蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第40章 同盟迷走

ルッツ上級大将は、その日も信頼する補佐官の助言を求めていた。

複数の密告者から、内容的には50歩100歩な密告を受けていたのだ。

そこへ、当時は未だ帝都だった惑星オーディンから超光速通信が着信した。

 

「ザルツ中将。卿は如何(いか)に思うか?」

憲兵総監に直属する特命室長ならば、武人に過ぎない自分よりは何かの意見を持っている(?)かもとでも考えたのだろうか。

「ルッツ上級大将。

小官の意見を申し上げる前に、2つか3つほど無礼かも知れない事をご確認しますが。

先ず、小官の情報源に対しては詮索しないで頂けますか?

それから、提督にはヤン・ウェンリーに直接敗北した経験は無い筈です」

ルッツが頷(うなず)くのを見てから、ザルツは続けた。

「したがってヤン個人に対する復讐心などは、お持ちでは無いでしょう」

高等弁務官よりも、側の補佐官の方が感情を刺激された。

これに対して特命室長は、先ず無礼をわびてから続けた。

「あるいは、弾圧の危険に直面したヤンの部下が提督の身を害したら、御恐れながらカイザーが同盟を完全征服なされる、その大義名分が出来る、と御考えでしょうか?

そのための犠牲ならば”犬死”では無く、カイザーへの忠義だと御考えですか?」

「バカな事を言うな。カイザーが其の様な権道を御好みあるか」

ルッツの返答に頷き、重ね重ねの無礼をわびてからザルツは本題に入った。

 

「もう同盟政府なり元首なりに、何らかの勧告などはされたでしょうか?」

「ナイン」と言う返答にザルツも安心した様だ。

「何よりもカイザーの御意思を確かめる事が先でしょう」

ルッツもエルスハイマーも即答するには間を置いた。

「それとも、この様な些事(さじ)で御多忙なカイザーをわずらわせるべきでは無いと御考えでしょうか?

自由惑星同盟と言う国家を「何時」滅亡させるかは、恐れ多くもカイザーの戦略と政策によります。

まして今回の当事者たるヤン・ウェンリーは、カイザーが高く評価なさり旗下に招こうとされた人物です。

これは主君の意に阿(おもね)る事では在りません。

主君の御意思よりも先走る事が、われら臣下や部下には許されるか、どうかの問題です」

ルッツにも何か頷ける事が在った様だった。

「御身を大切になされるが好ろしいでしょう。

”犬死”とお考えならば、妹御を2重に悲しませるまでも在りますまい」

義理の兄弟は顔を見合わせた。

 

ひと呼吸置いて、ザルツは付け加えた。

「ヤンの様に歴史家を気取る訳でも在りませんが、地球時代の「13日戦争」までには何回かの核戦争の危機が在ったそうです。

その回避には「ホットライン」とやらが役に立ったかも知れないと」

とりあえずルッツは、ザルツの参考意見を聞いて置く事にした様だった………。

 

……。

 

…7月21日。同盟元首ジョアン・レベロ議長の職務室。

 

「前」政権でのブレーンでも在った、とある大学の学長が意気揚々としていた。

たった今まで難問に苦しんでいた「現」議長に妙策を提案して「現」政権でもブレーンの地位を確立したかに見えていた。

 

そこへ高等弁務官の面会希望が伝えられて来た。

学長は「計算通り」議長は「来るべき者が来た」と言う顔をした。

 

「どうやら「例」の密告は、そちらにも届いている様ですな」

挨拶の後、弁務官が本題に入ると、いよいよ学長は「計算通り」議長は「来るべき者が来た」と言う顔を強くした。

ところが「その件について、わが主君から御預かりして参りました」こんな言い方で差し出された記録メディアが再生されると、その内容には驚愕させられる事に成る。

 

「予は、この様な卑劣なる密告など好まぬ。

議長。卿は予に訴え国家の功労者の正当な権利を援護すれば好い。

強者にこびて自らの法をすら犯し、一時の利益のためには国家の功労者を売るような政権の存続を認める事にこそ、不正義はある」

議長も学長も、それぞれに顔色を急変させていた。

学長の“妙案”こそ、同盟の自殺行為だと通告している事に、メッセージの意味は通じていたのだ。

「さらに予が好まぬ事は、この腐肉喰いどもが同盟と言う国家に寄生して来た者どもだ、と言う事だ。

今度は帝国に寄生するため、この様な卑劣行為で予を喜ばせる積もりだったか。

予の好悪のままに処罰可能ならこの様な奴らこそ宇宙を清潔にするために処理すべきだ、とすら思う」

学長は逃走刑事犯をすら連想しそうな態度に成っていた。

「ヤン提督に疑惑が全く無いとも思えぬが、今回の彼は被害者である。

予に彼の身命をゆだねられるならば、予は彼を厚く遇するであろう」

高等弁務官の持参したメッセージは、確かに同盟元首に伝えられた………。

 

……。

 

…7月22日。ヤン・ウェンリーは昨日と同じく、年金生活者の生活を楽しんでいた。

 

自分が逮捕や、まして密殺の危機に近付いていた事も、皇帝ラインハルトの「ホットライン」に救われた事も知らなかった。

「奇蹟の魔術師」は予言者でも千里眼でも無い。

ヤンが気にしていたのは遠く歴史上の惑星へと旅立った「秘蔵っ子」の事だった。

まさか、その息子が訪問している惑星と自分が巻き込まれかけた陰謀とが地下水脈で繋(つな)がっていたのだ、となどとは当の秘蔵っ子が地球土産に持ち帰ったデータを解析してみて、初めて知る事に成る。

 

……7月24日。ワーレン艦隊が太陽系に接近するのと同日。

 

高等弁務官は、今度こそ同盟政府に「勧告」した。

余分な密告以前に明確な反帝国団体が存在していた。地球教団である。

皇帝暗殺の未遂事件などと言う極大の反帝国行動を起こしており、近日中には討伐軍が本拠地を討伐する筈だった。

帝国を代表して同盟に駐在しているならば、余分な密告に関心を向ける前に同盟国内での地球教団に注目するのが当然だろう。

したがって、この日が同日となるのも、高等弁務官が誠実に本国と連絡を取り合っていれば理の当然だった………。

 

……。

 

…7月30日。地球からのワーレンの報告は「病欠」の皇帝に代わって受けた高官たちを、とりあえずは安堵(あんど)させた。

 

自分が戦えなかった某提督などは悔しがってみせたりもしたが。

ところが同日。彼らを緊張させ、事後には唖然(あぜん)とさせる報告も届けられた。

同盟首都のルッツからの“緊急”連絡だった。

 

……24日に高等弁務官から「勧告」を受けた同盟政府は、今度こそ自国の警察力を動かした。

 

だが、同盟国家そのものの弱体化と民主主義の理想である筈の人権に足を引っ張られている警察だった。

どうしても検挙まで数日を要した。

その数日の間に引き返し不能点を越えていたのである。

「あの」憂国騎士団の団員の中で、少なくない数が地球教に入信していた事ですら「事件」が起こって知る始末だった。

 

……その日。高等弁務官は補佐官とともに業務に勤(いそ)しんでいた。

 

ルッツには覚えのある感覚がした。ここは戦場では無い筈だが。

あるいは特命室長とやらに吹き込まれた”犬死”などと言う事、そして妹から夫の身命を預かっていた事を気にし過ぎていただろうか。

だが、年令の割には実戦経験で鍛えられていたルッツの感覚は正しかった。

何処から流れたか、同盟軍正規の兵器で武装した憂国騎士団と地球教徒が、帝国の弁務官府が接収していたビルディングに押し寄せて来たのである。

 

この日。地球からはワーレンが討伐成功を帝都に報告している。

繰り返すが、ルッツ程度に優秀な軍人が誠実に本国と連絡を取り合っていれば、これくらいの推測は可能だった。

片や「勧告」を受けた筈の同盟側は、地球教団の鎮圧に成功していない。

これを軍人としては当然ながら不穏に思ったルッツは、弁務官ビルの警備を帝国軍の遣り方で実施するむね、同盟政府にも通告済みだった。

残念ながら、この兵力配備が役に立ったのである。

 

ルッツは襲撃者を「素人」とは侮(あなど)らずに正解だった。

押し寄せてきた「暴徒」は、自分の命を何処かに忘れた様な突撃を繰り返した。

これが殉教だと信じる地球教徒のみならず、憂国騎士団の団員の中で未入信だった者の中にまで、後で死体からサイオキシン反応が出た者も出た。

そのため戦闘技量としては未訓練で、戦術としても単純に突撃するのみでも「死兵」だったのだ。オマケに武器は本物である。

 

ついにルッツは、ビルの上部から大気圏内用ヘリなどで兵士たちを撤収させた上で、逆にビルの外から反撃する戦術を選択した。

ルッツ自身も義理の弟を引き摺(ず)りながらヘリに乗り込み、大気圏内に突入させた旗艦スキールニルに乗り込んで、そこから指揮をとった。

もっとも相手が陸戦最強の「薔薇の騎士」だったら、そして実戦指揮官が何処かの“不良中年”だったら撤収も困難だったろうが。

しかし「死兵」であっても戦術的には素人だったため撤収は成功し、逆にビルを包囲した帝国軍の反撃で制圧にも成功した。

 

結果として、最初の緊急通信から日数を置かずに、鎮圧成功の続報が送られていた………。

 

……。

 

…報告は、騒乱の発生自体と報告の遅れをわびて終わっていた。

 

しかし、熱が引いて復帰した皇帝はルッツを責めず、むしろ鎮圧の成功を賞した。

 

問題は同盟政府の責任である。

同盟元首が個人として関与したかどうか、あるいはウラや思惑を探ろうが、それとも元首個人の善意を信じようが、もはや同盟軍の武器を使用して皇帝の代理人を襲撃してしまった以上は、同盟側の責任を問う問わない、の決定権は帝国側、つまりは皇帝の判断と決定に委ねられた。

そして、ラインハルトは生き急いでいた。

 

ザルツだけが知っていた「知識」通り、ラインハルトは発症し始めていたのである。

その「残り時間」の間に宇宙を奪いたがっていた。

 

……ザルツ個人としては「知識」を持っているだけに疑っていた。

 

その疑いを確認出来たのは、この時ワーレンと同行する羽目になっていた“フェザーン商人”の隠し持っていたデータを照合出来た時だ。

 

やはり、地球の教団本部からの脱出に成功した後には主導権を取る事に成る大主教ド・ヴィリエ、ルビンスキーそしてトリューニヒトは、この頃より共犯関係、と言うより互いに利用し合い始めていた。

そして『原作』でのヤン暗殺に連続する理由で、ヤンと同盟と帝国を互いに武力衝突させる方向での策謀を仕掛けていたのだ。

これは時系列的には後日に成るが「その時」のヤン・ウェンリーの目的が皇帝ラインハルトに対する条件闘争である事も見抜いていた。

そしてヤンが成功した場合、皇帝ラインハルトに残る敵が自分たちテロリストのネットワークだけに成る事を恐れていた。

だから彼らはヤンを暗殺しようとしたのだ。

 

これに対して総大主教を取り巻いていた当時の主流派は、皇帝ラインハルトの暗殺という、より直接に帝国にダメージを与えられる手段を主張していた。

しかし「キュンメル事件」での失敗とワーレンの出兵と言う展開を前に、ヴィリエやルビンスキー、トリューニヒトと言った共同謀議者たちの意見が強くなり、その結果、同盟首都ハイネセンでヤンが密告されたのである。

 

……これが、ユリアン・ミンツが入手できた段階での“最新”情報だった。

 

この情報を確認できた時のザルツの驚愕は「やはり」と言う意味の驚愕だった。

転生者と言う介入者の改変した事とは別な処で『原作』そのままの行動により、歴史のウラ面で暗躍する者たちが居たのだ。

 

……銀河の歴史は止まらない。

いや、加速する事を希望する者たちが加速させていたのである。

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