四国立教大学文化サークル夏山登山獣害事件脱出期   作:四国の探索人

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参加メンバー
4年濱口、山口
3年鍋島、畑中、杉山
2年細井
1年山中、寺内、浜下、竹下、岡山


第9話 現実的な選択

道を歩き続けているうちに、木々の隙間から差し込む光がいつの間にか赤みを帯びていた。

 

山の向こうへ傾き始めた太陽を見て、先頭を歩いていた鍋島が足を止める。

 

「……まずいな。もう夕方や」

 

後ろを歩いていた濱口も空を見上げた。

 

「こりゃ、そろそろテント立てんとまずいですね。このまま行ったら夜中の行軍になるよ」

 

「せやけど、ここ山道やろ?」

 

山口が周囲を見回す。

 

道幅は人が何人か並べる程度にはあるものの、キャンプ場のような平地ではない。

 

「もうちょい広いところまで行かなくていいん?」

 

「気持ちは分かるんですけどね……」

 

鍋島はスマホに保存していた地図を開いた。

 

「地図には登山道は載っとるけど、休憩できる広場がどこにあるかまでは書いてないんですよ」

 

画面を指でなぞるが、それらしい場所は見当たらない。

 

「この先に広い場所がある保証もないし、探してるうちに暗くなる方が怖い。今日はここまでにしましょう」

 

「確かに。その方がええな」

 

濱口が頷く。

 

「じゃ、後ろにも『その場でテント組み立て』って伝えてきます」

 

「お願いします、濱口さん」

 

濱口が後方へ歩いていき、順番に野営決定を伝えていく。

 

鍋島は比較的平らな場所を選び、ザックを下ろした。

 

「よいしょ……っと。まさか本当に山道で寝ることになるとはな」

 

やがて後方でも次々と荷物を下ろす音が聞こえ始めた。

 

五張りものテントを一か所に並べられるほどの広さはない。そのため、一行は登山道の平坦な場所を探しながら、少しずつ間隔を空けて設営することになった。

 

組み合わせは、濱口と山口。

 

鍋島と畑中。

 

杉山と細井。

 

山中と寺内。

 

そして浜下、竹下、岡山の三人。

 

慣れていない者も多く、あちらこちらから声が飛び交う。

 

「これ、棒どこに通すん?」

 

「そっち逆じゃない?」

 

「細井、スマホ見てないで手伝えや」

 

「今攻略情報確認してる」

 

「何の攻略情報やねん!」

 

そんなやり取りをしながらも、日が完全に沈む前にはどうにか全員分の寝床が出来上がった。

 

夕食も豪華なものではない。

 

持参したパンやおにぎり、携帯食。コンロを持っている者は湯を沸かし、インスタント食品を作っている。

 

山中も寺内と簡単に夕食を済ませると、早々にテントへ潜り込んだ。

 

一日歩き続けた足には、横になれるだけでも十分ありがたかった。

 

しばらくして。

 

「山中さん、山中さん」

 

隣から寺内が小声で呼びかけてきた。

 

「どうした」

 

「せっかくの合宿で女おるのに、ヤる要素ないの?」

 

山中は数秒黙った。

 

冗談で言っているのは分かっている。

 

「お前……ボードゲーム部という陰キャサークルに、ヤリサーの要素を求めるなよ。そもそも彼女いたことある奴の方が少ないだろ」

 

「さいやね」

 

寺内もあっさり認める。

 

「女子は竹下さんみたいにテニサー兼部しとる子もおるしね」

 

「陽の世界から迷い込んできたんやろ」

 

「俺らとは生息域が違うか」

 

「絶滅危惧種みたいに言うな」

 

二人がくだらない話をしていると、

 

「山中くん、寺内くん。まだ起きとる?」

 

テントの外から声がした。

 

「起きてますよ」

 

入口を開けると、鍋島が顔を覗かせた。

 

「お疲れ。ちょっと明日のこと話そうと思ってな」

 

「明日……ですか」

 

山中には何となく察しがついた。

 

鍋島が中へ入り、二人の間に腰を下ろす。

 

「二人はどう思う?」

 

「登頂ですか?」

 

「うん」

 

山中は少し考えてから答えた。

 

「まあ……無理でしょうね」

 

「やっぱり?」

 

「本当に三日くらいかけて、休み休み登るなら行けるかもしれません。でも、俺ら文化部ですよ。今日だけでも結構みんな疲れてます」

 

寺内も頷いた。

 

「俺も明日また今日と同じだけ歩けって言われたら、ちょっと嫌ですね」

 

「よなぁ」

 

鍋島が苦笑する。

 

「俺も歩きながら思いよった。思い出作りで来たのに、無理して登頂して誰か怪我したら意味ないしな」

 

そして、少し楽しそうに続けた。

 

「だから明日は引き返そうと思う」

 

「おっ」

 

山中と寺内が同時に反応した。

 

「今日、水汲んだ滝あったやろ? あそこ、ちょっと広かったやん」

 

「ああ、ありましたね」

 

「明日はあそこまで戻って、ブルーシート広げてボードゲームでもしようや。それからゆっくり下山」

 

寺内がすぐに賛成する。

 

「いいですね。登頂はみんな疲れるやろと思ってたんですよ」

 

「山まで来てボードゲームするっていうのも、俺ららしいですしね」

 

「やろ?」

 

鍋島は満足そうに笑った。

 

「君らもそのつもりなら、他のメンバーも問題ないやろ。明日の朝、みんなに話すわ」

 

立ち上がり、入口へ身体を向ける。

 

「ほな、おやすみ。今日はしっかり寝といてな」

 

「おやすみなさい」

 

鍋島が自分のテントへ戻っていく。

 

入口を閉じると、山中は寝袋へ身体を沈め、大きく息を吐いた。

 

「……よかったな」

 

「うん」

 

寺内も安心したように横になる。

 

「てっぺんまでは登らずに済みそうやね」

 

「ああ。明日は滝でボードゲームして、下山して、車で帰るだけ」

 

そう口にすると、急に肩の力が抜けた。

 

「そう考えたら気が楽や。なんか適当に駄弁りながら寝よや」

 

「そうしよう」

 

それから二人は、大学であったどうでもいい出来事や、サークル内のくだらない話を延々と続けた。

 

やがて話題も尽き、一日の疲労に負けるように声が途切れていく。

 

山中も目を閉じた。

 

明日は来た道を戻る。

 

滝で遊んで、そのまま下山する。

 

それで今回の登山は終わり。

 

少なくとも、この時の山中はそう思っていた。

 

五つのテントから少しずつ話し声が消え、山中に静かな夜が訪れる。

 

彼らが今日歩いてきた登山道の暗闇から、微かな枝の折れる音がした。

 

一度。

 

そして、しばらくしてもう一度。

 

それが風によるものなのか。

 

獣によるものなのか。

 

すでに眠りにつき始めていた十一人のうち、確かめようとする者はいなかった。

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