蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第53章 白鳥と高みを行く者の凱旋

「5月の戦い」の後、皇帝ラインハルトとヤンとの会見での合意が、エル・ファシル自治議会での審議をへて、民主政治の手続きとしても合法化された結果「8月の新政府」が発足した。

「5月」に合意して「8月」までの時間をかけたのは、むしろ手続きの順序からすれば早い方だろう。

 

その間、皇帝の方がエル・ファシル星域の外周で待っていても無益であり、むしろ帝国側の行政責任者としては無責任とすら言えた。

したがって、もはや戦闘行為の理由も無くなった以上は、軍を返すべきだった。

6月上旬には、大本営を置いていた惑星フェザーンへの帰還の意志を、皇帝は示していた。

それだけなら「ヤン不正規隊」をふくめて自治共和国側も歓迎と言うものだ。

だが、皇帝はヤンの同行を求めた。

 

確かに正式に自治共和国が発足すれば、駐在させる弁務官が交換される。

そして皇帝はヤンを希望していた。

しかしエル・ファシルの国内に限っても、これから民主主義の形式に従っても手続きが、待っている筈でも無かったか。

結局、白鳥の宇宙戦艦と「高みを行く者」の意味の名を持つ戦艦は、文字通りに艦首を並べてエル・ファシル星域から惑星フェザーンへの直行航路を航行して行った………。

 

……。

 

…その途上、ブリュンヒルトとヒューベリオンの間には、しばしば近距離通信が接続された。

 

ラインハルトとヤンそれぞれの個室を接続した通信の画面越しに、両者は様々(さまざま)な話題を交わした、と伝えられている。

 

当然ながら、皇帝としての責務を放棄するラインハルトでは無い。

ヤンとの通信は公務の余暇に行われていた。

旗艦に同乗させて来た官僚たちを相手に最高行政官として政務に励(はげ)み、また大元帥として遠征後の軍再編に着手していた。

 

ヒルダやキルヒアイスからの助言も受けながら、帝国軍を再配置していく。

先ずヤンと交換する高等弁務官としては、ミュラー上級大将をエル・ファシルに残留させた。

実の処「旧」同盟に駐留させていたルッツ高等弁務官やエルスハイマー補佐官が任務をまっとうしなかったとも、皇帝は思ってはいなかった。

むしろ挽回の機会を与えた方が好かろうとも考えていたが、当人がフェザーンで入院中である。

ルッツをフェザーンに戻した段階では、誰かをエル・ファシルに駐在させる事に成るとは、カイザーですら予定していなかった。

そしてヤンを同行させた以上は誰かを交換に残すべきであり、上級大将の中で首席のミュラーがヤンに対する格の上からも、当面は適当と想われた。

当面は、でありルッツが回復すれば交代させるのも好かろう、とも思われた。

何より「神々の黄昏」当時よりラインハルトの後衛を護らせて来た「鉄壁ミュラー」である。

自治共和国側が落ち着いた段階で、ミュラーとルッツを交代させる事も考えられた。

ミュラーにしてみれば、若い頃(?)のフェザーン自治領駐在武官の経験が、今さら活きていた。

 

「辺境回廊」を抜けて来たメックリンガー艦隊は、逆進して帝国本土へと戻る。

 

片や「旧」同盟領、今や帝国新領土の治安戦力も配置しなければ成らない。

元々「新ティアマト星域会戦」以後の同盟軍は、中将をあてて来たNo.艦隊に替わって少将や准将の指揮する小艦隊を領内各地に配置していた。

それらと大差ない規模の小艦隊を、現状の帝国軍では皇帝戴冠にともなう一斉昇進も助長して、大将クラスや中将クラスが指揮している。

そうした小艦隊を替わって配置していった。

ただし、こうした決して軽くは無い任務を左遷先と誤解させないため、例えばクナップシュタインとかグリルパルツァーとかはフェザーンに連れ帰られていた。

同時に「旧」同盟軍が有人惑星の外に配置して来た軍事拠点、元々は同盟軍の宇宙艦艇が惑星上への降下能力を持たされていなかったため設置されていた拠点を接収し、これらの小艦隊に都合が好いものは再利用して、利用しないものは破壊する。

こうして治安戦力を配置していく事と平行して、各星の自治行政の機能は活用しつつ、新領土を含めた帝国全体を、フェザーン回廊を中心として再編成しつつ支配して行くのである。

 

……ザルツ中将だけが知っていた「新領土治安軍」や「総督府」は結局、設置されなかった。

 

惑星ウルヴァシーから駆け付けていたシュタインメッツ艦隊も、任務完了として皇帝本軍とともにフェザーンに帰還し、フェザーン回廊から駆け付けたものの戦場到着が「5月の戦い」開始後に成っていたワーレン艦隊が、交代してウルヴァシーに駐留する事と成った。

すでにしてシュタインメッツ艦隊とは任務の内容が異なっている。

「旧」同盟首都ハイネセンを初め、新領土各地に配置された治安部隊や小艦隊の中心と成り、万に1つの事が在れば、フェザーン大本営からの後詰まで現状を維持する事が期待されていた………。

 

……。

 

…そのワーレン艦隊が、フェザーンへと戻る皇帝本軍と離れてウルヴァシーへと進路を向ける以前の事である。

 

何処からか勧告が出て、戦艦ヒューベリオンへと通信を入れる事に成った。

通信画面に出て来たのは「旧」同盟軍以来の制服姿の青年、しかしワーレンには見覚えが在った。

 

……皇帝ラインハルトとヤンが会談した時。

 

衝突の直接原因と成った「例」の駆逐艦からは、地球教団の関与を示す証拠が残っていた事をヤンは告げ、ラインハルトも自分は命令していないと断言した。

その事も助長したのだろう。

皇帝ラインハルトの声によって公表された合意には、以下のような条文も含まれていた。

「両国の友好を破り、宇宙の平和を損なわんとする悪意あるテロリストに対しては、両国は協力して対処する事を可能とする」

これは「バーラトの和約」と同様の反帝国活動の取り締まりを意味せず、地球教団などの具体的なテロ組織が告発されていた。

 

この段階に成ってからザルツは差し出口をした。念のためと言い添えながら。

そして、ワーレンによる首実検と成ったのである。

 

もっともヤンやユリアンの側に、地球教団の件でカイザーに隠し事をする積もりも無いし、自分たちが秘蔵していても「宝の持ち腐れ」だとも思っていた。

ただ会談の時には取引材料にするまでも無く、ヤンとカイザーは合意出来ただけである。

 

こうしてユリアン・ミンツが地球から持ち帰った資料の入った記録メディアは、ヤンとラインハルトの立ち会う中、帝国側へと預(あず)けられた。

 

下俗に言う“言い出しっぺ”でもあり、憲兵本部に直属する中将でもあるザルツは、旗艦に便乗してフェザーンに戻る途上この記録メディアの中の資料を解析して、上官へと報告する実務を命令された。

とは言え憲兵総監は惑星オーディン、副総監も惑星ハイネセンであり超光速通信で出来る報告でも無い。

報告を受けたのは、通信を使うまでも無く同じ艦に乗っていたヒルダや時には近くで同行している艦との間で往復出来るキルヒアイス、最終的には皇帝ラインハルト本人だった。

そして、彼らをしても驚愕させる報告内容だった。

 

地球教団と「旧」フェザーン自治領主府そしてサイオキシン密売組織の陰謀と共犯関係が、そこには記録されていた。

これに対してラインハルトは、ヒルダとキルヒアイスとも協議した上で、1つの命令を出した。

 

表向きに旗艦ブリュンヒルトから送信された超光速通信は、以下の如くである。

「皇帝ラインハルト陛下はフェザーン大本営への帰路に在られるものの、帝都オーディンへの御帰還の予定いまだ立たず。

当面は、フェザーンを大本営として、新帝国の建設に専心なされる。

帝都防衛司令官は、皇帝陛下の在られる処を守護すべし。

皇帝陛下のフェザーンご帰着に呼応して、惑星フェザーンに向かえ。

帝都星オーディンにおける現状任務は、しかるべき代理者に委任すべし。

繰り返すが、皇帝陛下のフェザーンご帰着と同時に、同惑星に到着せよ」

 

これは根幹としては、惑星オーディンから惑星フェザーンへと「遷都令」の先触れとされる。

それは其れで間違い無いのだが、しかし今ひとつ、超光速通信などでは危険過ぎた、皇帝から憲兵総監へと対面して命令するしかない意味が存在していた。

そうで無ければ、もう目前に予定されていた「遷都令」と同時に、当然ながら帝都防衛司令官の防衛対象は惑星オーディンから惑星フェザーンと成っていただけだった。

そして、その意味に当事者以外が気付く時が何時に成るか、それが「この」武力以外での戦いの勝敗に連動していた………。

 

……。

 

…7月1日。宇宙戦艦ブリュンヒルトと戦艦ヒューベリオンは惑星フェザーンに到着した。

 

この惑星が、ローエングラム王朝銀河帝国の新帝都として正式に公表されるまで、後28日。




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