蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第65章 リレーされる生命

新帝都フェザーンではケスラー憲兵総監の指揮下、地球教団に対する捜査と摘発は途切れる事無く継続されていた。

とは言え、摘発してみれば地球教の名を詐称して被害者や他の犯罪者にハッタリをかける刑事犯罪者や其のグループだったりした。

それでも“地球教”を名乗った以上は、本当にニセモノかどうか確認せざるを得ない。

例えば自白剤を使用しても。

ヤン・ウェンリーの様な民主共和主義者には好みでも無いだろうが。

 

しかし継続している事にも意味が無い訳でも無かった。

皇帝の結婚と新生活の開始から以降、ほとんどのテロ計画は未遂で摘発され、スクスクとカイザーリンは出産予定日に近付いていた。

そして具体的なテロの実行は潰され続けたまま、何時しか新帝国暦3年も5月の終わりが近付いた………。

 

……。

 

…新帝国暦3年5月14日。

 

カイザーリンの出産予定日まで、残り約半月ほどに成っていた“この”日。

仮皇宮には火災も、出産を促進する類のストレスを与える様な騒ぎも起きていない。

それが憲兵総監ケスラー以下の地道な努力の結果である事までは、皇帝たちも理解していただろう。

 

だが特命室長ザルツ中将だけは、ケスラーの命令で視察して来た報告書を提出しながら脳内で安堵(あんど)していた。

今日もケスラーは、仮皇宮1階の詰所に詰めていた。

ザルツに限らずケスラーの部下たちは、率先してケスラーが「ここ」から動く様な任務や視察を代行するよう努(つと)めていた。

特にザルツは何が何でも14日だけは、ケスラーを仮皇宮に止めて置きたかったのである。

それが抑止力と成ったのかどうか、この日は何も起きなかった。

 

仮皇宮1階の詰所で、何時もの様に懐(なつ)かれている「大佐さん」への報告を書類にして提出しながら、ザルツは其れと無く「何かは在りませんでしたか?」と確かめてみた。

ケスラーの回答は微笑だった。

仮皇宮3階の皇帝の書斎に丸めた紙が散らばっている、と言う。

 

『原作』と異なりラインハルトは何処かに遠征している訳では無く、ここ仮皇宮で姉や親友とも同居していた。

そのため出産予定日よりも前に、微笑されながら優しく忠告されたのである。

生まれて来る子供の性別は分かっている。西暦21世紀でも先進国ならば可能だった検査だ。

まして帝政では、皇帝の子供の性別は其のまま継承順位に関係していた。

したがって、女児の名前を考える必要だけは無かった。

それでも、これはラインハルトにとっては「天才」と引き換えに関心の薄い分野だったらしい。

 

何10枚かの紙を丸めた末、皇帝は側に居る「マイン・フロイント」の微笑に気が付いた。

今度は遠慮する「もう1人の」ジークフリードが皇帝夫妻と皇帝の姉から説得されていた。

 

かくてローエングラム王朝の第2代皇帝の名は、アレクサンデル・ジークフリード1世と成る………。

 

……。

 

…5月29日。

カイザーリンの出産予定日を6月1日に控えて、仮皇宮では入院準備が整えられつつあった。

 

この日の朝、すっかり身体の重くなったカイザーリンの隣で目覚めた皇帝は微熱を自覚していたが、あえて楽観して大本営へと出勤しようとした。

だが、カイザーリンと姉と友人に包囲されて寝台に逆戻りさせられた。

とは言え、出産直前のカイザーリンと寝台をともにする事は当然に心配された。

このままカイザーリンを入院させて出産する事も検討されたが、侍医たちが感染する病気では無い事だけは断言したため、とりあえず1日だけ様子を見る事に落ち着いた。

 

……だが5月30日に日付が変わって何時間も経過しないうちに、仮皇宮はパニックへと落ち入った。

 

皇帝の熱が高くなり、意識を失ったのである。

しかも、これが直接の切っ掛けになって産気づいた。

 

当然に救急車が駆け付ける。

そして皇帝とカイザーリンは並んで救急車で運ばれ、これも当然に皇帝の姉も付き添って行った。

 

その結果、警護責任者のケスラー上級大将は仮皇宮の警護をフェザーン医科大学付属病院にシフトさせる決断をした。

当然である。仮皇宮には護るべき対象は居らず病院へと移動しているのだから。

もっとも「病院」である以上は病院関係者、まして一般の来院受診者や入院患者にテロリストが紛(まぎ)れ込む可能性を無視出来ない。

元々ケスラーはその点を考慮(こうりょ)して相応のマン・パワーを、カイザーリン入院後の病院警護に投入する積もりだったのだ。

まして仮皇宮から護るべき対象は居なく成ってしまったのなら、極論すればカラッポにしても構(かま)わなかった。

目的のために手段は選ぶものだ。

もしも仮皇宮が手薄にでも成ったと誤解してノコノコ襲撃してくれたら、結果としてよい囮にすら成るものだった………。

 

……。

 

…結果として、仮皇宮にも病院にも襲撃者は出現せず、そして生命の営みが遣って来た。

 

「…キルヒアイス?」ラインハルトは親友の姿を知覚した。

そして自分の現状について質問しようとした時、別な音声が聞こえた。

新しい生命が自分の存在を主張していた。

 

病院の警護を陣頭指揮していたケスラーは、皇子の誕生と皇帝の意識回復をほとんど前後して知った。

その「頼もしい大佐さん」に、皇帝の家族に付き添って来た近侍の少女が飛び付き、歓喜を爆発させていた。

 

……憲兵本部。

 

総監が病院で陣頭指揮をとっているため、留守を預(あず)かった形に成っていた特命室長ザルツ中将は「知識」を持つ者だけの感傷から逃げられなかった。

 

ラインハルトからアレクへと、最初から予定されていた通り(?)に生命が受け継がれて行く。

夭折と引き換えに天才を与えられていた生命が、しかし天才とともに消失する事から脱出して連続して行こうとしている。

「ヤン・ウェンリーなんかは、“宿命”と言う言葉は“運命”よりも人間を侮辱している、とか言っているらしいけどな」

つい、そんな1人ごとまで呟(つぶや)いていた。

それでも、この場合に“宿命” と言う言葉を使う事は、ラインハルトを侮辱しているだろうか?

 

……そのヤンは、高等弁務官公邸で「旧」同盟軍以来の軍服を用意していた。

皇帝ラインハルトを見舞うならば当然だった。

 

帝国軍は「皇帝不予」を未だ公式発表はしていない。

だが何時の間にか、シェーンコップとポプランが警護の合間に情報を入手して来ていた。

そもそも帝都防衛司令官が警護をシフトさせた事が何を意味しているのか、察知出来ない「奇蹟の魔術師」では無い。

 

歴史家としてのヤンは、神秘主義が実害をもたらした史実をいくらでも知っていた。

だが同時に「夭折の天才」が何人か実在していた事も知っていた。

「宿命というのは、二重の意味で人間を侮辱している」と言って来たのは、民主主義者として「まちがうにしても自分の責任でまちがいたかった」と言うヤンの信念(?)だったのだが。

そのヤンにしても、歴史上で彼が知っていた「夭折の天才」とラインハルトが重なって見えていた。

余りにも後継者がタイミング好く誕生し過ぎているだけに尚更。

「私は何をバカな事を考えている。

だいたいカイザーが入院したからと言っても、不治の重病とは限らない。

ただのカゼか過労かも知れないだろう。

それが多少こじれたか、あるいは其れこそ出産とタイミングが重なったための警備上の都合に過ぎないかも知れないじゃ無いか」

 

しかしヤンは戦慄していた。

本来ヤンは、歴史の当事者では無く目撃者にこそ成りたかった。

だが、その希望は“こんな”形で実現するのだろうか?

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