蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第46章 閑話らしきもの(その6)

視点:アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 

「辺境回廊」を迂回してヴァンフリート4=2基地に到着した当日、早くもカイザーからの御命令が着信した。

 

「直ちに同盟首都ハイネセンへ向かえ」

 

当然の作戦だとは想った。

とは言えフェザーン回廊から先ず帝国本土側へと迂回した後、距離的には遠回りに成る「辺境回廊」を抜けて来たのだ。

どうしても、このヴァンフリート4=2基地から受ける後方支援のため、数日間を消費する必要が在った。

当然ながら、カイザーほどの戦略家が御存知ない筈も無い。

ところが、その数日間の間に別な御命令が届いた。前の御命令とは、まったく整合性が無かった。

 

「ヤンのワナに気をつけろ。動くなかれ」

 

当然ながら、矛盾する両方の命令が両方とも本物の訳が無い。

どちらが本物か迷っている処へ、3つ目の通信が来た。

 

「先の命令に関係する。基地内の不正を調査せよ」

 

念のためにも調べざるを得ない。

そして、確かにフェザーン商人との微妙な取引をしていた不心得者も居た。

それにしても「神々の黄昏」時点で本国を占領されていながら、商魂たくましい事だ。

いや占領されているからこそ、尚更たくましくなっているのか。

どちらにせよ、カイザーも気が御付きに成る事だ。

どうやら最初の命令はニセモノだったらしい。

そこへ、またもニセ命令らしきものが来た。

 

「なぜ動かぬか。ハイネセンへ向かえ」

 

バレているとも知らずに、ヤンも未練がましい。

それとも、流石に妙だとでも思ったか、ニセ(?)命令を変えて来た。

 

「(何も無かった様に)出撃を命令」

 

いままでの4回の通信が無かったフリをしている。

しかも今度は「この」手で繰り返して来た。

 

「(重ねて)出撃を命令」

 

これもニセモノだろうと思っていたら、次の通信で担当者が青く成った。

 

「予の命令を無視して出撃せぬとあらば……罪状はかならずただすであろう」

 

もしも出撃を命令していた方が本物だったら、あの御気性の激しいカイザーでは在り得る。

だが、これもヤンの手の込んだニセモノだったら?

いったい出撃命令と出撃を禁じている命令と、どちら(?)が本物なのだ。

 

ここで俺は、フェザーンを出立する準備中にザルツ中将から押し付けられた記録メディアを思い出した。

成程、カイザー御本人ならば、ご自分の発せられた御命令は御存知なのが当然だった。

俺は急いで、大本営宛に超光速通信を入れた。

 

まことに恐れ多いが、これらの通信の内、どれが真の御命令か御教え願いたい。

ご足労ながら、画面にて確認出来る相手との直接通話で御願いしたい。

 

果たしてカイザーからは、どの様な御返答が戻って来るだろう………。

 

……。

 

…画面に出て来たのは軍務尚書キルヒアイス元帥だった。今度こそ本物で間違いない。

 

「問い合わせの在った7つの通信ですが」

5番目と6番目だけが本物だ、と告げられた。

そんな?!ヤンはニセの出撃命令と出撃を禁ずるニセ命令を、両方とも自分で出していたのか?

だが、やっと気が付いた。

出撃を禁ずる命令が本物だったら、逆の出撃命令は「全て」ニセモノと言う常識そのものがヤンのワナだった。

これが出撃を禁ずるニセ命令だけだったら、カイザーが本当に出撃をご命令してきた時に、単純に比較してみるだけだったろう。

だが本物の御命令までが、互いに矛盾するニセ命令の中に紛(まぎ)れ込んでしまった。

結果的には、数日間以上をヴァンフリート4=2基地で空費させられていた。

 

こう成ったら「本物」の御命令を実行するためには、近くの筈のエル・ファシル星系も、そこで何をたくらんでいるか分からないヤンも無視して、同盟首都の方面へと急行軍するしか無くなっていた。

 

視点:ガルミッシュ要塞司令官

 

要塞内部が騒がしい。

このガルミッシュ要塞が5つの球体を連結した構造に成っていたのは、まさに“こうした”事態のためだったのだが。

つまり球体の1つで反乱でも起こった場合でも、他の4つを確保し通路を隔離して置けば、最終的には鎮圧も可能だ。

 

しかし「今」のガルミッシュでは、5つの球体の何処で何時、兵士どもが騒ぎ出すか知れたものでは無い。

これでリッテンハイム侯爵が、ある程度以上の艦隊を送ってくだされば、まだ当面の沈静化も可能だったろうが。

侯爵はガイエスブルクから動かず、戦艦1隻の増援も来なかった。

そして要塞の外側では、われわれを“賊軍”と呼ぶ敵が接近しつつある。

どうして、こう成った?何処で選択を間違えただろう。

 

いやリッテンハイム侯爵の派閥に入る選択をした時点で、ブラウンシュヴァイク公爵が勝利者と成る可能性を考えなかった訳でも無い。

その時は、公爵が勝利者と成った場合に軍部から失脚する覚悟ならば、していた積もりだった。

だが、今の要塞司令官としての自分に降伏勧告をしているのは、まだ数年前の以前、自分と直属上官の対談の場には立ち会う事も出来なかった、巡航艦の保安主任でしか無かった赤毛の若造だった。

 

例え時を逆行する事が叶(かな)い、ブラウンシュヴァイク公爵か、それともリッテンハイム侯爵かと迷っていた頃の自分に、グリューネワルト伯爵夫人を選択する様に忠告した処で、笑い飛ばされるだけだろう。

だが、目前の事態は悪夢では無かった。

 

ついに要塞司令官として決断し、遠征軍の旗艦に通信を接続させた。

 

「いかに挨拶すべきですかな?提督。お久し振りとも、それとも始めましてですかな」

直ぐには戸惑っている様だ。

「あの時も直接に対面したのは、提督の上官だったのですからな。

それに提督はまだ、確か中尉だった頃の事です」

こう言えば、少しは心当たりでも在るだろうか。

「あの時には自分はすで(既)に少将。それも統帥本部で相応の職に在った。

その自分が今だ、中将に留まっている間に上級大将。

そして別働軍ながら総指揮官とは。

引き立ててくれる主君の選択を間違えましたな。

あの時は、リッテンハイム侯爵が正解と思っていましたのに」

 

やっと相手は、自分に降伏しようとしている敵将が誰であるかを思い出したらしい。

「お久し振りです。アーベントロート中将」

 

視点:オスカー・フォン・ロイエンタール

 

キルヒアイス提督は他人の噂(うわさ)話を面白おかしくする性質では無いし、ローエングラム元帥閣下以外には付き合いが好いとも言い切れない。

だがアーベントロート少将(当時)と、巡航艦艦長時代の元帥閣下との間に起こった事の当事者でもあるワーレンが、ガルミッシュの時にも立ち会っていた。

そのワーレンから話を聞いた時、俺の隣に居たミッターマイヤーは妙に考える処が在った様子に見えた。

ふと、からかい半分に問い質(ただ)して見たくなる様な態度だった。

 

わが友の返答は、こうである。

「当然ながら、俺たちには其の場限りの事でも、相手には相手の後日談があるものだな。

そんな風に考えてみた」

「相手が死んでいない限りはな。まあ、こんな時代ではあるがな」

 

その時は、それだけの話で終わった。

それから随分(ずいぶん)と時が過ぎてから、俺は本当に思い付きから確認してみた。

何時だったか、俺たち2人と女の事から殴り合いをした3人の事である。

後始末として、大尉から中尉に成った俺とミッターマイヤー中尉は最前線のイゼルローンへと回された。

相手の3人の方も公平に処分された筈だった。

その後の俺たちは武勲を立てて、あの程度の失点は取り戻した筈だったが、あの時の失態までは、それなりに将来を見込まれていたらしい3人は、どう成っていたのか。

 

これでも俺やミッターマイヤーは、士官学校の同期では出世頭だ。

いや俺たちや、あれでもビッテンフェルトとかが飛び抜けて早いだけで、それぞれ何千人と居た俺たちの同期の中なら、中佐や大佐でも出世している側から数えた方が早かった。

どうやら例の3人も、その辺りで別に不公平も無く収まっていた。

まあ、ヤン・ウェンリーとかに殺されていなければ、そんな処だったろう。

 

そして、そもそもの原因だった例の女だ。

結局は父親が見込んでいた、当時少佐の相手と結婚していた。

ただ大佐から准将に成る辺りで、上が支(つか)えているらしいが、それほど不幸そうにも見えなかった。

 

視点:ジークフリード・キルヒアイス

 

ガルミッシュ要塞司令官との再会は、私に「あの」奪還作戦の事を思い出させた。

当然に「あの」少女の事も。

しかし、その時は思い出す以上の事は何も出来なかった………。

 

……。

 

…ラインハルト様が「冬バラ園」に滞在されていた頃。

 

私も軍務尚書と言う権限を持って、同盟首都だった惑星ハイネセンに進駐していた。

その時の私の権限からすれば、あの時の亡命者の行方を捜す程度は簡単だっただろう。

私としては、含むことなど何も無い。

元々、ラインハルト様からして「あの」メルカッツ提督すら免罪されたのだ。

私は只、彼女が無事で居た事を確かめたかった。

 

マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーとベンドリングは、2人とも同盟市民として平穏に生きていた。

ただベンドリングは立場上も在ったのだろう、同盟軍に志願して「バーラトの和約」時に中佐で退役していた。

 

視点:ウォルフガング・ミッターマイヤー

 

俺だけが知っていた。ロイエンタールの女性問題の「真相」を。

当たり前だが、俺はエヴァにだって「この」秘密を明かさなかった。

ロイエンタールには、自分から女性を誘惑した事は無い。

本当は両親から、特に母親から与えられなかったものが欠けているだけなのだ。

それだけに俺は「それ」を与えてくれる女性と我が友が家庭を持ち、出来るだけ早く私生活的にも落ち着いてくれる事を願っていた。

 

だからと言って、リヒテンラーデ家門の女性が妊娠した事を機会に結婚をすすめるザルツ先輩には驚愕した。

しかし、エヴァの意見を求められて超光速通信を入れてみると、彼女は自分で当の女性と話したいと申し出た。

 

結局、エヴァと件の女性は、すっかり超光速通信を通じての御喋(おしゃべ)り友達になってしまい、ついには自分の子供のために考えていた名前をゆずりたい、とまで言い出した。

もっとも、ザルツ先輩から「この」事を聞かされた時には、俺もロイエンタールもヤン・ウェンリーとの戦いを目前にしていて、事後承諾するしか無かった。

こうして、フェリックス・フォン・ロイエンタールは命名された。

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