蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第6章 奇蹟の魔術師

コンピューター処理された艦隊フォーメーションが、画像に投影されている。

次第に接近する両陣営の艦隊の片方に対して、もう片方の艦隊が正面、左、右の3方向から迫ろうとしていた。

1世紀半の以前、同盟軍の大勝利で知られる「ダゴン星域会戦」の陣形だった。

 

だが、敵は帝国軍であっても同じ敵では無かった。「戦争の天才」だったのだ。

この天才にとっては、未完成の包囲陣など集中するべき兵力の分散に過ぎず、各個撃破の標的でしか無かった。

その事を1人を除いた同盟軍の幹部たちが知った時には、3個艦隊中の2個艦隊が撃滅され、残る1個艦隊も正面中央から突破され始めていた。

 

……とうとう立った!帝国軍の視点では最大の死亡フラグが。

 

「負けはしない。自分の命令に従えば助かる。か。ずいぶんと大言壮語を吐く奴が叛乱軍にもいるものだな」

例によって、俺は玉座の後ろに立っている。

その俺の視点からは、キルヒアイスの方を見がちなラインハルトの金髪ばかりが目に入っていた。

「閣下!」

参謀長も副官のキルヒアイスも通さない行き成りの進言など、俺からラインハルトへの場合は前代未聞だろう。

「差し出がましい口をきく様ですが」

決して部下からの忠告に対して耳の穴の小さい上官でも無いが、それでも親友と姉と今では恋人以外の相手には公人としての距離を置いている。

話の内容によっては、切り出すべきタイミングが存在した。

「あれは「エル・ファシルの英雄」です」

流石に天才でも、瞬間だけ疑問符を浮かべた。

「無理もありません。閣下は未だ幼年学校に在籍していた頃ですから」

「ああ…あの我が軍の栄えある先輩方を小バカにしたペテン師か」

「そして第6次イゼルローン防衛線の前哨戦で、ご不快でしょうが閣下をワナに落としかけた敵でした」

「まことか?!」

流石に驚いているらしい。

「間違いありません。お耳に入れる機会を待っていました」

「成程」

どうやら耳には入った様だ。

「今しばらく御不快でしょうが、あの時のヤン・ウェンリーは新手の大兵力を隠していました。それが魔術の種だったのです。

しかし、遺憾ながら現在の閣下には、これ以上の戦力が御座いません。

あの時、閣下が試そうとしていた戦術をヤンが真似ようとしたら、私などでは対応策が分かりません」

美人だけに不快が顔に出ていた。

「ラインハルト様!」

公的な場所では遠慮している2人だけの時の2人称を使ったのは、あわてたと言うよりは周りの耳よりも主君への忠誠心が瞬間だけ上回った、と言う事らしかった。

 

コンピューター画像の中で、同盟軍の陣形中央に隙間が出来始めていた。フォーメーションC4だ。

それを数秒だけ見据えて、金のタテガミを横に揺らしていた。

「卿の忠言には感謝しよう。だが、ヤンとやらがペテンを仕掛ける方が早かった」

「では、どうされますか」

赤毛の副官の言い方は白々しい事が、むしろ見事だ。

主君に冷静さを取り戻させるためだけに言っている。

「このまま全速前進!逆進する敵の後背に喰いつけ」

「黄金のグリフォン」が、華麗に敵を撃滅していた時にも見せなかった本性を剥(む)き出していた………。

 

……。

 

…現状、ローエングラム遠征軍はアスターテ星域を離れ、イゼルローン要塞へと進路を向けていた。

 

おそらく、あの怠け者の「奇蹟の魔術師」は、負け戦の後始末にコキ使われている事だろう。

そうして救助された生存者や残存戦力が「ヤン艦隊」に再編される筈だった。

 

やっぱり「黄金のグリフォン」だの「奇蹟の魔術師」だのは反則過ぎる。あらためて思い知った。

俺の持っている「知識」と言う有利だけで、こんな反則過ぎる同士の直接対決をどうこうするのは、やはり無理無茶だ。

しかし其の「知識」通り、あの後は消耗戦に成っていった。

恐らくヤンの読みは、ラインハルト(とは未だ知らなかっただろう敵指揮官)ならば不毛の消耗戦を嫌う筈だ、と言う事だったのだろう。

確かに「敵」3個艦隊中の2個艦隊をすでに撃滅して、ローエングラム元帥府を開設するだけの武勲は既(すで)に立てている。

今更その後に残った1個艦隊との消耗戦に拘(こだわ)って共倒れにでも成ったら元も子も無い。

だから、撤収するのがラインハルトの視点でも正しい決断だったのだ。

そしてヤンは「生き残る」という目的のために、それを達成する手段を選択した。

やっぱり、この好敵手たちは反則過ぎる。

俺自身が「知識」を活用する仕方は、別な場所での方が有効なのでは………。

 

……。

 

…後年。と言っても何年も後では無く、赤子が幼児に成る程度の後年。

 

ケスラー憲兵総監は忙(いそが)しい。

そのため新帝都フェザーンでは、適当に部下へと仕事を割り振っていた。

そんな中で、俺に割り振られた仕事の1つが、高等弁務官を「不」定期に訪問する事だった。

 

こうして俺は「奇蹟の魔術師」と直接に対面する機会を得た。

そう機会である。

なまじ前世と「原作」知識を持っているため、どうしても同盟側が舞台と成った時はヤンの視点から読んでいた。

帝国側に所属し自分から進んでラインハルト陣営に加わっていても、心底の何処かでは希望していた。

 

かつての1人の読者としては、ヤンに会う機会が出来たならば聞いてみたい事が幾(いく)らでも在った。

例えば、イゼルローン攻略を前にして「薔薇の騎士」に言った事だ。

 

「本気で平和が来ると考えていたのですか?」

「来て欲しいとは思っていた。

それに私が希望していたのは、せいぜい当時14才の自分の息子が戦場に行かなくて済む程度の長さの平和だった」

「それ以上を望まなかったのは、やはり当時の帝国の体制が相手だったらでしょうか?」

「そうだね。

やはり自由惑星同盟と言う国家の成り立ちがルドルフ・フォン・ゴールデンバウムに対するアンチテーゼだった。

だから最終的な和平となると、建国理念そのものに関係していただろう。

国家もイデオロギーも結局は「人間が人間らしく生きるための道具」に過ぎないのにね。

少なくとも民主国家と言うものは、その筈だった。

だから「人間が人間らしく生きるため」と言う目的のために国家や体制を含めた手段が選択されるべきなんだ」

「その選択の結果ですか?ゴールデンバウム王朝と言う「敵の敵」同士ならば、ローエングラム王朝と民主共和政体は共存出来ると考えたのは」

「その通りだ」

ここではハッキリと肯定するヤン。

 

「だけどイゼルローンを手に入れようとしていた当時には、そこまでは考えは及ばなかった。

確かに、当時のローエングラム元帥は急速に歴史の表に出現しようとしていた。

だが、その後2年も経過せずに「実態はすでにローエングラム王朝」と言う処まで達成するとは其の時点では分からなかった。

私は予言者なんかじゃ無い。

何度も間違えたり、考え直したりしながら結論に近付いていった1人の人間だ。

私がローエングラム王朝と何らかの民主共和政体との共存が可能と考え出したのは、ローエングラム改革が民主化と言う意味では、もう引き返せなくなっていると確信出来た時だった」

そうだろうな。

『原作』はヤン視点で書かれていただけに、ある程度ヤンの試行錯誤する思考の軌跡を追っている。

 

……そんな感じで楽しい議論を続けている間に、あらためて思い出していた。

元々ヤンは歴史家に成りたかった筈だった。

 

「ヤン提督。もしもカイザーが提督を招くに当たって、軍部では無く学芸省へと招かれていたら、ご返事は変わっていましたか?」

「もしかして貴官が言っているのは…」

「ヤー。学芸省では「ゴールデンバウム王朝全史」の編纂が進行しています。

その事業への参加を要請されたら」

「私にとっては、メフィストフェレスの誘惑だね。

猫を買収する積もりだったら金貨よりもキャットフードを用意するべきなのさ」

結局の処、イエスとかノーとかは言わなかった………。

 

……。

 

…報告のために憲兵本部に戻ってみると、総監は居なかった。

 

私邸から迎えが来て

「今晩の「大佐さん」は6時間以上眠る責任が在ります」

とか言って連れ戻されていた。

 

仕方が無いので、報告書は書類にして提出しておく事にしたが、上官への報告は1つでも無かった。

他に報告する中の1つが出張予定の確認だった。

現状、イゼルローン要塞は惑星エル・ファシルの衛星に成っている。

これをもはや何処にも移動させない様に、破壊されたワープエンジンを取り付けさせないための監視が続けられている。

自治共和国駐在の弁務官による正面からの査察だけでは無く、われわれ憲兵隊の不意討ち調査で確度を上げて置くのが、結局は双方の利益だった。

 

その出張予定表と会談の報告書を明日の書類に紛れ込ませながら、ふと思い出していた………。

 

……。

 

…イゼルローンと「奇蹟の魔術師」の名前が互いに結び付けられ始めた頃。

 

開設したばかりのローエングラム元帥府でウルリッヒ・ケスラーに引き合わされた頃の事だった。

 

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