かつて古代ローマの軍団は、それぞれの軍旗の頂上に銀の鷲を飾っていた。
ゆえにローマ帝国の栄光と強大さを模倣しようとする者たちは、しばしば「鷲」の紋章を採用した。
特に東西に分裂する結果と成ったローマ帝国それぞれの後継者を称する2つの王朝、西ローマ帝国の後継者たる神聖ローマ皇帝を称したハプスブルク王朝と、東ローマ帝国の後継者を称したロマノフ王朝は、いずれも「双頭の鷲」を王朝の紋章とした。
すなわち「双頭」はローマ帝国が東西に2分された事を現す、だが「双頭」の更に頭上には只1つの宝冠が輝く。
それは自分こそが、東西に分裂したローマ帝国を再統一する正統の後継者であるとの主張だった。
そして銀河帝国を出現させたルドルフ大帝が「双頭の鷲」を模倣したのは、おそらくは自分こそが古代ローマ帝国以来の統一と平和を人類に与えるのだ、とでも主張したかったのだろうか?
だがゴールデンバウム王朝の支配による結果は、銀河の2分と戦乱ないしは3分だった。
「双頭の鷲」の頭上に輝く1つの宝冠、と言う図像が象徴する理想を実現したのは、ルドルフの視点からは「簒奪者」である事をむしろ誇りとした、ラインハルト・フォン・ローエングラムだったのである。
―――――――――――――ユリアン・ミンツ編集「ヤン・ウェンリー=メモリアル」より抜粋
この「メモリアル」が皇帝ラインハルト1世に対する、同時代人からの最も公正な評価だと言う事は、後世の歴史家にとっての通説ですらある。
この「抜粋」にも書かれている通り、ヤンは皇帝であるからと言う理由でラインハルトを、共和主義の教条通りには否定していない。
いなかったからこそ「エル・ファシル自治共和国」と言った形での和解も可能だったのだが、その和解を、自分たちが便乗すべき武力で皇帝ラインハルトに抵抗する勢力の消失、としか解釈出来ない者たち、ローエングラム王朝の建設する新秩序よりも、自分たちが権力者と成る事を重要視する者たちが、ヤンとラインハルトの和解の後にも存在していた。
ヤン個人も、そんな者たちに暗殺対象にされた過去は認識していたものの、新帝都フェザーンに滞在していた頃のヤンは、自分に対しては“意趣返し”の危険は少ないだろう、とも思っていた。
その程度の危険ならば「薔薇の騎士」に護られていれば安全だろうと考えていたし、それ自体は間違ってもいなかった。
そしてユリアンの証言する処では、先述のメモランダムをヤンが書き残した当時、帝国では「双頭の鷲」の理想の継続に関係する、世襲王朝ならではの事態が起こっていた………。
……。
…その頃ヒルダは、主君でもあり上官でもある筈の相手との距離感に困惑していた。
さらには自分の父親にも、当人である皇帝や、ラインハルトに秘密を持てないキルヒアイスにも相談出来ない問題の様な気がしていた。
そんな時に旧帝都からアンネローゼが、新帝都のヴェルゼーデ地区に用意された邸宅に移って来ていた。
以来ヒルダは、幕僚総監として皇帝を補佐する忙(いそが)しさの中で時間を作り、何回かアンネローゼを訪問していた。
そうした何回目かの訪問の時、アンネローゼがヒルダの体調変化を指摘した。
……何処かの転生者だけが知る『原作』で「この」体調変化から始まる事態の表面化を遅らせた「反乱」は起こっていない。
このためアンネローゼがヒルダの相談を受けだしてから、それほど月日も経過しない頃に気が付かれた。
新帝国暦2年は未だ何十日か以上を残している………。
……。
…かつては帝都だった惑星オーディン。ゲルラッハ「元」子爵は悪夢を見ていた。
「元」なのは、ローエングラム王朝が旧王朝時代の貴族制度そのものを廃止したからでは無い。
新体制では新たな貴族階級をつくり出す事こそしてはいなかったが、旧貴族そのものも廃止まではしていなかった。
「リップシュタット盟約」の参加者と「元」帝国宰相リヒテンラーデの共同謀議者を貴族家門としても断絶させただけである。
それで必要にして十分だった。旧体制の支配階級を崩壊させるには。
「当時」の帝国宰相が政争の敗者と成った時、副宰相だったゲルラッハは自ら子爵の家門まで差し出して、助命を願ったのだった。
そしてゲルラッハは、副宰相当時に宰相と共有していた秘密を売って、自分の生命と可能ならば没収から逃れる資産を買おうと試みた。
だが直接の交渉相手である“参謀長”は、機械の様な感情の無い両眼の奥で冷徹に計算していた。
……今や「先帝」たるフリードリヒ4世の秘密は、父帝から“フリードリヒ”と命名された事に始まる。
ゴールデンバウム王朝には、タブーとされる皇帝名が何通りか存在していた。
例えば「ジギスムント3世」や「アウグスト3世」は存在しない。
だが4世には「敗軍皇帝」フリードリヒ3世と同じ名が与えられていた。
そして皇帝の子で在りながら、誰からも皇帝としての期待を寄せられなかった。
4世の戴冠は兄と弟の共喰いの結果だった事は、ゴールデンバウム王朝の「正史」ですら認めている。
そうして誰にも期待されない事を自ら認める様に放蕩に身を任せた結果、4世は女性を妊娠させた事だけは少なくとも28回を数えるが、その28回中で父親より長生きする結果と成ったものは女子2名のみ、続く孫の世代では6才以上まで成長出来た者3名と言う結果に終わっている。
とある皇帝の寵妃などは、合計4回の死産、流産を繰り返した。
余談ながら、この寵妃は少なくとも1回の男子死産は暗殺と思い込み、ラインハルト姉弟が迷惑な八つ当たりを受けたりした。
こうした事実の「点と線」をつなぐウラの真実が隠されていた。
旧王朝では有数の名君とされる晴眼皇帝は「排除法」を有名無実化しており、その結果、後の4世は「死産」を免れていた。
そして最後から2番目の寵妃が4人目を流産した後、宰相の推察する限り4世は、すでに自らの遺伝子を押し付ける子孫をあきらめていたかも知れない。
最後の寵妃に求めていたのは精神的な癒(いや)しであり、彼女は清らかなまま後宮から「解放」された可能性が在った。
……帝国宰相リヒテンラーデ公爵は、ゴールデンバウム王朝銀河帝国の忠臣には間違いなかった。
公爵が「リップシュタット盟約」の盟主や副盟主が皇帝に立てようとしていた候補者を避けたのは、すでに皇帝家の外戚として権勢をふるっていた大貴族派閥の更なる強大化を恐れた事も当然だったが、同時に4世の3人の孫の誰が皇帝と成っても次の世代を継ぐ子孫を残せる可能性は小さい、と認識せざるを得なかった、と言う理由も存在した。
実の処、宰相は早々と、エルウィン・ヨーゼフ2世の“次”の継承候補に目を付けていた。
フリードリヒ4世の遺伝子を直系で受け継いでいないがゴールデンバウム王朝の子孫には違いなく、そして有害な外戚が付いていないカザリン・ケートヘン・フォン・ペクニッツだった。
帝国宰相が自爆覚悟ならば、秘密を暴露する事で「盟約」側の主張する皇帝候補たちを失格させる事も、あるいは暴露を材料とした密談と談合で野心を断念させる事も、理論上ならば可能だったろう。
だが、ひとたび勢力を形作った権勢家と特権階級の派閥が、名分を取り上げられただけで解散するだろうか。
「盟約」よりも遥(はる)かに勝算が立たなかった筈の地方貴族ですら、叛乱が常態化していたのだ。
結局、帝国宰相はローエングラム元帥府の武力をもって「賊軍」を排除する選択をした。
無論、宰相の目的は国家の重荷に成り過ぎるまでに増え過ぎた門閥貴族や権勢家の派閥を、ゴールデンバウム王朝の支えとして適正な数まで減(へ)らす事だった。
その目的からすれば「盟約」の参加者は多過ぎ、宰相の思惑からは役に立つ筈の貴族たちまでが減り過ぎた。
だからこそ、平民出身の兵たちに媚(こ)びて“共和主義者”とまで共犯に成った“成り上がり”軍閥を見逃せない。
それゆえに「賊軍」排除に成功した時点でローエングラム軍閥をも、ゴールデンバウム王朝の忠臣は失脚させようと決断したのである。
……かつての副宰相は、上司だった宰相の秘密を勝者に提供した。
“現帝”たるエルウィン・ヨーゼフ2世を何時でも皇帝から失格させうる秘密を売って、自分の未来を買う積もりだったのである。
だが直接の交渉相手である“参謀長”は、機械の様な感情の無い両眼の奥で冷徹に計算していた。
同時に感情を暴露しない機械の眼の奥には、激情を隠していたかも知れない。
ルドルフの子孫である筈の4世と同様な動機からルドルフの残した王朝そのものを憎悪していた事。
それを動機としながらも、結果としての行動は「ルドルフ大帝の拡大再生産」であった事の矛盾。
しかも「その」拡大再生産の対象がルドルフの王朝からの「簒奪」を決断した動機までも、誤解の結果に落としめられる可能性すら在った。
そうした事までも「元」副宰相は無計算に指摘してしまったのである。
しかし結果として参謀長が実行した事は、冷徹なる計算を根拠としていた。
……計算の結果は、秘密もろとも秘密を知る存在を消滅させる事だった。
そして都合の好い処分理由が遣って来た。
「幼帝誘拐」と言う旧体制側からの反撃の陰謀、その共同謀議を理由とすれば好い………。
……。
…悪夢だった。目覚めた「元」子爵は夢だった事に気が付いた。
「あんな」機械の様な眼をした参謀長は「今」の皇帝大本営には居ない筈である。
そして「今」の新帝都に居る“皇帝の参謀長”は「双頭の鷲」から図像が象徴する理想まで含めて全(すべて)を奪った「翼持つ黄金獅子」その獅子の子供と関係し始めていた。
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