ケスラー少将がローエングラム元帥府から憲兵本部へと出向して何ヶ月かが過ぎた頃。
元帥府事務局での連絡役である俺は、ケスラーからの報告を受け付けていた。
殆(ほとんど)単身で乗り込んだケスラーとしては、憲兵という軍内部の警察組織の中に親ローエングラム派閥をつくる事から始めざるを得なかった。
未だ未だ、その派閥づくりの段階だった。
そんなケスラーからの報告をヒルダを通してラインハルトに提出して、さて事務局の仕事に戻りながら、俺は『原作』知識を想い返していた。
……オーベルシュタインは、正論と評価されながらも好感は持たれなかった。
それは正論である事自体への反発と言うよりも、価値観の相違では無かったか?
極端だが其れだけに分かり易い例が「ヴェスターラント」だ。
キルヒアイスへの贖罪(しょくざい)意識が大きいにしろ、ラインハルトは恐らく夭折するまで、罪悪感から解放されなかった。
逆説的ながら、もしかしたら其の短い生涯で只1回だけだったかも知れない男女関係のトリガーに成った程、彼の精神に傷跡を残していた。
ところが、其れ程の苦悩を主君がフラッシュバックさせていた同じ時、冷然として主君の罪を被っていた。
ラインハルトとオーベルシュタインは、根幹では其れだけ価値観が異なっていた。
そのラインハルトと価値観を最も多く共有していたのは、やはりキルヒアイスだろう。
ヒルダや双璧その他の直属の部下たちも、キルヒアイスには及ばずとも多かれ少なかれラインハルトの価値観に共感していた筈だ。
だからこそ、ヒルダの考察でも価値観の多様性と言う観点からオーベルシュタインの存在を認めていたのだが、その場合でも同時に「むしろヤンの様な人物に其の役割を」とも考察していた。
ヤンは元々、好敵手としてラインハルトに認められたのだし、ヤンの価値観は、帝国とは異なる多価値観を認める建前の中で育(はぐく)まれたものだった。
何故、そんな事を内心にしろ考察しているか、と言えば、時期的に「アムリッツァ会戦」が近付いている筈だからだ。
もっとも狭い意味での「アムリッツァ会戦」とは、同星域で戦われた1つの戦闘を意味する。
広い意味では、侵攻側の出撃から双方の撤収までの連続した戦役を言う。
この広い意味での「アムリッツァ」で帝国軍が実施した飢餓作戦は、どちらかと言えばオーベルシュタインの価値観に近い、とも想える。
少なくとも「ヴェスターラント」をめぐるラインハルトやオーベルシュタイン、あるいはオーベルシュタインよりもより多くラインハルトと価値観を共有している筈のキルヒアイスの言動などを追っていけば。
実の処『原作』にも書いていなかった。
誰の発案で、どう言う経過をへてラインハルトが飢餓作戦を決断したのかは。
オーベルシュタインは不在、よりラインハルトやキルヒアイスと価値観を共有している筈のヒルダが其の位置に入れ替わっている「現状」で、ラインハルトの決断は、どの程度まで影響されているのだろう………。
……。
…とある夕刻、俺はキルヒアイスに声をかけてみた。
「キルヒアイス中将。元帥閣下は対叛乱軍の戦略をお練りでしょうか?」
ラインハルト本人を回避してキルヒアイスにした辺りが自分ながらセコいが、笑顔のキルヒアイスに御持ち帰りされた。
当然の様にキルヒアイスは中将に成っても、ローエングラム伯爵邸に同居している。
その伯爵邸にラインハルトの方はヒルダをさそって帰っていた。
「ザルツ大佐。以前にも、この顔ぶれで論議した事が在ったな。
確か、元帥府に誰と誰を招くか、と言う論議だったが」
元帥閣下に、こう言われたら「ヤー」以外の返答も無い。
「卿には時々、驚かされる。そうした時は結果からすれば有益な情報や提案だった。
今回も参考に成る様な情報は無いだろうか」
「それは、お話次第です。ですが…私などが機密に関係しても好ろしいのでしょうか?」
「秘密保持を心得ない卿でも無かろう」その程度には信頼されている訳だ。
……やはりラインハルトは同盟軍迎撃の戦略を練っていた。キルヒアイスとヒルダとの3人だけで。
やはりシミュレーションとしてなら飢餓作戦も検討されたらしい。
だが、最終的には3人の合議で却下された。
ヒルダ曰く
「元帥閣下の目指しておられる事のためには、民衆を敵に回す危険は回避すべきです。
目先の勝利のためには成っても最終的な目的のためには選ぶべき手段では無いでしょう」
そんなヒルダにラインハルトは好い機嫌だ。
「フロイラインの主張では「目的のためには手段を選ばず」とか「目的が手段を正当化する」とかは、中学生向けのマキャベリズムらしい」
そもそもマキアベリが中学生向けの陰謀主義者だと言うのは、彼の主君が毒殺趣味だと言うのと同様、政敵による誹謗中傷だった。
彼が説いたのは「目的を達成するためにこそ手段を選択するべきだ」と言う事だった。
「私の目的は叛乱軍に勝つだけでは無い」
ラインハルトはハッキリと言い切った。
「これまでも私は、ただ叛乱軍に勝つだけでは無く、武勲を上げ私自身が力を手に入れるために戦って来た。
だが、元帥府を開設した今と成っては、私の既(すで)に持っている力をより大きく強くするためには別の手段が必要だ。
私が抜擢した部下たちに武勲を上げさせ、力を付けさせる。
その部下たちの上に立つ事で、私の力とするのだ」
ラインハルトは笑顔だが、ライオンの笑い方だ。
「私の目的を不純だと思うか?ザルツ大佐」
「ナイン」正直に思っていない。
「敵に対する敗因と成った時に、不純だったと言われるでしょう」
ウソもヘツライも無い。
「負けはしない。私も、私が選んだ提督たちも」
それからラインハルトは其の目的のために選んだ手段としての戦略を語り始めた。
「したがって、私は叛乱軍1個艦隊に其々(それぞれ)1個艦隊を当てる積もりだ。
私が艦隊司令官にした提督たちに、叛乱軍を撃退したと言う実績と実力を示す機会を与えるためにな。
そのための各個同時攻撃の体制を整える事が作戦の基本方針と成る。
これまでに入手した情報では、敵は8個艦隊。私は9個艦隊を持っている。
残る1個艦隊を活用すれば、さらに作戦の選択肢が増す」
俺は脳内で返答を選択した。
「私は閣下は無論、キルヒアイス提督や他の提督方にも実戦指揮官としては及びません。
そんな私が言うのも、おこがましいのですが敵にもヤン・ウェンリーが居ます。
私などではヤンの力量は分かりません。
あの「奇蹟の魔術師」をはかる計器に適切なのは元帥閣下でしょう」
「そうだな。1個艦隊に1個艦隊ずつで対処したら、相手がヤン・ウェンリーでも確実に勝てそうなのは、私かキルヒアイス位かも知れんな」
実の処、ラインハルトでも後半歩で殺されかけたのがヤンなのだ。
「それに大佐。その前に敵8個艦隊が全てイゼルローン回廊から出て来て、決戦に応じてくれる必要が在る。
もしも回廊を抜けて帝国領内へ入り込んだ処で先頭集団を叩いた場合、残りの兵力が回廊から出て来なければ、こちらもそれ以上、攻勢のかけようが無い」
「閣下。敵は民主共和政体であるが故(ゆえ)に好戦的と成る季節なのです」
流石に天才でもラインハルトも帝国の子。キルヒアイスもだ。
ヒルダも聡明とは言え伯爵令嬢だ。
西暦21世紀日本だの銀河連邦だのの「前世」持ちでも無い。
「だからこそ、ヤンの騙し討ちまで6度もイゼルローンに攻め寄せたのです。
今回、ヤンがイゼルローンを確保しているにもかかわらず
平和攻勢では無く出兵して来るのも、共和主義者が好戦的に成る季節だからなのです」
「ほう」ラインハルトが又、ライオンの笑顔に成った。
「卿は叛乱勢力にも情報源を持っているらしいな」
それから別な笑い方をして手を振った。
「安心したまえ。私の不利益を図らない限り、卿の情報源の秘密は尊重する」
しかし、どうやら「この」情報はラインハルトの参考には成った様だった………。
……。
…宇宙時代とは言え、宇宙の全ての天体に固有名が付けられている訳では無い。
先ずは有人惑星。次に有人惑星を持つ恒星系が優先される。
無人の衛星などは、例えば(恒星名)4=2と言った符丁で処理される。
いや恒星自体、航路局の割り振った数字とアルファベットだけの符丁で処理されている方が多数派なのだ。
そんな符丁で処理されるだけだった星系がローエングラム元帥府に所属する9個艦隊中8個艦隊の集結地に選択された理由は、軍事戦略からは明解だった。
イゼルローン回廊を帝国側へ抜けるポイントから惑星オーディンを有するヴァルハラ星系へと結ぶ線上に沿って、有人惑星を持つ星系の手前に位置していた。
『原作』でのフェザーン回廊から同盟領、後には新領土への3回の侵攻のうち2回の決戦場にランテマリオ星域が残る1回も隣り合うマル・アデッタ星域が選択された、その全く同様な選択だった。
元帥府事務局の仕事の続きで戦艦ブリュンヒルトに乗せられて、この符丁で呼ばれていた星系まで、俺も遣って来ていた。
後にラインハルト・フォン・ローエングラムによって、この星系と、始まろうとしていた戦役の名が命名される事に成る。