到着直後のザルツ中将が目撃した軍務尚書は、かつて「神々の黄昏」作戦で副将をつとめた両提督を気にしていた。
ザルツの「知識」でも敵がヤンだったと言った戦術的偶然の前に、自分の内面に“死亡フラグ”を立てていなかった、とも言えない両者である。
キルヒアイスの性質とラインハルトへの忠誠心では、そして自分が両提督を指揮した「神々の黄昏」作戦でのイゼルローン方面戦闘から以来、両提督の不平か不満が続いていると考えたら、気にするな、と言うのも難しいだろう………。
……。
…そのケンプとレンネンカンプはザルツの到着以前に、ヤン・ウェンリーを要塞から引きずり出す方策を、それぞれに上申していた。
ケンプが提案したのは元撃墜王らしく、同時に邪道よりは正統に近いだろう作戦だった。
現状、帝国軍の大艦隊がイゼルローンの周辺を取り囲み、双方が技術的に可能な限りの妨害手段を実施しているため、艦隊なら兎も角(ともかく)ワルキューレ戦闘艇などの接近を探知する事は困難である。
そこで、ワルキューレと装甲擲弾兵に援護させた工作隊を送り込んで要塞表面に張り付かせる。
好運にして要塞内部に突入出来れば好し。
さも無くとも要塞表面の限られた部分なりとも帝国軍に張り付かれれば「雷神の鎚」に限らず砲台によって艦隊の接近を防ぐ事の出来ない死角が必ず生じる。
そうなれば、こちらの艦隊の接近には艦隊で対抗するしか無い。艦隊決戦の好機が生まれる。
……ケンプは知らなくて幸いだったかも知れない。
ヤン・ウェンリーは自分の不得手な事を他人に任せる名人だった。
ケンプの提案で送り込まれた工作隊と援護部隊に対しても、自分自身で「奇蹟の魔術師」を披露する事も無く、シェーンコップとポプランに任せて追い払っていた。
そのポプランは、自身は堂々の単機戦闘で撃墜王と成りながら「教え子」たちには3機編隊を基本とする集団戦闘を叩き込んだ。
例えば今回が初陣と成る、とある若い女性パイロットには「1機でも戦力不足を補う」と言う理由で参戦したユリアン・ミンツとの、2機編隊での戦闘を厳命していた。
この急造かつ片方が新米の2機編隊は、シッカリと撃墜スコアを上げて生還した。
……片やレンネンカンプは、彼(?)らしくも無い権道に類する策略を上申した。
そのレンネンカンプに提案したのがグリルパルツァーだと聞いて、ザルツは納得と驚愕を同時に感じた。
弁務官として同盟に駐在していたのはルッツだったのだから、グリルパルツァーとクナップシュタインはレンネンカンプ艦隊に所属していた。
そのグリルパルツァーの策略と言うのは「ニセ」の内応を申し込んでヤンを誘い出す、と言うものだった。
当然ながら、もっともらしい内応理由は付ける。
だか「その」もっともらしい理由と言うのが……
「おそらく今回が最後の戦いであり、もはや武勲も出世も機会は失われる。
それならば、いっそ」
「当然ながら、代償としてヤン・ウェンリー軍における相応の地位を要求する」
結局、キルヒアイスとヒルダもラインハルトをいさめ、皇帝は却下した。
ヒルダなどは、もっともらし過ぎると考えているらしい………。
……。
…日数さえ与えられればザルツは、帝国軍内部を査閲したかった。
病院から行方不明に成った元同盟軍准将などは囮で、本命の実行者は帝国軍の内部に潜り込んだ地球教徒と、おそらく彼らにサイオキシンを盛られた依存者の筈だ。
そして少なくとも、駆逐艦2隻を丸々乗っ取るほど帝国軍に浸透している筈だった。
しかし、ザルツが到着してから何日も立たない間に事態は急転する。
暗殺者の動機からすれば、このままイゼルローン要塞に手が出ないままのラインハルトが、もしも、ヤンと妥協でもしてしまったら、それこそ最悪だったのだ。
……エル・ファシルに「ヤン不正規隊」が出現して以来「旧」同盟領のあちらこちらから遣って来ていた。
「奇蹟の魔術師」を頼りに帝国の支配を逃れようとする人々を乗せた民間船や「不正規隊」に合流しようとする「旧」同盟軍の残存艦艇が断続的に到着し続けていたのだった。
しかし当然ながら、帝国軍が到着し始めると惑星エル・ファシルなりイゼルローンまで到達しづらく成っていた。
そして何時の間にか星域の外周部に、まるで山羊や羊が身を寄せ合う様に集まっていた。
もっとも皇帝ラインハルトは「落ち武者」の戦闘艦艇なら兎も角(ともかく)非武装の難民船を害するにはプライドが高かったのだが。
そのため、この船団らしきものに対しては帝国軍も監視するに止めていた。
しかし帝国軍内部でも議論としてならば存在した。
かつての「エル・ファシルの英雄」が見捨てておれる筈は無い。
必ず救援のため出撃して来る。むしろ積極的に誘い出す手段とするべきでは無いか?
だが、ラインハルトはプライドが高過ぎた………。
……。
…そんなプライドとは、テロリストたちは無関係だった。
5月8日
エル・ファシル星系は、ユリアンの様に地球を訪問した経験者には注意を引かされる程度に、太陽系と相似していた。
結局のところ、太陽系に所属する惑星上で進化した生命体に都合の好い惑星は、太陽系に相似した星系で発見され易いのだろう。
その外周、太陽系時代には天王星型惑星と呼ばれた比較的大型の惑星の影に身をすくめる様にして、羊や山羊が群れる様に身を寄せ合う、船団らしきものが身をすくめていた。
その船団らしきものに帝国軍の駆逐艦が1隻、ノコノコと接近してくるなり、非武装船に対して無差別攻撃をかけて来た。
当然に、イゼルローン要塞へと悲鳴そのもののSOSが送信される。
もはや「ヤン不正規隊」も出撃するしか無かった。
避難民を乗せて来た民間船が集まっていた、とは言え「ヤン不正規隊」に合流し損なった戦闘艦艇の数隻程度は混じっている。
最終的には1匹狼によってたかって反撃する牧羊犬よろしく返り討ちにしていたが、それまでの間に非装甲の民間船数隻に被害が生じていた。
奇妙なのは他の帝国軍が、まるで連動していない事だ。
それどころか其の駆逐艦が反撃を受けて損傷すると、別の駆逐艦が接近して来て、まるで口封じの様に味方撃ちをしようとした。
そこへ3隻目の帝国軍戦闘艦が駆け付けた。
ザルツ中将は直訴して、駆逐艦エルムラントⅡから巡航艦に乗り換えていた。
テロリストが使用するのが駆逐艦だと“知っていたから”である。
味方(?)を破壊したのみならず、まるで証拠を消そうとするかの様に攻撃を続ける2隻目の駆逐艦に接近すると、船団らしきものの側から追い払う様に攻撃を加えた。
さらに撃沈よりは拿捕(だほ)を狙った攻撃と追撃を加え続ける。
その通り、ザルツとしては証拠が欲しかったのだ。自爆されても困惑する。
巡航艦ならば搭載している戦闘艇も発進させて、テロリストらしい駆逐艦を包囲しながら拿捕しようとしていた。
そうして追い掛け回している処へ、帝国軍の疾風も株を取られそうな速度で到着した艦隊が来た。
「ヤン不正規隊」の先鋒アッテンボロー部隊である。
その後からヤンの本隊と言うより「不正規隊」の、ほぼ全軍が追走して来ていた。
「ヤン不正規隊」を確認したザルツは、地球教団に乗っ取られているらしい駆逐艦をアッテンボローの方へと追いやると、いさぎよく撤収した。
考えてみれば「犯人」が地球教団だ、と言う証拠はヤンの側に発見させた方が好い。
帝国軍側からの発表よりは「捏造」をうたがわれにくいだろう………。
……。
…駆け付けた「ヤン不正規隊」は船団らしきものを収容して、惑星エル・ファシルへと降下させる事には成功した。
大半が貨物船であり、有人惑星の地表上で貨物を上げ下ろしする方が結局は経済的、と言うコンセプトで建造されていたためである。
無差別攻撃で損傷した船や降下能力を持たない船に乗っていた避難民は、その時だけ他の船へと移乗させて惑星へ降下させると「ヤン不正規隊」自体は帝国軍を牽制しながらイゼルローンまで下がろうとした。
だが流石に帝国軍は、ヤンを逃がすほど御人好しでも無い。
非武装の船団にこそ「あれ」以上は攻撃しなかったが。
もっともヤンを引っ張り出すためだけで、こんな卑劣な行為に出る皇帝ラインハルトだとは、ヤンにしても考えていなかった。
そして実の処、アッテンボロー部隊が撃破した例の駆逐艦の残骸からは、地球教団の紋章やサイオキシン反応の残る死体が回収されていた。
……地球教団に罪をかぶせられた事は“戦いの後”でこそ、ヤンにもラインハルトにも貴重だった。
だが、現状でのヤンの正面には帝国軍の大艦隊が布陣している。
それでも移動要塞を呼び寄せて背後を固めさせ、同時に其のイゼルローンから更に後方には、有人惑星エル・ファシルを護って立ち塞(ふさ)がる形には布陣出来た。
……宇宙戦艦ヒューベリオンの「円卓」
パイロット姿で控(ひか)えていたユリアンがヤンに声をかけていた。
「提督。こう成ったら、旗艦ブリュンヒルトに乗り込んで皇帝ラインハルトと談判しますか?」
ヤンは黒髪をかき回して息子に答えた。
「そうだな。どうやら最初から“そう”するしか無かったみたいだね」
「そうするしか無い」と言う考え方は、日常から好きでも無かったのがヤンの信念(?)だったのだが………。
……。
…その時、5月10日
新帝国暦ならば2年だが、宇宙暦では800年である。
「戦後」の帝国側 “大本営発表”でも星域の名をもって会戦名とする事は避けられた。
深読みすれば政略的意味だろうか。
同様の理由なのか、新帝国暦2年のみを用いて宇宙暦800年を用いない事も避けられた。
よって、この時の艦隊決戦を、あるいは先立つ工作隊浸透と迎撃戦闘を加えて「5月の戦い」と呼ぶ事が通説である。