TSガチロリあ〜かいぶっ! 作:aaa
目を覚まして真っ先に感じたのは、背中から這い寄るように感じる冷えた触感だった。
ベッドから流れ落ちたのか? 木造住宅に住んでいるはずなのに、感じない感覚に違和感を覚えてゆっくりと目を開けた。
「……?」
横を向いている。視界の端に映るのは……ビルだろうか。少し暗く見えるが、高い壁の内側にいるらしい。
正面に顔を向けた。そのビルの間の中で、真上には水色の空が広がっている。
雲に混じりながら、薄らと円環のようなものが見えた。
状況の把握はできていない。が、視界から否応なく入ってくる情報が、急速に眠気を覚ましていく。
理解のできない状況に陥っている。一秒経過するごとにいやな汗が流れてきた。
吹き抜けるように感じる冷風から、今、自分は外にいるということを認めさせられてしまう。
ぺちっ、ぺちっ、と。周囲に置いていたはずのスマートフォンを探してみるが、コンクリートを叩く感覚しかしない。とても痛い。
仕方がない。むくり、と上体を起こした。
眠気まなこを擦って首を左右に振る。
近くにあるのはゴミの山だ。荒れた跡はなく、処理するのを面倒くさがって、近くに放り投げたようなもの。
「どこ、こ……こ……? あ……?」
声を発してみて、さらに驚愕を覚える。
知らない声が耳に入った。見た感じ、一人しかいない空間なのに、甲高いような、少女のようなあどけない声。
よくよく、身体の状態を見てみる。
寝る前は上下黒色の寝巻に肌を通していたはずなのだ。それが今や、全く別の恰好。
Tシャツにプリントされているのは白く、やや巨大で舌を出してアホ面を晒している謎の鳥。“PERORO”と、プリントされている。
当然知らない。少なくとも、日本でこんなキャラクターを見たことはない。
下は青のハーフパンツ。小さい。膝下まで行かないくらいの裾だ。
そしてイチゴ柄の靴下に、マジックテープが付いた靴。子ども用の衣類、として見ればいいか。
しかしながらそれらの衣類には傷跡が付いている。何によって破かれたかはわからないが。
……周辺に鏡はないだろうか、と見てみると、ビルの方に窓ガラスが見えた。
立ち上がって、向かってみる。
「……小さいな」
顔が見えないため、それ以外の情報を認識する。小柄な体型だ。女子小学生くらいか? ロリってコト?
ゆっくりと、窓ガラスに近づいて、薄く見える自分の状態を客観視した。
パッチリと開いている碧色の瞳とブロンドヘアー。なるほど、確かに髪の毛の感覚が首元より下まであると思った。
顔は、やはり知らない顔だった。
ただそれ以上に、頭上で浮いている物体だけは見かけなかった。
「輪っか?」
例えるなら天使の輪? その割には少しゴツゴツしているように見える。
触ろうとしてみるが、しかし触れる事ができない。
目には見えるが触らない物体……いや、物体ではないか。
どちらかといえば、あって当たり前のようなもの。身体のパーツの一つとして認識したほうがいいかもしれない。
背中に生えている羽もそうなんだろう。
存在しないものとして認識したかったがそうではないらしい。
「夢か」
目を覚まして、知らない身体で知らない世界に放り投げられるわけがない。
そうであってほしいと頬をつねった。
痛い痛い。
「夢じゃなかった」
とても痛かった。
頬から感じる痛みと、今の状況からくる精神的なダメージによってだ。
つまり、今の自分はこういうことになる。
知らない世界で謎の女の子に転生……、憑依? どちらかを果たしてしまったということ。
頭上に輪っか、背中に羽。人の形をしているのに、人には存在しないパーツを持っている。
少なくとも、日本ではないのだろう。ましてや外国ではない。異世界。そう見るべきだ。
周囲の状況を確認したい。
このままここで蹲って、死ぬわけにも行かない。
光差す方向に向かって歩いてみる。
人が複数人、横並びで歩けるほどの少々小さい空間に向けて歩いていく。
近づくにつれて耳に入ってくるのは何かを乱射しているような音。
乱射、乱射? 真っ先に浮かんだのはヘリコプターのような音。プロペラが駆動する音のように聞こえる。
こんなところで?
連想して浮かんだのは銃だった。
過去にそういうジャンルのゲームをプレイをしていた賜物だろう。確かに似ていないこともはない。
「いや、そんなことはないでしょ」
撃たれたら死ぬ。人は。
紛争地帯に放り投げられたら流石におしまいだ。
状況が読めないが、今の現実を受け入れるほかない。
何もわからないまま死にたくはない。
「……?」
その言葉にこの身体が反応しているように感じた。
生存意欲が高い? きっとそうなのだろう。
既に死んでいる体に自分が入り込んだ、そう思ったほうがいいのかもしれない。
死ぬ直前まで生きたいという願望があったのだろうか。
合点がいく。ボロボロの衣類は襲われた後と見るべきか。
なすすべなく、無抵抗なままやられて、残った生存意欲に自分が引き寄せられた。
そういう身体に憑依した。
なんで憑依したのかは今は置いておく。
まずはこの場から離れたい。
終わりが見えてきた。そろり、と地中から顔を見せるモグラのように顔を出し───
即座に引っ込めた。
顔を出した場所の横にあった壁は、たった今、小さいが“抉れた”ような傷が付いている。
「……っ!」
胸中に渦巻いていた不安が、一気に身体全体に伝播した。
身体が重く感じる。恐怖から尿意ですら感じる。手と足が次第に震え始めた。銃の乱射音しかしないはずなのに、耳には震えた歯が擦れる音しか聞こえない。
だが、目を背けてはいけない。
この場で戦闘が行われているということは、こちらに近づいてくる可能性があるということ。
無差別に攻撃してくる相手だったら終わりなのだ。
先ほどよりも下から見れるように、屈んで周囲の状況を覗き見た。
透き通るような青空の下でおこなわれていたのは、綺麗さとは程遠い銃撃戦。
片方はヘルメットを付けた、黒い制服を着ている女子高生。
もう片方にはそのヘルメットがなく、何処ぞと知らない青色の制服をつけた、マスクをつけた女子高生。……ヤンキー? 否、スケバンと見たほうが早いか。
女子生徒が撃ち合う状況に理解が追いつかないが、今は現実としてそれを受け止める。
やはり彼女らにも自分と同じように、頭上に輪っかが付いている。それも薄くだが。
この世界の人間の特徴として見るべきなのだろう。
周囲に鎮座している車の窓ガラスには撃たれた跡が残っている。コンクリートの周辺には割れた窓ガラスが放置され、その中で飛び交うのはやはり銃弾。
聞き慣れたくない音なのに聞いた事がある気がする。持ち主の影響だろう。
これが日常ということなのか?
そんなはずあるか。首を振って否定する。
なおも左右を見続ける。
こちらの様子には気づいていない。
銃を撃ち合う音はやはり慣れない。
戦況は……、すでに何分が経過しているのか。倒れている学生の姿が見える。
それも近くに。ヘルメットの正面、顔側に穴が空いている。
ただそれだけ。撃たれた痕がヘルメットにしかなく、弾丸が人体を貫通しているようには見えない。
「血が出ていない……?」
学生の制服は銃撃戦の影響でところどころ破れてはいるが、擦り傷や打撃痕だけが残っている。出血の様子は見られない。
丈夫な身体、ということか? どんな世界?
未来では霊長類がそこまで進化したということ?
死んでいるのか気絶しているのかわからない。
恐る恐る、腫れ物に触れるかのように心臓部、つまり胸元に触れた。
「動いてる」
次いで手首。
「脈拍もある。生きてる」
なるほど。
そこにあるのは頭を抱えたくなる事実。
身体の構造が根本から違うということなのだろう。
進化を遂げた新人類なのか。
じゃあ自分は? 自分の身体も同じなのか?
そう思えると安心感が……湧いてこない。
死んだ身体に憑依したのに何を安心したというのだろうか。
だってそうだろう。外傷と今の状況を推察するに、襲われたと考えるほうが自然だ。
目の前の学生たちは自分を巡って、あまり言いたくはないが、争っているということなのだ。
じゃなかったらこんな閉塞空間にまだ逃げているわけがない。
なぜ襲われたかは一度置いておく。
今はこの場から逃げることだけに集中する。
と、なると……やはりこうなるのか。
ゴクリと、喉が音を立てる。
無意識に行われた動作が、銃の騒音が広がる中、耳の中でこびりつくように入ってきた。
気絶しているヘルメットの少女は、当然ながら武装した形跡が残っている。
手元の近くには銃が無造作に放置されている。
「ふぅ……」
息を吐いた。胸中に渦巻く不安を抱くと同時に、初めて車を運転する時と同じような緊張感を感じた。
共通して、人を殺せる物を握るのだ。
驚くことに、故意的に人に向けなければならないのが厄介なところだが。
生き残るためには銃を手に持たなければならない。
すなわち、人を殺すという覚悟を持つということ。
つい昨日まで大学生活を送っていた自分がだ。戦争に巻き込まれることよりも奇妙なこと。
音を立ててはいけない。未だ喧騒の中にいるが、少しの音でこちらに視線が向くかもしれない。
腫れ物に触れるかのように、震える右手を意識的に操作し、拒絶反応に反発しながらグリップ部分を握った。
「重い」
中に銃弾が込められている。
補充を考えるのは欲張りか。女子小学生の身体だと銃は重く感じる。
銃にも種類はある。
サブマシンガンだとか、ライフルだとか、ハンドガンとか。
そんな知識は当然ない。ゲームで遊んだ経験があるとはいっても、かじった程度でしかないし、知識として保有していない。
というか、あったところでこの場で役に立つ保証はない。エイムアシストなんて現実には存在しない。
今に必要なのは人に銃を向ける覚悟。
例え、死なないという仮説が残っていても、生きるために銃口を向ける覚悟。
故に、重い。
引きずるように銃を手に持って後退りする。
扱い方がわからないので、誤射を防ぎつつ、こちらに銃口を向けないようにした。
鉄で出来ている。なので、冷たい。
グリップ部分は握った痕跡があって、少しぬめっとしている。
冷たい。尻から肌に感じる冷えた感覚が相まって、死を想起させた。
「…………」
先ほどまで顔を向けた場所に銃口を向けた。
いつ入ってきても撃てるようにするためだ。
尻餅をつきながら───発砲した時におそらくやってくるであろう、バックファイアに備えるため、反動を最低限押し殺すために。
肩より下で、銃の後ろ部分を押さえている。
右腕で抱えるように持ちながら、指の部分を限界まで引き伸ばす。そうして初めて引き金に辿り着いた。
時間が過ぎていく。いつやって来ても当たるように、体勢を保つのはやはりきつい。
喧騒は次第に沈み始めていく。
コツ、コツと。コンクリートを踏む軽い足音が複数聞こえた。
真正面。黒色の制服に身を包んだ、やや傷だらけの学生。首から上にはヘルメットを付けている。赤に黒と黒。
見ている感じ、赤色の方が地位は上なのだろうか。
そして、軍配はヘルメットの軍団に上がったらしい。
入って来た人数は3人ほど。基本同じ姿見のため誰が誰だか判別つかない。
「やりましたね、リーダー。今夜は美味い飯が食べれますよ!」
「子供を一人持っていくだけだし、コスパが良いよ、コスパが」
誰が喋っているのかは分からない。
スケバン集団との戦争を終えた集団がこの後のことを夢想している様子しかない。
コスパ? 犯罪が罷り通るのが常日頃という意味か? とんだ犯罪都市だ。銃社会でもここまで狂った世界観はなかなかないぞ?
やってきた異世界は、しかし言語の認識が正しく出来ているようで、というか日本語で相手の言葉を理解できた。
理解できたからこそ嫌悪感がより一層強く際立っているのだが。
構えていた銃を、手慣れない素振りではあるがヘルメットの集団に向けた。
「リーダー、この子向けてますよ、銃を」
「……は? あ〜……。倒れてる奴の? お嬢ちゃん? それ、置いてくれない?」
子供をあやすような声でこちらに向ける。
こちらを嘲笑混じりで話すそれに、自分はより一層強く、グリップ部分を握った。
気づけば呼吸は荒くなっている。それでも自制するように、冷静感を保つ。
「撃つ気ですよ、こいつ」
「クライアントには死ななければなんでも良いって言われてるし。気絶させる程度に撃てばいいか。さっきもちょっと眠らせたし」
「まさか邪魔者が来るとは思いませんけどね」
「同じように狙ってる奴らが多いってことだろ? ツいてるな、私たち」
すでに何回か、この身体は撃たれている。
イカれた世界観しやがって。
一度死んでるんだよこの娘は。
無意識に歯軋りしている。ギリっとした音は瞬時に闘争心を湧き上がらせた。
勇ましげに、声を大きく張って、見栄っ張りに虚勢を張る。
「来るな! 撃つぞ!?」
「撃てば?」
脅しの声に、返された反射の声。
撃たれても問題がない、平然とした常識が、狂った状況をより現実だと認識させる。
たかだか推定小学生の威嚇など、さして問題はないということなのだろう。
上等だ。右も左も分からない、何も分からない空間だ。死ぬよりかは抵抗した方がマシだ。
それにクライアントの指示がどうとか言っていた。
誘拐犯だ。自分をターゲットに仕向けられた刺客。それも複数人。スケバン集団のことを考えるともう何人かが私のことを巡って襲いかかってくるかもしれない。
抵抗しない限り、1秒後の未来は常に暗くなる。
弾があることは確認した。
人に向けて撃つ覚悟も固めた。
あとは、引き金を弾くだけ。
「……っ!」
引き金を弾いた。