蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第64章 閑話らしきもの(その7)

繁栄と発展の時代こそ、光が在れば影も存在した。

 

ローエングラム王朝の第2代皇帝アレクサンデル・ジークフリート1世と第3代ラインハルト2世の時代は、銀河連邦の前半期以来の人口増加と経済成長の時代の再現とされている。

それだけに、その繁栄のオコボレを手っ取り早く取り立てようとする不心得者は、帝国軍にも功績を稼がせた。

実の処、星間国家の治安能力が弱体化したと成れば、手っ取り早い稼(かせ)ぎを狙う不心得者は常に居る。

それこそ、健康人でも体力が落ちれば風邪くらいは引く様なものだった………。

 

……。

 

…ローエングラム王朝の成立以前に人類の総人口が最大と成ったのは、ルドルフ大帝時代の3000億人で間違いない。

 

だが「アスターテ星域会戦」時点で帝国に限れば250億人、同盟とフェザーン自治領を総計しても400億人にまで減少している。

これは対同盟戦争が大きな理由の1つに違いないが、直接の戦死者のみが原因では無い。

 

同時期の、とある統計によれば帝国:同盟:フェザーン自治領の国力比率は48:40:12と試算されており、これと250億人:130億人:20億人と言う其々の人口から1人当たり国力を求め、かつフェザーン自治領を1とする指数に換算すると、計算結果は0.32:0.51:1と成る。

この結果から見ても、当時の帝国臣民それも平民階級が戦争のみならず多大な負担の下に疲弊していた事、それが人口減少の理由にも成っていた事が推察される。

 

話題を戻せば、ローエングラム王朝発足の時点で帝国本土に限っても、人口3000億人分の潜在的居住圏が確保されていたのである。

しかも「この」3000億人は、銀河連邦が開拓時代に持っていた活力と人口増加力を消失した以後の事であり、だからこそルドルフは、社会の再活性化をもって自らを正当化したのだ。

 

そして皇帝ラインハルト1世が新領土を征服した事は、単純に言っても「その」居住圏を倍増した事でもあった。

更にラインハルト1世の基本政策を言い換えれば、先の0.32:0.51:1だった指数を1:1:1とする事が目標でもあり、それが達成され維持されれば、無理に強制する事も無く自然に人口は増大する筈だった。

 

……この目標が統計上でも達成されたのは、アレクサンデル・ジークフリート1世の親政下である。

 

結果として、この第2代皇帝の治世は長い。

幼君として戴冠し、母后による摂政時代をへて成年後に親政をおこない、自らの子である第3代ラインハルト2世の成長を見守るだけ生きた。

その前王朝の何れの皇帝をも超える長い治世をおおざっぱに言えば、父である初代皇帝の創業を引き継いだ建設の時代が母である摂政の実権時代であり、成年後の親政時代は「それ」を安定させ定着させる完成の時代であって、更には、絶えざるメンテナンスを続けた上で次代に引き渡す事で継続させる時代だった。

この「実質的に3人目」の帝王に期待された歴史上の役割は「守成の名君」だったのであり、その期待に答えた。

 

この「守成の名君」の親政下で、帝国本土=「旧」王朝時代以来の帝国領と新領土=「旧」同盟領の1人辺り国力の統計値が、獅子皇帝ラインハルト1世が征服した「神々の黄昏」作戦当時の「旧」フェザーン自治領のレベルに到達した、と帝国工部省と内務省によって公表されている。

 

……獅子皇帝ラインハルト1世の直属下で「帝国軍の双璧」と呼ばれた2人の帝国元帥が居た。

 

初代皇帝ラインハルト1世の時代の宇宙艦隊司令長官と統帥本部総長は、第2代皇帝の戴冠と摂政時代の始まりの時点でも同職に留まった。

そして摂政時代における帝国軍の実働戦力をシフトさせる任務をも遂行(すいこう)した。

実の処「この」時代から後の帝国軍の実質的な“敵”は宇宙海賊の類に成っている。

「この」時代は戦乱の終結に続く平和の到来を受けて、経済社会の活性化から拡大に向かう時代だった。

そうした時代だからこそ、手っ取り早い稼ぎに誘惑される不心得者が出没したのである。

 

イゼルローン回廊が主戦場だった当時は、同回廊と其々(それぞれ)の首都を結ぶ線上には両軍の主力艦隊が往復しており、当然に海賊は出没していない。

また、もっとも稼ぎ甲斐が在りそうなフェザーン回廊を経由して其々の首都を結ぶ航路は、流石に最重要な経済ルートであるだけに警備に手抜きは無かった。

そして「当時」では、帝国軍が最も多く往復するルートである。

 

結局「旧」同盟=新領土にしろ「旧」帝国=帝国本土にしろ、お互いとは反対側に変なやつらがウロウロしていたものだった。

当然に「この」時代の双璧も、帝国軍の責任者として目を行き届かせなければ成らなかった。

 

……そうした帝国軍の戦力再配置や、規模を含めた再編成でも「この」時代の双璧は功績を残した。

 

その1つとされているのが、宇宙艦隊の戦力をシフトさせた事である。

艦隊決戦はなやかなる時代に帝国元帥までの武勲の途(みち)を駆け抜けながら、新しい時代の双璧は「大艦巨砲主義」の類に感傷以上のジャマは許さなかった。

宇宙艦隊の主力を艦隊決戦に適応進化した宇宙戦艦から、宇宙海賊の捜索捕捉に対応させ易い戦闘艇などの機動兵器の母艦へ、それも使い勝手の好い高速中型母艦へとシフトさせている。

また、略奪と言う目的からは当然に白兵戦と言う手段に訴えて来る海賊に対応して、装甲擲弾兵などの艦内白兵戦戦力を充実させた………。

 

……。

 

…そんな時代には相応しい後継者が、双璧の任務を受け継いでいる。

 

初代長官ミッターマイヤー帝国元帥が文官職(君主政体であるため民主国家で意味する処の政界は存在しない)に退いた後、宇宙艦隊司令長官に就任したミュラー元帥が初代皇帝ラインハルト1世から上級大将に任命された当時の異名は「鉄壁ミュラー」だが、長官時代の「鉄壁」は「海賊狩り」とも呼ばれた。

 

彼もまた艦隊決戦の時代に「鉄壁」の異名を高くしながら、新しい時代の「海賊狩り」に適応進化した艦隊を、彼自身が適応しつつ指揮し切ったのである。

その「海賊狩り」ミュラーの活躍は、帝国のみならず自治共和国にまで格好のドラマ題材を提供したものである………。

 

……。

 

…エル・ファシル自治共和国は着実に歩み続けていた。

民主共和主義本来の「遅さ」をも着実さに変えて。

 

賢明だったのは、はるかに巨大な上に人口的にも経済社会活動でも急激に拡大する帝国に量的な競争をいどむ無謀を心得ていた事だ。

自分たちが民主共和主義の小さな苗を温存するための、ささやかな温室である事を忘れなかったのである。

量的な事を言えば、人口300万人の有人惑星1つを持つだけの、1つの星系だけから出発した自治国家に過ぎない事も。

忘れなかった上で「人口1人辺り」の経済発展では帝国に、特に「旧」同盟領=帝国新領土に遅れを取らない事を目標とした。

軍事上ではイゼルローン要塞に頼りながら、軍事上の負担よりも民力の活性化を優先した。

 

そうなれば、当然ながら有人惑星1つ、ないしは星系1つの鎖国経済は論外である。

幸いにして「8月の新政府」成立の根拠と成った合意では「旧」同盟とフェザーン自治領あるいは旧王朝時代の帝国とフェザーン自治領とが、それぞれに交易していた実績と同レベルの自由交易が相互対等に保障されていた。

その自由交易を、自国の産業を維持しつつ発展させるために最大限に利用するべく、自治共和国は衆知を集めていた。

とは言え「辺境回廊」に近いエル・ファシルには「旧」フェザーン自治領ほどの地の利は無い。

しかし其れが逆に幸いして、そのフェザーンを新帝都とする帝国の経済からの直撃を避ける事も可能だった。

 

こうして鎖国よりも交易を選択した以上、自治共和国も「海賊狩り」からの利益は受けていたのである。

それを忘れて帝国側に付け込まれる程には、自治共和国の「衆知」も愚では無かった。

 

……結果としては市民生活の水準も、人口増加率も帝国新領土に負けなかった。

 

そうであってこそ、民主共和主義の理念に拘(こだわ)る意味も存在し続けていた。

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