蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第58章 深く静かなる潜行

宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥は「同盟側の灯台」星域にガイエスブルグ要塞を移転し修復する任務に、同じく統帥本部総長ロイエンタール元帥は「帝国側の灯台」星域にガルミッシュ要塞を移転する任務に従事していた。

 

任務完了してミッターマイヤー艦隊旗艦「人狼」とロイエンタール艦隊旗艦トリスタンは、艦首を並べて惑星フェザーンの大気圏に突入した。

 

旧帝都オーディンに存在していた軍用宇宙港を新帝都にも再現すると言う、軍務・工部両省の合同プロジェクトは、首都建設長官の異才と実行力にも助長されて着々と実現化している途上だった。

例えば宇宙戦艦ブリュンヒルトとバルバロッサの姉妹は、旧帝都と同様に隣同士のドックに並んで休んでいた。

その「白鳥」と「赤毛」の姉妹に並んでエル・ファシルからフェザーンまで戻って来た筈の宇宙戦艦ヒューベリオンが、本来は商港である軌道エレベーター上のフェザーン宇宙港に入港したままなのは、何処か御愛嬌だったが。

これは帝国と「旧」同盟では設計思想と戦術上の前提が異なっていたのだから、当たり前と言えば当たり前だった。

余談は兎も角(ともかく)「白鳥」と「赤毛」姉妹と同様に「人狼」とトリスタン姉妹も隣同士のドックに並んで、翼を休めた。

 

そして港内の通路を移動しながら、早くも携帯型の通信端末を取り出して私信を送っている疾風は、相棒には見慣れたものに成っていた。

だが最近のミッターマイヤーはロイエンタールに向かって「俺を待っているのは1人、卿は2人」などと言ってくる。

微笑と苦笑を同時にするしかない「かつての」女たらしだった。

 

……大本営で皇帝へと任務完了を報告した後、地上車で帰宅していく。

 

ミッターマイヤーが、そして彼の両親に引き取られたエヴァンゼリンが育てられた、そして今も両親が暮らしている様な家が疾風を待っていた。

この我が家にミッターマイヤーは完全に満足していた。

少なくとも何処かの門に柊の付いた邸宅よりも余程。

そう言った邸宅は資産家の息子であるロイエンタールと有力家門の娘だったエルフリーデの方に似合うものだと、ヒガミも無しに考えた疾風だったが、エルフリーデの方がエヴァンゼリンと隣同士である事の方に安心したがった。

ミッターマイヤーとしては、お嬢様育ちだろうエルフリーデの事を生真面目に心配したのだが、ロイエンタールが父親から相続した資産が在って、ここがフェザーンならばハウス・キーパーとかを通勤させるのに不自由は無かった………。

 

……。

 

…エルフリーデがエヴァンゼリンを頼みにするのも無理は無い。

 

フェザーンに大本営を移してから「マル・アデッタ」へと出撃するまで、双璧もホテル生活をしていた。

そうした面では趣味の好いロイエンタールが選択したホテルは設備もスタッフも充実しており、相棒も文句は付けなかったが、しかしエルフリーデを連れ込んでいた事にだけは笑えなかった。

 

そのまま双璧が出撃した後、エルフリーデは同ホテルに居残っていた。

身重の箱入り娘でも其の身の回りに関係する限り、プロのスタッフは信用出来たし、特命室長の視点からも、彼女の近くをウロウロするかも知れない変なやつらを監視する手配が遣り易かった。

しかしエルフリーデの精神的な支えとして信頼されていたのは、超光速通信を通じて、でながらもエヴァンゼリンだったのである。

そんな状態で彼女はフェリックスを出産したのだった。

 

そんな経緯(けいい)をへて、新帝都にミッターマイヤー夫人を呼び寄せてからの双璧の「我が家」は、まるで何年か前のミューゼル家とキルヒアイス家の様に寄り添い合っていた。

 

……その我が家に帰る地上車の中で、疾風は散文的きわまる話題を持ち出した。

 

元々、愛妻の前で心配させる様な話題をもらす疾風ではない。

だからこそ愛妻の顔を見る前に、“心配事”に類する話題は脳内から出して置きたかったのである。

 

7月30日から数日の回廊封鎖は、直ぐ近くに惑星フェザーンと言う最大の後方支援が期待出来る拠点が存在していたから可能だったが、それでも数日間の短期決戦には他ならなかった。

無論、双璧をはじめ帝国軍の宇宙艦隊は、取り逃がしたとは思っていない。

テロリストたちが主な目標で間違いなかったが、オマケの様に拘束した刑事犯罪者や密輸業者の数からしても、惑星フェザーンの地下に潜伏していたテロリストたちは惑星外へは逃亡出来ていない筈だ。

さて問題は、これからである。

 

長期かつ恒常的な哨戒体制をどう構築するかだ。その回答が今回の任務だった。

回廊の両側に、最低でも1個艦隊以上を常駐させて活動させられる拠点を確保出来た。

以後、ローテーションを組んだ艦隊を交代させながら、回廊の両側で出入り口を哨戒し続ける事に成るだろう。

 

「ワーレンは何時かフェザーンに戻してやりたいな」

男やもめのワーレンは自分の両親、子供の祖父母に幼い息子を預(あず)けて新領土に駐留している。

そのワーレンは私ごとながら、ローテーションで交代すればフェザーンに戻って父親らしい事が出来る様にしてやり、新領土には独身の誰かを交代に駐留させるのも好い様に思えた。

「しかし、そう成るとルッツやシュタインメッツも候補から外(はず)れるな」

「それもそうだな」

仕事の話は其れくらいにして置いた。地上車が我が家に近付いていた………。

 

……。

 

…こちらは新帝都から離れた「両元帥の基地」である。

 

同基地では帝国本土から「辺境回廊」を抜けて来る船舶を見逃さず臨検していた。

ヨブ・トリューニヒトその他に対する指名手配を受けていたのである。

もっとも今回の臨検対象は、別に問題ないだろう。

 

独立商船「親不孝」号。

申請された航路、目的は旧帝都オーディンからエル・ファシル自治共和国へと、とある乗客を運ぶ事である。

ここまでだったら見逃せない申請内容だったし「5月の戦い」時点で同船の活動が発覚していたら、最優先で拿捕すべきだったろう。

しかし自治共和国と帝国、と言うよりも皇帝ラインハルトとヤン・ウェンリーとの和解が成立している現状では、逆に信用するべき船名だった。

少なくとも、ヤンと指名手配の対象との過去から考えれば、密航させるよりも突き出して来るだろう。

そして申請されていた乗客にも納得出来た。

自治共和国への永住が認められたメルカッツの妻子たちだった………。

 

……。

 

…惑星フェザーン。地下の何処か。

黒狐は最近、しばしば悩まされている頭痛から、しばしの解放を得ていた。

 

そんな時は、未だに微妙な距離を詰めない息子よりは嫁に向かって語りかけたりする。

こうした話題で好く出る名前として、個人名で皇帝ラインハルトの次に多かったのはケスラー上級大将だった。

憲兵総監・兼・帝都防衛司令官として直接の対手であるのだから当然だし、その下に居る中将クラスの名前まで、いちいち知らない。

 

そんな黒狐にとってはモブキャラクターみたいな者よりも、関心を持たざるを得ない事が在った。

なぜか彼や共犯者たちの陰謀が、憲兵本部に先読みされている事だ。

「遷都令」直後の一斉摘発は「ヤン・ウェンリーの秘蔵っ子」が地球から持ち出した資料によるものである事は帝国側も隠さない。

むしろ、この資料提供もヤンとの和解を意味するものとして宣伝されてすらいる。

だが当の資料そのものは、“1年”も前に健在だった当時の教団本部から持ち出されたものだ。

“それ”以後に実施された筈の策謀にまで先読みされる理由には成らない。むしろ逆の筈だった。

ケスラー以外の固有名詞に思い当たりが無いだけに、なまじ策謀家の黒狐としては考えざるを得なかった。

こう成ると、余計に頭痛がジャマだった。

 

……銀河の何処かで黒狐とは互いに利用しようとスキを探り合いながら、やはり策謀をめぐらせている者が他にも居た。

 

地球教団の大主教ド・ヴィリエは「疑いの心が見えない幽霊を生んで」いた。

教団内部での主導権は「総大主教」の権威を借りて取り戻したものの、彼の主導で実行される筈のヤン・ウェンリー暗殺と、それに続く銀河の動乱継続は不発に終わっていた。

 

詳細が判明すればするほど帝国軍の行動は、教団、と言うよりはド・ヴィリエの陰謀に関係した余ほど正確な情報を入手していた、としか解釈出来なかった。

それでは何処から其の情報が漏洩したのか?

宗教組織の幹部であり、他者には信仰と言う思考停止を強要しながら、ド・ヴィリエ当人の発想は「転生」などと言った神秘から、トリューニヒトやルビンスキーと同程度の距離を保持していた。

それゆえに、そう言う意味での「幽霊」を生んでいた。

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