宇宙戦艦ブリュンヒルトの「玉座」より、皇帝ラインハルトは宣言した。
会談を終えて戻っていたヤンと出迎えた「不正規隊」は戦艦ヒューベリオンの「円卓」で
Dr.ロムスキーらのシビリアン代表は同艦のゲスト・ルームで聞いていた。
……予、ラインハルト・フォン・ローエングラムは、銀河帝国皇帝として以下のごとく同意した。
1つ。
銀河帝国は皇帝の名の下、エル・ファシル星系の独立と自治を認める。
2つ。
帝国はエル・ファシルの自治政体が民主共和政治である事を認め「エル・ファシル自治共和国」の国名を認める。
3つ。
帝国とエル・ファシル自治共和国は互いに独立国家である事を承認し、通常の国交を結ぶ。
4つ。
帝国とエル・ファシル自治共和国は、互いに武力による不当な侵略からの安全を誓約する。
5つ。
互いの承認と国交に従い、帝国とエル・ファシル自治共和国は駐在する弁務官を交換するものとする。
「これは予個人の希望であるが、帝都に駐在する初代高等弁務官にはヤン・ウェンリー氏を希望する。
ヤン元帥本人は、軍を退役し文民と成る事を条件とした」
6つ。
帝国は、自治共和国が自らの治安と平和を維持する目的での軍備を認める。
ただし、互いの安全誓約の範囲内とし、細部に関係しては別途交渉するものとする。
「この1つとして、イゼルローン要塞そのものの返還ないしは破壊は、要求を放棄する。
ただし今後、自治共和国の領土外への移動を禁ずるため、ワープエンジンのみは帝国側によって破壊されるものとする」
7つ。
この合意以前に「旧」自由惑星同盟ないしは自治共和国へと亡命した者に対しては、新たに帝国に対する侵略行動を実行しない限り、自治共和国での居住を認める。
「例えばメルカッツ提督ならびに同行者に対しては、自治共和国に居住し続けるも帝国本土の家族を招く事も当人の選択次第である」
………………………………(以下略)
後世の歴史家、と言うよりも「奇蹟の魔術師」を英雄あつかいする宣伝者などは、こう主張するかも知れない。
「この合意を「バーラトの和約」まして「冬バラ園の勅令」と比較しただけでも、ヤン・ウェンリーの勝利は明らかである」
もっともヤン当人は言い残している。
「英雄など、酒場に行けばいくらでもいる。
その反対に、歯医者の治療台にはひとりもいない。
まあその程度のものだろう」
少なくともヤンが、自分で勝利を主張した事は無かった筈である………。
……。
…宇宙暦800年8月8日。
「8」づくしの“この”日が選ばれた事には、やはり「800年」が意識されたのだろう。
エル・ファシル自治議会での審議をへて、帝国側から皇帝の声をもって公表された合意は、民主主義の手続きによっても合法と成った。
そして、あらためて自治共和国の発足が、この日をもって宣言された。
惑星エル・ファシルでDr.ロムスキーを代表として挙行された式典は、星系の外にも超光速通信をもって放送され、ヤンは「新帝都」フェザーンで「旧」自治領時代には「旧」同盟の高等弁務官が使用していた執務室から放送を見守っていた。
ザルツ中将も新帝都に移転した憲兵本部で見ていた。
ふとザルツは、画面が走査したモブ参列者の中に見付けたような積もりがした。
例えばメルカッツである。
だが、そのメルカッツの隣に居た何人かの1人がムライの様な気がした。
“この”会場にムライが居るかも知れないと想うと「前世」日本人らしく連想した歴史人物も居た。
*
奥野将監。
大石内蔵助を首領とする同志たちのNo.2だった人物である。
だが、47人の中には居なかった。
そのため、もしも大石たち第1陣が失敗した時の第2陣を指揮する予定だった、あるいは…などと様々に脱落理由が推測されている。
だが「前世」ザルツは『原作』でムライがユリアンに申し出る場面を読んだ時に思ったものだった。
元々、大石家は浅野家が本家から分家して以来の譜代家老の家であり、本来の責任は浅野家を存続させる事だった。
極論すれば「松の廊下」の様な大事を起こす主君は押し込めてでも、当時は世継ぎに成っていた主君の弟とかに無事相続させる事が、譜代家老としての大石の責任だったのだ。
だから大石は、当然の様に御家再興を最初の目的とした。
血判状をとってまで同志たちを結集していたのは、再興を台無しにする様な暴走にブレーキをかける事が主な目的だったかも知れない。
だが幕府は世継ぎの弟も処分し、御家再興の希望を断った。
ここで初めて、大石は仇討ちを決断する。同時に同志たちをいったん解散した。
考えてみれば当たり前だ。御家再興のために集めた同志である。
主君の仇を討って、多分は死ぬためには、初めから同志を集め直すべきだった。
そして再結集した同志の中には、奥野が居なかった。
実の処こうして再結集した同志の中からも、決行までには脱落者も出ている。
だが、解散した後に再結集に応じなかった数の方が、実数としても遥かに多い。
結果として大石は、仇討ちを実行し始めてから脱落しそうな同志を、あらかじめ脱落させて置いたのである。
その場合、大石としても脱落させる積もりだった「元」同志に理由を与えた1つが、やはりNo.2だった奥野の行動だろう。
果たして、それは只の結果だったのだろうか?
*
新たに採用された自治共和国の国歌が披露されていた。
ことさら正統性を「新」国歌をもって主張したいだけでも無かった。
元来「旧」自由惑星同盟国歌は、ゴールデンバウム王朝に対するレジスタンス・ソングである。
時には対帝国戦争の扇動にも濫(らん)用された不幸のため、ローエングラム王朝との和解を前提として発足する「8月の新政府」には不適当かも知れなかった。
採用されたのは、かつての銀河連邦国歌である。
「地球・シリウス戦争」の悲劇から民主主義の理想の下に再出発し、銀河のフロンティアを開拓した国歌の誕生を祝った歌が、5世紀の中断の後に、あらためて存在意義を与えられたのだった。
さらにDr.ロムスキーは、自分は「暫定」代表である、と断言した。
民主共和主義における正統政府は、選挙によって成立すると。
そして、その総選挙の告示が其のまま式典に組み込まれていた。
……ヤンはフェザーンに居て好運だった側面があるだろう。
余りにもヤンの人気は高く成り過ぎていた。
民主主義が民主的であるがために持っている危険性に対して危険な程に。
あくまで民主主義の理念の下に戦って来たヤンとしては、この危険を回避してこそ自分の遣って来た事の完遂(かんすい)だった。
もっとも本音からしても、そんな事は面倒くさかっただろうが。
……式典はクライマックスに到達する。
参列する群集から上がった歓声は、国名や指導者名と言った固有名詞に対する「ばんざい」では無く「民主共和主義を未来のために!」だった………。
……。
…銀河の何処か。
かつて地球政府からシリウスに奪われた権力の復活をたくらむ者には、連邦国歌は800年前に自分たちに屈辱を与えた勝利宣言に他ならなかった。
ヤン・ウェンリーとの和解によって、皇帝ラインハルトにとっての武力による戦争は確かに終わった。
だが、ローエングラム王朝による平和までには、まだ軍事力以外の敵が残っていた。