四国立教大学文化サークル夏山登山獣害事件脱出期 作:四国の探索人
一行は鍋島を先頭に、隊列を組んで山道を登り始めた。
最後尾には山中が控え、落伍者が出ないように列のバランスを見て歩いていた。小さなアップダウンを繰り返しながら、林の中を進んでいく。
登山道は細いが、それほど傾斜はきつくない。メンバーたちはようやく始まった山歩きに、それぞれ気の合う仲間と並んで話しながら、緩やかな速度で歩を進めていた。
笑い声と、ザックの揺れる音。虫の羽音に、時おり風に揺れる葉擦れの音が混じる。
やがて前方にいたはずの濱口と山口が、列を離れて後ろへと下がり、山中の隣に並んだ。
「……あれ? 二人とももう疲れました?」
山中が軽く笑って声をかけると、濱口は手をひらひらと振る。
「ちゃうちゃう。タバコ吸いたくて、最後尾まで来たんよ。前やと迷惑やしな」
「ちゃんと灰皿使えよ、濱口」
隣の山口が釘を刺す。
「分かっとるて」
濱口はそう言いながら、胸ポケットから小さなタバコケースを取り出し、ゆっくりと火をつけた。灰皿代わりの携帯缶を腰から外して足元に置く。
山中が苦笑いしながら言う。
「吸いすぎてバテたりしないでくださいよ。最悪、僕がザック持たされる羽目になりますから」
「分かってるって」
白い煙がふわりと風に乗って流れていく。濱口は一口吸って、肺の奥へ煙を沈めると、軽く目を閉じた。
「……ま、タバコ吸う以外は普通にええやつなんやけどな」
山口がぼそりとつぶやく。
山中は首をかしげて尋ねた。
「山口さんは吸わないんですか?」
「単純に、金ないからね」
「……あー、なるほど」
山中は思わず笑った。
数分後、濱口がタバコを吸い終えるのを待って、山口は静かに立ち上がると、前方へと歩き出した。その後ろ姿を山中が見送りながら、最後尾の列をもう一度確認する。
隊列は相変わらず緩やかに進み続けていた。鳥の声と、木の葉が風で揺れる音が心地よく響く中、山中は最後尾で歩調を整えつつ、皆の背中を見守っていた。
そのとき、どこかゆっくりとした足取りで、列の中からひとりがじわじわと後ろへ流れてきた。
手元のスマホをじっと見つめながら歩いているのは、2年の細井だった。
山中が苦笑して声をかける。
「細井先輩、それ以上ゲームしてると、そのうち谷に落ちますよ」
細井は顔も上げずにぼそりと答える。
「大丈夫、そのために谷からはちゃんと距離とって歩いてる」
「……妙に合理的ですね。ちなみに、何のゲームやってるんですか?」
「オフラインゲーム。電波入らないから、こういう時はやっぱこっち」
山中はふと空を見上げた。
「……そうか。つまり、電話も繋がらないってことか」
細井がちらりと視線を上げる。
「どうしたの、親にでも連絡入れる予定あった?」
「いや、そうじゃなくて。先頭の鍋島さんと連絡取りたいとき、どうしようかなって」
「なるほどね。……うん、伝言ゲームするしかないんじゃない?」
「それはそれでアナログすぎて怖いですけど……」
山中は苦笑しながら肩をすくめる。
「細井先輩、悪いですけど、鍋島さんに“電波繋がらないから携帯使えない”って伝えてもらえませんか?」
「おけ。任された」
細井はようやくスマホをしまい、ザックを軽く揺らしながらペースを上げて前方へ向かっていった。
途中、誰かと軽く言葉を交わしつつ、細井の背中は林の中の列へと溶け込んでいく。
山中はそれを見送ると、小さくため息をつきながら呟いた。
「……やっぱ登山って、デジタルじゃ補えないこと多いな」