蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第45章 民主主義に乾杯

「おれに対等の友人など居ない、と言うのか……」

そうヒルダとエミール・ゼッレには聞こえたが、1人称からしてもラインハルトが聞かせたかったのは彼女たちでは無いだろう。

その聞かせたかった「マイン・フロイント」は、ブリュンヒルトの妹艦に乗っていた。

 

「「民主主義に乾杯!」」

それがアレクサンドル・ビュコックとチュン・ウー・チェンの最後の言葉だった。

少なくとも「マル・アデッタ星域会戦」以後まで生き残った証言者の聞いた限りでは。

その最後の言葉に先立って老元帥が語った言葉が、皇帝を独語させていた。

ラインハルトが求めてきたもの、それは皇帝が好き臣下を求める事ばかりでは無かった。

その事が好き方向へと向かうよう、ヒルダは願わざるを得ない。

帝国のためにもラインハルト個人のためにも。

すでにラインハルトは皇帝なのだから………。

 

……。

 

…惑星フェザーン。

 

同盟政府特使を名乗るオーデッツなる者は、特使そのものの任務に失敗した後も同盟側へと帰還しなかった。

そしてフェザーンに到着すると、帝国軍3長官の1人を誹謗中傷して回ろうとした。

ところが回り始めた処で、憲兵隊を引き連れた帝国軍中将に拘束されていた。

 

民主主義の理想を駆使した論法で不当を訴えるオーデッツの言い分が、ザルツ中将に聞こえない訳でも無い。

ザルツだって「前世」ならば、オーデッツと似た様な民主主義の教育も受けていたのだから。

だが、オーデッツの仕出かした事の“結果”を思い返してみたら“内国安全保障局”が無いからと言っても放置も出来ない。

そのため実の処、オーデッツがフェザーンに到着した時点からザルツは、憲兵に尾行させていたのである。

民主主義の国で育った「前世」を溜息とともに吐き出して、さて、ザルツは報告をしようとした。

こう成ると、惑星フェザーンの留守防衛を拝命していた大将も、ザルツ情報の有益さを認識せざるを得ない。

 

だが、皇帝の処まで報告が上がる事は「マル・アデッタ」の後まで先送りに成っていた。

その間に「同盟側の灯台」星系から、イゼルローンがワープしていた。

 

イゼルローンとの通信途絶に気が付いたザルツは直ぐに、フェザーン回廊周辺に残されていた哨戒艦隊を集めて、捜索部隊を編成する事を提案した。

それでも実際に出来た事は、救難信号をたどって救命艇を救助する事だったが。

そして「冬眠」させられていた戦友たちの目覚めを見守る格好に成った。

細かい事を言えば、要塞司令官だった中将が目覚めるなり自決しようとしたため

「卿を罰する権限は、恐れ多くもカイザー御1人に御座います。

自分で勝手に自分を罰する事は、その権限を侵(おか)し奉(たてまつ)ります」

などと言う論法で押さえ付けたりした。

押さえ付けたりしながら自分の提出した報告書には「発見した小細工が囮の可能性」とか言った文言を入れていた事に、極(きわ)めて保身的な安堵(あんど)をしたりしていた………。

 

……。

 

…皇帝への報告が会戦の終了直後になったのは、ヤンの戦略による必然性からである。

 

皇帝ラインハルトは「マル・アデッタ星域会戦」の祝杯を床に投げ付けると、私室で「マイン・フロイント」から宥(なだ)められて冷静さを取り戻し、そして取り戻した後では、イゼルローンの件では誰も罰しなかった。

 

現状での皇帝には、自由惑星同盟と呼ばれて来た国家の命運を終わらせる事が最優先事項だったのだ………。

 

……。

 

…イゼルローン要塞がエル・ファシル星系に到着する以前に「マル・アデッタ星域会戦」の情報は惑星エル・ファシルにも届いた。

 

したがってイゼルローンに「帰宅」した時のヤンは、喪章を制服に付けていた。

だが老元帥への喪章を付けながらも、ヤンは未来のために戦略をめぐらせなければ成らない。

同時に、星系政府のシビリアン代表であるDr.ロムスキーと協議して、ヤンの戦略と構想に同意してもらわなければ成らなかった。

軍人は「第2人者」を越えては成らない。

民主国家の「第1人者」はシビリアンで無ければ成らない。

それがヤンの信念(?)だったのだから。

 

……流石に理想主義者のDr.ロムスキーも「マル・アデッタ星域会戦」の後では、ヤンの言い分が耳に入ってくる様に成ったらしい。

 

まさか同盟側の全隻がマル・アデッタ星域で撃沈されたか、エル・ファシル星系までの航行能力も残らない程の重傷を受けた筈も無い。

よたよたとエル・ファシルやイゼルローンまで辿(たど)り着く損傷艦が、ポツリポツリと到着したり「ヤン不正規隊」に救助されたりするのを見ていて、理解も出来ないほど物分りが悪かったら、医師としても患者が不安だろう。

 

そうしてヤンとDr.が協議している間にも、同盟と言う国家には「その時」が迫りつつあった。

 

実の処ヤンは、ユリアンやフレデリカには自分の不安をうち明けていた。

国家の滅亡を目前にして、自分だけの保身から過激な行動に出る者も、居るのでは無いのかと。

本来は歴史家であるヤンは、いくらでも史実を知っていた。もっとも、こうも付け加えていた。

「実行したならば、彼らは自分自身の処刑命令書にサインしたことになる。

皇帝ラインハルトは彼らの醜行を決して赦さないだろうよ」

それ以上の事は“ここ”エル・ファシル星系で話しても有益では無かった………。

 

……。

 

…皇帝ラインハルトは、同盟首都へと迫り続けている。

 

「マル・アデッタ星域会戦」の直後、ひとまず帝国軍は惑星ウルヴァシーまで引いた。

勝ったとは言え、これだけの会戦の後始末のためには、それなりの後方支援を受けられる拠点まで戻る必要は在った。

先行していてマル・アデッタ星域に出撃する同盟軍とは行き違いの形に成り、急遽(きゅうきょ)反転して来た黒色槍騎兵と「辺境回廊」から急行軍して来て、同盟首都の手前で反転して来る黒色槍騎兵に出会い、ともに反転して来たファーレンハイト艦隊との、会戦開始の後から戦場に到着する結果に成った両艦隊を加えていた。

 

それら全軍の再進軍を準備しつつ、皇帝ラインハルトはウルヴァシーで今いちど再考してみた。

無論、準備でき次第、同盟首都へと進撃すると言う戦略自体に今更の変更など無い。

だがヤンが妻子に語った様な助言は、ヒルダにも出来た。

 

……ここでザルツだけが知っているラインハルトの変化である。

 

オーベルシュタインは存在せずキルヒアイスが存在していて、ヒルダや姉との心理的距離も異なる。

強い感性を持つ「天才少年」だからこそラインハルトの内面に影響していた。

その“変化していた” 「天才少年」は、ヒルダとキルヒアイスとの3者面談の上、惑星ウルヴァシーを再進発すると同時に、同盟首都へと降伏勧告を送っていた。

同時に、裏切り者を保護する法はローエングラム王朝には存在しない、とも通告していた。

 

……同盟首都は包囲下に在り続けているとも言える。

 

「バーラトの和約」によって同盟に駐留していた弁務官府の警護部隊も、ウルヴァシー駐留艦隊も健在であり、ルッツ高等弁務官もシュタインメッツ駐留艦隊司令官も自衛体制を維持しながら同盟首都と直面し続けていた。

その積もりに成れば、独力で首都を落とす事が不可能でも無かったろうが、弓を張り矢をセットしたボーガンの狙いをつけたまま、引き金を引かずに待機し続ける様に、皇帝を待ち続けていた。

そして、皇帝の発した降伏勧告が粛々(しゅくしゅく)として実現される事を、個人的な武勲よりは優先していた。

 

……ルッツの義理の弟が誰か小賢しい補佐官と入れ替わっていた、とはザルツだけが知っていた。

 

その日、黙々として執務を続けていた自由惑星同盟の国家元首の執務室に、来るべき人物が訪問した。

ふと書類から上げた視線が認知した相手。黄金の髪と黒と銀の軍服の征服者だった。

この時、秘書官すら居なかった室内には、ジョアン・レベロとは旧来の友人だったホアン・ルイだけが友を見捨てること無く、応接セットに腰を下ろしていたと伝えられる。

片や皇帝の側も、友人でもある軍務尚書と幕僚総監そして室内が狭くならない程度の親衛隊員をともなっていた。

 

皇帝と国家元首の間では、互いに交す言葉も無かった、とも伝えられている。

多くが語られないまま、この執務室を最後に使用した人物は、友の貸す肩を借りて立ち去って行った。

 

皇帝ラインハルト1世が、後世「冬バラ園の勅令」の名で残る布告を発するまで、後11日。

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