蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第4章 白鳥は征く星の大海

5月16日。俺はキルヒアイスに通信を入れた。

「重要な情報を入手した。閣下に報告したい」

どうせ、来年の今頃には追い抜かれている。こんな口をきけるのも今の内だろう。

「ベーネミュンデ侯爵夫人を国務尚書が訪問した」

かつては皇帝が寵愛していた婦人を、現状では未だ後宮の中に在る邸へと、皇帝の意を受けた首相クラスの公人が訪問するのだ。

この訪問自体は隠し切れない。それも、反則で今日だと知っていて確認するのだから。

「侯爵夫人は激昂狂乱している」

実の処、直接に確認できたのは国務尚書の訪問と言う事実だけだったが、その結果を俺は知っていた。

「確か、閣下は明日、男爵夫人に招待されては居なかったか?」

 

「それがどうした?」ラインハルトが自分で画面に出て来た。

「同じ後宮の中に建てられているとは言え、宮殿の内である以上は威信に相応しく警備されている筈ですから、御自身の館に居られる限り、姉君は御無事でしょう。

しかし、宮殿の外に出ていたならば。

それも人目の在る会場なら兎も角(ともかく)そこから宮殿に戻られるまでの移動途中だったら。

しかも、予報によると明晩の天候は不心得者に都合が好さそうです」

「だが「あの」チシャ夫人でも、そんな直接的な手段は自分の首を締(し)める、くらいの理性や打算は持っていた筈だ」

でなければ、とっくに実行していただろう。確かに。

俺は、今回の訪問を受けて如何に侯爵夫人が狂乱したか、見て来た様に、実は『原作』で読んだままに語った。

ラインハルトとキルヒアイスは天才と其の1番弟子らしくも無い焦(あせ)った顔を見合わせていた。

「差し出口かも知れませんが、ロイエンタール少将とミッターマイヤー少将に連絡をとってはいかがでしょう。

両少将とも、会場から皇宮までの道のりを警備する程度の兵士くらい動かす権限は持っている筈です。

キルヒアイス中佐と御2人だけで姉君を御護りするまでも、今は無いでしょう」

 

……通信を切った後、俺は1人で思った。

 

これで『原作』の様な危機一髪よりはマシな方へ行くだろう。

そして、これでラインハルトへのコネつくりは必要にして十分な筈だ。

後は、余分な「蝶の羽ばたき」効果など出ない様に、下手な介入をしなければ好い筈だ………。

 

……。

 

…そうしたコネつくりの結果、俺は戦艦ブリュンヒルトに乗っていた。

 

『原作』ではモブあつかいでも、大将であるラインハルトの参謀がメックリンガー1人切りだった筈が無い。

准将当時でも、合計10名の士官が幕僚として付随していたのだ。

当然ながら、大将相応の艦隊を管理運営する人数のスタッフがメックリンガー参謀長の管理下に配属されていた筈だった。

その人数の1人として俺は、艦隊を管理運営する実務に追いかけられていた。

その先にはイゼルローン要塞、そして惑星レグニツァと第4次ティアマト会戦が待っていた。

 

そんな追い回されていた業務の中で「知識」に引っかかるものを見付けていた。

ミッターマイヤー少将指揮の集団に所属する戦艦アルトマルク、艦長フォン・コルプト。

「参謀長。報告したい事が在ります」

 

「これが、どうかしたのかね?」

「帝都に居た頃、不穏なウワサを聞いた事が在るのです」

今回も、この言い方で行く事にした。

「ミッターマイヤー少将の件でブラウンシュヴァイク公爵が引き下がったのは、軍務尚書との間で2つほど密約を持ち掛けられたからだ、とか」

メックリンガーはヒゲをひねっている。

「1つはフレーゲル中将をミュッケンベルガー元帥の幕僚に配属する」

「もう1つは?」

「ミッターマイヤー少将が軍規を正した例の大尉の実兄、コルプト子爵を少将の背中を撃てる位置に配置させる」

「それは…」流石に驚かせた様だ。

「流石に事実を確認するまでは、ウワサの段階で報告は出来ませんでした」

 

メックリンガーから報告を受けたラインハルトは直属の大将の権限で、ミッターマイヤー少将の集団からロイエンタール少将の集団へと、戦艦アルトマルクを配置し直した。

 

……ラインハルト艦隊が敵前旋回に成功した時の事に成る。

 

ラインハルト艦隊の殿(しんがり)を固めたロイエンタール集団の其のまた最後尾で追走し切れず

戦艦アルトマルクは置いてけ堀と成った。帝国軍主力と同盟軍のド真ん中で。

 

もっとも「それがどうした」だった。

帝国軍の総旗艦からブリュンヒルトに通信が入った時点で、小事に成り果てていた………。

 

……。

 

…その通信が入った時、すでにラインハルト艦隊を左翼に配した帝国軍の正面には、同盟軍が布陣していた。

 

「左翼部隊全兵力をあげて前進、正面の敵を攻撃せよ」

こんなギリギリのタイミングに成ってから、こんな重要な作戦変更を通告されても、対応出来るのは其れこそラインハルトかヤンくらいだろう。

俺は今、キルヒアイスやメックリンガーと並んで、ラインハルトの「玉座」の後ろに立っている。

その前方、プラネタリウム形のスクリーンでは同盟軍のエンジン光が星雲と成っていて、コンピューター処理された画像を見れば、布陣し終わった両軍が対峙している。

 

ラインハルトは決断した……

 

コンピューター画像に投影される両軍の陣形の内、片方の左翼部隊だけが味方(?)から離れて前進し始めた。

 

変化は突然だった。

ラインハルト艦隊の先鋒ミッターマイヤー集団が急速に旋回し始めた。

続いて画像の中で中央集団が旋回し始めると、俺たちの視点で正面に光っていた星雲が左に流れ始める。

殿(しんがり)のロイエンタール集団が旋回し終わると、そのまま敵前あるいは敵味方のド真ん中を横断していった。

流石にラインハルト以下、緊張を隠せないブリュンヒルトの艦橋で、俺は別な理由でも動揺していた。

今や、左から左後方へと流れていく星雲の何処かにヤン・ウェンリーが居る。

『原作』通りならば、何故か感情的とすら言える上官のため「宝の持ち腐れ」に成っている筈だが、ひと言でも上官がヤンの忠告を聞き入れたならば、立ち往生した弁慶に立った矢の数並に死亡フラグが立つだろう。

 

敵と味方の間を横断し終わったラインハルト艦隊が再び旋回した時、流石に俺は安心していた。

ここで膝が笑わない程度には軍人教育も実戦経験も積んではいたが、そんな俺を誰も気にしない。

それほど、ラインハルトたちの視点でもギャンブルだったのだ。

しかしギャンブルの結果は、とりあえず当たりと出た。

今や、白鳥が陣頭に立つ猛禽の群れが、同盟軍の死角から襲いかかろうとしていた。

 

……その後「も」俺は玉座の後ろに立っていた。

 

しかし思い知った。俺には『原作』知識と言う有利はあっても、俺自身の反則的な能力は無い。

反則なのはラインハルトやヤンたちだ。

そんな反則同士の殺し合いに下手な介入をするなど、とてもじゃ無いが恐ろしい。

少なくとも戦術LVでは無理無茶だ。

そうなると…今後、ローエングラム元帥府での俺の立ち回り方は……

 

何時の間にか、そんな当面の戦いには余分な思案の余裕まで出来ていた。

無論、本来の艦隊スタッフの仕事に手抜きはしていない。

その程度に仕事をしながら思案するスキルぐらいは身に付いていた。

目の前の彼「ら」が反則なだけだった。

その反則の片方は、すでに上級大将への昇進と伯爵家相続のハク付け程度の手柄は立てていた………。

 

……。

 

…宇宙艦隊の時代に軍隊へと志願すれば、宇宙戦艦の中で行く年を送り、来る年をむかえる事は在り得る。

 

正確には、帝都の軍用ドックの中、白鳥の戦艦の艦内だった。

上級大将ローエングラム伯爵は、皇宮での年越しの宴(うたげ)の席からアスターテ会戦へと出征する。

そのために待機しつつ、司令部を含めた乗り込みの士官たちによる年越パーティーが開催されていた。

 




石黒監督版『銀河英雄伝説』のイメージから銀河帝国の戦艦の指揮シートを「玉座」に例えてみました。貴族階級が指揮官に多いというイメージもあります。
尚、戦艦ヒューベリオンの参謀席の例えは「円卓」にしました。
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