四国立教大学文化サークル夏山登山獣害事件脱出期 作:四国の探索人
4年濱口、山口
3年鍋島、畑中、杉山
2年細井
1年山中、寺内、浜下、竹下、岡山
道を歩き続けているうちに、木々の隙間から差し込む光がいつの間にか赤みを帯びていた。
山の向こうへ傾き始めた太陽を見て、先頭を歩いていた鍋島が足を止める。
「……まずいな。もう夕方や」
後ろを歩いていた濱口も空を見上げた。
「こりゃ、そろそろテント立てんとまずいですね。このまま行ったら夜中の行軍になるよ」
「せやけど、ここ山道やろ?」
山口が周囲を見回す。
道幅は人が何人か並べる程度にはあるものの、キャンプ場のような平地ではない。
「もうちょい広いところまで行かなくていいん?」
「気持ちは分かるんですけどね……」
鍋島はスマホに保存していた地図を開いた。
「地図には登山道は載っとるけど、休憩できる広場がどこにあるかまでは書いてないんですよ」
画面を指でなぞるが、それらしい場所は見当たらない。
「この先に広い場所がある保証もないし、探してるうちに暗くなる方が怖い。今日はここまでにしましょう」
「確かに。その方がええな」
濱口が頷く。
「じゃ、後ろにも『その場でテント組み立て』って伝えてきます」
「お願いします、濱口さん」
濱口が後方へ歩いていき、順番に野営決定を伝えていく。
鍋島は比較的平らな場所を選び、ザックを下ろした。
「よいしょ……っと。まさか本当に山道で寝ることになるとはな」
やがて後方でも次々と荷物を下ろす音が聞こえ始めた。
五張りものテントを一か所に並べられるほどの広さはない。そのため、一行は登山道の平坦な場所を探しながら、少しずつ間隔を空けて設営することになった。
組み合わせは、濱口と山口。
鍋島と畑中。
杉山と細井。
山中と寺内。
そして浜下、竹下、岡山の三人。
慣れていない者も多く、あちらこちらから声が飛び交う。
「これ、棒どこに通すん?」
「そっち逆じゃない?」
「細井、スマホ見てないで手伝えや」
「今攻略情報確認してる」
「何の攻略情報やねん!」
そんなやり取りをしながらも、日が完全に沈む前にはどうにか全員分の寝床が出来上がった。
夕食も豪華なものではない。
持参したパンやおにぎり、携帯食。コンロを持っている者は湯を沸かし、インスタント食品を作っている。
山中も寺内と簡単に夕食を済ませると、早々にテントへ潜り込んだ。
一日歩き続けた足には、横になれるだけでも十分ありがたかった。
しばらくして。
「山中さん、山中さん」
隣から寺内が小声で呼びかけてきた。
「どうした」
「せっかくの合宿で女おるのに、ヤる要素ないの?」
山中は数秒黙った。
冗談で言っているのは分かっている。
「お前……ボードゲーム部という陰キャサークルに、ヤリサーの要素を求めるなよ。そもそも彼女いたことある奴の方が少ないだろ」
「さいやね」
寺内もあっさり認める。
「女子は竹下さんみたいにテニサー兼部しとる子もおるしね」
「陽の世界から迷い込んできたんやろ」
「俺らとは生息域が違うか」
「絶滅危惧種みたいに言うな」
二人がくだらない話をしていると、
「山中くん、寺内くん。まだ起きとる?」
テントの外から声がした。
「起きてますよ」
入口を開けると、鍋島が顔を覗かせた。
「お疲れ。ちょっと明日のこと話そうと思ってな」
「明日……ですか」
山中には何となく察しがついた。
鍋島が中へ入り、二人の間に腰を下ろす。
「二人はどう思う?」
「登頂ですか?」
「うん」
山中は少し考えてから答えた。
「まあ……無理でしょうね」
「やっぱり?」
「本当に三日くらいかけて、休み休み登るなら行けるかもしれません。でも、俺ら文化部ですよ。今日だけでも結構みんな疲れてます」
寺内も頷いた。
「俺も明日また今日と同じだけ歩けって言われたら、ちょっと嫌ですね」
「よなぁ」
鍋島が苦笑する。
「俺も歩きながら思いよった。思い出作りで来たのに、無理して登頂して誰か怪我したら意味ないしな」
そして、少し楽しそうに続けた。
「だから明日は引き返そうと思う」
「おっ」
山中と寺内が同時に反応した。
「今日、水汲んだ滝あったやろ? あそこ、ちょっと広かったやん」
「ああ、ありましたね」
「明日はあそこまで戻って、ブルーシート広げてボードゲームでもしようや。それからゆっくり下山」
寺内がすぐに賛成する。
「いいですね。登頂はみんな疲れるやろと思ってたんですよ」
「山まで来てボードゲームするっていうのも、俺ららしいですしね」
「やろ?」
鍋島は満足そうに笑った。
「君らもそのつもりなら、他のメンバーも問題ないやろ。明日の朝、みんなに話すわ」
立ち上がり、入口へ身体を向ける。
「ほな、おやすみ。今日はしっかり寝といてな」
「おやすみなさい」
鍋島が自分のテントへ戻っていく。
入口を閉じると、山中は寝袋へ身体を沈め、大きく息を吐いた。
「……よかったな」
「うん」
寺内も安心したように横になる。
「てっぺんまでは登らずに済みそうやね」
「ああ。明日は滝でボードゲームして、下山して、車で帰るだけ」
そう口にすると、急に肩の力が抜けた。
「そう考えたら気が楽や。なんか適当に駄弁りながら寝よや」
「そうしよう」
それから二人は、大学であったどうでもいい出来事や、サークル内のくだらない話を延々と続けた。
やがて話題も尽き、一日の疲労に負けるように声が途切れていく。
山中も目を閉じた。
明日は来た道を戻る。
滝で遊んで、そのまま下山する。
それで今回の登山は終わり。
少なくとも、この時の山中はそう思っていた。
五つのテントから少しずつ話し声が消え、山中に静かな夜が訪れる。
彼らが今日歩いてきた登山道の暗闇から、微かな枝の折れる音がした。
一度。
そして、しばらくしてもう一度。
それが風によるものなのか。
獣によるものなのか。
すでに眠りにつき始めていた十一人のうち、確かめようとする者はいなかった。