蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第47章 冬バラ園の勅令

皇帝ラインハルト1世は、その華麗なる業績と散文的な私生活上との落差で後世の歴史家を驚かせているが、惑星ハイネセンでの滞在先を選んだ当時は美術館の冬バラ園を気に入って、花園に隣接するゲストハウスを宿舎に定めた。

 

その時、その冬バラ園から皇帝は宣言した。

自由惑星同盟と称して来た1つの国家が、歴史上の存在に成った事を正式に。

 

……早くも翌日。ラインハルトは提督たちを集めた。

 

最後に残る敵、ヤン・ウェンリーとの決戦の意志を示したのである。

これに対して上級大将クラスは兎も角(ともかく)3元帥と幕僚総監は、それぞれに再考を求めた。

特にヒルダなどは、率直に不利な情況を指摘した。

現状でのヤン・ウェンリーは極論すれば、1つの有人惑星エル・ファシルを防御すればよい処まで、純軍事的な戦略を限定可能である。

片や、戦術レベルでの最善は「難攻」のイゼルローン要塞を墨守する事だが、イゼルローンを移動可能とした事で、戦略的目的と戦術的手段を整合させてしまった。

この上で戦術レベルでの勝利を求める事は、皇帝ラインハルトの天才を持っても容易だろうか?

 

疑問形に留めたのは主君への礼儀に過ぎない。それだけ率直に主君をいさめていた。

居並ぶ提督の中には、発言者がヒルダで無かったら怒声を発しそうな誰かが居なかった、とも限らなかった。

 

皇帝は主君の不快を恐れない幕僚総監をほめたものの、親征の意志を完全には撤回しなかった。

 

……さらに其の翌日。

皇帝の総旗艦に同乗して来た憲兵副総監は、早くも行動を開始していた。

 

元々、当時の同盟首都で起こった騒乱が切っ掛けでの遠征である。

「冬バラ園の勅令」によって法的にも帝国の憲兵が、惑星ハイネセンでも警察力を行使出来る様に成った今、騒乱を起こした2つの反帝国団体、地球教団と憂国騎士団を見逃す理由は存在しなかった。

さほど日数も置かず、ケスラー総監に抜擢されただけの優秀さと勤勉さを副総監は実績で示したが、数日後には「放火犯人」を探す事に苦労する羽目に落ち入った。

 

もっとも無実の罪人をつくる事を気質として好まない「マイン・フロイント」の忠言を皇帝が受けた事も助長して、失火と言う「真実と事実」が、誤魔化(ごまか)すこと無く公表された。

その結果、征服された側の人心が動揺する事を憲兵副総監などは心配していたが、帝国軍の双璧が陣頭指揮をとって沈静化してしまった。

「成程。あの御2人が帝国元帥で、自分はまだ大将だった訳だ」

副総監は、そう自分を納得させた………。

 

……。

 

…副総監が惑星ハイネセンで納得している頃、惑星フェザーンではザルツ中将が安堵(あんど)していた。

 

ザルツしか知らない「ロイエンタールの審問」などと言う事件は起こっていなかった。

もっともエルフリーデの件にしろ同盟特使の件にしろ、ザルツ当人が “フラグ”を折って来たのだが。

これで恐らくロイエンタールが統帥本部総長を外(はず)される、と言う展開は避けられる筈だ。

それにキルヒアイスが居る。

「マイン・フロイント」を差し置いて、ロイエンタールを“新領土総督”に据(す)える、と言う可能性は小さいだろう。

これで双璧が相撃つ内乱、と言う悲劇はフラグを折れただろうか?………。

 

……。

 

…惑星ハイネセンの仮設大本営に、皇帝ラインハルトは提督たちを集めた。

 

先ず皇帝は、大火の後始末を最小限の混乱で乗り切った双璧を賞した。

続いて宣言する。

「……予はヤン・ウェンリーを予の前にひざまずかせぬかぎり、オーディンはおろかフェザーンへも帰らぬ……」

事は決した。

後年の歴史家が「5月の戦い」と呼ぶ常勝と不敗の対決は、引き返し不能点を越えた。

 

……皇帝の決断の下、各提督たちの艦隊は出撃準備を整えていく。

 

惑星オーディンからの主力軍の進発には、黒色槍騎兵とファーレンハイト艦隊が先行を命令された。

キルヒアイスは軍務尚書として、この段階で口を出した。

ビッテンフェルトとファーレンハイトは同格の上級大将であり、その両者を上官の居ない戦場に送り出す事は統帥の原則に反する。

速やかに宇宙艦隊司令長官であるミッターマイヤー元帥を追走させるべきだった。

皇帝は軍務尚書の意見を好しとして、司令長官に進発を命令した。

 

もはやヒルダも、幕僚総監として実務を処理していた。

事実、先発した両艦隊だけが動いていた訳でも無い。

 

自由惑星同盟と言う国家を消失させた以上、同盟駐在の弁務官も任務を終了した。

「ルッツ。ご苦労だった。

この上は、今度こそルッツ艦隊の再編成を行え。

そのためにもフェザーン大本営まで戻るがよい。

もっとも予がヤンを倒し、宇宙からルッツ艦隊の相手を無くしてしまうかも知れんが、予をうらむな。

また、帝国本土と新領土を連結するフェザーン回廊を確保する任務は決して軽視されるものでは無い。

期待しているぞ」

 

さらに帝国本土、未だ名目上は帝都である惑星オーディンに待機する両艦隊のうち、ワーレン艦隊はフェザーン回廊から、メックリンガー艦隊は「辺境回廊」から皇帝ラインハルトの主力軍に呼応する事に成っていた。

そのうちワーレン艦隊はフェザーン回廊でルッツと擦(す)れ違う事に成るのだが。

 

そして惑星ウルヴァシーに駐留し続けて来たシュタインメッツ艦隊も、同地を発進してエル・ファシルへ向かうよう命令された。

シュタインメッツ艦隊が進発した後のウルヴァシーの空白、あるいは皇帝ラインハルトの本軍が惑星ハイネセンを進発した後の空白を、軍事力に限っても何者が埋めるのか。

それは新領土をいかに帝国の支配体制に組み込んで行くか、と言う事を含めた戦“後”体制にも繋(つな)がる問題だった。

したがってヤンを討ち、全ての戦いを終わらせた時に確定する事に成るだろう。

とりあえずの留守責任者は、皇帝直属艦隊から大将クラスをもって当てられた………。

 

……。

 

…そんな「戦後体制」の構築を希望しない者たちが居る。

 

惑星フェザーンの地下に、そんな者たちが潜み続けている事は「反則」知識なしでも、ある程度以上の想像力さえ持っていれば想像可能だ。

そのためザルツ特命室長に限らず、フェザーンで活動中の憲兵隊は潜伏者たちを追跡していた。

憲兵総監は(未だ名目上の)帝都オーディンを防衛司令官として動けず、副総監である大将は惑星ハイネセンである。

総監直属の中将と言う立場のザルツは其れなりの権限を仕える様に成っていたが、その権限と「知識」を持っても“黒狐”の悪知恵は手強かった。

エルフリーデや同盟特使の身辺に変なヤツらがウロウロしていた事は確認出来たものの、そこから黒狐の穴まで糸をたどる事は困難だった。

 

……ここでザルツの「反則」知識がチャンスをもたらした。

 

陰謀とか策略とは、戦場と言う究極的な暴力の場での戦術よりも「後出しジャンケン」効果が大きい場合も在り得た。

ザルツが眼を付けていたのは、ルッツとワーレンの再会である。

かつて「リップシュタット」の時、キルヒアイス別働軍の両翼を成した両将は、当然に再会を喜び合った。

そして「神々の黄昏」作戦以来、フェザーン代理総督に任命されていたボルテックの提案を受けて、互いの歓送迎会を開催する事にしたのだが。

実は、これがザルツの密かに待っていたチャンスだった………。

 

……。

 

…その日も「新帝都」建設予定地では、工部尚書・兼・首都建設長官は、彼らしく職務を遂行していた。

 

そこへ憲兵隊を引き連れた中将が、シルヴァーベルヒを迎えに来たのである。

憲兵中将は、新帝国の創業における工部省の任務を心得ていた。

帝国本土と新領土をフェザーン回廊を中心として連結する、そのインフラの建設によって支配すると言う任務を、である。

であればこそ新帝国の足元に落とし穴を掘ろうとするテロリスト、特に「神々の黄昏」作戦まではフェザーンを母星としていた旧権力者にとっては、シルヴァーベルヒはテロの標的にする価値を持っている高価値目標だったのだ。

 

そんな理屈をシルヴァーベルヒに論じて、ルッツとワーレンの歓送迎会まで送って行ったザルツ中将は、会の提案者である代理総督には渋い顔をさせながらも、会場の安全を確認した。

アヤしげな何かが発見されたのは、主客の1人であるワーレンの遅参で開会が遅れている頃合である。

「ルッツ上級大将」

中将は其の場に居た最上級者の判断を求める様に、発見したアヤしげな何かを指し示した。

 

自分の生命の遣り取りならば、さんざん戦場で遣って来たルッツである。

今更、そんなアヤしげな何かを恐れたりはしなかった。

戦場経験を持たず、しかもザルツ中将の主張する通りの高価値目標でもある工部尚書の避難に異論は無かったが………。

 

……。

 

…戦場へと進軍し続ける帝国軍の旗艦ブリュンヒルトに届いた報告は、以下の通りである。

 

死亡者…幸いにして無し。軽症者数名。工部尚書は翌日より職務に復帰。

正し、要入院者1名。コルネリアス・ルッツ上級大将だった。

 

ザルツにしてみれば、ルッツだけは入院してくれないと後で御節介(おせっかい)の必要も在るだろう、程度の話に過ぎなかった。

無論、他に死人など出さない事が絶対の最優先事項だったが。

その最優先事項つまりは死亡者無しで事件を乗り切る事には成功していた。

当然ながら、事件発生と同時に憲兵隊は犯人を捜索し始めている。

「案の定」有力な手がかりは出て来ない。

おそらくは「代理総督が黒幕だ」と、さぞ恩着せがましく密告して来るだろう。

“内国安全保障局”が存在していない以上、憲兵隊が密告の受付先に成る筈だった。

 

だが今回だけは「その」密告の事も、ザルツの脳内では先送りされていた。

今回だけは保身でも出世のためでも無く惑星フェザーンから自由に動ける様に成るために

テロを被害極小で乗り切ったと言う功績が必要だった。

爆弾事件の直前に、比較すれば小さい様にしか見えない筈の別な情報も確認出来ていた。

惑星ハイネセンで特殊な患者を対象とする病院から、とある患者が行方不明に成っていた。

その行方不明者が、爆弾テロ以上に銀河の歴史を大きく逆行させる陰謀に操縦されている事を、ザルツだけは知っていた。




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