四国立教大学文化サークル夏山登山獣害事件脱出期   作:四国の探索人

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参加メンバー
4年濱口、山口
3年鍋島、畑中、杉山
2年細井
1年山中、寺内、浜下、竹下、岡山


第10話 行方不明者1人目

翌朝。

 

山の中に差し込む朝日とともに、五つのテントから少しずつ物音が聞こえ始めた。

 

ファスナーを開ける音。

 

寝袋から這い出す音。

 

誰かの欠伸に、朝一番のどうでもいい会話。

 

まだ全員が一斉に起きたわけではないが、野営地はゆっくりと目を覚ましつつあった。

 

山中もまた、隣から聞こえてきたガサゴソという音で目を覚ました。

 

薄く目を開けると、寺内が寝袋から上半身を起こしている。

 

「おはよう」

 

「……おはようさん」

 

山中は欠伸をしながら身体を起こした。

 

テント越しに耳を澄ませる。

 

「周りも起きとるみたいやな」

 

「みたいやね」

 

まだ頭が完全に働いていない。

 

とりあえず腹に何か入れよう。

 

山中はザックを引き寄せ、中から菓子パンを探し始めた。

 

「昨日何残したっけ……あんパンとクリームパン……」

 

その時だった。

 

外から足音が近づいてきて、そのままテントの入口が開いた。

 

「ちょっといい?」

 

顔を覗かせたのは畑中だった。

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

畑中は返事をしながらテントの中を一度見回した。

 

山中。

 

寺内。

 

当然ながら二人しかいない。

 

それを確認してから、畑中が尋ねた。

 

「……鍋島さん知らん?」

 

「鍋島さん?」

 

山中は菓子パンを持ったまま首を傾げた。

 

「おらんのですか? トイレじゃないです?」

 

「いや……」

 

畑中の表情が少し曇る。

 

「昨日の夜からおらんのよ」

 

「昨日の夜?」

 

「君らのテント行くとは言ってたんやけど」

 

山中と寺内が顔を見合わせた。

 

「確かに来ましたよ」

 

山中が答える。

 

「明日の予定について話して、その後普通に帰りましたけど」

 

「マジか……」

 

畑中が眉を寄せた。

 

「俺、昨日テントで本読んでたんやけど、全然帰ってこんかったんよ。てっきり君らのところでそのまま話し込んどるんかと思ってた」

 

寺内が寝袋に入ったまま口を挟む。

 

「ああ……あれじゃないですか。女子のテントにでも」

 

「寺内君」

 

畑中が真顔で寺内を見る。

 

「鍋島さん彼女いたことあるからって、偏見が行き過ぎや」

 

「すいません」

 

「まあでも、他のテントにいる可能性はありますね」

 

山中は菓子パンをザックへ戻した。

 

さっきまで朝食しか考えていなかった頭が、少しずつ覚醒していく。

 

「全部のテントに聞いてみましょう。僕も回りますよ」

 

「そうやな」

 

三人はテントを出た。

 

最初は誰も、それほど深刻には考えていなかった。

 

杉山と細井のテント。

 

いない。

 

濱口と山口のテント。

 

いない。

 

浜下、竹下、岡山のテント。

 

やはりいない。

 

鍋島と一緒のテントだった畑中の話を改めて聞いても、昨夜、山中たちのところへ向かったところまでは確認している。

 

だが山中たちは、鍋島がテントを出ていったところを覚えている。

 

その間のどこかで、姿が消えていた。

 

「……いました?」

 

一通り確認を終えた山中が尋ねる。

 

「いや、おらん」

 

畑中もさすがに困惑していた。

 

「えーっと……トイレ……」

 

山中は周囲を見回す。

 

「にしても長すぎるか」

 

「昨日の夜からやからな」

 

「……とりあえず周り探しましょう」

 

それから手分けして周辺を探し始めた。

 

最初はテントの周囲。

 

次に少し離れた木々の裏。

 

登山道を昨日進んできた方向と、これから進む予定だった方向にも分かれて探した。

 

「鍋島さーん!」

 

「鍋島さーん!」

 

声が山の中へ響いていく。

 

返事はない。

 

異変に気づいた他のメンバーも次々と捜索に加わった。

 

しかし――見つからない。

 

二十分ほどして、全員が一度テントの近くへ戻ってきた。

 

さすがに先ほどまでの眠そうな雰囲気は消えている。

 

濱口が腕を組んだ。

 

「誰か、なんか知らん?」

 

山中が答える。

 

「僕らのテントに昨日の夜来ました。それで、途中で出ていったところまでですね」

 

「行き先とか言ってなかった?」

 

「いや……」

 

山中は昨夜の会話を思い返す。

 

「今日、みんなで登山した思い出はもう作れたから、明日は下山しようって。途中の滝でボードゲームでもして帰ろうって話くらいしか」

 

「分からんな……」

 

濱口が頭を掻く。

 

山口がスマホを取り出した。

 

「携帯は……誰も繋がらんよな?」

 

「圏外ですからね」

 

細井も自分の画面を見せる。

 

「鍋島さん、そんな勝手に一人でどっか行く人でもないですし」

 

「なんなら荷物も全部テントにあるしな」

 

畑中が鍋島のテントを振り返る。

 

ザックも寝袋もある。

 

食料もある。

 

わざわざ一人で山を歩くような装備を持ち出した形跡はない。

 

沈黙が流れた。

 

その時、杉山がふと尋ねる。

 

「……今何時?」

 

「ん?」

 

畑中がスマホを見る。

 

「八時五十分やけど。どした?」

 

杉山が何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あの人、確か一限寝坊せんように、毎回十分前にスマホのアラームセットしとるよな」

 

一同の表情が変わった。

 

「一限って九時からやろ?」

 

「そう」

 

濱口がすぐに周囲を見回した。

 

「おっ、それや。それそれ」

 

そして両手を上げる。

 

「全員、ちょっと口閉じろ」

 

一斉に会話が止まった。

 

急に山が静かになる。

 

風が木々を揺らす音。

 

鳥の鳴き声。

 

遠くで流れる水の音。

 

全員が耳を澄ませる。

 

あと数分。

 

誰も話さない。

 

そして――

 

八時五十九分。

 

九時。

 

――ピロリン♪ ピロリン♪

 

電子音が鳴った。

 

「おっ!」

 

全員が音の方向へ顔を向ける。

 

――ピロリン♪ ピロリン♪

 

濱口が眉をひそめた。

 

「……山中」

 

「はい?」

 

「お前のポケットや」

 

「……あ」

 

山中は慌ててスマホを取り出した。

 

「すいません! 僕も一限に合わせてました!」

 

「馬鹿! 同じタイミングでセットすな! はよ止めろ!」

 

「すいません、すいません!」

 

慌ててアラームを解除する。

 

音が止まった。

 

一瞬の静寂。

 

しかし。

 

――ピロリン♪ ピロリン♪

 

まだ聞こえる。

 

全員の表情が変わった。

 

「……鳴っとる」

 

「鳴ってますね」

 

山中は自分のスマホを見る。

 

間違いなく停止している。

 

――ピロリン♪ ピロリン♪

 

今度は全員が、その音の方向を探った。

 

「……下や」

 

濱口が登山道の端へ近づいた。

 

「下から聞こえん?」

 

そこは崖というほど切り立ってはいないものの、登山道から斜面が数メートルほど下へ続いている。

 

濱口が目を凝らした。

 

「あそこ」

 

指を差す。

 

「あそこにあるん、そうやない?」

 

木の根元。

 

落ち葉の中に、朝日を反射する四角いものが見えた。

 

スマートフォンだった。

 

「……鍋島さんの?」

 

畑中が声を漏らす。

 

山中が斜面を覗き込む。

 

「五メートルくらいですね。傾斜もそこまで急じゃない」

 

「危なくない?」

 

「これくらいなら大丈夫です。昔こういうところ歩いてたんで」

 

山中は軍手を取り出して両手にはめた。

 

木の幹や露出した根を掴みながら、慎重に斜面を下っていく。

 

「気ぃつけろよ」

 

「はい」

 

一歩。

 

また一歩。

 

足場を確認しながら降り、やがてスマートフォンのところまでたどり着く。

 

――ピロリン♪ ピロリン♪

 

「うるさ……」

 

山中はそれを拾い上げた。

 

画面には細かな土がついていたが、幸い割れてはいない。

 

アラームを止める。

 

そして画面を確認した。

 

「……鍋島さんのや」

 

上にいるメンバーへ声を上げようとして――

 

山中の動きが止まった。

 

「……ん?」

 

スマートフォンが落ちていた場所。

 

その周囲だけ、落ち葉の様子がおかしい。

 

斜面だから自然に滑った跡――とも見える。

 

だが、それにしては範囲が広かった。

 

落ち葉が帯状に押し退けられ、土が露出している。

 

草も何本か、同じ方向へ倒れていた。

 

何か重たいものが。

 

ここを通った。

 

いや。

 

――通ったというより。

 

(……引きずった?)

 

山中の背中を冷たいものが走った。

 

昨夜、鍋島は自分たちのテントを出た。

 

その鍋島のスマートフォンが、登山道から五メートルも下に落ちている。

 

そして、そのすぐそばにある妙な跡。

 

「……」

 

山中は周囲を見た。

 

木。

 

藪。

 

さらに下へ続く斜面。

 

当然、鍋島の姿はない。

 

突然、自分がそこに一人でいることが怖くなった。

 

さっきまで何とも思わなかった木々の向こう側が、急に暗く見える。

 

「山中ー! どうしたー?」

 

上から寺内の声が聞こえた。

 

「……今戻る!」

 

山中はスマートフォンをポケットへ押し込み、すぐに斜面を登り始めた。

 

降りる時より明らかに速い。

 

軍手越しに木の根を掴み、足を滑らせないことだけを考えて上へ向かう。

 

ようやく登山道へ戻ると、寺内が首を傾げた。

 

「どうした? なんか顔怖いぞ」

 

「……鍋島さんのスマホだった」

 

山中は一度息を整えた。

 

そして、自分が登ってきた斜面を振り返る。

 

「それと……下に、なんか変な跡がある」

 

「変な跡?」

 

山中はすぐには答えなかった。

 

何の跡なのか。

 

自分にも分からない。

 

ただ一つだけ確かなのは――

 

鍋島が、単に散歩やトイレで姿を消したわけではない。

 

その可能性が、急激に低くなったことだった。

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