蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第61章 予定された吉事

誰かのパクリみたいだが

「吉事と言うものは予(あらかじ)め予定して置けるものである。

だが凶事は普通、予定などしていない」

ただし凶事を予測して、対策を実行して置く事は不可能でも無い。

 

……ケスラー憲兵総監・兼・帝都防衛司令官は、警護の計画を立てていた。

 

結婚当日までマリーンドルフ伯爵邸を特別警護するのは当然だが、さらに当然なのが「本命」は結婚後の皇帝一家の警護だという事だった。

皇帝は結婚前日まで大本営の中に私室を置くが、新婚旅行から戻った後の皇帝夫妻は、現状では皇帝が姉を居住させているヴェルゼーデ地区の邸宅に合流する予定だった。

この邸宅で、間もなくカイザーリンと成る女性は出産予定日を待ち、皇帝は大本営の執務室へと「通勤」する事に成る。

その移動中ないしは執務中の大本営と、この「仮皇宮」の2ヶ所を、皇帝が「帰宅」した後は仮皇宮1ヶ所を集中して警護するのである。

これは「敵」に対して「標的」を明白にさせる事にも成るが、味方が死守すべき場所も明確に成っていた。

 

実の処、旧王朝時代の名門貴族が「他国」に対して見栄を張った邸宅だったため、それなりに広く大きい。

皇姉が希望した「温めた料理が冷めない程度の距離を保つ」目的ならば、仮皇宮3階の両側に皇帝夫妻と皇姉それぞれの私室を設置すれば必要にして十分そうだった。

少なくとも、そうした面でムダな贅沢をする皇帝一家でも無かった。

2階には当然の様に軍務尚書が引っ越して来て、そこから軍務省に出勤する。

そして1階には皇帝親衛隊と、武装憲兵と帝都防衛の陸戦隊からケスラーが選抜した警護部隊が詰める。

ケスラー自身も同じ1階に詰所を用意して、出来るだけ足を運ぶ積もりだった。

 

さらに、元々ヴェルゼーデ地区は「旧」自治領時代から駐留高等弁務官の公邸が置かれて来た様な住宅地域である。

そうした住宅が仮皇宮の周辺にも並んでいたが、それらを帝国側は極(きわ)めて公正な価格で買い上げた。

そこは、この惑星がフェザーンだった。

こうして買い上げた住宅にも、武装憲兵や陸戦隊が詰める様に成った。

ザルツ中将などは、地球時代の空母を囲んだ輪形陣を思い出した。

 

……そのザルツは、ついでにケスラーに提案していた。

 

吉事の様に予定はしていないが、予測は出来て対策は実施しなければ成らない凶事の対策の1つである。

それは、フェザーン自治領以来の航路局が蓄積して来たデータを外部記憶メディアにバックアップして、憲兵本部なり軍務省で保管する事だった。

その時、憲兵本部の指示で直接の作業に当たった航路局職員の不審な挙動が見咎(みとが)められている。

追求の結果「黒狐」の名前が出て来ていた。

しかし案の定と言うべきか、糸は黒狐まで届かずに切れた。

 

それでも糸を手繰る間に「旧」同盟首都ハイネセンでも騒乱が計画されていた事が発覚し、ワーレン提督に警報が届けられた。

こうして惑星ハイネセンでは、フェザーンでの「遷都令」以来3回目の摘発が実行され、騒乱は未然に阻止された………。

 

……。

 

…無論「本命」が新帝都フェザーンである事は明白だ。

 

ケスラー総監以下の対テロ戦の担当者たちは手抜きなどせず、捜査と摘発を続けていたが、その同じフェザーンで、皇帝直属の提督たちは吉事の予定を消化するのに忙(いそが)しかった。

 

と言うのも、新帝国暦3年1月の間に少なくとも3つの結婚式に出席する予定だったためである。

 

……旧帝都ではオーディンでは、ローエングラム元帥府に直属する提督たちは、何かと言うとクラブ「海鷲」に集まったものだった。

 

ここ新帝都フェザーンでも早々と其の代替は確保されていたが、この晩も提督たちが集まっていた。

実の処、言ってみれば結婚披露宴の2次会である。

1次に当たるパーティーの性質上、家庭持ちは夫妻同伴であるため、独身者には後まで付き合えない。

そのため双璧や沈黙提督は早々と遠慮していた。

憲兵総監も最近忙しいことは、提督たちにも分かっている。

そして当の花婿が、何時までも花嫁を放置出来る筈も無い。

したがって、ルッツ上級大将とシュタインメッツ上級大将も、この席から居なくなっていた。

 

「ふん。どいつもこいつも何時の間にか、くっ付きおって」

「陰気で消極的なビッテンフェルトは彼らしくない」とは主君の評価である。

それだけに欠席だらけの席を見回して、本気で詰まらなそうだった。

「大体、らしくない。

1人の女を捨て損ない、赤ん坊の機嫌をとるロイエンタールに、退院土産をお持ち帰りするルッツ、おまけに、あのヒゲで5年も隠していたシュタインメッツだと」

独身時代なら、こう言う時に突っ込みを入れていた「当時」の女たらしに代わって突っ込んだのは芸術家だった。

間もなくカイザーリンと成る女性が大本営幕僚総監に任じていたが、その任務は「皇帝に助言する」ものだったため、軍務尚書も統帥本部総長も居る以上は後任の必要性が多くも無い。

ただ帝国本土側は新領土側に比較してテロとのかの情報も無く平穏だったため、主君の結婚式に出席する事も可能に成っていただけだった。

 

「だが、おしゃべりなアイゼナッハ提督や其れこそ以前のロイエンタール元帥並みのミッターマイヤー元帥も、彼ららしくない」

「ふん」

返答代わりに、偶々(たまたま)持っていたグラスをグイ呑みしていた。

「仕方が無いでしょう」

常識論で場を締(し)める役目は、やはりミュラーらしい。

「恐れ多い事ですが、皇帝陛下の御結婚式の招待が夫妻連名に成っていた以上は」

 

グイ呑みしたグラスをテーブルに置くと、さらに本音(?)がでる。

「そうだな。恐れ多いが皇帝陛下が御結婚なさり、お世継ぎをもうけられるのならば、俺は其れで好い。

その御世継ぎにも、俺は喜んで忠誠を誓約しよう。皇帝ご一家のために戦おう。

だからこそ俺自身は、身軽でいたい」

言った当人以外で戦友たちは、それぞれに微笑と苦笑を交換し合っていた………。

 

……。

 

…そして其の時、ちらつく小雪に伯爵家の忠僕が文句を言っていた当日。

 

ヤン・ウェンリーは退役から久し振りに、第13艦隊結成にも着た「旧」同盟軍の白色の正装を身に付けていた。

実の処「今」のヤンは自分をシビリアンの退役軍人と規定しており、フォーマルな場でも「未だ軍服の方が似合っていた」背広姿で通していたが、しかし皇帝ラインハルトに面会する時だけは軍服を用いた。

専制君主に媚(こ)びている積もりは無い。

自分自身が軍服以外でヤンには会おうとしないラインハルト・フォン・ローエングラムと言う個人に対しても、それが礼儀の様な気がしたのである。

 

そのヤンが夫人と息子を連れて式場に到着してみると、何組か軍服とドレス姿が寄り添う組み合わせが目に付いた。

とは言え、全員の顔と名前が記憶の中で合致してもいない。

ヤンの知力は、別な方面で発揮されるのである。

ヤンが全員を思い出すかどうかとは当然ながら無関係に、ミッターマイヤー夫妻に赤子を胸に抱いたロイエンタール夫妻、アイゼナッハ夫妻にルッツ夫妻やシュタインメッツ夫妻が同伴で列席していた。

無論、独身の提督たちも列席している。

そして花嫁の父と並んで最前列の花婿の姉をエスコートしていたのは、花婿の友人代表だった。

 

……列席する軍人たちの末席でザルツ中将は、1人だけの感慨(かんがい)を自覚していた。

 

明らかに『原作』よりも増えていた参列者たちに自己満足していたのである。

 

もっとも憲兵本部に直属の身である以上、何時までも感動しても居られなかった。

新婚旅行先である山荘で、安全確認の任務を総監から命令されていた。

こうした任務は事前に何回確認しておいても、当日に何か在ったら台無しである。

そのため当の夫妻に先行して、山荘に到着する予定に成っていた。

けれども出立の予定時間までは、“今”の感慨を大切にしたかった………。

 

……。

 

…吉事は予定されていた通り、延期される事も無く始まり進行していった。

 

「おちつけ、宮内尚書。卿が結婚するわけでもあるまいに」

 

そして予定外の延期出来ない様な「凶事」は、少なくとも式次第の終了までは遣って来なかった。

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