地球教徒の生き残り、と言うよりも死に遅れに自白剤を使用した結果は、ひと言で要約可能だった。
惑星オーディンの教団支部は、末端の実行機関でしか無い。
皇帝ラインハルトの暗殺命令を下したのは、惑星地球の教団本部と推定された。
この憲兵総監からの報告を受けて、皇帝はワーレン艦隊に出兵を命令した。
尚、御前会議に先立って皇帝は、キュンメル男爵の親族であるマリーンドルフ伯爵父娘の連座も謹慎も無用とした。
今回の連座を機会に皇帝から父娘を遠ざけようと暗躍する者など居らず、逆に軍務尚書は皇帝を説得したからでもある。
そのため、会議には国務尚書と幕僚総監も列席していた………。
……。
…憲兵本部の職域すらアヤしい中将とかに、御前会議へと出席する機会が在るとしたら、何かあって呼び出された時くらいだろう。
その特命室長ザルツ中将はコンピューター・ネットワークから、とあるデータを検索していた。
憲兵本部に直属する中将とも成れば、その程度の権限くらいは持っている。
そしてフェザーンは帝国軍の占領下であり「バーラトの和約」によって同盟国内にも帝国軍が駐留する様に成っていた。
フェザーン船籍の独立商船「親不孝」号。
申請された航路…同盟首都ハイネセン発、フェザーン回廊を経由して目的地は地球。
目的は地球教徒の巡礼を送迎。
ハイネセン出航当日、シュタインメッツ艦隊に所属する駆逐艦に出会ってから、フェザーンに寄港、出航して地球に近付くまでに数度の臨検が記録されていた。
その記録を追ってみれば、本日7月10日現在「親不孝」号は地球に到着する見込みだった。
ザルツにはユリアン・ミンツのジャマをする積もりは無い。
ユリアンには『原作』通り、地球教団とテロ共犯者たちとの情報を持ち出してもらう。
それが最終的にはラインハルトの利益の筈だ。
ワーレンに「ヤンの息子」の事を密告するとしても、早くて地球から情報を持ち出した段階以降だろう。
……実の処『原作』知識を持っていれば、ユリアンが留守にして来た惑星ハイネセンの方が気に成っていた。
同盟側の宇宙暦ならば799年7月下旬の「迷走」には『原作』からでも、いくつもの原因が考えられる。
オーベルシュタインの暗躍…そもそも“今”のラインハルトの身辺からは在り得ない。
レンネンカンプの偏見と独断…赴任しているのはルッツだ。
そのレンネンカンプの小賢しい補佐官…ルッツの見込んだ義弟に入れ替わっている。
メルカッツの行方不明と生存のウワサと秘密活動…出頭して来ていて、ハイネセンで所在を明らかにしている。
これだけ『原作』から改変されているとは言え、これらは直接的原因であって間接的かつ根幹的原因が先に存在しただろう。
生き急ぐラインハルト。
この「知識」ばかりはヴァルハラまで持って行くしか無いが、ラインハルトは「夭折の天才」キャラクターでは無かったか。
短い人生を代償に与えられた天才。
それゆえに「残り時間」の間に宇宙を奪いたいのでは無いのか。
そんな風に考え出すと、まるで息子の誕生が「時間切れ」と入れ替わりの様だった事までが必然に思えて来る。
ヤンなどは“宿命”と言う言葉は“運命”よりも嫌いらしいが。
まあ、キルヒアイスと飲んだ大人の味のビールから考えても、ラインハルトとヒルダの仲は『原作』よりも早く深く成っている。
アレクの誕生は間に合うだろう。
問題を元に戻すと『原作』でのラインハルトは確かに、ハイネセンでの「事件」を切っ掛けにフェザーンへと大本営をうつしている。
だが、あくまでも「それ」は切っ掛けに過ぎない。
すでにラインハルトの予定ならぬ決定では、フェザーンが新帝都なのだ。
そして大本営移転を公表したのも発熱直後だった。
やはりラインハルトは「皇帝病」が本格的に発症する前に「冬バラ園」まで到達したいのだ。
キレていた同盟元首。
同盟元首ジョアン・レベロは「疑いの心が見えない幽霊を生む」心理で自分を追い詰めて、そしてキレていた。
「バーラトの和約」が暫定処置に過ぎない事、ラインハルトの目的が同盟の名実ともの征服である事を、レベロは知っていた。
そしてヤンやメルカッツと帝国との因縁が、再侵攻の口実を与える事を恐れていた。
さらに悪い事に、レベロはヤンを信用出来なかった。
「旧」トリューニヒト派閥などとは逆に私心など無く、自国の現状と将来を心配していたからこそ
ヤン個人の信念すら無関係に「ヤン軍閥」が暴走するのでは無いか、との疑惑が消せなかったのだ。
そんなレベロに、さぞ名案(?)らしきものを吹き込む山師や、帝国に取り入ろうとする密告者が存在した。
疑わしいのは、そうした山師や密告者が「旧」トリューニヒト派閥の取り巻きかも知れない事だ。
トリューニヒトの目的は「帝国に同盟を征服させた上で、その新領土もろとも帝国を乗っ取る」事の筈だ。
地球教団や「旧」フェザーン自治領残党などの共犯者も、そのために利用する意味しか無かった。
そしてトリューニヒトの視点では、同盟の政治家だった頃の取り巻きも利用する存在には変わらないだろう。
ヤン視点で書かれていた『原作』の先入観は承知で、なお策謀を疑う。
そうしたウラでの策謀や暗躍も必然性の中に入れられるだろう。
それに対して改変されていた事は、偶然性に属する事が多かった。
……イゼルローンが動いた事には驚愕した。
帝国軍の全員が驚いただろうが、俺ことザルツ少将(当時)は俺だけの理由で驚愕した。
しかし結果としては「バーミリオン」と「バーラトの和約」で収束した。
修正力とか何とかでは無く、これこそ偶然性と必然性の問題だろう。
無論、事が戦争それもヤンが相手では何が起きるか知れたものでは無い。
だが、ヤンほどの名将相手だからこそ必然性が大きくなる、と言う側面も在り得た。
ラインハルトが生き急ぎ「宇宙を奪う」事を急いでいる前提ならば「冬バラ園」で収束する必然性が大きい筈だった。
そんな脳内での考察を隠したままザルツは暗躍していた。
行動に出したのは7月20日を前にしての、とある超光速通信のみである。
実の処、ラインハルトの同盟征服の足を引っ張る積もりなど、ザルツにも皆無だった。
ただ『原作』レンネンカンプの様な「犬死」をルッツに回避させる程度で好い積もりだったのである………。
……。
…7月30日。惑星地球へと派遣されていたワーレン上級大将から、教団本部の撃滅が報告された。
当然ながら、こうした報告は先ず皇帝に届く。
今回たまたま皇帝ラインハルトは病床に居たが、かわって皇帝直属の高官たちが受け取った。
ザルツ中将辺りまで情報が下りて来るまでには、タイムラグが存在する事は避けられない。
それに「偶然に居合わせたフェザーン商人」とかについて特に注目した報告に成るには、報告者の方がウラを知っている必要が在っただろう。
実の処、ザルツ中将の思惑ではユリアンの“正体”をワーレンに気付かれる様な問い合わせには慎重だった。
当然に“正体”を知ったならば、ワーレンはユリアンを拘束して情報メディアを没収するに違いなかっただろう。
しかし情報の回収ならば、ヤンとの和解の時でもまだ間に合う筈だ。
それよりも「今」下手にユリアンを人質などにして、ヤンの悪感情を買った結果「和解」の足を引っ張る事の方が心配だった。
特に「今」は、ヤンの感情も大きく揺れ動いている可能性が在ったのだから。
やはりユリアンには地球からヤンの処まで帰宅させた方が、最終的にはラインハルトの利益に成るだろう。
だがザルツ中将には、地球から当時の帝都オーディンへと立ち寄るユリアンと其の時に出会う機会も『原作』が終了する前に地球を訪問する機会も、当面は無かった。
何と言っても彼らの主君の関心と航路が、惑星地球とは別な方向、フェザーン回廊の方向へと向けられていたのである。