蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第67章 最後の敵

「キュンメル事件」以来、帝国軍の憲兵隊は地球教団のテロに対して先手、先手と対処して来た。

その結果、ほとんどのテロは実行前の未遂段階で潰(つぶ)して来たものの、未だテロとの戦いが終わったとは限らない。

 

すでに自由惑星同盟もフェザーン自治領も征服し、ヤン・ウェンリーとの和解も成立した今、地球教団などのテロリストたちだけが皇帝ラインハルトの敵に残っていた。

そのテロリストたち内部でも、ヨブ・トリューニヒトとアドリアン・ルビンスキーの死が確認された現状では、おそらく大主教ド・ヴィリエが主導権を取る地球教団の残党だけが残っている筈だ。

無論、こうした見えない敵との戦いでは、油断や楽観など正規軍同士の決戦とは異なる意味で禁物なのだが。

 

その日、憲兵総監ケスラー上級大将は新帝都に駐在する高等弁務官を訪問してみた。

「奇蹟の魔術師」は宇宙艦隊による正面決戦だけに特化した戦術家に限定されてもいない。

策略陰謀に類する事を含めて、あれほど辛辣(しんらつ)な小細工を考え付いて見せて来た。

そのヤンの知恵を参考にしてみては?と言う特命室長の進言は突拍子も無い様で、ある種類の理屈には成っていた。

少なくとも、地球教団が潜伏し続けたままの状況を何とか打開せねば成らず、しかも、そうした面でケスラーの参謀が出来る様な専門家が、当人以外に不在と言っても好い現状だった。

 

「参考に成るかどうかは分からないけれど」

そう前置してヤンが告げた策略は専門家のケスラーをして、瞬間だけ絶句させた………。

 

……。

 

…この日、仮皇宮では、ちょっとした騒ぎが起きた。

 

「どうして俺たちを通さない?!」

例によって感情に正直なのはビッテンフェルト上級大将だが、続いて如何(いか)にも理と言葉によって、と言う風で問い質(ただ)したのはメックリンガー上級大将だった。

すでに帝国本土に駐留していたメックリンガーや新領土に駐留していたワーレンまでが新帝都に召集されていた。

いや、自治共和国に駐在するミュラーまで呼び戻していたのだから来るべき事態が近付いている、と分かる。

それなのに、双璧の両元帥を筆頭に仮皇宮に参上した元帥と上級大将たちを警護責任者のケスラーは1階の談話室に招き入れて、皇帝の病室が在る筈の上階へと通そうとはしなかった。

 

いや、武勲に輝く提督たちと言った処で家族でも医療関係者でも無い以上、主君の病床を騒がすだけだろう。

だがケスラーの言い方は明らかに「1階から上に通るな」と言う物言いだった。

芸術家提督も、その点を問い質した。

 

「ケスラー提督。何か都合の悪い事でも在るのかな?」

「皇帝陛下の御病床を騒がす狂信者どもは根絶した、とも断言出来ない。不甲斐無い事だが」

黒色槍騎兵の陣頭に立っては勇猛果敢な提督は、床を蹴り付けた。

「やつらの居場所さえ分かれば、俺が皆殺しにしてやるものを」

「それは我が職務だ。卿に指摘されるまでも無い」

しかし多才な芸術家は明敏な参謀型軍人でもある。

「だがケスラー提督。

我々をご病室に近付けない事と、そのテロリストたちに何の関係が在るのだ?もしや…」

ケスラーは切り返した。

「もしや警護上、提督諸卿にも秘密にすべき何かが在るとでも?」

「在る、無い、だけで結構(けっこう)だ。具体的な秘密の内容までは詮索しない」

 

ケスラーは少しだけ迷うフリ(?)をして見せた。

「実は、ここだけの話だが…恐れ多い事も極(きわ)みなれど、皇帝陛下は全く無念な事に相成られた。

こう成ってしまうと万に1つの事が在った場合、我々にはより打撃が大きく其れだけテロリストどもには、これも恐れ多いが高価値な標的は…アレク殿下だ。

ローエングラム王朝百年のためには、万全の策をとらねば成らぬ」

 

「まさか?大公殿下は“この”上階には」

「それ以上は聞いてくれるな」

ケスラーは首を横に振った………。

 

……。

 

…何日か後。同じ場所で同じ面子を前にして、今回のケスラーは深々と頭を下げた。

 

「済まなかった。地球時代の古い戦術に在ると聞いた。

「敵をあざむくには 先ず味方から」

そう言う事だったのだ」

「説明してくれないか。ケスラー提督」

今回、代表する様に要求したのはロイエンタールだった。

 

「やはり「奇蹟の魔術師」ヤン・ウェンリーは恐ろしい。

間もなく地球教団の残るテロリストたちは“ここ”とは別な場所を襲撃する。

我々がアレク殿下を隔離避難させている、と誤解してだ」

「成程」

ミッターマイヤーが納得すると、他の提督たちからも文句は途絶えた。

 

……その時、正規軍の地上部隊ならば1個中隊ほどの武装者たちが、とある邸宅に接近していた。

 

「柊館」そう通称される30室ほどの邸宅建築である。

しかし其の敷地内には、ある程度の武装憲兵と陸戦隊が人目を避ける様に、まるで何かを“密かに護っている”かの様に配置されていた。

 

その防御を強引に突破した襲撃者たちは建物の中に突入したが、同時に警護していた筈の部隊は、警護目的ならば奇妙としか言い様の無い動きをした。

少なくとも、ある程度の実戦経験を持った軍関係者なら奇妙に思っただろう。

それは建物の中に在る「何か」を護る部隊の動きでは無く、まるで敵を誘導する囮部隊の様な行動だった。

しかし、テロリストたちは実戦から生還した兵士では無かった。

この場の指揮者でもあるテロの計画者も。

 

テロリストたちには突然に、柊館の周辺から帝国軍の武装憲兵と陸戦隊が、少なくとも1個大隊より多く出現した。

そして、建物の内部に警護対象が居たら論外の筈の重火器を撃ち込み、柊館の窓や壁をテロリストごと撃ち抜いた。

さらに特命室長ザルツ中将は、迫撃砲=西暦20世紀以来、中隊や大隊レベルの陸戦では今だに有効であるために使われ続けている歩兵用重火器を並べて速射させた。

その曲射兵器から放物線の弾道を描きながら連続発射された砲弾が柊館の屋根にも、壁を撃ち抜いて来る重火器に建物内の侵入者たちが追い出された中庭にも降り注いだ。

 

ついに柊館の建物自体が、自重に耐え切れなくなってガレキと成りながら崩(くず)れ落ちた。

同時に巻き上がったホコリから飛び出して来るテロリストたちを、陣地に据え付けられていた重機関銃型ブラスターのクロス・ファイヤーが待ち受けていた。

 

その時、何人かのグループがザルツの気を引いた。

何人かが1つに集まっている、と言うよりも1人が他の何人かを盾にしている様な其のグループにも、容赦なく数方向からの銃火が集中していた。

 

……ザルツは油断すること無く、アサルト・ライフル型のブラスターをかまえて撃ち倒されたグループに接近した。

 

中の1人に注目する。顔面の半分ほどが破れていた。

破れ残った半面がシワだらけの老人の顔である事、そして反対側の半面では、破れた仮面の下から意外に若い顔が見えている事を確認出来た。

ザルツは1人、脳内で頷(うなず)くと別の1人に振り返った。

先ほど他の何人かを盾にしていた、そして尚も逃(のが)れようと自分の身体を引き摺(す)っている。

その背中を呼んだ。

「ド・ヴィリエ」

流石に瞬間だけ反応した。

 

とは言え『原作』でユリアン相手にした様な独演会を聞く積もりは、ザルツにも無かった。

「たまたま、シリウス戦争の後の地球に生まれただけだ。

同盟に生まれていればトリューニヒトに、フェザーン自治領に生まれていればルビンスキーになって居ただろう」

このザルツの言草に数瞬だけ沈黙したヴィリエは、尚も最後の弁舌を振るう積もりか肺の中の血を吐き出して、何かの声を出そうとした。

しかし、ザルツには付き合う義理も無い。

最後に残った敵の背中に向けて、アサルト・ライフルをかまえ直した………。

 

……。

 

…この視点次第では虐殺にも見えそうな殲滅戦の結果でも、誰かは死に損なっていた。

 

そうした死に損ないの何人かは、取り憑(つ)いていた何物かでも落ちた様に語り始め、入手出来た情報から、テロの実行部隊としての地球教団は壊滅した事が確認出来た。




「UA」10万を越えました。感謝いたします。

完結まで、あと少しだけ宜しくお願い致します。
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