蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第63章 野心と策謀と誤算

ヤン・ウェンリーを身近で知る人たちは、ヤンが必ずしも勤勉を美徳としていない事を知っている。

だが、本人曰く「給料分だけは」何時だってヤンも働いていた。

今日も新帝都フェザーンに存在する公邸から弁務官府の執務室に出勤して、今日の分量だけの仕事に従事している。

当然ながら、自治共和国からは専門の文官や官僚が何人も駐在していた。

しかし、あくまでも高等弁務官はヤンである以上、ヤンがサインしなければ書類は増殖するだけだった。

 

そして給料の中身には、書類へのサインだけでは無く希望者との面会も含まれていた。

「亡命希望者だって?」

成程、自由惑星同盟と言う国家が存在していた当時から、この建物には「そう言った」希望者が駆け込んでいた筈だったが。

 

だがヤンの面会を要求していた希望者は、想像の斜め上を飛び去っていた。

 

「あなたがヤン提督の前に出て来られるとは、想像力の貧困さを自覚しますな」

そう言ったのは背広姿で応接セットの対面に座っているヤンでは無く、護衛よろしく軍服姿で後ろに立ったシェーンコップだった。

それに対してヤンが自分で何かを言う前に「旧」同盟の「元」元首は後ろの軍人を無視して、対面のヤンに話そうとした。

 

「この部屋は、難民や亡命者をむかえる事が初めてでも無いだろう」

だが、やはりヤンよりも先にシェーンコップが冷笑した。

「ヤン提督と皇帝ラインハルトの合意には確か

「両国の友好を破り、宇宙の平和を損なわんとする悪意あるテロリストに対しては、両国は協力して対処する事を可能とする」

との文言も在りましたな」

「ヤン提督も私がテロリストだと言うのかね」

またもヤンが口をはさむ前に「薔薇の騎士」が言い返した。

「我々(強調)が地球教団から入手してカイザーに提供した資料の中に、何回ヨブ・トリューニヒトと言う名前が出ましたかな」

「私は知らんよ。あの狂信者たちが勝手に書いた事だ」

「今さら何をおっしゃいますかな。その狂信者を逆クーデターの私兵に使っておきながら」

「あの時の停戦命令を根に持っているのかね。あれは……」

「持っていますとも。あんな命令は無視するよう上官を扇動したのは、他ならぬ私ですからな。

しかしヤン提督は民主主義の理念に真摯だったのです。

何処かの誰かみたいに口先では無く、行動と結果でね」

そこまで言うとシェーンコップは、招かざる客人の片腕を拘束した。

 

そして何時の間にか出現していたポプランが、実に上手いタイミングで片腕をとった。

もっとも、この両人ならロクに軍人としての訓練も受けていない相手には、どちらか1人で充分過ぎただろう。

2人がかりだった理由は、むしろ今に成って制止しようとしたヤンに対しての様だった。

「君たち。「問答無用」と言う行為は民主主義に反するよ」

このヤンの制止に対する「薔薇の騎士」の返答は以下の通りである。

「そうでしょうとも。「話せば分かる」と言うのが民主主義の原則でしょうから。

ですけれどね。この人物は自分から先に、その原則を裏切ったのです。

少なくともヤン・ウェンリー氏ほどの真摯な民主主義者では無い事を、自分から証明しているのですよ」

そして狩猟者の冷笑を見せた。

「ヤン提督本人の、民主主義の原則への真摯さは計算出来たでしょうが、不良な部下たちの思考と行動パターンは誤算でしたな」

 

そのまま引きずって行きそうな様子に、流石の名演説家も脚本と演出を変更した様だ。

「待ちたまえ。私は有用な情報を提供出来るのだよ」

「ほう?」

 

「テロリストたちは自壊を始めている。地球教団の内部に致命的な情報暴露が流れ出したのだ。

「地球の教団本部で総大主教は死亡しており「今」の総大主教は大主教ド・ヴィリエの傀儡(かいらい)だ」

私の観察する限り「この」流言は事実だ。

事実だけに、本部崩壊いらい主導権をとりテロを強行させて来た大主教は、反動も手伝って窮地(きゅうち)に落ち入っている。」

「そして、その大主教とやらは流言の犯人をあなただと言う疑惑を持っている」

「それで居心地が悪くなってヤン提督に泣き付く積もりに成った」これはポプランの突っ込みだ。

瞬間だけ言葉に詰まったが、直ぐに再開した。

「そのため追い詰められた大主教は、これまで以上に過激なテロを主張している。

遠からず、自爆的なテロを実行するだろう。

おそらく其の時は大主教自身を含めた、実働部隊の残る殆(ほとんど)が参加する可能性も在り得る。

それさえ返り討ちにすれば、地球教など只のローカル宗教に成り下がるだろう」

「成程。帝国軍が喜びそうな情報ですな」ワザとらしく「薔薇の騎士」は感心して見せる。

 

「そればかりでは無い。最大の誤算をしたのはアドリアン・ルビンスキーだ」

トリューニヒトの弁舌は止まらない。

「今年の初め、皇帝の結婚を狙った破壊工作の先手を取られた事も手伝って、急速に影響力を失いつつある。

何より、本人が病気だ。おそらく手遅れだろう。

銀河時代の医学でも治療や検査を放置していれば、病気は手遅れに成るものだよ」

これには流石の「薔薇の騎士」も何かの反応をした様だ。

「強がって見せても、あれは只の頭痛じゃ無い。専門家で無い私や彼の息子たちにも分かる。

あれは頭蓋骨の何処かに手遅れの病気をかかえている。後わずかの生命だ。

しかし、それだけに自爆テロに走りかねない。

今年の初めに無理な工作を強行したのも同じ焦(あせ)りからだ」

 

ここまで語って沈黙すると、シェーンコップとポプランは何かをうなずき合ってから、ふたたび引きずり始めた。

「君たち?!」

「何かを約束しましたかな」

「あんたも約束を破っているでしょう。同盟にもヤン提督にも」

今度こそ慌(あわ)てて制止するヤンに対しても

「バーミリオンでは貴方の言う事を聞きました。もう好いでしょう」

と答えていた。

 

……今日も弁務官府の周囲には、何台かの地上車が停車していた。

 

「旧」同盟「元」元首の前で門が閉ざされたのと同時に、その1台がスルスルと発進してトリューニヒトに接触した。

明らかに、最初から跳(は)ね飛ばしても構(かま)わない車の動きだった。

続いてドアの1つから飛び出した何者か1人が伸(の)しかかると其のまま車は再発進し、数秒後には伸しかかった何者かが爆発した。

爆発に気が付いた他の地上車が発進したが、そのまま振り切って逃走して行った。

後に残されていたバラバラに成った死体の部分からは、サイオキシン反応が検出された。

 

……流石にヤンは、シェーンコップとポプランを叱り付けた。

 

「提督。私は何人殺しましたかな。

トマホークで殺した数。銃で殺した数。部下に命令して殺させた数」

「俺だって、スパルタニアンで殺した数だっただけですよ」

「それを言ったら、私こそ歴史上最大かも知れない大量殺人者だ。それでも……」

「今回の事は寝覚めが悪そうですか。

ですが、トリューニヒト氏が木っ端微塵(こっぱみじん)に成ったのは提督の責任じゃ無い。

これを聞いたら、皇帝ラインハルトだって、そう思うでしょうよ」

そう言って「薔薇の騎士」は軍服の中から記憶メディアを取り出した………。

 

……。

 

…弁務官府から提供された記憶メディアの内容は、帝国軍側や憲兵本部をも驚愕させた。

 

もっともザルツ中将だけは、驚愕の内容が微妙に異なっていたが。

ザルツは自分の仕掛けたワナが有効だとは「反則」知識で知っていた。

しかし「ここ」まで玉突き効果も「反則」だったとは。

 

そしてケスラーその他が「まさか」と言う種類の驚愕だったのに対し「やはり」と言う意味の驚愕もしていた。

「黒狐」が手遅れの脳腫瘍だとは、ザルツだけは「あらかじめ」知っていたのだが。

トリューニヒト情報は「その」知識も確認させてくれた。

実の処、ザルツは医療関係の調査をすでに始めていた。

脳腫瘍患者を中心に、身元のアヤしい患者の情報を集めていたのである。

そして、そこだけは『原作』と異なり惑星フェザーンからは逃亡されていない可能性が高かったため、フェザーンの医療関係を洗っていた。

ただ今までは、ザルツがヒマを見付けての調査だったのが、ここに来て憲兵本部が力点を移しての捜査に進展していた。

 

「先生がヒポクラテスの誓いに忠実である事は尊重しますし、何時もは感謝もしておりますが……」

と言った論法で説得を繰り返した結果、ついに身元不明の脳腫瘍患者を特定していた。

その医師が診断した結果でも、すでに手遅れ。

だが患者は治療では無くトンデモ無い手術を依頼したのである。

最終的に脳外科医師は、報酬と引き換えに自分の専門技術を提供し守秘義務を守った。

しかし説得と質問をする憲兵本部の側に、その手術の内容まで知っている「反則」知識の持ち主が居たのである。

結局、職業上からもリアリストである事を要求されるために「反則」である事を想像出来ないまま、本来「ヒポクラテスの誓い」に忠実な医師は、全てを告白していた。

 

……当然ながら黒狐は、医師から診断と治療を受けた後でアジトを移動していた。

 

だが憲兵隊は医師から極低周波爆弾の制御装置の事と極低周波の周波数まで告白させた上で、逆探知装置を用意していたのだ。

こうしてフェザーンの黒狐は、憲兵本部が用意した病院に入院した。

同時に逆探知装置は、爆弾テロの標的に成るだけの価値が在りそうな場所にも片端から使われて、黒狐が計画した「火祭り」は未遂に終わった。

 

なお黒狐と同時に身柄を確保された息子と嫁は、自白剤を使用するまでも無く尋問に答えた。

「あいつは俺が憎み、全てをうばってやろうとした「あの」男じゃ無い」

それが「自白」の最初だった。

 

数ヵ月後、黒狐の息子と嫁は父親の遺体ともども、とある惑星に送られる。

かつてゴールデンバウム王朝が「当時」の同盟国家を「叛乱勢力」と規定していた頃「矯正区」に指定されていた星だった………。

 

……。

 

…地球教団の大主教は、いよいよ確信した。

 

黒狐の末路と「火祭り」の結末を見て「旧」同盟「元」元首への“天罰”が正しかったのだと。

少なくとも教団内部に対しては、そう説明する事で主導権を取り戻していた。

彼自身は「転生」などという「反則」も在る、と言う発想から遠いのだから無理も無い。

しかし同時に、本来の教団にとっては最大の敵である筈の皇帝ラインハルトに対して、最後の戦いを仕掛けるよう突き上げられる結果も招いていた。




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