ダンジョンマスター異世界侵略記   作:フリー123456789

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第15話 絶望と希望

 冷たく硬い肌触りと共にアルドリンの意識が浮上していく。

 

「どこだ、ここは?」

 

 重たい瞼を開くと、青白い石レンガでできた道が広がっていた。天井は高いが、横幅は狭く10人が横並びに戦闘隊形を取れるかどうかという程度だ。道に松明が無いにもかかわらず、辺りは薄暗くぼんやりと見ることができる。

 

 そんな場所にアルドリンを含む親衛隊がゴミを捨てるかのように倒れていた。

 状況を把握するためにアルドリンは直前の記憶を思い出そうとした。

 

―――セレネを目前にしていたはずだ。

 

 思い出したアルドリンは、目の前に居たセレネを探す。だが、どこにも見当たらなかった。

 

「セレネはどこだ?!」

 

 声を荒げ、床を力強く踏みしめる。

 己の怒りをぶつけた床は、傷一つ付くことはなかった。

 

「おい、説明しろ!」

「ぐはっ……」

 

 床で眠っている親衛隊に蹴りを入れた。その悲鳴と共に覚醒していく親衛隊。起き出した彼らであったが、一人残らず混乱している様子を見せた。

 

「おい、この状況を説明できる者は居るか?」

 

 混乱している親衛隊を他所に、疑問をぶつけるアルドリン。だが、返答は薄暗いレンガ道に広がる静寂だけであった。

 

「クソ……。一体、どうなっているのだ?」

 

 誰も状況を把握できていない現状に苛立ちが募る。だが、何もしなければ現状を打破することはできない。

 ここから脱出するためにアルドリンは命令を下す―――ことはできなかった。

 

 最初に聞こえたのは、カラカラと軽い何かが移動する音。その音は、時間が経つに連れ大きくなってくる。アルドリンは、自分たちに向かって何かがやって来ているかのようだと思い音がする方向へと向かった。

 

 アルドリンの予想通り、複数体の影が薄暗闇から現れた。

 人間大の骨。肉が付いておらず、ただ生者を呪うかのような鋭い眼光を連想させる髑髏。ある物体はただの拳、ある物体は錆び果てた剣を持っている。

 

「スケルトン……?確かに雰囲気は墓地のようであるが……」

 

 スケルトン。

 ゴブリンと対を成す低ランク魔物だ。攻略難度は低く、低ランク冒険者であっても対処することができる。多くは、大規模な戦場跡地や墓場にて出没することが分かっており、生者を憎み襲って来る。

 

 そんなスケルトンが出現したことからここが墓地だと思ったアルドリン。だが、通常の墓地は外に作られており、王侯貴族の墳墓でもない限りこのような空間は存在しない。そして王侯貴族の墳墓は、専属の墓守が日々スケルトンを討伐しているため野放しにされていることは有り得ない。

 

「おい」

「はっ!」

 

 アルドリンの近くに居た親衛隊は、前に出て剣を正面に構える。スケルトンの数は5体。対して武器を構えている親衛隊は1人。だが、誰も助太刀する様子を見せない。

 

 スケルトンたちは、無い脳を使ったのか中央に居たスケルトンが先頭を走り、残りの4体で兵士を囲うように展開する―――ことはできなかった。

 

 剣による一閃。ただそれだけでスケルトンたちは、ただの白骨へとなった。

 アルドリンは、バラバラになった残骸を踏み砕き、スケルトンの弱さを鼻で笑った。

 

「ここから出るぞ。≪伝言/メッセージ≫を使え」

「それが、誰も持っていません……」

「なんだと?」

「一部の装備と共になくなっております」

 

 外部と連絡を取るため親衛隊に≪伝言/メッセージ≫を使わせようとしたが、誰もスクロールを持っていなかった。それどころか、一部の親衛隊に至っては対セレネを想定した魔法耐性装備が剥ぎ取られていた。

 

「そのような知性を持つ魔物は聞いたことが無い。……つまり我々をここに呼んだ者が居る、ということになるな。それも誰にも気付かれることなく」

「……っ」

 

 アルドリンの呟きを聞いた親衛隊は息を吞んだ。そんなことが可能な存在が居るとすれば、Sランク冒険者レベルの化物ではないかと。

 そんな彼らの動揺を無視し、スケルトンとの戦闘により頭が冴えたアルドリンは現状について思考する。

 

(親衛隊の誰にも気付かれることなく……。本当にそんなことが可能なのか?いや、現状から察するにそうなのだろう。では一体、何者だ?セレネでは無いことは確かだ。直前のセレネは、疲労困憊の様子であったからな。仮に、私を欺くための演技だとしても、親衛隊全員を一気に相手取ることはできないはずだ。つまり、第三者の仕業となる。それも何かの目的のために、親衛隊の誰にも気付かれることなく、だ。セレネ以上の実力者、その者と敵対していることは確定に近い、か……。問題は何故、セレネに味方するのか。さて、どうすべきか……)

 

「進むぞ」

 

 思考することで現状把握と同時に冷静さを取り戻したアルドリンは、スケルトンが現れた方向へと歩みを進める。

 前方に20人、中間にアルドリンとクリフ、後方に残りを配置し、一歩一歩進んでいく。

 

 数分後。

 分かれ道も存在せず、壁沿いに直進し続けていると開けた場所へと通じていた。突然の開けた場所に訝しんだアルドリンは、前方に居た親衛隊の一人に偵察を命令する。命令を受けた親衛隊は、壁に背を擦り付けながらかがみ、必要最小限の体をさらけ出して辺りを確認した。

 

「なん、だ……。あれは……」

 

 攻撃を受けたわけでは無い。だが、それを認識した瞬間から親衛隊の心には、恐怖が渦巻き足を小鹿のように震わせた。

 叫ばなかったのは、親衛隊としての矜持故か、それとも叫ぶことさえままならない程の恐怖故か。いずれにしても、親衛隊は動くことができなかった。

 

「大丈夫か?」

「ひ、ひぃ……っ!」

 

 いつまで経っても戻ってこなかったため、連れ戻すためにやって来て放心している男の肩を揺らす。急に現実に戻された男は、恐怖のあまり悲鳴を上げた。

 遅れてやって来た兵士は、事態を深刻に受け止め動かなくなった兵士を羽交い絞めにし、後方へと下がった。

 

 少し離れていた場所から見ていたアルドリンは、その行動に不思議に思った。

 

「おい、どうしたのだ?」

「で、殿下、逃げましょう。まだ気付かれていません。逃げるなら今です……っ!」

「……バーキン確認してこい」

「はっ!」

 

 親衛隊の挙動がおかしいことに気付いたアルドリンはこの場で最も強いクリフに何が居るのか確認するよう命令を下した。

 クリフは先程、確認に向かった親衛隊と同じように壁に背を擦りながら慎重に前方に広がる空間を見やる。

 

「……っ!」

 

 そこに居たのは、クリフが見たことが無い3体の異形であった。いや、厳密にはそれに近しい魔物を見たことはある。

 

 1体は、鋼のようなブロックが積み上がり、巨大な人型のような形を成している異形。

 1体は、鋼の巨人をも超える巨大な樹木であり、伸びきった幹が顔のような物を形成している異形。

 1体は、クリフの腰ぐらいの大きさであり亜人種のハーフリングのような見た目をしているが、薄暗い場所でも分かるほど緑色のオーラを纏っている異形。

 

 それらが発する威圧感は、クリフが知っている魔物と比較するという域を超えた理解外の存在であった。それらが自分に気付かないように慎重に後退していく。

 

「どうであったか?」

「空間の奥に3体の魔物が立って居ました。どれも威圧感からAランク相当はありそうです。恐らく、親衛隊の半数は、戦闘不能になるかと」

「そうか……。撤退だ」

 

 何とか勇気を振り絞り、アルドリンの下まで戻って来たクリフは、感じたことをそのまま報告した。それに対し、アルドリンは激怒することなく冷静に受け入れ、後退の命令を下す。

 

(親衛隊は元冒険者とはいえ、DランクからBランク程度だ。装備込みでBランク上位と行ったところ。唯一、バーキンはAランクだが。バーキンの見立て通りAランク相当の魔物であれば、勝てはするだろうが余りにも割に合わない。その状態であれば、ここから脱出できたとしても私の権力基盤は揺らぐだろう。まずは、他に出口か無いか確認すべきだ。あれらに挑むのはその後からでも遅くない)

 

 来た道を戻りつつ、王国に帰った後のことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

「はぁ、はぁ。クソ。出口はどこだ……。まさか、先程の化物の所だとでも言うのか?」

 

 数時間前まで見せていた冷静なアルドリンは姿を消し、思い通りに行かないことに腹を立たせていた。遭遇する魔物たちはアンデット系のみであり、主にスケルトンである。そのため討伐自体は、簡単であったがあまりにも数が多すぎた。

 疲労する度に陣形を変え、ローテーションを組んで対処していたが、それも限界に近い。

 

 これがスケルトンだけであれば、まだ希望は見えていた。

 だが―――

 

「前方敵発見!す、スケルトン・ナイト複数!」

「クソ……っ。4人1組で確実に対処しろ!」

 

 鈍色の甲冑を身に纏い、錆びた剣に大楯を持った生気を感じさせない瞳と向こう側が見える腹。

 

 スケルトン・ナイト。

 Cランク冒険者パーティ―が総力を上げて攻略できる程度の強さを有している。親衛隊4人で対処可能レベルだ。

 しかし、度重なる出現に重ねここまでの間、長時間に渡り緊張し続けている。そのため疲労が蓄積し注意散漫となっている。本来であれば対処可能なスケルトン・ナイト相手にかなりの被害を出しており、3割近い負傷兵が出てしまっている。

 

「オオオォアアアアア!!!」

 

 一般市民が聞けば、絶望を感じる声を上げスケルトン・ナイトは突進してきた。人間よりも大きな体を使った突進は、実に効果的であり並の者であれば受け止めきれず吹き飛ばされるだろう。

 

「来るぞ!<鉄壁>!」

 

 巨体による突進を、全身を岩石のように硬くする武技<鉄壁>で受け止めた。動きを止められたスケルトン・ナイトは、目の前の生者を排除するために剣を横薙ぎに振るう。

 

「っ!」

 

 待機していた兵士が横薙ぎに振るわれた剣の間合いに入り、鍔迫り合いをする。その衝撃で火花が散った。衝撃の余り剣を落としそうになったが、それは文字通り死を意味する。鍔迫り合いを行っている兵士の人生史上、最大の根性を見せ耐えた。

 

「―――<斬撃>!」

 

 スケルトン・ナイトと兵士が決死の鍔迫り合いを行っている隙に、待機していた別の兵士が後方に周り縦に力の限り振り抜いた。

 

「ゴアァアアアア!!!」

「くそっ!」

 

 しかし、絶命には至らなかった。鍔迫り合いをしていた兵士を蹴とばし、後ろを振り向く。殺したと油断していた兵士は、まだ動くスケルトン・ナイトに動揺し武器を落としてしまった。落としたことに気付き、武器を回収しようとしゃがむ兵士。

 

 つまり、格好の的ということだ。

 

「ぐ、ぐわぁあああああ!!!」

「グフゥウウ……」

 

 無慈悲なる一撃。だが、スケルトン・ナイトの瞳には同情の色が浮かび上がらない。むしろ、先程やられたことをやり返すことに成功し、満足気に息を吐いた。

 

「うぉおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 間合いから少し離れた場所で隙を伺っていた兵士が突撃し、スケルトン・ナイトに向かって剣を突き刺す。勝利の余韻に浸っていたスケルトン・ナイトは、兵士の攻撃に気付き盾を構えるため振り向こうとした。

 

「こっちだ、クソ野郎ぉ!!」

「グウォオオ!!!」

 

 先程、スケルトン・ナイトに蹴とばされた兵士が大楯を弾き返し、胴体をがら空きにさせた。

 

「くたばれぇえええ!!!」

 

 勢いを殺すことなくスケルトン・ナイトに剣を突き刺す。続けざまに剣を振り上げ、胴体を縦半分にし駄目押しで横に一閃。

 

 遂にスケルトン・ナイトを絶命させることに成功した。死亡者1名、蹴りによる骨折1名、鍔迫り合いによる腕の麻痺1名、無傷1名という戦果は、決して喜べない。

 

「はぁ、はぁ。倒したぞ……」

 

 スケルトン・ナイトにトドメを指した兵士は、肩で息をしながら辺りを見渡していたが、途中で違和感に気付いた。

 

 腹部から剣が生えていたことを。

 

「な、なんだ、これ」

「フシュウウ……」

 

 兵士の返答は、腹の奥底から絶望を感じる唸り声と剣が生えた先から出てくる温かい血液だった。自身の運命を悟った兵士は、無駄な抵抗を止め後ろに居るスケルトン・ナイトに全てを委ねた。

 

 スケルトン・ナイトは、剣に付いたゴミを払うように兵士の体に蹴りを入れ、剣を引き抜いた。辺りには、兵士の血と臓器が散乱し異臭が蔓延する。次はお前だと言わんばかりに、スケルトン・ナイトは残っている親衛隊を見つめたが、不意に見ていた視界が真っ二つに分かれた。

 いや、正確にはスケルトン・ナイト自体が左右対称に綺麗に分かれていた。

 

「一手、遅かったか……」

 

 そう言うと華麗にスケルトン・ナイトを討伐した兵士―――クリフ・バーキンは息を吐いた。その息は、スケルトン・ナイト討伐での疲労ではなく親衛隊の被害規模を憂いての溜息であった。

 

 元Aランク冒険者であるクリフにとってスケルトン・ナイトは、注意していれば一人でも討伐可能な魔物だ。そのためクリフがスケルトン・ナイトと三連戦できるように親衛隊を動かしていれば、死傷者は少なかったのではないかという考えがクリフの脳裏に過った。

 

 そんなクリフの思いとは真逆の作戦を出したアルドリンは、不機嫌を表すように足を進めクリフへと近付く。待機命令に背き、動いてしまったことを咎められるのだと思ったクリフは、剣を鞘に戻し跪いた。

 

「殿下、この度は―――」

「ふんっ!」

 

 クリフの言葉を遮り顔を蹴る。親衛隊と共に訓練をしていたアルドリンの蹴りは、クリフが怪我をしない程度に、だが痛みは伴うぐらいの強さで正確な物だった。

 

「次は無いぞ?」

「……心得ております」

 

 そう言うとアルドリンは後方に戻り、親衛隊を指揮する。疲労が蓄積した親衛隊の動きは、鈍いがそれでも尚、通常の王国兵よりもスムーズに動きだす。

 

 アルドリンは陣形の中央にて、思考を巡らせる。

 

(バーキンは優秀だが、些か仲間思いな部分がある。何のために、体力を温存させているのか分かっているのだろうな?)

 

「もう一人、Aランク冒険者級の人物を手に入れられれば良いのだが……。いや、それよりも低ランク冒険者を親衛隊の需要に合わせて育てた方が良いか?変に実力がある分、主義主張が出てしまうからな……」

 

 思考が零れ、口に出してしまうアルドリン。陣形中央部に居る者は、気まずそうに顔を背け俯く。中にはクリフへの優遇に対し、不満を抱く者さえ現れた。

 確かに、実力的にはクリフを優先するのは正しいのだろう。だが、自分たちが時間稼ぎの為に乱雑に扱われることに対し我慢の限界はある。

 

 だからといって、歯向かうことはできない。何故なら親衛隊最強であるクリフがアルドリンに忠誠を誓っているからだ。仮に反乱しようものなら、一瞬のうちに沈められるだろう。先程のスケルトン・ナイトを華麗に討伐した姿を見て尚更この考えが親衛隊内での共通認識であった。

 

「俺たち、無事に帰れるのか……?」

 

 前方付近に居た親衛隊が話だす。士気を落としかねない言葉だが、誰もが思っていることだ。その呟きは、親衛隊の行軍音により陣形中央に居るアルドリンには聞こえなかった。しかし、前列後方に位置するクリフの耳には入っていた。

 クリフは、このままでは親衛隊の士気低下を招いたとして、処罰されると危惧し、弱音を吐いた兵士を注意しようと前へ進む―――ことはできなかった。

 

 親衛隊の行軍先に突如、巨大な黒い魔法陣が浮かび上がる。それを見たクリフは行進を止め親衛隊に警戒するように伝えた。

 

「何故進軍を止めた?」

「殿下、前方に突如魔法陣が出現しました。その警戒故です」

「魔法陣……だと?バーキン!直ちにこの場を離れるぞ!」

「はっ!」

 

 クリフの言葉にアルドリンは息を吞み退避命令を下した。

 暫定セレネ以上の実力者がわざわざ連れてきた場所だ。そこに突如、魔法陣が出現した。クリフが出した警戒レベルでは足りない。

 

―――だが、一歩遅かった。

 

 魔法陣は既に起動している。魔法陣はアルドリンが指示を出す瞬間に、高速回転し黒い稲妻を放ち少しずつ上へと上昇していった。魔法陣が上昇するごとに、その全容が明らかになっていく。

 

 黒曜石に似た巨大な枠が、地面に突き刺さるように縦に直立している。枠の中にはどこまでも黒く、触れた先から体が崩壊しそうな面が広がっている。枠の各所には、冒険者として日夜、魔物を討伐する者でさえ見たことが無いレベルの大きな魔石が埋め込まれていた。時折、紫電のような物が走り枠中央の黒い面へと魔力が流れているのが分かる。その動きはまるで人間の心臓のようであり、一般市民であれば見ただけで威圧されそうな禍々しい存在感を放っている。

 

「な、なんだ。これは……?」

 

 アルドリンの疑問に誰も答えることができなかった。Aランク冒険者として活躍していたクリフでさえも何が起きているのか理解ができなかった。誰もが魔法が放たれると思っていた。もしくは、新たな魔物が出現するのだと警戒していた。

 

 だが、現れたのは自然物としては余りにも異質で、人工物と言うには再現することができない代物だった。

 

(罠か?いや、罠にしては余りにも禍々しい。触れる者は居ないだろう。では一体……?魔法ではなさそうだが。……理解できないな。現れたからには何かしら意味はあるのだろうが―――まさか、魔物が出現する異界への門か?!)

 

「全員、戦闘態勢!目標、漆黒の門!」

『了解!』

 

 突然の巨大な枠の出現に動揺していた親衛隊であったが、アルドリンの言葉により気を取り戻した。

 

「殿下、門というのは?」

「あぁ、恐らくあれは異界より魔物が出現する門だ」

「まさか……」

 

 バーキンは有り得ないと口から出そうとしたが寸でのところで止めた。

 今回の王国と公国での戦争により発生するであろうスケルトン以上の数を討伐して尚、出現するスケルトン。その原因は、アルドリンの言う通り魔物が生息する異界に繋がっている門の影響だと考えれば理に適うとクリフは思った。

 

 だが、いくら経っても魔物が現れる気配がない。

 

―――殿下の思い違いでは?

 

 誰もがそう思いつつも、目の前の巨大な枠に警戒せずにはいられない中、それは現れた。

 最初に気付いた者は、アルドリンの側で待機していたクリフであった。冒険者として活動していた時、強い魔物が放つ圧と似たものを首筋に感じた。

 先程の化物たちが動き出したのか―――そう思ったクリフは、焦ったように後ろを振り向く。突然のクリフの行動に直ぐ後ろにいた兵士は、戸惑い声を掛けようとしたが、次の瞬間には目の前からクリフが居なくなっていた。

 

 突如、陣形の後方から伝わる衝撃音。硬い物同士の衝突音のような不愉快な音にアルドリンは耳に手を当てた。何が起きているのか確認しようと後方を見る。

 

 苦悶の表情をしたクリフと一体のスケルトンが戦闘をしていた。だが、スケルトンの容姿はアルドリンの知っているものではなかった。王が身に付ける貴族服が長い時間の経過により、汚れ傷ついたような見た目のローブ。極めつけに己が王であると主張する冠。

 

「何だあのスケルトン。隊長と互角だぞ……っ」

 

 誰かが呟いた言葉。それは、絶望を意味するものだ。

 

 クリフの剣がスケルトンの首へ向かう。その攻撃は剣のように硬い腕によって阻まれた。通常のスケルトンであれば、有り得ない光景に誰もが目を疑う。

 

 何度目かの攻撃の後、戦局を変えるためにスケルトンは大きく剣を弾いた。体勢を崩されまいと踏ん張るクリフであったが、骨とは思えない力に負け、体がぐらつく。それを契機と見たのか、スケルトンは腕を伸ばし五指でクリフの体に触れようとした。

 

「<縮地>ッ!」

 

―――何か不味いことが起きる。

 本能的にそう感じたクリフは、特殊な歩行法により瞬時に移動する武技<縮地>を使いスケルトンとの距離を空けた。

 スケルトンを見ると五指から紫色のオーラが浮かんでいるのが見える。

 

「放て!」

 

 アルドリンの声が響くと同時に、数えることができない程の矢が放たれた。クリフと互角に戦えるスケルトンに対して、何の変哲もない矢が当たるわけがない。

 勿論、そんなことは承知でクリフの戦闘を見た瞬間に、親衛隊の弓部隊に命令を下した。クリフとスケルトンとの間に絶えず矢を放つことで、少しでもクリフの体力を温存させようとしたからだ。

 

 クリフはアルドリンが作った僅かな時間を使い息を整えながら、討伐までの道筋を立てていく。

 

 だが、クリフに与えられた時間は本当に僅かであった。

 

 スケルトンが雨のように降り注ぐ矢へと腕を伸ばす。それは、クリフ程の実力を持っていたとしても、到底無事では居られない行為だ。だが、スケルトンは迷うことなく腕を突っ込んだ。そして体を矢の雨へ晒し、クリフの目の前まで移動した。

 

 スケルトンの体は、服にいたるまで無傷であった。有り得ない現実に親衛隊は、息を吞む。だが、そんな中でも絶望の色に染まらない者が居た。クリフとアルドリンである。

 

 クリフは思った。己が死ねば主君であるアルドリンや仲間である親衛隊が助からない。だからこそ、ここで勝たなければならない、と。

 アルドリンは思った。セレネを手にせずに、このまま死ぬわけにはいかない。今回の遠征によって発生した問題を処理する必要がある。こんなところで躓くわけにはいかない、と。

 

「うぉおおおお!!!」

 

 クリフが気合いを入れ、剣を正面に構えスケルトン目掛けて突き進む。

 

「そこのお前、門に入り異界を調査せよ。これは、我々が生き残るために必要なことである。生き残ることができれば、帰国後望む物を与えよう」

「お、俺ですか?」

「あぁ、光栄であろう。必ずや成果を持ってくるのだ」

「は、はい!」

 

 我武者羅に進軍しても出口には辿り着けず、スケルトン・ナイトが現れ全滅するだろう。それならば、一か八か目の前にある巨大な枠を調査し一旦、危機的状況を凌ごうと考えた。

 

 アルドリンから指示を受けた兵士―――トマス・グレンは何故、自分なのかと己の運命を呪った。アルドリンの指示に逆らえるはずも無く、長時間に渡る行軍により鉛のようになった足を引きずりながら巨大な枠へと近付いていく。

 

「……ッ!」

 

 先が見えない黒い渦のようなものに顔を近づけた。

 そこにはこちらを覗く者―――正確にはトマス自身が映っていた。急な事態に驚いたトマスであったが、記憶の中にこれと似た鏡という物があったことを思い出す。

 

「何をやっている!早くしろ!」

「は、はい!」

 

 トマスが呆けていると、アルドリンの怒声が聞こえた。文句が言いたくなったトマスであったが、続けて聞こえてきたクリフとスケルトンの攻防の音に体が驚く。

 

「クソ……ッ!やってやるよ!ここから出れたら酒池肉林だ!」

 

 トマスは、勢いを付けて巨大な枠へと突っ込んだ。それを見ていたアルドリンは、トマスが黒い靄に触れた瞬間に体が全て消えたことを確認した。

 

(やはり、異界の門であったか。あのお伽話は本当であったということになるな。帰国後は、伝承をまとめる作業が必要だ。それよりも今は―――)

 

「傾注ーーーッ!」

 

 アルドリンは己の喉が焼き切れる程張り上げ、声を上げた。クリフと互角以上の戦闘をするスケルトンを前にして絶望していた親衛隊がアルドリンに注目する。

 

「あの巨大な門だが、勇敢なる一人の兵士が調査中である!恐らく、いや確実に現実世界へ戻るための門だ!それまでの間、バーキン隊長の援護に回れ!弓を使える者は、継続して撃ち続けろ!その他の者達は、己の身を護り生き残れ!必ず、生きて帰るぞ!」

『了解ッ!』

 

 親衛隊の反応は様々であった。

 生きる希望を見出した者、アルドリンに心酔する者、ただの出まかせではないかと疑う者―――。

 ただ彼らの中には小さな、だがこの場においては大きな希望が芽生える。

 

 

 

 

 

「<斬撃>!」

 

 もう何度目か分からない武技の使用。武技には、魔力を使うタイプと体力を使うタイプが存在する。その中でも武技<斬撃>は、体力を消費する系統の代表例だ。剣、斧、槍、刀どの武器でも使うことができる。

 だが、基礎武技とはいえ、体力を著しく消耗する戦闘において体力消費型の武技は短期決戦になりやすい。たとえ元Aランク冒険者のクリフといえども、短期間に渡る連続使用は酷だ。

 

 だが、クリフは―――

 

「<二連斬撃>!」

 

 何度も―――

 

「<四連斬撃>!」

 

 何度も―――

 

「はぁああああ!!!<八連斬撃>!」

 

 <斬撃>を使用した。

 

 <八連斬撃>は、Aランク冒険者時代のクリフの代名詞とも言える武技だ。光の煌めきのごとく一振りで8回の斬撃を与える。これを食らって生き残った生物は存在しない。クリフの誇りとも言える技。

 

 スケルトンは8回の斬撃を鋼鉄のように硬い腕を使い防御する。クリフによる連続の斬撃はクリティカルヒットしたのか、腕にヒビが入り、顔の前でクロスしていた右腕が粉々に砕け散った。

 

 クリフとスケルトンの戦闘を見ていた親衛隊は、一歩前進したことに湧き生き残れる可能性を見出した。

 

「……いや、まだだ」

 

 だが、クリフは喜ぶことができなかった。

 破壊された己の右腕を不思議そうに眺めた後、クリフを見たスケルトン。

 

―――なんて圧だ。

 

 クリフのことを相手足り得ると判断したのか、スケルトンの瞳には、燃えるような赤い色が宿ったように感じた。

 

 スケルトンが何かを呟く。

 

 そのセリフをクリフは聞き取れなかった。これまで一切喋らなかったスケルトンが口を動かしたのだ。何かとんでもない魔法がやってくるのではないかと思い、防御の構えを取る。

 

「―――ッ!」

 

 横から気配を感じたクリフは、剣を横薙ぎに振るった。

 何かが崩れる音。足元を見るとそれは骨であった。

 

「次はこっちかッ!」

 

 続いて後ろから感じる気配。振り向きざまに蹴りを入れると、それも足元に骨として散らばった。振り向いたことで親衛隊の方へ向いたクリフは、そこで起きている後継に目を疑った。

 

 いつの間にか、親衛隊一人一人に2から3体のスケルトンが出現していたからだ。時間が経つに連れ、地面からスケルトンが一体、また一体と這い上がって来る。

 

「まさか、スケルトン・ロードだったとは……。だが、それだと納得がいく」

 

 スケルトン・ロード。その名の通り、スケルトンの最上級魔物であり、ランクでいうとAランク上位、過去にはSランクにまで達した個体まで居たとされる。

 

 Aランク一人で何とか対処できているところから、恐らくまだ生まれて間もないのだろう。このままにしておけば我が王国のみならず、海を越えた先にある帝国にまで被害が及ぶ。

 だが、スケルトン・ロードを倒す手段は今のところ持っていない。できることと言えば、配下であるスケルトン・ナイトを殲滅し少しでも戦力を削ぐことだけだ。

 

―――この情報を確実に殿下にお伝えし、対策を練らなければならない。

 

 不可能だ、と時間が経つに連れその考えが心を支配していく。

 

「バーキン!」

「殿下……ッ!」

 

 己の名を呼ぶ声にハッとしたクリフは、顔を上げアルドリンを見る。

 

「こっちだ!」

 

 アルドリンの声に導かれ、スケルトンの波を剣を出鱈目に振り回しながら突き進む。不思議とスケルトン・ロードは追ってこなかった。

 

 そしてクリフが気付いた時には―――群青色の空が広がっていた。

 

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