酒場「ドラクール」で、常連と一見の客が相席していた。
帝国軍の軍服姿を隠す積もりも無いザルツ中将と独立商船「親不孝」号の関係者たち、より正確には、かつてワーレン艦隊が地球教の教団本部に突入した時、潜入していたユリアン・ミンツたちである。
ザルツには、ユリアンたちに確認したい事が在った。
「地球教の総大主教は確かに死んだのか?ですか」
ユリアンも困惑していた。資料を持ち出すだけで手一杯だったのだから。
「敵を間違えたくない。ここだけの話だが」
いかにも密談をよそおいながら続ける。
「今の教団残党で主導権を手に入れてテロを実行させているのは、ド・ヴィリエとか言う大主教らしい。
“今”の総大主教は其のヴィリエの傀儡(かいらい)らしい、ともだ。
もしも其れが確かならば、敵として思考を読むべきはヴィリエとか、になる。
敵を間違えたくない。
宇宙の戦いでも、皇帝ラインハルト陛下が敵とされたのはヤン・ウェンリーだった」
そう言われてもユリアンも困惑する。
何と言っても地球最大の山脈そのものの下に埋もれた処を目撃していた。
「そうか。それではワーレン艦隊を調査してみるしか無いな」
そう言ってザルツは、後は酒をおごった。ついでに思い出したように付け加える。
「ワーレン提督に伝言は無いかな?」
惑星ハイネセンで8月末日に2度目の摘発が実施されてから、新帝都フェザーンでは皇帝、と言うよりは皇帝一家の生活の変化に伴う警護体勢の見直しが始まる前である。
後知恵(?)なら憲兵本部としては、2つの忙(いそが)しい時期の谷間だった。
……惑星ウルヴァシー。
新帝都の憲兵本部から出張して来たザルツ中将は、駐屯地を回って地球での教団討伐に関係した聞き取りを実施した。
しかし、確実に総大主教が死んでいる、と言う証言は出て来なかった。
むしろワーレンは心配した。
「こんな風に聞き回っていては、何処かから情報が漏(も)れるのでは無いか?」
だがザルツは「なぜか」楽観していた。
実の処、ザルツとしては確認だったのだ。
むしろ教団側に聞こえる事が目的なのであり、ただワザと流した情報である事を見破られたくないだけだった。
もっとも事実である事は事実なのだが。
ザルツの本心としては「知識」も残り少ない。
それだけに「最後の敵」との戦いでは、出し惜しみする積もりも無かった。
とは言え、こうした布石が生きて来るまでにはタイム・ラグが在る。
ザルツが惑星ウルヴァシーから新帝都フェザーンに戻って間もなく、皇帝の恋人が妊娠していた事が発覚し、憲兵本部は警護体制の見直しに忙殺された………。
……。
…新しい日常も、繰り返している間には日常と成る。
その朝も皇帝ラインハルトは昨日と同様な朝を過ごしていた。
カイザーリンと同じ寝台で目覚め、姉と親友を加えた4人で朝食のテーブルを囲む。
そして地上車で仮皇宮から大本営へと出勤して行く。
当然の様に、皇帝の乗った地上車の前後には親衛隊の車列が並び、沿線は武装憲兵と帝都防衛の陸戦隊が固める。
しかし皇帝本人は時々、同乗している親友にだけは露悪趣味ですらある感想をもらしたりした。
「ルドルフじゃ無いだろうに」
そんな金髪の友人を笑顔で諭(さと)しながら、この時間を共有していた。
やがて大本営の門前に到着すると、軍務尚書は専用車に乗り換えて軍務省へと出勤した。
そのまま道中を警護して来た親衛隊と憲兵と陸戦隊は、大本営の警護に移行した。
皇帝が其の日の分量だけの政務を消化すると、朝の手順が今度は逆に辿(たど)られる。
大本営から仮皇宮まで警護して来た部隊は当然に其のまま、仮皇宮で皇帝の姉とカイザーリンと胎内の皇帝の子を警護して居た部隊に合流する。
したがって、皇帝が帰宅している時間の護りはマン・パワー的にも強化されている。
だが、油断は出来ない。
テロリストは夜の闇を当てにするかも知れなかった。
親衛隊長キスリング准将との命令系統も皇帝の特命で整理されて警護の指揮をとるケスラー上級大将は、忙しい中でも時間をつくっては、仮皇宮に身体を運んでいた。
その結果、カイザーリンに近侍する少女に「親切で頼もしい大佐さん」の顔と名前を覚えられたりしていた。
……ウルリッヒ・ケスラー上級大将は、大元帥たる皇帝ラインハルトに直属する提督たちの中では年長者である。
しかも、どちらかと言えば実年令よりは年上に見られがちな特徴を有しているかも知れない。
それが、いくら軍務には遠い少女が見たにしろ
「お年齢(とし)からいって、中佐ぐらいかと思ったんですけれど、高い地位でお呼びした方かいいと思って」
などと言われている。
これは、この少女が無知だった、と言うよりも、ケスラーより更に年少で同格や高い階級に在る提督たちの出世が如何(いか)に異常だったか、と言う事だった。
その提督たちよりも、さらに若過ぎる主君が駆け抜けた途(みち)の遠さと其の時間の短さこそ、歴史上の奇蹟だったのである。
最初から其の事を承知していたからこそ、言われた当人も「大佐だったこともある」と笑っただけだった………。
……。
…宇宙の何処か。ケスラーやザルツたちの騙(だま)し合いの相手が居る場所である。
「総大主教猊下は、なぜに御姿を御見せになられぬ」
相手が純真だけにヤッカイだった。
後日、ザルツ中将などは大主教ド・ヴィリエに対して
「たまたま、シリウス戦争の後の地球に生まれただけだ。
同盟に生まれていればトリューニヒトに、フェザーン自治領に生まれていればルビンスキーになって居ただろう」
などと言ったものだが、それだけに対面の純真な信徒を持て余していた。
結局、勿体(もったい)をつけた末に大主教は、信徒たちを総大主教の前に連れて行った。
“地球の教団本部に居た頃そのままの顔と言葉”で説教する総大主教を前にして、忠実な信徒たちは膝(ひざ)を着き頭を垂れた。
そして総大主教が大主教への信任に言及すると、先程までの不平不満を引っ込めた。
しかし信徒たちと並んで同じ礼をとりながらも、大主教だけは信徒たちと異なる憤慨を内心に隠していた。
いや「この」窮地(きゅうち)に自分を追い込んだ者を憎悪していた。
だが憎悪すべきは誰なのか。
直接に自分を追い込んだ流言が、憲兵本部のザルツとか言う中将が妙な事を嗅(か)ぎ回った結果だとは分かっている。
だが、皇帝ラインハルトやケスラー憲兵総監なら兎も角(ともかく)今回はじめてザルツなどと言う名前を聞いた高が中将など、ド・ヴィリエの認識ではザコとしか思えない。
そんなザコが何処で、教団内部ですら自分と今1人(?)しか知らない筈の「秘密」に気付いたのか?
いや、ただ当て推量が偶々(たまたま)的中しただけでは無いか。
しかし楽観するには余りにもヴィリエにとっては危険な「真実」を直撃していた。
宗教組織の幹部であり、他者には信仰と言う思考停止を強要しながら、ド・ヴィリエ当人の発想は「転生」などと言った神秘から、トリューニヒトやルビンスキーと同程度の距離を保持していた。
それゆえに「うたがいの心が見えない幽霊を生んで」いた。
自分からテロの実行部隊としての教団を乗っ取ろうとしている味方の振りをした敵が密告した、と言うのが「現実的」な解釈だった。
……当のザルツは自分の「反則」攻撃の結果まで、リアル・タイムでは知りようも無かった。
ただ自分の持っている1つだけの武器を、有効な間に使い惜しみせずに使っただけだった。
そのザルツは半分ほどの年令の少女に懐(なつ)かれている直属上官を見守ったりしていた。