蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第56章 夏の終わりのバラ

新帝国暦2年8月の新帝都フェザーンで、ザルツ中将は真面目に忙(いそが)しかった。

そんな忙中のヒマにザルツは、久々の御節介を実行していた。

 

かつてザルツは、キルヒアイスと妙に大人の味がするビールを飲んだ経験を持っていた。

だが其の少しばかり後から、ラインハルトは姉と同居し始めた。

またヒルダは元々から伯爵令嬢である。

もしかすると、その後それ以上に進展するには都合が悪かっただろうか?

とは言え “現状”ではラインハルトの姉は未だ旧帝都だし、ヒルダの父親も新帝都に来たばかりだ。

もっとも詮索するには臣下の分、と言う事も在った。

 

未だ皇帝は「神々の黄昏」作戦当時に接収したホテルに大本営を置き続けていた。

正確には私室と執務室、そして其々(それぞれ)に付属する各室や警護用の詰室として、それぞれに1階分ずつを使用していたのである。

そして当然の様に軍務尚書キルヒアイス元帥は、皇帝私室の1階下の私室から軍務省の仮庁舎として接収した建物に通勤していた。

 

余談ながら最近ヒルダが父親と同居し始めていた邸宅は、その少し前に代理総督だったボルテックから提供されたものだった。

とんでも無い無実の罪を着せられかけて、どうやら自分の地位が如何(いか)に「旧」上司の恨みを買うものであり、危険だったかを再認識したらしい「前」代理総督は、自分から平穏な年金生活に入ることを申し出て「旧」自治領時代以来の邸宅も進んで(?)提供したのである。

そして提供を受けた側では、旧帝都から移転して来る国務尚書に下げ渡したのだが、この邸宅に父親が引っ越してくるまでのヒルダは、大本営からは近くのホテルに宿泊しながら通勤していた。

 

若い2人には好い機会だった(?)ろうか。何と言っても“あの”2人である。

 

……ザルツが本来ならば不敬に当たる事を考え始めたのは「反則」知識を持っていたからだ。

 

ラインハルト自身の「残り時間」もアレクの誕生も、言わばカウント・ダウンに入りかけている。

そして、幸か不幸か『原作』での切っ掛けだった悲劇は2つとも回避されていた。

あれやこれや自分1人で悶々(もんもん)とした結果、ザルツは御節介な小細工を久々に仕掛ける積もりに成った。

実の処「引越し前の大掃除」の時に死に損なったテロリストたちに自白剤を使用したりしながら忙しくしていると、主君と世継ぎに関係している事を考えれば不謹慎ながら、好い気晴らしにすら成っていた………。

 

……。

 

…そんなザルツは、とある事に気付いた。

 

キルヒアイスの朝帰りである。

旧帝都から憲兵総監が遣って来て憲兵本部の仮庁舎が接収されるまで、特命室長も軍務省に間借りしていたのだが、そのころ軍務尚書として徹夜仕事をしてからホテルの私室に帰る処を何回か目撃していた。

ところが其れが、ヒルダの父親が新帝都に引っ越してから途絶えている。

キルヒアイス元帥の立場も護衛の憲兵が目立たない程度に尾行する位には重要だから、ザルツの立場でも其の程度の情報は入手可能だ。

そんな積もりで思い出してみれば、何時か奇妙に大人の味がしたビールを付き合った時の様な顔と態度だった様な気もした。

 

……とある日。軍務尚書はザルツ中将から相談事を持ちかけられた。

 

未だ少佐だった頃のキルヒアイスだけがラインハルトの側に居た頃に接近して来た古参では在る。

ただ、そうした馴れ馴れしさを普段は見せないだけだったが、その意味では珍しいだろうか。

名目は内務次官からの内密の相談が在る、と言う事に成っていた。

 

内務次官と言っても“内国安全保障局長”では無い。

皇帝戴冠と同時に新政権が発足して以来の内務次官は『原作』では爆弾犯人を逮捕した保障局長に地位をうばわれたモブキャラクターだったが、“今”は新任地に赴任していた。

 

皇帝ラインハルトは新帝都に駐留させるヤン・ウェンリーと交換にミュラー上級大将をエル・ファシルに残留させたが、同時に高等弁務官を補佐する文官の人事では、軍務を除く9人の尚書を補佐していた次官級から志望者をつのる事とした。

この人事によって自治共和国に対しても、次官に補佐される尚書と高等弁務官が同格であるかの様に見せる政略的意味も在った。

また、その次官の後任に同盟駐留の高等弁務官を補佐していたユリウス・エルスハイマーを等価交換の様に任じる事で、エルスハイマー補佐官や上官のルッツ高等弁務官が、任務に失敗して左遷などされていない事を確認させる意味も在った。

そしてエル・ファシルからフェザーンへの帰途に在った旗艦ブリュンヒルトから、早くも皇帝が国務尚書に通信した指示に従って次官たちに呼びかけた結果、内務次官が応じたのである。

 

「前」内務次官としては当然だが、皇帝の名による辞令を受け、同時に新任者に引継ぎをして赴任する。

しかし「この」時点で皇帝はエル・ファシルからフェザーンへの帰途であり、後任の次官はルッツ上級大将ともども惑星ハイネセンからフェザーンに戻って待機していた。

片や「8月の新政府」の発足式典にはミュラーの隣で出席しなければ成らなかった。

旧帝都オーディンからエル・ファシルへと赴任するだけなら「辺境回廊」を抜ければ最短だったろうが、それは出来ない。

結局、フェザーンでエルスハイマーへと次官事務を引き継ぎ、帰還早々の皇帝の名で辞令を受けると其のままエル・ファシルへと赴任して行った。

 

片やエルスハイマー内務次官も「この」時点では「遷都令」前であり、未だ内務省が存在していた旧帝都へは戻らず、そのままフェザーンで近く公表される「遷都令」に従って内務省が移転して来る其の準備に任ずる事に成った。

本来、地方行政を担当する内務省である。

今や新領土と成った「旧」同盟の各地方自治体を新帝都フェザーンに連結しながら再編成するプロジェクトは、すでに新帝都が決定しているフェザーンで今から始めても、悪い事は無かった………。

 

……。

 

…内務省が旧帝都から移転し切っている訳でも無いのに、内務次官がフェザーンに居て軍務尚書に相談しているのは、そう言う訳である。

 

だが、エルスハイマーの相談は完全な私事だった。

妻の兄であるルッツ上級大将が、この前の入院を切っ掛けとして急に結婚する事に成っていたのである。

しかし、士官の結婚は軍務省へと報告される、と言う旧王朝の法は完全な廃法に成ってはいなかった。

廃法になっていたのは、爵位持ち貴族と同じ家門の出身者は典礼省の管轄とする、と言う法だった。

したがってルッツの結婚は、軍務尚書であるキルヒアイスへと報告される事に成るのである。

 

キルヒアイスは了承した。

と言うよりもルッツから正式の書類が出て来れば拒否する理由など無かった。

明らかにホッとして見せたザルツは「実は、もう1件」などと言い出した。

シュタインメッツ上級大将が、もう5年来の恋人との結婚を先送りにしている、と言う。

どうして、そんな事を知っている?などと言った質問はしない。

このザルツと言う人物の情報実績と特命室長と言う現状での立場からすれば、可笑(おか)しくも無いだろう。

キルヒアイスが疑問に思ったのは、なぜシュタインメッツが結婚しなかったか?と言うこと自体だったが、ザルツは、こちらの方の回答には勿体(もったい)を付けた。

 

そして斜め上なばかりか「恐れ多い」事を持ち出した。

皇帝ラインハルト陛下と伯爵令嬢の進展についてである。

流石に聡明なる赤毛の元帥も絶句させられていた。

 

……結局キルヒアイスは、その店では最も御すすめのワインと、ザルツの提案する小細工を持ち帰っていた。

 

8月29日。

戦没者墓地の完工式が挙行された。

 

誇り高い「黄金のグリフォン」にとっても感傷的に成らざるを得ない日だったろう。

まして、その日の他の公務を終了した後、夕陽の中で挙行されれば。

それに「5月の戦い」で初めて出たローエングラム陣営直属からの戦没者である両元帥の名も、この墓地には刻(きざ)まれていた。

ただし、名前だけで身体は無い。

ケンプには家族のための墓地が旧帝都に用意されていたから、と言う理由ならばレンネンカンプは独身だった。

宇宙の戦いでは、乗艦ともども未帰還、と言う結果が少なくも無いのだ。

この墓地でも、名前だけを刻まれた未帰還者が相当数を占めていた。

そうした事も感傷をさそっただろうか?

 

……式典そのものは粛々(しゅくしゅく)として終わった。

 

とある悲劇が回避された結果だとはザルツ中将しか知らない。

「引越し前の大掃除」の結果「不逞(ふてい)のやから」が弾圧された成果だろう、とは出席者たちも考えただろうが………。

 

……。

 

…その夜。流石に感傷的に成っている金髪の友人に対し、キルヒアイスは「例」の酒瓶を開封した。

 

そして、適当な処で軍務省に適当な仕事が残っている事を口実に、ラインハルトとヒルダだけを残して席を離れた。

その夜。しばらく振りにキルヒアイスは、軍務省から朝帰りした。

 

……翌朝。特命室長ザルツは憲兵総監から親衛隊長への用件を持って来た。

 

「引越し前の大掃除」の時に死に損なった地球教徒に自白剤を使用した結果、皇帝警護に関係して作成出来た資料を手渡しながら、何気なさそうに「昨夜」の幕僚総監の退出をたずねてみた。

 

黙秘権を使われてザルツは脳内で思ったものだ。

どうやら、第2代の皇帝にも仕える事は出来そうだ。

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