フェザーン大本営への移動に先行するミッターマイヤー艦隊に便乗して来たザルツ中将は、早速「同盟側の灯台」星系まで足を延ばしてみたことが在った。
その星系には「バーラトの和約」時点で同盟側から返還された、イゼルローン要塞が移動させられていた。
地球時代の第1次大戦では敗戦国の艦隊が戦勝国の軍港に連行させられたものの、最終的には引渡しを拒否して自沈を選択し其の多くが成功した、と言う史実も在った。
ヤン・ウェンリーと言う「不良軍人」には、むしろ無縁な精神だとは「反則」知識でも無ければ信じたくも無かっただろうが。
結局の処、相手はヤンである。
こと戦術レベルと成ったら、どれほど悪辣な小細工をやってのけるか知れた相手では無かった。
当然に帝国側も、検査も調査もしないで受け取った筈も無かったが、調べるべき容積の大きさ、床や天井、壁の面積の広さを考えたら優先順位を付けざるを得なかった。
例えば極低周波爆弾(爆弾本体よりも例えば要塞の外側から内部に仕掛けられた爆弾を起爆する起爆装置に注目した呼び方)を、外部操作で起爆させられたら致命傷に成りかねない場所とかを、である。
そんな事情のイゼルローンに立ち寄ったザルツ中将だが、ヤンほどに自他とも認める様な機械音痴でも無いものの、コンピューター・システムの専門家でも無い。
しかし当然の様に、要塞を帝国軍が管理するようになってからはシステム管理の専門家が常駐する様に成っていた。
その専門家に半日つき合わさせてメイン・コンピューター・システムを走査してみた結果、以下の様な事が判明した。
要塞外部から「何らか」のキー・ワードを入力すると「雷神の鎚」が封印され、港湾システムが入港状態で固定される様に成っていた。
更に港湾施設から近いサブ・コンピューターに別な「何か」のキー・ワードを入力すると「雷神の鎚」の封印が解除される様にも成っていた。
今度は専門家以外にも要塞司令部から何人かの応援を集めて、キー・ワードそのものの解読が始められた。
直接には専門家に解除させるとしても、どんな語句が登録されているかを先に見破らなければ解除も出来なかったからだ。
先ずは、いかにも同盟側の軍人が思い付きそうなフレーズに始まって、それこそ思い付く限りの同盟語の文章が試された。
そのあげくに元凶(?)のザルツ中将が、冗談が半分以上かも知れない文章を提案してみた。
実の処「こんな時に不謹慎です」程度には気の立っていた者も居なくは無かったが、結果は“その”フザケた文章が正解だった。
思い付いたザルツ自身「偶然は恐ろしい」とか「ヤンが思想的には不良軍人だ、と言う情報は信じがたいが本当だったらしい」とか驚愕して見せていた………。
……。
…惑星フェザーンに引き返した俺ことザルツ中将は、先ずはケスラー総監に超光速通信を入れた。
その上でフェザーンに到着した、ケスラーよりも更に上の上官へも報告を上げた。
報告には付け加えて置く。
「相手はヤン・ウェンリーです。
考え過ぎと言う事は在り得ません。
発見した小細工が囮の可能性すら在り得ます」
異論は無かった。
結果として帝国軍の同盟再侵攻の際には、イゼルローンへの滞在時間は極小化される事と成った。
この報告は、本隊とともに到着した副総監への手土産でも在った。
何と言っても憲兵総監は(未だ名目上の)帝都である惑星オーディンから、防衛司令官として動けない。
その代理として派遣された副総監である。
『原作』ではモブキャラクターよりはマシな扱(あつか)いだが、ケスラーが憲兵組織を掌握(しょうあく)し改革する中で抜擢した人材だ。
その信任に耐える人物だけに、特命室長の言い分を聞く耳くらいは持っていた。
「御恐れ多くもカイザーは、すでに工部尚書を「公然の非公式」ながら首都建設長官として職務を遂行させておられます。
もはや帝都防衛司令官が護るべきは、惑星フェザーンで在るべきでしょう。
しかしながら、同時にフェザーンは「あの」黒狐を始めとした陰謀家たちの母星でもあります。
その意味からも、憲兵総監としての任地もフェザーンとすべきです。
どうか副総監から、総監閣下に意見を上申して頂けないでしょうか」
これに対して「自分では頼りに成らないか?!」などと邪推する様な副総監を、抜擢も自分の代理として派遣もするケスラーではなかった。
副総監と特命室長からの意見上申を受けた憲兵総監は、とりあえず惑星フェザーンに派遣する憲兵の人手は増強する事にした。
……確かに憲兵の人手は、在って困る事など無い。
例えば、エルフリーデの件である。
『原作』と違って彼女の存在は憲兵隊の監視下で公然であり、変な事を皇帝に吹き込まれる心配を、双璧の相棒にさせる様な参謀長も居ない。
しかし彼女が、憲兵総監の指名した監視対象である事は変更されていない。
片や妊娠期間を280日間とすると、5月2日に出産した場合の妊娠初日は計算上7月26日に成る。
当然ながら、黒色槍騎兵を先発させた11月10日時点で妊娠が発覚していても可笑(おか)しくない。
そんな訳で、とある晩のザルツ先輩は、久し振りに士官学校の先輩の顔で双璧と酒を飲んだ。
あの愛妻家らしくも無い発言すらしそうな疾風を宥(なだ)めながら、いかにも先輩らしい忠告をしたりした。
「いっそ、この機会に結婚したら」などと言うザルツには、流石の疾風も驚愕した様だったが「フラウ・ミッターマイヤーなら、どの様な意見をお持ちかな」などと突っ込まれて、本当に超光速通信を入れたりしていた。
こうして帝国元帥、統帥本部総長の婚約者としても警護対象に成ってしまい、産婦人科医まで動員しての、事実上の軟禁状態に置かれていた。
……こうした事は、あくまで1つの例である。
特命室長ザルツ中将には、脳内だけの思惑が存在していた。
ザルツだけが持っている「知識」通りならば今回の遠征は、皇帝ラインハルトが武力で戦うという意味では“最後の戦い”に成る可能性が在る。
その場合、ローエングラム王朝に残る敵はテロリストのネットワークだけだ。
さらに言えば、やはりザルツの「知識」が正しい限り、テロとの戦いの戦場に成るのは惑星フェザーンと惑星ハイネセンだった。
そしてケスラー総監の指揮する憲兵隊と帝都防衛の陸戦隊こそ「この」戦いでの主力軍に成る筈なのである。
少なくとも「知識」通りならばヤン暗殺さえ妨害出来れば、そう成る可能性は高い。
そのためにも“最後の戦い”の準備を急ぎたいザルツだったのだ。
ケスラーには出来るだけ早くフェザーンに来て欲しい事も、ザルツには完全な本音だった………。
……。
…片や「目前」のヤン情報にも、ザルツは注意していた。
いったい何時、ヤンが惑星ハイネセンを「家出」したのか正確な情報は入手出来なかったが、支離滅裂なヤン出没の情報を何とか整理してみると、時間的距離に限れば、そろそろエル・ファシル星系に出現しても可笑しくない。
もっとも『原作』では7月25日に「家出」してエル・ファシル到着が12月9日である。
途中で事故が無ければ、ハイネセン~イゼルローンの時間的距離は1ヶ月程度、エル・ファシルはイゼルローン回廊の近くの筈だ。
この空白の時間にヤンが何をしていたか、と言えば11月10日の帝国軍進発を確認しての行動だった。
結論だけを取り出せば。
そして有人惑星エル・ファシルを拠点としての準備に何日かけたにせよ、時間的距離ならば数日も無い筈のイゼルローン奪回が「マル・アデッタ星域会戦」当日前後に成ったのも偶然では無い。
これもヤンが、フェザーン回廊方面からの帝国軍侵攻を完全に見切り、読み切った上で調節したタイミングだった。
老元帥の玉砕だけは、考えたくなかっただけで。
しかし、ラインハルトの進軍は完璧にウラを取ったのだ。
だが“今”のイゼルローン要塞は、フェザーン回廊の出口である「同盟側の灯台」星系に移動させられている。
『原作』の記述では6月7日にイゼルローン回廊の「旧」同盟側出口周辺から帰還を発表して、惑星フェザーン到着が7月1日とも在る。
エル・ファシル星系から「同盟側の灯台」星系までの時間的距離は50歩100歩だろうし「ヤン不正規隊」の数が、規模情報としても支離滅裂にせよラインハルトの大艦隊よりは小規模だろうが、それほど大きな時間差も出ないだろう。
とすれば、そろそろエル・ファシルを拠点にして準備しなければ「マル・アデッタ」に間に合わなく成りそうだった?………。
……。
…そんな事をザルツだけが心配(?)していた12月初頭。
ついに「ヤン不正規隊」がエル・ファシル星系へと出現し、自治政府から大歓迎を受けた。
そして其のままヤンは、エル・ファシルに居座って仕舞ったのである。
少なくとも、ヤン本人はエル・ファシル自治政府と接触し続けており、この星系にも人口や産業の規模相応に存在していたマスコミが書き立てるに任せていた。
無論それだけなら、少なくともザルツは気が付いただろう。
『原作』でもヤンはイゼルローン奪還の実戦指揮をメルカッツに任せ、ヤン個人の代理人としても息子のユリアンを同行させていたのだから。
だがヤンは「辺境回廊」を迂回してヴァンフリート4=2の基地に到着したファーレンハイト艦隊に『原作』でイゼルローンに駐留していたルッツ艦隊に仕掛けた様なイタズラを仕掛け始めていた。
なまじ「知識」を持っているだけに、ザルツは困惑した。
視点:アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト
「リップシュタット連合」側だった俺には、ザルツ中将とやらの面識は其れほど深くない。
それに「辺境回廊」側に迂回する俺は、フェザーン回廊側からの先発隊と殆(ほとんど)前後して出立しなければ成らなかった。
そんな準備を急いでいた俺に面会を求めて来たザルツは
「ヤン・ウェンリー辺りが仕掛けそうな小細工について、自分なりにシミュレーションしてみました。
出来れば「辺境回廊」を抜ける前にでも、ご時間の在る時に御覧ください」
とか言って記録メディアを押し付けて行った。
もっともザルツのシミュレーションが時々、双璧ですら驚かせるものらしいことは聞いていた。
それに、戦術なら兎も角(ともかく)こうした情報策謀と言った辺りなら、むしろ憲兵本部が専門だろう。
視点:ジークフリード・キルヒアイス
ヴァンフリート4=2のファーレンハイト提督から、長文の超光速通信が届いた。
先日来、恐れ多くもカイザーの御命令をよそおった、以下の各通信を受領した。
その1「直ちに同盟首都ハイネセンへ向かえ」
その2「ヤンのワナに気をつけろ。動くなかれ」
その3「先の命令に関係する。基地内の不正を調査せよ」
その4「なぜ動かぬか。ハイネセンへ向かえ」
その5「(何も無かった様に)出撃を命令」
その6「(重ねて)出撃を命令」
その7「予の命令を無視して出撃せぬとあらば……罪状はかならずただすであろう」
まことに恐れ多いが、これらの通信の内、どれが真の御命令か御教え願いたい。
ご足労ながら、画面にて確認出来る相手との直接通話で御願いしたい。
私は軍務尚書として、直ちに提督に超光速通信を入れた。
その5と6だけが本物のラインハルト様の命令だと伝えると、画面の中で提督は絶句していた。
この時、私を含めたラインハルト様の主力軍は「マル・アデッタ星域会戦」の直前であり、結果として数日以上をヴァンフリート4=2で足止めされていたファーレンハイト艦隊は、急行軍するしか無くなっていた。
近くの筈のエル・ファシルにも、この時は何をたくらんでいたか分からなかったヤン・ウェンリーにも注意を向ける余裕は、私たち本軍もファーレンハイト提督も無くしていた。