蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第5章 閑話らしきもの(その1)

ローエングラム伯爵家は代々の名門貴族それも子爵よりも格上の伯爵に相応しく、有人惑星を有した恒星系そのものを私領として継承していた。

直系が断絶して以降は帝国典礼省の預(あず)かりと成っていたが、今回、相続者が現れた。

 

当然ながら相続者としては、伯爵領の惑星を訪問しなければ成らない。

しかも、こうした目的の訪問であれば無視出来ない同行者をエスコートしていた。

伯爵家の後継候補と成ってから、余計に近付いて来る様に成った令嬢たちが近付いて来そうな場所では、常にエスコートしていた以上は。

 

……そんな訳で、何時もラインハルトの後ろに立っていた筈のキルヒアイスも、主君をフロイラインに預けて俺と同行していた。

 

リゾート目的で建設された人工天体で、ラインハルトが伯爵領から戻って来るのを待つ。

その後は、その前と同様にアスターテ会戦の準備に忙殺される。

そうした忙(いそが)しい中に数日間の閑(ひま)を過ごさなければ成らなく成っていた。

 

第4次ティアマト会戦の後、ミューゼル大将(当時)の臨時艦隊は解散させられ双璧や多芸多才が転属して行った後まで、新たに編成されるローエングラム上級大将の遠征軍の準備を命令された1人に、俺は残っていた。

その事自体は、俺自身が「それ」を目的に暗躍して来た結果なのだが、ここでキルヒアイスと連れに成る事までは想定していなかった。

 

そのキルヒアイスはホテルのフロントでチェックインしている。

「ジークフリード・キルヒアイス。帝国軍中佐」

フロントが驚いている。

中佐にしては若い事と貴族でも無い事に驚かれている様だが、確か『原作』では「よくそう言われます」とか答えていた筈だ。

だが重箱の隅を突付けば、何時もはラインハルトが先に名乗っていただろう。

「フォン・ミューゼル大将(この時点では正確には未だ)と待ち合わせる事に成るかも知れません」

思わず横から突っ込みを入れていたものの、それでフロントは納得した様だ。

 

実の処は、ここで失礼してキルヒアイスとは別行動を取りたい気分だった。

確か、ここではサイオキシン麻薬に絡(から)んだ事件を解決する筈だ。

正直な処、フライング・ボールの試合場で5人相手のデスマッチとか、後腐れさえ無ければ敵前逃亡させてもらいたい。

それに先ず、サイオキシンで成り切りのミノタウロス退治とか、ギリシア神話のテセウスでも無いだろうに。

だが振り返ってみると、もう遅かった。

成り切りミノタウロスが、赤毛のテセウスをロックインしている。

仕方が無い。

せいぜいキルヒアイス=ホームズのジャマだけはしないワトソンに徹底するとしよう………。

 

……。

 

…事件は解決し、ラインハルトとも合流した。

 

キルヒアイスは何事も無かった、と言う風な報告をしている。

まあ、とりあえずは解決した事件だし、主君に余分な心配をかけたくは無いのだろう。

その事もあってだろうか、話題は何時の間にか品定めに成っていた。

 

「取らぬ狸…」と言った例えも「昔」には在っただろうが、これから出征する戦役での戦略ましてや敵と出会ってからの会戦の戦術を、いくら天才でも今から予言できる筈も無い。

そしてラインハルトの性格からすれば、勝った後の事を考え出しても無理は無い。

最終目的は兎も角(ともかく)その前の「元帥府を開設し、永続的に人材を確保する」と言う目標に限れば、後1勝で手に入る処まで来たのだ。

誰と誰を招くか?と言う話題が出ても無理は無かったのだ。

 

そして「この」話題をラインハルトがキルヒアイスやヒルダと熱心に語っている以上、知らない振りも出来なかった。

何せ、俺は彼らの殆(ほとんど)と士官学校の先輩後輩の関係だった。

結局は貴族出身だから幼年学校だったオーベルシュタイン、最年長のレンネンカンプ、逆に最年少のミュラーを除いて、俺が新入生の時の最上級生から、逆に俺が最上級生の時の新入生までの範囲に集まっていた。

当然の様に「この」事を意識した学生生活を送って来た。

 

こうしたコネつくりの場合は、上級生よりも下級生狙いの方が成功の見込みが多い。

学生同士での先輩後輩の力関係は、社会人の複雑な対人関係に比較すれば単純な位、1方向へと片寄っている。

それも階級社会である軍隊の学校だ。

そして時間的にも、例えば俺が新入生の時の最上級生は1年後には卒業して行った。

じっくりと準備をしたり仕込をする時間的余裕は其れだけ少なかった。

まして、学校当局や教官たちの管理下に居たのだから。

幸いにして、最大の「大物」は俺が最上級生の時の2年生と1年生だった。

 

……最上級生に進級した頃の俺は、それなりに教官たちの信任を身に付けていた。

 

舎監の役に当たる教官から、寮生の部屋割りの手伝いをさせられる程度に、である。

舎監としても、誰かに手伝わせなければ現実的に人手が足りなかった。

これは同盟軍の例ながらヤン・ウェンリーの同期生が4840名、それも卒業時の数だから入学時には更に多かった筈だ。

特に「対番」と成る新入生と新2年生の名簿を突き合わせる仕事が、手間と人手を喰う。

その手伝いをしている間に、名簿の中から「その」名前を見付け出していた。

 

「教官。このオスカー・フォン・ロイエンタールと言う2年生ですが」

「あのロイエンタールか?」

入学から約1年で教官から「あの」付きで名前を覚えられるとは彼らしい。

まあ、其の方が話も通り易い。

「ヤー。あのロイエンタールです。

親の有無で本人を差別はしたくは無いですが、彼の家庭環境が無関係とも思えません」

教官である以上は、それも学生の日常生活に近い処で接触している舎監であれば、ある程度は事情を知っているだろう。

少なくとも自分の仕事に真摯であれば。

「だが、少なくとも将来の士官としては優秀だ」

その教官には肯(うなず)いて置いてから、別の生徒の書類を取り出す。

「こちらの新入生のウォルフガング・ミッターマイヤーですが」

「それがどうした?」

「彼は中流の平民出身ながら、極めて健全な家庭環境で育(はぐく)まれています。

彼ならば、ロイエンタールにも好い影響を与えるのでは?」

「うむ」対番制度の建前からすれば、微妙に逆だろう。

「士官としては優秀。対番の上級生としても、新入生の世話に手抜きはしないでしょう」

俺は不自然でない程度に熱心に提案した。

ここで「熱心」だったと言う「事実」が重要だったのだ。

俺の将来の生き残りのために………。

 

……。

 

…最上級生として舎監を手伝う卒業までの1年間に、俺は寮生たちと接触していた。

 

その間に、ロイエンタールとミッターマイヤーを対番にしたのは俺だ、と言う事実は何時の間にか当人たちにも知られていた。

しかし、俺が其の事を未来の双璧に思い出させる様に振る舞ったのは、ミッターマイヤーが卒業した時だった。

 

おおっぴらに飲酒が許可された(寮内では建前が在った)卒業生を、すでに卒業して軍務に就いていた先輩たちが酒と乾杯で祝う。

そんなパーティーの席上、俺はロイエンタールと乾杯していたミッターマイヤーに近付いた。

ミッターマイヤーが入学してからロイエンタールが卒業するまでの間に、まるで『原作』での出会いの後の様に仲良く成っていた。

ロイエンタールが3年生に成って同室で無くなっても、2人の縁は切れなかった様だ。

元々、上級生らしい(?)下級生に干渉する様な集団行動には無関心な孤高気取りだったが、本質的には好い両親に育てられていた健全人の方が見捨てられなかった様だ。

 

そんな友人同士に割り込む様にして、ウザがられない程度に絡(から)みながら其れと無く売り込んで置く。

「卿たちは、これから何度でも2人で飲むだろう。だが、時には3人で飲もうじゃ無いか」とか何とか。

 

そうして置いてミッターマイヤーにだけ聞こえる様にして耳に入れた。

「ロイエンタールは其のうち女性問題で決闘騒ぎを起こすかも知れん。

それも1人や2人でも無く。

だが、私的に武器を持ち出したりしたら軍法会議が待っているぞ。

かと言って、親友を見捨てる卿でも無いだろう。

それに1対1なら正々堂々と戦わせるが、相手が多数だったら尚更。

その時は、せめて素手での殴り合いにしろ」

「先輩はマイン・フロイント(わが友)に何を吹き込んでおられるのですかな?」

オッドアイを露悪気味に光らせて、ロイエンタールが割り込んで来た。

「何。義理の妹さんは綺麗(きれい)に成ったかな?と聞いたのさ」

「疾風」と呼ばれる様に成った後だったらヤン相手でも、これ程うろたえたりはしなかっただろう。

「これはロイエンタールの前だったら、危険過ぎる話題だろうからな」

「エヴァは未だ子供です!!」

「そうだな。これから理想通りに育てるのかな?」

父親からは「求婚に7年もかける甲斐性なし」と言われていたが、現実的には花嫁が成人するまで待っていた、とも言えるだろう。

19才に24才が求婚しても問題は無いが、12才に17才が求婚して真剣だったらロリコンだ。

現状は15才と20才。あわてず着実に育みたまえ。

もっとも全体的に言えば「源氏物語」は相棒の方だろうが。

ともあれ、これでロイエンタールの手前はウヤムヤに出来た様だった。

 

……翌年。心配していた事件が起こった。

 

ロイエンタールは女性問題から3人同時に決闘を申し込まれた。

ここでミッターマイヤーが介入したため、武器を持ち出しての決闘3連戦から、素手での3対2の殴り合いに落ち着いた。

結果は当然ながら、3人をノックアウトして双璧は立っていた。

後日、ロイエンタールは、当時の自分は大尉でミッターマイヤーは中尉に過ぎなかった事、そもそも全く当事者では無かった事を主張したため、ミッターマイヤーの中尉昇進は取り消しに成らなかったが、ロイエンタール自身は大尉からミッターマイヤーと同じ中尉に逆戻りと成った。

俺は、そんな中尉2人に先輩らしく酒をおごり、3人で痛快に酔った………。

 

……。

 

…そんな昔話で俺はラインハルトやヒルダ、キルヒアイスたちを楽しませた。

当然だが、言わずとも好い事は言わない様に注意していたが。

 

現状は帝都へと戻る客船の中。

そして帰れば、白鳥の宇宙戦艦に乗ってアスターテへと戦いに行く。

正直、双璧にも来て欲しかった。

あの「奇蹟の魔術師」が、この時代の帝国に生まれた場合最大の死亡フラグが待っていた。

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