ダンジョンマスター異世界侵略記 作:フリー123456789
火の番をしていた『地を這う者』の4人は2人1組で交互に眠っている。睡眠不足が否めないが、持ち前の冒険者としての体力を押し出し体を動かした。
2時間置きに交代すること数回、王国の最東を守護する巨大な自然の要塞―――エルドレイク山脈方面から日が昇った。朝日はテント周辺を照らし中にいる者たちを気持ちよく起こした。
ハルはあくびをしながら固まった体を解すとテントの外へと出る。昨晩、鍋を囲んだ場所にはエドとレインがいた。彼らは談笑しながら周囲を警戒している。だからであろう彼らは直ぐにテントから誰かが出てきたことに気付いていた。
「起きたかサクラギ殿」
「あぁ、おはよう」
ハルが起きた後、他の者もテントから出てきた。テントに誰もいないことを確認するとガレンたちは幌を地面に打ち込んでいる枝から外し剥き出しになった荷台の骨組みへとかけていく。慣れた手つきで馬車を整備する彼らを見て、幾度も護衛任務に携わって来たのだろうとハルは思った。
幌が張り終わると昨日と同じように、荷台にハルとジャックが乗り込み馬車を囲うようにしてガレンたちが展開した。
「はぁー……暇だ」
ハルの鬱々とした呟きと共に馬車は動き出した。
◇
野営と進行を繰り返すこと数日。ここまでの道中、何度か魔物による襲撃があった。ガレンたちは苦戦する様子を見せることなく魔物が出現するたびに殲滅していった。彼らが余裕を持って対処できたのは、ひとえに低ランクのゴブリンしか姿を見せなかったからだ。それも単独もしくは多くても4体の群れであった。
仮に、ゴブリンよりも高ランクの魔物―――DランクもしくはCランクの魔物が出現したらどうなるだろうか。
馬車が森の中を通過する。森を住処とする魔物は多いため索敵役のミナとレインはいつも以上に警戒していた。
「止まって」
ミナは腕を地面と平行に伸ばし馬車を止めた。御者に止められた馬はブルルッと鳴くと歩みを止める。ミナは馬車の進行ルートの先にある木々の間から何かいることを感知した。
「何体だ?」
「……分からない。10体以上いる」
レインが弓を下に構えながらミナに尋ねる。正確な数は把握できなかったが、答え合わせは直ぐにできた。
木々の影から出てきたのはジャック以上の巨体。まるでそこらに生えている大木を丸々引っこ抜いたかのような棍棒を持っている。魔物にも恥じらいがあるのか腰には何かの皮を巻いていた。ゴブリンの進化系と言われているCランク魔物―――<大鬼/オーガ>。スケルトン・ナイトと同格の存在が我が物顔で森を歩いていた。
「オーガとゴブリンだ。まだこっちに気付いた様子じゃない」
「数が多いであるな。先にゴブリンを殲滅。その後にオーガを確実にやろう」
「了解」
ガレンとエドの会話にミナたちは賛同した。彼らの前に現れたのはオーガと15体のゴブリンの群れだ。ゴブリンは王を守護する兵のようにオーガ周辺を囲んでいる。よく見るとゴブリンたちの中には、人間から奪ったのか鉄製の武器を携帯していた。
「助けはいるか?」
「大丈夫です。護衛対象者から助けてもらっては面目がありません」
馬車が止まったと同時にハルとジャックは外に出ていた。ジャックは敵の数が多いことを確認するとガレンに助けが必要か尋ねた。しかしガレンは丁重に断った。彼の言葉通り護衛対象者から守られてしまっては面子が保たれない。それ以上に護衛対象者に手伝わせては今後、護衛任務を受け辛くなってしまうかもしれない。
確かに数は多いが、対処できない数ではない。ガレンはそう心の中で呟くと剣を鞘から引き抜き正面に構える。
戦闘の準備を終えた彼らとは対照的に魔物の群れは未だ気付いた様子を見せない。
先手必勝―――そう言わんばかりにレインは弓を天高く構える。
「<矢の雨>ッ!」
レインの武技<矢の雨>により放たれた1本の矢が分散する。ゴブリンたちは大きな耳で風を切り裂く音を察知するとそちらへ顔を向けた。しかしゴブリンたちが認識する前にその頭を正確無比に撃ち落としていった。
「ギギギ!」「ギギギ!」
「来るぞッ!」
矢の雨から逃れたゴブリンたちが怒りの声を上げながら走り出す。数秒の間にゴブリンとレインの距離は詰まって行く。足の速い個体が2体、他のゴブリンよりもレインの下に辿り着いた。弓を構える時間は残されていない。だが彼には頼りがいのある仲間がいる。レインの影から2振の短剣を逆手に構えたミナが飛び出した。
「<双剣斬撃>ッ!」
「ギギギ……ッ」
短剣が上段からゴブリンの腹目掛けて振り下ろされた。2体のゴブリンが倒れたことで猶予が生まれる。その隙にエドがパーティ―に向けて杖を構えた。
「≪下級強化/レッサー・ストレングス≫」
「ありがとう。よし行こうッ!」
『おう!』
ガレンの鼓舞にパーティーは声を揃えて答えた。ゴブリンの群れがやってくる。
「ギギ!」
槍を持つゴブリンがミナに速い突きを刺す。ミナは短剣を順手に持ち頭上でクロスさせ、槍を空へ受け流した。槍が短剣が重なった角を滑り金属音と火花が生じる。
「せいッ!」
ミナは火花を肌で感じながら足でゴブリンの腹を蹴り上げた。槍以外装備をしていないゴブリンの体は軽い。蹴られたゴブリンは後方へ飛ばされ、他に走って向かっていたゴブリンたちとぶつかる。
「ギギ!」
「ギギギ!」
言い争っている様子だが、冒険者であるガレンたちにとっては格好の的だ。
「<疾走斬り>ッ!」
ガレンの姿がブレると数舜の内にゴブリンとの距離を詰め剣で複数体の腹を貫いた。彼らの猛攻は止まらない。ガレンが行動する際、ミナも同時に動いていた。ガレンの背中に張り付くことで風の抵抗を最小限にし、残っているゴブリンの群れへと全速力で走り出す。
「<双剣旋風斬撃>ッ!」
「ギギ……ッ!」
範囲攻撃を可能とする<旋風斬撃>を2振の短剣で行うことでより広範囲に攻撃を広げる。扇状に繰り出された斬撃はゴブリンの群れを絶命させた。もちろん、リスク無しに成し遂げることはできない。エドの魔法支援、身軽な装備、最小限まで体力を温存して尚、ミナは体力切れ間近であった。
「はぁ、はぁ……」
「ミナ、回復は必要であるか?」
「いや、私よりもガレンとレインにお願い。それにオーガ相手だと私に強化を掛けても討伐できないだろうし」
「確かにそうであるな―――≪回復/ヒーリング≫」
エドは同じく体力を消耗していたガレンとレインに≪回復/ヒーリング≫を掛けた。この魔法には傷と体力を回復する効果がある。2つの効果を併せ持つため同位相の中でも魔力消費量は多い。エドは魔法を唱えた後、ベルトに通している袋から小瓶を取り出し素早く飲み干すと、再び杖を構えるために空瓶を地面に捨てた。
「ありがとうエド。残りはオーガだけ。皆、行く―――」
「グラァアアアアアアア!!!」
「来るぞッ!」
ガレンの呼びかけをオーガが止めた。いち早く気付いたレインが弓を即座に構える。
「<急速狙撃>ッ!」
エドの強化が入った状態での武技<急速狙撃>。矢の速度は<矢の雨>を越えオーガの頭目掛けて疾走する。だが、オーガはレインの狙撃を見切り丸太のように太い腕で頭を守った。矢は腕に突き刺さるが、オーガは怯んだ様子を見せない。むしろ痛みを誤魔化すためにさらに大きな雄叫びを上げ突進してくる。
次に仕掛けたのはエドだ。エドは杖をオーガに向けると魔力を練り上げると魔法を詠唱する。片手を広げた程度の深紅な魔法陣が形成された。
「≪火炎球/ファイア・ボール≫」
「グラァ!」
「な、なに……ッ?!<流水>だと……ッ?!」
当たれば致命傷になるであろう魔法。オーガは棍棒を振り払い魔法を受け流した。その動作はまるで武技<流水>のようでありエドは驚きの言葉を口にした。それは他の者も同じであり誰も魔物が武技を使うとは思っていなかった。
「<鉄壁>ッ!」
呆然とするパーティ―の中でいち早く正気を取り戻したガレンは、壁のように硬くなる武技<鉄壁>を使いオーガの突進を迎え撃つ。
オーガは棍棒を横薙ぎに振るった。衝撃が体全体に走った。恐らく<鉄壁>を発動しなければ大怪我では済まなかっただろう。ガレンは痛みに耐えながら反撃の一手を打つために剣をオーガに向ける。
だが、オーガはガレンを無視してそのまま突進した。エドとレインはそれぞれ武器を構えオーガの動きを止めようとする。そんな彼らをもオーガは相手することなく突進を継続した。
その時点で彼らは察した。最も多くの仲間を殺したミナの息の根を確実に止めようとしていることに。
「ミナ、回避!」
「ガァアアアア!!!」
「い、や……っ」
正解だと言わんばかりにオーガはこれまでで一番の雄叫びを上げる。そして左手を前に伸ばし右手に持つ棍棒を大上段に構えた。パーティ―の中で最も素早いミナだが戦闘による疲労と必死の雄叫びに怯み体が上手く動かなかった。
喉が裂ける程ミナの名を叫ぶガレン。オーガの注意を引こうとするエドとレイン。ミナは徐々に視界を支配する棍棒を前に仲間の声を遠く感じていた。
―――落雷のように地面を走る音さえも。
何者かがオーガとミナの間に入り込む。風で靡くマントから左腰に携える真っ白な獲物―――刀が露わになった。既に鯉口は切っておりほんの少し露わになった刀身から雷が走っているのが分かる。それは地面に固定するように力強く踏ん張り刀を握った。
「雷光一閃」
オーガとは対照的に下から上に振り上げられた刀は雷を彷彿とさせる魔力を纏いながらオーガを左右真っ二つに切り裂いた。オーガを見事に斬り捨てた者は、余韻に浸ることなく刀に突いた血を振り払い鞘に戻す。そして振り返り地面に力なく座り込むミナを見た。
「怪我は?」
「大丈夫、あ、ありがとう……サクラギ」
「無事で何よりだ」
サクラギ―――ハルはマントを外すとミナに掛けた。ハルの行動に一瞬、理解が追い付かないミナであったが、直ぐにその意味に気付き赤面した。ミナは掛けられたマントを握り言い訳を並べようとする。だが、それは彼女に駆け寄る仲間により遮られた。
「ミナ!大丈夫か!」
「う、うん大丈夫。サクラギが助けてくれたから」
「サクラギさんありがとうございます。助かりました」
ガレンはハルの手を取ると頭を下げ感謝の念を伝えた。いつまで経っても離さない彼に呆れたハルは手をぶっきらぼうに振り払った。だが、ガレンは嫌な顔一つしなかった。
「すまなかったである。私がミナに≪回復/ヒーリング≫を掛け渋ったばかりに……」
「いや、いいよ。あの状況だと私よりもオーガを倒せるガレンたちに魔法を使うのは当然だし。それにまさかオーガが武技を使うとは思わなかった」
「そうだね。武器を扱う強い魔物の中には、武技を使うものもいるとは聞いたことがあるけど……」
「確かに俺の攻撃も本来なら腕を打ち落とせたと思ったんだが」
ガレンたちはミナの無事を確認すると先程の戦闘を反省した。彼らは決して油断していたわけではない。むしろ本来であれば対処可能なオーガを確実に討伐するために行動していた。ただ不運なことにオーガが異常に強かった。そのままであればミナは地面に叩き潰されガレンたちも無事では済まなかっただろう。だが、彼らは生き延びた。
ガレンたちはオーガ戦の功労者であるハルを見た。ハルは自身が殺したオーガを観察するように見つめていた。ハルは彼らの視線に気が付くとどうしたと言いたげな表情を見せた。
「サクラギ殿。先程の技は一体……オリジナルの武技であるか?」
「あぁ雷光一閃か。未完成の武技だ」
(ステータスの暴力と武器の能力でやってるから武技じゃないんだよなぁ。でも俺も技叫んでみたかったし……いつか武技使えるようになれたらいいなぁー)
ハルは鞘を指でなぞると未完成の武技に対して不満の言葉を呟いた。
「いやいや、十分でしょ!」
「そうですよ!オリジナル武技を作れるならAランク冒険者になれますよ!」
「……そうか」
ハルとは対照的に興奮気味に話すレインとガレン。他の仲間も同じらしくハルに対して称賛の声を上げた。冒険者が憧れるAランクに昇格するには、オリジナルの武技を開発する必要があるという。それを知っていたガレンたちはハルにもAランク級の実力があると確信した。
(……ジャック。なんで教えてくれなかったんだよ……)
変に目をつけられたことに面倒がるハル。ジャックは不満気に見つめられたことに冷や汗を流す。
(ま、いっか)
ジャックの内心を知る由もないハルは直ぐに切り替えると馬車の方へと戻った。
「あ、あんた…強かったんだな」
「まぁ、それなりにだ」
御者がガレンたちとは異なりハルに怯えた瞳を向けた。ハルは特に気にすることなく適当に返すと荷台に上がった。
◇
オーガ戦の後、馬車は数分経たずして森を抜け草原に突入した。ここから先は王国兵士が定期的に魔物を狩っているため比較的安全地帯となっている。戦闘の疲労を癒やすために、ガレンたちは1人ずつ交互に索敵を行った。
だがそれも王都へ続く列の最後尾にたどり着くと警戒を解いて彼らも荷台に上がった。通常の護衛依頼ではあり得ない行動だ。
ガレンはさすがにジャックの怒りを買うのではと思いヒヤヒヤしていた。だがジャックはガレンの思惑と裏腹に招き入れるとエド、レインの2人と冒険者としての心得を語り合っていた。
ジャックは彼らと親睦を深めながら気になっていたことを口にした。
「ところで何でパーティー名が『地を這う者』なんだ?」
「あぁ、それですか。私とミナの生い立ちがそのまま反映されているんです。実は私とミナはスラム街出身なんです。今まで泥水を啜って生きていました。冒険者になれば良かったのですがそのような知識も無く……。そんな時にスラム街にやってきた変わり者がいたんです」
「私であるな。神聖魔法の練習として向かっただけである。善意ではない」
「それでもエドに助けられたのは事実だよ……といった感じで私たちはエドと出会ってパーティーを結成しました」
「ちなみに俺はパーティーを結成する時に偶々、ギルドにいただけなんだ。それが今やBランクパーティ―だからな。運がよかった」
(ふーん、スラム街ねぇ。人攫いも横行してそうだなぁー)
ハルはいつの間にか隣に座っていたミナを見ながらエターナル・ヴェインの運営に使える情報だと思った。ハルに見つめられたミナは、隠すように口を開いた。
「サクラギたちはどうしてパーティ―を?」
「俺たちの場合はゲートに潜るために即席でパーティ―を組んだだけだ。まぁ、俺とサクラギは相性がいいらしい。これから正式にパーティ―を結成するつもりだ。2人組だけどな」
「普通なら2人パーティ―は役割分担の面で少ないですが、お二人の実力なら問題なさそうですね」
ミナの質問もジャックたちの会話に吸収され、ミナとハルの間に静寂が漂った。
ジャックたちの会話も佳境に入った頃、ハルたちが乗る馬車がようやく門前にたどり着いた。門の両サイドには円柱が立っており、柱の間にはいつでも降ろせる格子状のゲートが門の天井に吊るされている。ゲートの下部は尖っており勢い強く降ろせば、どんな生き物であろうともひとたまりもないだろう。円柱の中は門の上部に繋がる螺旋階段と門番の詰所となっている。
───堅牢。この言葉が相応しいと道行く人々が思うのが常だ。
「次の者!」
門番の内の1人が腹から声を出した。他の門番は、前の者が王都に入ったのを確認すると長槍をクロスさせ門を塞いだ。ここから先は誰も何者も通さないという意志を感じる。
御者は慣れた手つきで門番まで近付くとグレタから渡された冒険者ギルドの遣いを示す小道具を取り出し門番に提示した。
「冒険者ギルドの者か。荷物は何だ?」
「護衛対象者です」
「人間か。貴族ではないな?中にいる者も外に出ろ!」
「な、何を……ッ?!」
御者はいつもと異なる門番の態度に驚きを隠せなかった。冒険者ギルドはアルドリンの政策により王国特に王都では優遇されている。そのためこのような横柄な態度を取られたことは無かった。
門番は御者の静止をものともせずに馬車の荷台へと周り中を確かめる───前に屈強な大男が馬車から降りてきた。
急に現れた巨漢に門番は緊張した様子を見せる。だが、今の自分は王国兵士という身分を纏った人間だ。この状態であれば時には貴族をも超える。
門番は己を奮い立たせると巨漢───ジャックに声を震わせながら口を開いた。
「か、階級の提示をお願いする」
「ほらよ」
「え、Aランク……ッ!」
「ちなみに中にいるのは俺のパーティ―メンバーだ。入都税は免除でいいよな?」
「あ、あぁ。勿論だ」
目の前にいる人間は見かけ倒しではなく冒険者として最高の実力を持つ証を提示した。緊張がピークに達した門番は、ジャックの言葉の通りに従った。御者は以前来たときと異なる門番の態度に疑問を抱きつつも馬を操作し王都に入った。
王都に入るとまず目についたのは丘上に見える城───エルドグレイス城だ。城内には王族が住み王国の政治を司る宮殿がある。王国における最重要地だ。城の周辺にはいくつもの大きな建物がある。それらは貴族や一部の商人が住んでいる。
そしてハルたちが進んでいる道沿いには、飲み屋、服屋、道具屋、肉屋など庶民が日常で利用する商会が立ち並んでいた。その数はゲート街を越えており正に賑やかという言葉が相応しい。
王都に入ってから馬車を降りたハルは、直接視界に入る情報に対して現実世界の懐かしさを感じていた。
「これが王都か」
「サクラギさんは初めてですか?」
「あぁ、初めてだ」
ハルは思わずといった様子で呟いた。そんなハルの様子に気付いたガレンはハルに尋ねた。
もっともハルは既にスカイ・オーブを使い王都の全体像を空から掴んでいた。だが、実際に目にするとまた違う視点で見れる。ハルはエターナル・ヴェインの影響力を上げる序に観光も悪くないと感じた。
王都の雰囲気に思いを馳せるハル。ミナは初めて感情らしいものを露わにするハルを見て微笑んだ。仲を深めるために、王都についての知識を伝えようとミナが口を開く───よりも前に彼との旅が終わりを迎えた。
「お疲れ様でした。私たちはここまでとなります」
「そちらこそ、お疲れさん」
「世話になった」
そう口にするガレンとジャック、そしてハルの3人。既に馬車は王都の宿屋へとたどり着いていた。今回の依頼は護衛対象者をここまで護り通すことだ。ガレンの言う通りここでハルたちと別れることになる。
「いえいえ。貴方はミナの命の恩人です。感謝してもしきれませんよ」
「そうか」
ハルはガレンの言葉に相変わらずぶっきら棒に返答した。最後まで変わることのなかった態度だがこれ以上聞くことができなくなるのだろう。ミナは、堪らずといった様子でハルに話しかけた。
「ね、ねぇ。サクラギ」
「どうした?」
「私たち……また会えるよね?」
ミナは心臓が張り裂けそうになりながらか細く呟いた。高くなる鼓動とは裏腹に声は小さく聞き取りづらかったはずだ。
だが、ハルは正確に聞き取った。
「運が良ければまた会えるだろう」
「そ、そっか!そうだよね!これから私たちはゲート街に戻る予定だよ。サクラギ、ゲート街でまた会おうね!」
「……長生きしたければゲートに潜らないことをお勧めする」
いずれまた会える―――ミナはその言葉を聞くと心に折り合いを付けて胸の内に広がる感情に蓋をした。だが、この感情は決してこのままにしない。ミナは次会う時までに、彼のお眼鏡に適うよう努力することを決意した。
そんなミナとは対照的にガレンは、冷静に先程の真意について尋ねた。
「サクラギさん。どういうことですか?」
「単純な話だ。ゲートは死亡率が高い。生きて再会したいならゲートではなく外の世界でいつもと同じように魔物を狩っていた方がいい」
「それは無理な話ですよ。私たちは冒険者ですよ?よりお金を稼げるならそっちに行きます。それに私たちは4人組で攻守が万全なパーティ―。先程は助けていただきましたが、スケルトンしか出ないゲートに遅れは取りませんよ」
ゲートの死亡率についてハルに突きつけられたガレンであったが、彼らに変更する兆しは見えない。ハルは溜息を零すとガレンたちに背を向けた。ジャックはハルの隣に移動し、一緒に宿屋へと入っていく。
「……じゃあな」
「お二人もお元気で!」
「またねー!サクラギー!」
ハルはミナの言葉を聞くと宿屋の扉を閉めた。
宿屋には既に連絡が入っていたらしくハルたちは、部屋までスムーズに案内された。案内された部屋には簡易的なベッドが2つと机と椅子、クローゼットが人数分セットされていた。
ハルはベッドに腰掛けると部屋の奥にある窓から外を眺めた。外からは馬の鳴き声と共に移動する音が聞こえる。
「よかったのですか?お気に召したのであれば<支配>すればよかったのでは?」
ジャックが跪きながら窺うように言った。ハルは「はぁー」と長い溜息をつきベッドに体を預けた。綺麗な部屋だが、天井の隅まで掃除が届いてなかったらしい。隅にできている汚れを見ながらハルは呟いた。
「アルファと<支配>は乱用しないって決めたからなー。それに……」
「それに……?」
「あいつらの中でレアなスキルや特性を持ってそうな奴いなかったし」
「……なるほど。流石、マスターでございます」
(珍しそうなスキルか特性でもあれば別だったんだけどなぁー)
その言葉を最後にハルは再び口を閉ざし窓の外を眺める。時折、風が窓を叩き静寂が広がる部屋に音をもたらしたが再び静けさが広がった。
日が暮れるまで時間が進んだ頃、「ふぅ」という溜息とともにハルはベッドから飛び起きて口にした。
「それじゃ、冒険者ギルドに行こうぜ!案内よろしく!」
「かしこまりました」
先程までの雰囲気とは打って変わって明るいいつものハルへと戻った。
◇
ジャックの案内に従いハルは王都を歩く。王都の道はゲート街とは異なり舗装されているため雨の日でも泥が跳ねてズボンや靴が汚れる心配がない。ハルは道行く王都民を観察しながらそう評価した。
「ジャック。ここにゲートが出現したらどうなる?」
「そうだなぁ、恐らく王国兵が本腰を入れて潜って行くんじゃないか?」
ハルが歩いている道には他にも人が利用している。だが、彼らの話題について誰も違和感を抱かない。転移ポータルについては既に王国内で広まっており冒険者をはじめとして商人や一部の貴族の間でホットな話題となっているからだ。
「より多くの人間が潜ることになるのか」
「王都は冒険者の数が少ない。エル・ラインよりも脅威度は段違いだろな。本格的に潜りにくるだろう」
「なるほど」
(質を取るか量を取るか。Cランクよりは弱いだろうけど、大量の兵士を取り込むことができるかもしれない。うーん、悩みどころだなぁー)
エターナル・ヴェインは魔力保有量状況から最終階層と第一階層をメインに運営していた。だが、『冒険者誘致作戦』を実行したことで冒険者が潜るようになり漸く第二階層を起動できるようになった。既に第一階層と第二階層を繋ぐ空間に配置していたガーディアンは撤退している。そして第二階層のポップ魔物は十分に用意済みだ。エターナル・ヴェインは着実に次の段階へと進んでいる。
より多くの魔力を吸収する案として出た―――ハルが提案したのが新たな転移ポータルの設置だ。ハルの提案に対してエターナル・ヴェインの安全と安定を第一に考えているアルファたち大臣は否定的だった。異世界の平均レベルが低いとはいえ、侵入経路の増加は極僅かでも危険を及ぼす可能性があるからだ。
だが、意見はすれども最高権力者たるマスターの意志に背くことはできない。最終的により多く自由に扱える魔力を確保するためにハルの提案が可決された。
(まぁ、でも王都にはAランクが多いらしいし?そいつらが頻繁に潜ってくれたら魔力もウハウハだよなぁー)
ハルは新たな転移ポータルの設置場所として王都を候補に挙げている。これまでの情報からAランク冒険者は王都に留まることが多いことが判明したからだ。
ハルの表情が緩和したことに気付いたジャックは、悦びに震えながら3階建ての大きな建物へと辿り着くとハルの方へ振り返った。
「ついたぜ。ここが王都冒険者ギルドだ」
「ここが……」
呟きながらハルは両扉を押し開けた。王国内の全冒険者ギルドの本部、王都冒険者ギルド。その名に相応しくギルド内では鉄製防具や多種多様な武器を装備した屈強な冒険者で賑わっている―――ことはなかった。
ギルドに入ると扉から一直線に受付がある。その左隣には大きな掲示板が見える。ギルド右端には階段があり入口から2階の様子が見える。そこには丸テーブルがいくつもありおそらくパーティ―の会議場や依頼交渉の場として使われている。
王国ギルドの本部としての格は相応しい。だが、そこにはゲート街冒険者ギルドのような活気はなかった。
ある意味で呆気に取られたハルとは対照的にジャックは慣れた手つきで受付へと向かった。
「ようこそ。王都冒険者ギルドへ」
「これを」
「……少々、お待ちください」
ジャックは一言二言受付に告げるとハルの下へと戻る。その頃にはハルも正気を取り戻しギルド内を散策―――主に掲示板を眺めていた。
「地下道の掃除、引っ越しの手伝い、日雇いの門番。まともな依頼はほぼないな。護衛依頼はちらほらあるが」
「あぁ、その通りだ。王都周辺は魔物が湧かない―――正しくは王国兵が間引いているから冒険者らしい仕事はほとんどないな」
「そうなのか」
エル・ラインにはアヴェリス公国との紛争からアンデット多発地域であった。そのためもとより冒険者としての依頼も多い。それに加え転移ポータルの出現に合わせてゲート街が誕生したことでより活気付いている。だが、王都には魔物に立ち向かう依頼というよりも王都民の日常生活における依頼が多くまるで万屋扱いだ。
英雄譚や未知との遭遇、金銀財宝を夢見る冒険者とは相容れないだろう。ハルはこれまで触れてきた冒険者たちからそう結論付けた。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
掲示板を見ていると受付の奥からジャックが話しかけた受付嬢とは違う女―――カティア・ロウランがハルとジャックを呼んだ。カティアはハルたちを連れて受付の奥へと進み1つのドアの前まで辿り着いた。
ドアの先にはジャックと遜色のない巨漢―――ガルド・ヴァレンが足を組みハルたちを出迎えていた。
「お前たちだな。スケルトン・ロードを討伐したという奴は」
ゲート街冒険者ギルドマスターのグレタとは別のベクトルで圧力を感じる声。ガルドの場合、元Aランク冒険者ということもあってその圧力に確かな裏付けがある。もっともこの場に、ガルドの圧に負ける者はいない。
「それにしても随分と遅かったな。昼頃には到着予定だと聞いていたが」
「日付通り着いただけでも儲けものだろ?2,3日前後することだって不思議じゃない」
ジャックはそう口にすると客人用に用意されているソファへと深々と座り背もたれに手を掛けた。その様子を見たガルドは苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
「……『切り裂き』ジャック」
「おいおい。どうなってんだ?ギルマスたちってのはこうも俺が信用ならないのか?」
「ふんっ。お前の本性を知っていれば誰だってそうなるはずだ」
「ほう……。俺の本性ねぇ。教えて欲しいもんだぜ」
「……」
執務室に無言の圧力が広がった。窓が軋む音がしたが、それがAランク同士の睨み合いが原因か将又風が吹いたからなのか分からない。
緊張が走る中、カティアは額に若干の汗を流しながら口を開いた。
「マスター。睨み合いが目的ではありませんよ。話を進めましょう」
「確かにな」
カティアの言葉にいち早く反応したのはハルだった。ガルドはハルの方へ視線を向けた。ノーマークというわけではなかったが、ジャックが部屋に入った時から意識がそちらに向いていたため不意打ちのような形になった。
「うん……?そういえばお前はFランクのサクラギだったな」
「そうだ。エル・ラインで冒険者登録をした」
「それまでは何をしていたんだ?」
「南方諸国で商会の専属護衛を行っていた。商売していた国が戦争に巻き込まれたんでな。一番近いアヴェリス公国に北上したつもりだったんだが。いつの間にかそこも滅んでいたから王国まで来たってわけだ」
「……それは災難だったな」
「あぁ、災難だった」
そう口にするがハルの様子からはどこにも悲惨さを感じることはできない。そういう性格なのか、単純に何とも思っていないのかガルドは判断できなかった。ガルドはこの場において未知な存在ともいえるハルの情報をさらに得ようとした。
「ところで何でジャックとパーティ―を組んでいるんだ?」
「あぁ、それは―――」
「おいおい。あまり詮索するのは止めてもらいたいな。俺たち冒険者だぜ?」
「……そうだったな」
冒険者はギルドに所属している。依頼の受注や魔物の討伐、収集アイテムの報告など提供する義務があるが、パーソナルな部分までは含まれない。冒険者ギルドの原則を使いジャックは華麗にガルドの追及を逸らした。
ジャックの言い分も真っ当であるためこれ以上、探ることはできない。ガルドは諦めて本題へと入った。
「ゲート街のギルマスからの書簡を読んだ。鑑定するから魔石を渡してくれ」
「素材受付でやるんじゃないのか?」
「あそこでは簡易的な鑑定だけだ。より精密にやるなら人間よりもマジックアイテムの方がいい」
「そうなのか―――これがその魔石だ」
ハルはガルドの説明を受けると腰に付けた麻袋から大きく赤黒い魔力の塊―――魔石を取り出した。貴重な魔石の取り扱いに不満を覚えたガルドであったが、それも魔石が放つ高魔力を感じると無くなっていった。
「これが……『国堕とし』」
そう言うとガルドはデスクの引き出しからケースを取り出す。ケースの中には白縁のフレームに光を反射する白いガラスがはめ込まれた道具―――モノクルが入っていた。ガルドはモノクルを徐に付けると「鑑定」と呟く。
「……お前たちが卸した素材だが―――スケルトン・ロードに間違いない」
「当たり前だな」
ガルドの重々しい態度とは対照的にさも当然の如くジャックは言い放った。ハルに至っては魔石の真偽よりも鑑定に使ったモノクルに夢中だった。
「Aランク上位の魔物、それもスケルトン・ロードだ。素材は魔石だけだがこれだけでも金貨、いや白金貨―――」
「おいおい。何度目だ?いい加減にして欲しいぜ」
「なんだ?何か不服なことでもあるのか?別に討伐に関しては疑ってないぞ?」
「そんなこと当たり前だ。それよりも一体、いつ俺たちが魔石を売るなんて言ったんだ?」
ガルドは心の中で舌打ちをした。エル・ラインに張り出されている依頼には、ゲートの調査が記載されている。進んだ場所で見たこと、戦った魔物の数や種類を報告することで対価を得られる。逆に言うとゲート内で見つけた物の売却は義務化されていない。
「……どうするつもりだ?魔物の素材であれば直接武器屋もしくは鍛冶屋に持って行けば相当な代物を作ることはできるだろう。だが、魔石は手持無沙汰になるんじゃないのか?」
「俺の商会に卸す」
「何?……だが王都で開いていないだろ?仮にこれから再開するとして到底、弱小商会が扱える代物とは言えない。我々に売った方がより価値があるはずだ。王都での活動資金源にすることもできるぞ」
「もう決めたことだ。ここへはこれが嘘ではないということを示すために来ただけだ。それ以外に用はない」
「サクラギ。それはもっともだが、言い方ってもんがあるだろ?」
ハルの言いぐさに肩をすくめながらジャックは指摘するが、ハルはまるで用意した言葉はここまでだと言わんばかりに口を閉ざした。得体の知れない実力者の出現とAランク上位の魔石が手に入らないことにガルドは呆然とした。だが、すぐに現実に戻り口を開いた。
「……本当にいいのか。これはお前の身と商会の安全のためを思って言っているんだ。恐らくスケルトン・ロードの魔石が君の商会に卸されたということは瞬く間に広がるはずだ。確かに、実力はあるのだろう。だが、中にはお前の想像を超えた力を持つ者も存在する。武力だけでなく政治力、経済力で近付こうとする者もいるだろう。……それでもお前は―――サクラギはいいのか?」
「心配する必要は無い」
「……そうか。分かった。これ以上は俺から言うことはない」
「ま、マスター!いいのですか?!」
「いいわけがなかろう。だが、サクラギの意志は固いようだ」
カティアは魔石が冒険者ギルドを介さずに流れてしまうことを許したガルドに詰め寄った。もちろんガルドもできることなら回収したかった。だが、無理なものは無理だと早々に見切りをつけた。
◇
ハルとジャックは冒険者ギルドから宿屋へと戻った。外は既に日が沈んでおり月明かりを頼りに王都民は移動する―――ことはない。道には一定間隔で魔力が尽きるまで光り続けるマジックアイテム≪永遠光≫が付けられた街灯が並んでいる。昼と同じように明るいわけではないが、それでもゲート街の夜と比べると雲泥の差だ。大国の首都は伊達ではない。
もっとも光のオンオフができないため1日中照明している。そのため寝室や宿屋には設置されないことが多い。ハルたちが泊まる宿屋も例外ではない。
テーブルに乗せたランタンが部屋を朧気に灯らせる。ハルはいつもの如くベッドに横たわりながら呟いた。
「デルタが到着するまでに商会が開ける場所を見つけないとなぁー」
ハルの仕事はまだ残っている。1つは新たな転移ポータルを設置する候補の探索、そして用意した商会を王都で開くための土地の確保だ。
「そういえば、土地ってどうやって買うんだろう。不動産屋でもあるのかな。あー、
聞いとけばよかった……ジャック知ってる?」
「建築組合で土地や建物の売買、貸借ができたはずです」
「建築組合?ギルドじゃないんだ」
「はい。王国が管理する組織ですね。ギルドと区別するために組合と名乗っているそうです」
「へぇー。ということは商業組合とかもあったり?」
「他にも農業組合や鍛冶組合などもあります」
(多分、各組合のトップに大臣がいるんだろうな。俺とは違ってちゃんと下部組織があるのか)
エターナル・ヴェインには各種大臣や近衛兵といった役職がある。だがいずれも下部組織、十全に運用するための機関がない。勢力を世界に広げるなら下部組織も用意する必要があるとハルは思った。だが今は目の前の目的を遂行するのみ。
「よし。明日は建築組合に行くか」
「かしこまりました」
ハルは明日の予定を決めるとエターナル・ヴェインに帰還することなくそのままベッドで眠りについた。