四国立教大学文化サークル夏山登山獣害事件脱出期   作:四国の探索人

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参加メンバー
4年濱口、山口
3年鍋島、畑中、杉山
2年細井
1年山中、寺内、浜下、竹下、岡山


登山口にて

夏の朝、澄んだ青空のもと、3台の車が大学の駐車場から連なって出発した。先頭を走るのは鍋島の車。助手席にはナビ役を任された山中が座っている。

 

 

 

「次の信号を右っすね。あとはしばらく国道で、その先が山道に入ります」

 

 

 

「オッケー。後ろもちゃんとついてきてるな」

 

 

 

バックミラーには濱口、杉山の車が見える。隊列は乱れることなく、軽快に市街地を抜けていく。

 

 

 

しばらくして、道は徐々に緑に囲まれ始め、舗装の甘い林道へと変わる。

 

 

 

「やっぱ山近づくと空気変わりますね。涼しい」

 

 

 

「ほんまやな、クーラーいらんくらいや」

 

 

 

鍋島が窓を少し開けながら言った。

 

 

 

「そういえば、天気大丈夫そうですか?」

 

 

 

山中はスマホで天気アプリを開いて確認する。

 

 

 

「3日間は晴れ予報ですね。でもその後は崩れるっぽいです。山降りた後に雨が来そうで、ギリギリのタイミングっすね」

 

 

 

「じゃあ早めに動いたの正解やったな」

 

 

 

道は徐々に狭くなり、舗装も荒れていく。カーナビが「目的地付近です」と告げたとき、小さな木の看板が視界に入った。

 

 

 

《熊山登山口》

 

 

 

「着いたな。……けど……」

 

 

 

鍋島が減速して辺りを見回す。

 

 

 

「駐車場、見当たらんな……?」

 

 

 

山中も窓越しに周囲を確認する。

 

 

 

「それっぽいスペースも……ないですね。あれ、みんな止まってます」

 

 

 

後方から来た濱口と杉山の車も停車。窓を開けて濱口が声をかける。

 

 

 

「おい、ここって本当に登山口か? 駐車場なくない?」

 

 

 

鍋島が答える。

 

 

 

「案内看板には間違いなく『登山口』って書いてた。でも……確かにスペースはないな」

 

 

 

山中が地図アプリを再確認する。

 

 

 

「えーっと……正式な駐車場はなさそうですけど、道幅は結構あるんで、端に寄せて停めれば問題ないかと。交通量もほぼゼロでしょうし」

 

 

 

山口が車を降りて周囲を見渡しながらうなずく。

 

 

 

「この辺で林業用の車が回れるようになってるんやろな。迷惑にならんよう、きっちり寄せて停めれば大丈夫や」

 

 

 

「よし、それでいこう」

 

 

 

鍋島が頷くと、3台の車は順に道の端に寄せ、整然と停車した。

 

 

 

車を降りたメンバーたちが登山口の看板の前に集まる。

 

 

 

深く吸い込んだ山の空気はひんやりとして、木々の間から差し込む朝の光が静かに地面を照らしていた。

 

 

 

浜下がつぶやく。

 

 

 

「……本当に山に来たって感じしますね」

 

 

 

竹下が苦笑しながら背伸びをする。

 

 

 

「ここから登るんですか……山って遠くから見てる方が楽ですね……」

 

 

 

鍋島が軽く笑い、皆を振り返る。

 

 

 

「よし、じゃあ気合入れて、準備しようか!」

 

 

登山口で車を降りたメンバーたちは、それぞれ持ってきた荷物を確認し始めた。あらかじめ準備してきた道具のほか、共有装備の貸し出しも順に行われていく。

 

 

 

テント、寝袋、ライト、簡易調理器具……慣れない手つきで荷物をザックに詰めていく姿がちらほらと見えた。

 

 

 

その中で、寺内が山中に声をかけた。

 

 

 

「なあ、山中」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「お前、昔ボーイスカウトやってたって言ってたよな?」

 

 

 

「うん。小学生の頃だけどね」

 

 

 

寺内は、辺りで準備をしているメンバーたちを目線で示す。

 

 

 

「……みんなの服装、どう思う?」

 

 

 

山中は視線を巡らせて、少し苦笑いを浮かべた。

 

 

 

「……正直なところ、伝え方ミスったかなって思ってる」

 

 

 

荷物の準備に関しては、全員しっかりと整えてきていた。しかし、服装に関しては「登山に向いた格好で」という、曖昧な表現で伝えてしまったせいか、Tシャツにデニム、スニーカーというような、普段着に近い格好の者がほとんどだった。

 

 

 

機能的な登山服に身を包んでいるのは、数人だけ。

 

 

 

山中は続けた。

 

 

 

「夏ってことで油断してるのもあると思う。昼は大丈夫だろうけど、夜冷え込んだらちょっとキツいかも」

 

 

 

「ま、動きながら考えるしかないか……」

 

 

 

寺内が肩をすくめる。

 

 

 

「でも、“暗くなったら移動をやめる”っていう原則だけ守ってれば、大きな問題にはならないはず」

 

 

 

「それは安心だな」

 

 

 

山中と寺内はすでに準備を終えており、リュックを脇に置いて他のメンバーの様子を見ていたが――なかなか終わる気配がない。

 

 

 

「……こんなに準備することあったっけ?」

 

 

 

山中がつぶやくと、寺内が苦笑交じりに答える。

 

 

 

「俺らがせっかちなのもあるけど、まあ慣れてない人も多いしな。何をどこに入れるかも迷ってる感じやし」

 

 

 

周囲では、誰かがザックのファスナーを何度も開け閉めし、別の誰かは寝袋の収納に手こずっていた。

 

 

 

竹下が近くで独り言のように言う。

 

 

 

「え、コンロってどこに入れれば正解なん?」

 

 

 

それを聞いた岡山が笑いながら答える。

 

 

 

「背中側に入れたら、歩くとき痛いよ」

 

 

 

少しずつ不慣れな手つきでの準備は進んでいたが、全員の準備が整うには、もうしばらく時間がかかりそうだった。

 

 

全員の荷物確認と装備の貸し出しがようやく終わり、リュックを背負ったメンバーが登山口前に集まりはじめていた。

 

 

 

山中はザックのベルトを締めながら、木製の看板に視線を向けた。

 

 

 

(登山届……提出ポストがないな)

 

 

 

いつもなら登山口の近くに設置されている、黄色や赤い提出ポストが見当たらない。山中はあたりを歩いて確認してみたが、それらしいものはどこにもなかった。

 

 

 

「おかしいな……」

 

 

 

寺内が後ろから声をかける。

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

「登山届を出そうと思ったんだけど、ポストが見当たらないんだよ」

 

 

 

それを聞いた鍋島も首をかしげる。

 

 

 

「そもそもこの山、人が少ない言うてたしな。もしかしたら元からないのかもな」

 

 

 

山中はリュックのサイドから登山届の入ったジップ付きの書類ケースを取り出し、ため息をついた。

 

 

 

「じゃあ仕方ないですね。とりあえず……鍋島さんの車の中に保管しときます」

 

 

 

彼は足早に鍋島の車へ戻ると、登山届を手に助手席のドアを開け、ふと考えた。

 

 

 

(ダッシュボードの中だと見えにくいか……)

 

 

 

一瞬迷ったあと、何の気なしに助手席側のドアポケットに差し込み、そのままバタンと閉めた。

 

 

 

 

 

──その数分後。

 

 

 

鍋島が一同に声をかける。

 

 

 

「よし、それじゃ出発しようか。みんな、準備はいい?」

 

 

 

「OKです!」

 

 

 

「熊山登山、スタート!」

 

 

 

緊張とわずかな期待を背負いながら、メンバーたちは一歩ずつ山道へと足を踏み入れた。ザックが揺れ、登山靴が落ち葉を踏みしめる音が静かに響く。

 

 

 

 

 

──誰も気づいていなかった。

 

 

 

登山口の木の看板。日焼けし、苔むしたその表面の一字目は掠れており、注意して見ればこう書かれていた。

 

 

 

「旧」熊山登山口

 

 

 

すでにメンバーたちの背中はその看板に背を向けていた。

 

 

 

彼らはまだ知らない。これから進むその道が、地図にすらほとんど載っていない、かつての廃ルートであることを――。

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