ある男、タカシマヤスシは私情から人を殺して二十年間服役した。刑務所から出た彼を待ち受けていた世界は変わっていた。

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償い

 タカシマヤスシは二十年前、人を殺した。言い訳になってしまうが彼は当時、生活に困窮していた。だから、人の家に入って物を盗もうとした。しかし、盗みに入った家で家主と遭遇して手に持ったバールで家主を殴ったのだ。そして、家主は死んでしまった。その後、彼は警察に捕まり二十年間、刑務所で暮らした。

 

「お世話になりました」

 

 私は刑務官にお辞儀する。これで私の刑務所生活が終わった。あっけない終わりだった。私は過去の行いを精算できたのだろうか。身勝手な理由で人一人の生命(いのち)を奪った私を社会は許してくれるのだろうか。きっと許してはくれないだろう。

 

「……私は生きてていいのだろうか」

 

 死刑になると思った。いや、死んで終わればいいとすら思っていた。しかし、世間はそうさせなかった。私を生かしたのだ。生かされた私はどうすれば良いのだろうか。人の命を奪っておきながら、何も知らない顔をして残った人生を生きれば良いのだろうか。そんなこと誰も許してくれないだろう。できるならこの命は誰かのために使いたい。それは自分の心の中の善意ではなく罪悪感からきている感情だろう。

 

「どうすればいいのだろうか」

 

 母親に会いに行こうか、いや、それはいけない。人を殺した息子に会いたい母親などいないだろう。きっと、門前払いにされてしまう。そんなことを思っていたが知らぬ間に自分が生まれ育った街へと着いていた。

 

「……」

 

 二十年ぶりに訪れた街は姿形が変わっている。駅の周りは見上げても頂上が見えないほどビル、公園があったところには大きなデパートが、なにもかも私が知るものと違う。二十年の間に街はこんなにも変わってしまったのか。変わってしまった光景は私の居場所はないと言わんばかりだった。やはり、社会は私という異物を受け入れてはくれないのだ。それはしょうがないことだ。

 

「家がない……」

 

 私はかつて家があった場所に立ち尽くしていた。家があった場所は公園となっており子供たちが遊んでいた。殺人犯の息子がいた家なんだ。引っ越していても仕方がない。親に申し訳ないことをした。会わせる顔がないのに会おうとした私に問題がある。

 

 私はコンビニでおにぎりとお茶を買って家があった公園のベンチに座りそれを食べる。お金は刑務作業でもらったものが多少ある。二十年ぶりに外の世界で食べる食事に私は泣き出してしまった。

 

「なんであんなことをしたんだろう……」

 

 もしかしたら、いや絶対にあんなことせずに済む方法があったはずだ。しかし、私はそれを探さなかった。挙げ句の果てに人を殺した。その結果がこれだ。私にはなにも残っていない。帰る場所も向かう場所もどこにもない。

 

「おじさんどうしてないてるの?」

 

 私の前に男の子が一人立っていた。その子は私に問いかける。

 

「色々悲しいことを思い出したんだ。だから、今泣いてるんだ」

 

 男の子は不思議そうな顔をする。まあ、そうだろう。男の子は私に向かってなにか差し出す。

 

「おじさん、これあげるからげんきだして」

 

 それは飴玉だった。

 

「おかあさんがね、かなしんでるひとにはやさしくしなさいっていってたんだ」

 

 私は飴玉を受け取る。

 

「ありがとう」

「うん、どういたしまして」

 

 男の子は走ってどこかへ行ってしまった。私は捨てる神あれば拾う神ありという言葉を頭の片隅で思い出した。私は自らの行いで社会から捨てられた。だが、あの男の子はそんな私に飴玉をくれた。救われたような気がした。まだ、生きててもいいのだと思えた。あの子のように少しでも誰かを救いたい。あの男の子がいなくなった後、私は大きく声を出して泣いた。自分の情けなさと自分に向けられた優しさに泣いてしまった。しばらく泣き続けた。あの男の純粋無垢な優しさは私に乾ききり荒んだ心に光を与えてくれたのだ。

 

 私は公園を出る。どこに向かうかはわからない。だけど、どうすればいいかはわかる。この残された命は誰かのために使うだ。一度、社会から人の道から外れたのだ。そうすることでしか許されない。

 

「あ…」

 

 さっきの男の子が交差点を渡っている。その男の子に気づかずにトラックが突っ込もうとしていた。私は走った。無意識のうちに体が動いていた。間に合ってくれ。神様どうかこの瞬間(とき)だけはそばにいてくれ。私は男の背中を押す。これでいいのだ。次の時、私の体にとてつもない衝撃が走った。

 

 


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