑い話を息子に話して聞かせていたら、息子の母親に抗議された。

 

「アレク陛下にまで悪影響」ウンヌンと言われては、降参するしか無い。

 

視点:とある転生者

 

そんな平和な独白とかを聞く事が出来たのは、何回かの武力による戦いとテロリストとの騙(だま)し合いから、生き残った者たちの特権である。

そんな騙し合いの始まりとして当時の俺ことザルツ中将は、帝都防衛司令官が手配した擲弾兵を指揮して夜明け前の闇に隠れていた。

 

夜闇は白々と明けかけている。

明るさ其のものは黄昏ごろと同程度でも、昼間の明るさに慣れた目の視界が狭くなるとのは逆に、夜目に慣れた目には明るく見え始める程度の暗さの中で、狂信者たちに見付けられないよう隠れながら待機していた。

「ザルツ中将。総監閣下からです」

通信兵から受け取った受信機の中からケスラーの声が聞こえる。

「こちらは成功した。ゼッフル粒子発生装置を押収した。もう言い逃れも出来まい」

「了解。こちらも突入します」

俺は流石に緊張していた。

何せ、降伏してくれる事が期待出来ないどころか、油断したら無理心中させられる相手との白兵戦だと知っていた………。

 

……。

 

…皇帝ラインハルトの戴冠後初の行幸は、直前で中止に成った。

 

カイザーに同行する予定だった1人、キュンメル男爵の従姉は単身で従弟を見舞った。

何と言っても逃亡される恐れどころでは無い身の上である。

流石の憲兵総監も、早々に尋問を断念していた。その上でヒルダを呼んだのである。

 

今回の事件で残り少ない生命を使い果たした男爵は、従姉に見取られて永遠に沈黙した。

 

……しゃべらせる相手は他にも存在した。

 

ウルリッヒ・ケスラー上級大将はローエングラム王朝に仕える憲兵総監であり、民主共和国家の人権運動家では無い。

テロとの戦い、と言う目的のためならば自白剤と言う手段でも選択する。

ただし、対象のテロリストが狂信者でもある場合、拷問とかは殉教させてやるだけで欲しい情報は得られないだけだ。

 

この時、ケスラーは本当に気付かず、そしてザルツは確信犯的に知らんぷりしていた。

7月6日の午前中、ケスラーが表向きは突然に執務室を留守にしたため待ちぼうけを喰わされた面会希望者の中に、ヨブ・トリューニヒトが居た。

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