蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第51章 常勝不敗

常勝のラインハルトと不敗のヤンの戦いは、5月15日を過ぎても終わらなかった。

 

だが5月16日。異変が起こる。

 

戦艦ブリュンヒルトの「玉座」からラインハルトは指揮を続けていた。

しばらく前から微熱を自覚していたが、しかし戦いに専念しようとする。

ラインハルトの前面ではスクリーンに窓が開いて、それぞれの旗艦に乗っている3元帥が顔を見せていた。

その中の1人であるキルヒアイスが微妙に表情を変化させていたが、しかしラインハルトは友だけに見せる笑顔を作ろうとした。

そうしたキルヒアイスの態度を見て「玉座」後方の控席に座っていたヒルダとエミール・ゼッレの方が立ち上がっていた。

 

とは言え、主君に対する無礼は心得ている。

その無礼の手前を守りながら、ラインハルトに問い質(ただ)そうとした。

これを無用とした皇帝だったが、しかし「玉座」に預(あず)けた身体が重い。

無理に立ち上がって見せようとして、しかし身体は「玉座」から持ち上がらず、今度は意識が夢現に沈み始めていた。

それでも皇帝としての毅然(きぜん)さを保とうとした。

肘休めをにぎる手に力を込めて重い身体を持ち上げると

「どうやら、少しだけ疲れてはいるようだな。

短時間だけタンク・ベッドにでも入って来よう。

軍務尚書、留守を任せる」

そう言って、兎も角(ともかく)も自分の足で「玉座」背後の専用通路を降りて行った。

 

……結局、ラインハルトが目覚めたのは翌々日の5月18日である。

 

急遽(きゅうきょ)ブリュンヒルトに集まった3元帥と独断で呼び集めた幕僚総監が協議した結果、とりあえず帝国軍は、エル・ファシル星域外周まで「ヤン不正規隊」との距離をとり、皇帝の回復と新たな命令を待つ事で合意した………。

 

……。

 

…当然、ヤンが知る事が出来るとしたら、後日が在った場合である。

 

ヤンが知る事が出来た事は、標準時間で5月17日に日付が変わって早々、波状攻撃を繰り返していた帝国軍が後退し始めた事だった。

不審と疑問を覚えながらも、ヤン自身が曰く「脳細胞がミルク粥(がゆ)になって」いる状態まで「不正規隊」全軍が疲労している。

特に戦艦シヴァが損傷して不時着、直ぐ後ろに拠点が移動していたから何とか戻れた程であり、同艦を旗艦としていたフィッシャー副司令官が入院してしまったため、残る指揮官たちに艦隊フォーメーション上での負担が増大した事が疲労を助長していた。

ヤン艦隊の残存戦力はイゼルローンに帰港し、その移動要塞も惑星エル・ファシルの衛星軌道へと戻って行った………。

 

……。

 

…5月18日。戦艦ブリュンヒルト艦内。ラインハルトの私室。

 

夢から現実に意識が戻ったラインハルトが最初に認知したのは「マイン・フロイント」だった。

星域外周まで下がった帝国軍をヒルダと双璧に任せてラインハルト個人の看病をしているキルヒアイスを、軍務尚書として敵前逃亡、などと非難するものは“今”のローエングラム陣営には居なかった。

それよりは彼らのカイザーが目覚めた時に、誰が其の場に居るべきかを優先したのである。

そして、この場合は「その」事が銀河の歴史に関係していた。

 

「ラインハルト様。申し訳御座いません」

「おれに何をあやまる?」

「ケンプ、レンネンカンプ両提督が「神々の黄昏」作戦で私が副将として御預かりして以来、ヤン・ウェンリーに対する何らかの心理を持っている事は存じていました。

それなのに、この様な結果に成ってしまい残念です」

「お前のせいじゃ無い。キルヒアイス。

それに、おれはヤン・ウェンリーを憎む気にも成れない。

両元帥や兵士たちの遺族なんかは、また別な気持ちだろうがな」

 

キルヒアイスは主君でもあり友でもある相手の、未だ頭こそ病床の枕に乗せたままながら、瞳はシッカリと開いて自分を見つめている、その視線に自分の視線を合わせてから、次の言葉を発した。

「ラインハルト様…これ以上ヤン・ウェンリーと争うのはおよしください」

流石に即答は戻って来なかった。

瞳は閉じたものの、再び夢に落ちていく様子は無い。そうして考えながらの様に言葉を出す。

「お前もフロイラインも、ずっとおれを止めて来たな…」

やがて瞳を開き、友と視線を合わせて答える。

「わかったよ、キルヒアイス。お前はいつもそうだ。

俺よりたった2ヶ月早く生まれただけなのに、年上ぶって、いつもおれの喧嘩をとめるのさ…だけど、わかった。ヤン・ウェンリーと話しあってみよう。

あくまで話しあってみるだけだ。決裂しないとは約束できないぞ」

キルヒアイスは、過去においては友と其の姉だけに向けて来た笑顔で答えた………。

 

……。

 

…皇帝ラインハルトからの、ヤン・ウェンリーとの会談を求める通信が、イゼルローン要塞に届けられた。

 

とりあえずヤンは正式回答までの猶予(ゆうよ)を求めると、ようやっとタンク・ベッドでは無く自室のベッドに戻れた。

そして生物学的な2大欲求つまり睡眠欲と其の後に来る食欲とを解消させると、ようやく「ヤン不正規隊」は会議を持つ事が出来た。

とは言え、ヤンにしてみれば既(き)定方針だった………。

 

……。

 

…皇帝ラインハルトの意を受けて、帝国軍もヤンとの会談の準備を始めていた。

 

もっとも決裂と再戦を期待して公言する誰かも居たが、元帥たちの様な責任ある立場の者たちは、その責任をまっとうしていた。

 

……ザルツ中将は、この段階で差し出口をした。

 

元々、この会談を暗殺者にジャマされない目的で、フェザーンから急行して来ていた。

完全にザルツの「知識」通りならば、暗殺の実行者たちは既(すで)に消えている事に成るが、それで楽観も出来ない。

帝国軍全軍の中で“あの”駆逐艦2隻だけが、地球教に取り込まれた裏切り者とは限らなかった。

 

ザルツが進言したのは、ヤン側に相応の護衛を認める事だった。

皇帝や3元帥などは「ヤン・ウェンリー軍」の残存艦隊すべてが同行しても平然としていただろうが。

結局ザルツの進言通り、戦艦ヒューベリオンと「薔薇の騎士」の同行が認められた。

ただし、ヒューベリオンから会談場所であるブリュンヒルトに乗り移れるのは、ヤン本人と直接の同行者だけである。

実の処、帝国軍の保護下に入るまでの間つまりはブリュンヒルトとヒューベリオンが接近するまで

暗殺者などがヤンに近寄れなければ其れで好かった。

 

……帝国軍からの通達を受けて「ヤン不正規隊」でも異存は無かった。

 

全面衝突の切っ掛けに成った「例」の駆逐艦の残骸からは、地球教団が陰謀を策していた証拠を回収していた。

この証拠は、会談そのものを承知すること自体も助長してくれたが同時に、帝国軍以外の、それも正面からの軍事力以外での敵を警戒する理由にも成っていた。

 

そして帝国軍が認めた、と言う事で「ヤン不正規隊」の名の在る者たち、留守を預からないとならないキャゼルヌと偶々(たまたま)カゼをひいたヤン夫人そして入院中のフィッシャーを除いた

ほぼ全員が旗艦に同乗して行く事に成った。

無論、最終的にブリュンヒルトに乗り移る同行者は別である。

結局、ブリュンヒルトまでヤンに同行する事に決まったのは「不正規隊」の心情的には老元帥の代理人であるスーン・スールだけだった。

 

それと言うのも、ヤンの方がシビリアン・コントロールの原則に拘(こだわ)り、Dr.ロムスキー以下のシビリアンの代表団に、民主主義の理念を代表させる積もりだったからだ。

その点からも、旗艦級戦艦としての人員収容能力を持っているヒューベリオンの使用を認められた事は、都合が悪くも無かった。

 

……結果的には何事も無く、宇宙戦艦ブリュンヒルトと戦艦ヒューベリオンは、エル・ファシル星域外周の空間で合流した。

 

結局、病院から行方不明に成っていた元同盟軍の准将は、手も出せない現実に発作を起こしている処を発見された。

彼を操縦していた策謀者ないしは其の手先は、宇宙の何処かに逃亡していた………。

 

……。

 

…ラインハルトの「私情」としては前回の会見同様、ヤンと2人だけでの茶飲み話でもしたかっただろう。

 

だが、これは高度に政治的な交渉でもあった。

密談の形をとって、後で存在もしていない筈のウラ取引をうたがわれても台無しに成ってしまう。

だからと言って、皇帝としての謁見(えっけん)の形式をとれば、相手が共和主義を代表しているだけに、全面降伏以外では認めようとしないだろう。

民主共和主義者は、専制君主の前で屈する膝を持っていない。

持っていれば、やたら流血をともなってまで抵抗しなかった。

拒絶すれば再戦の理由とすれば好い、と公言した誰かを誰とは言わないが。

しかし、ラインハルトはヤンの話を聞く積もりではいた。

何より「マイン・フロイント」との約束だった。

 

細かい打ち合わせの結果、前回の会見にも使用された皇帝私室に付属した応接室に、ヤンとDr.ロムスキーそして「ビュコック元帥の副官でした」とヤンから紹介されたスーン・スールが招き入れられた。

対してラインハルトの側は、キルヒアイスとヒルダで同席者の人数を合わせた。

 

常勝不敗の英雄2人の2回目と成る会談内容は、例えばユリアン・ミンツ編集「ヤン・ウェンリー=メモリアル」を始めとして、むしろ当事者たちの方が正確な証言を残そうとしていた。

そうした意味でも、政治的きわまる会見でもあった。

当然ながら会見での合意内容は、しかるべき形式をもって正式発表された。




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