ダンジョンマスター異世界侵略記 作:フリー123456789
ハルが<主従交換>で魔石集めに行っていた頃。
エターナル・ヴェインの一室にて大きなベッドの上で眠る少女が居た。
呼吸により華奢な体が一定に動いている。
寝顔は、やっと安心して休める場所を見つけたかのような安堵感が滲み出ているのが分かる。
きっとこのまま何事も無ければ、数時間は眠ることになるだろう。
悲しいかな、ここは現実。
部屋に眠りを妨げるノックが響き渡る。
過度の疲労により昏睡していた少女であったが、不思議なことにノック音を聞くと同時に目を覚ますことができた。
「セレネ様、お休みの中のところ申し訳ございません。アルファ様がいらっしゃっております」
「す、少しお待ちを!」
少女―――セレネは突然のことに慌てる。
最後に見た光景はハルが召喚した深淵蛇王が放つ威圧にやられハルに支えられたところだ。
その後、目が覚めると未知の部屋で自分の名前を呼ぶ見知らぬ人――推定メイドが敬称を付けて呼ぶ存在がここに訪れたという。
いくら実力があり公女として公族として精神面を鍛えていたとしてもこの事態に混乱するのも無理はない。
だが、混乱を最小限に抑え今取るべき最善の選択を選ぶ。
身体強化魔法を使い服を整え、乱れたベッドをメイキングし、部屋に用意されていた繊細で複雑な飾りを多く用いた豪華なソファに座り待つ―――ことはせず、自分から扉を開けアルファを出迎える。
「お初にお目にかかります。マスターからセレネ様の案内をするよう命じられたアルファと申します」
セレネが扉を開けた先に居たのは、まるで人工的に作られた存在なのではないかと思うほど整った容姿に長い黒髪、公族として公務中に着用していた物に負けずとも劣らないレベルの服装。
一目でアルファがここの重要人物であることが分かる。
自分以上の実力を持つハルを敬称で呼ぶアルファを見てハルが目の前の少女よりも上位の存在であることが分かると同時に何故、自分がそのような人物について知らなかったのか疑問に感じた―この間1秒未満―
「セレネ・アーヴェルと申します。アルファ様、ハル様に拾われた者であるため、こちらのことに無知ではございますが、何卒よろしくお願いいたします」
「セレネ様。貴女の事については、お休みになられている間にこちらの方で失礼ながら調べさせていただきました」
「私のことを……? そういえば、ハル様も私のことは知らないご様子でしたが……」
だが、続くアルファの言葉に思考が止まる。
ハルとの関りはまだ浅いため断言はできないが、およそ楽観的で衝動的な性格であることが窺えた。
だからこそセレネは、自分のことを知らなかったとしてもその性格が災いして知らなかったのだろうと思っていた。
(私がハル様を知らないことの説明にはなっていませんが……)
だが、アルファと対面するだけで伝わる雰囲気から彼女が優秀な文官であることが分かった。
だからこそ疑問が残る。
王城でも見たことの無いデザインのソファ。
小国では貴重であり、大国でも一部の都市や王都でのみ使用されている永遠に光る照明。
自動的に照明が付く代物に至っては見たことが無い。
また細かい点であるが、部屋の隅々まで掃除が行き届いており部屋の品位を落とさないことに尽力していることが分かる。
勿論、来訪者に自分たちの技術力や国力を見せつける為に特別に用意された部屋なのかもしれないが、それでも見たことの無い技術満載だ。
そんな部屋を用意可能なハルに仕えているであろうアルファ。
そんな彼女が主人を置いて周辺国有数の魔法実力者と呼ばれている自分を知らなかったことに疑問を感じるのは必然であろう。
「アルファ様、その私を調べたとは……」
「アルファで結構でございます。調べたとは言葉通りの意味でございます」
「そ、そうですか……」
アルファの冷たい態度にたじろぐ(アルファ的に普通であるが)が、立たせたままでは相手に申し訳ないと考え部屋に用意されていたソファへと案内する。
セレネを呼んだメイドは部屋に入らずにそのまま部屋の外の入口で佇み、別のメイドが部屋の中の入口付近に待機した。
対面する形でソファに座った2人はその後しばらくの間沈黙が続く。
気まずく感じたセレネは、アルファへと話かけようとする―――がそれよりも前に再び部屋にノックする音が広がると同時に目を瞑っていたアルファが待ち人が来たかのように目を開いた。
「アルファ様、アルファロン様がお見えです」
「そう。それではセレネ様。以降のことはアルファロンにお申し付けください」
「わ、わかりました」
そう言うとアルファは席を離れ扉へと近付く。
それに呼応するように入り口付近に待機していたメイドが扉を開き外で待っていたアルファロンと入れ替わる。
アルファやハルと同じく黒髪であるが、ハルよりも大柄で筋肉質であり腰には高密度な魔力が込められた武器を携帯していた。
「セレネ・アーヴェルと申します。よろしくお願いいたします、アルファロン様」
「……」
「あの、」
「……アルファロンでいい」
「え? は、はい、わかりました」
(どうしましょう……アルファs、アルファより会話が続きそうにありません……)
会話の糸口を探そうにも最初の自己紹介――と言っていいのかわからない会話以降、アルファロンが口を開くことは無かった。
それもそのはず。
ハルがアルファロンを配合する際に、「最強で寡黙な近衛隊隊長ってかっこよくね?」と中二病を拗らせた末に生み出されたからだ。
結果、創造主の望み通りホムンクルス最強で必要なこと以外喋らない性格となった。
それが現在災いしているのだが。
だが、セレネはそんなことを知る由もない。
アルファに引き続き自分と会話してくれないホムンクルスたちを前にしてセレネは「……よそ者ですものね」と呟く。
誰かに対して言ったわけではない言葉は、しかしアルファロンが拾い取る。
「……セレネ様。貴女はマスターが認められた存在。そしていつの日か奥方となる御方でもある。貴女は既にエターナル・ヴェインの一員だ。よそ者ではない」
「……ありがとうございます」
先程の呟きが聞こえていたとは思わなかったセレネは、アルファロンが返答したことに驚きつつも感謝を伝えた。
(ん?今、アルファロンは……)
「えっと、奥方というのは……」
「ん?あぁ、それだ」
そう言うとアルファロンは、セレネの右手中指を指す。
そこには、セレネが気付かないうちにとある指輪が嵌められていた。
これはハルがセレネの疲労を気遣って渡した<祝福の指輪>であるが、この指輪には他にも意味があった。
「その指輪は、男が意中の人に贈る物として有名だ。つまりそういうことだ」
「え、っと。つまりハル様は私と結ばれたいと?!」
セレネの言葉にアルファロンは無言で頷いた。
「なぜ、私なのでしょうか……。私よりも相応しい御方などいらっしゃるのでは?アルファ様とか……」
「マスターがセレネ様を選んだ理由は分からない。……それと少なくともマスターとアルファが結ばれることは無い。そこは安心して欲しい」
「は、はぁ」
結局、ハルがセレネを選んだ理由は分からなかった。
だが、これ以上追究できるはずもなくハルがセレネに求婚した理由探しはお開きとなった。
★★★
その後、セレネは意外なほどにアルファロンと意気投合していく。
その中でアルファロンが実力者であることを知り、ハルとどちらが強いのかという話へと向かった。
アルファロンは恐れ多く思いながらセレネに告げる。
「……単純な戦闘力。1対1の状況であれば、俺が勝つ。だが、マスターの強みは1対多の状況を無理やり作ることにある。マスターの魔物には俺と同程度の実力を持つ者も居る。……深淵蛇王を見たらしいな?」
「あぁ、あれですか。初めて見た時、神かと思いました」
「……あれと1対1で対峙するなら問題無いが、マスターが参入なさると勝ち目が薄い。ご自身が参加なさらずとも同格をもう一体召喚するだけでも良い。これこそがマスターの強みだ」
誇らしげに自分の主人であるハルの強さについて語る。
セレネは関心しながら聞いていたが、深淵蛇王のような存在を複数従えていることに驚愕する。
何かしたわけでも無く、深淵蛇王が強者であるということを脳が勝手に理解するほどの埒外の存在だったからだ。
(……当たり前ですが、私はハル様についてほとんど知らないのですね。今頃何をなされているのでしょうか)
セレネは、ハルについて話ていたからなのか、今何をしているのか気になり、無意識に扉の方へ視線を向けた。
それに気づいたアルファロンはセレネが思っていることを察し、ハルについてセレネに告げる。
「……ハル様は現在、新たなホムンクルスを配合なさるための魔石をご自身で集められている」
「え?そうなのですか?魔石というと魔道具に使う物ですよね?」
「……まぁそんなところだ」
「ホムンクルスですか……。何故新たに必要なのでしょうか?」
「それは、セレネ様の為だ」
「え?」
アルファロンからハルの現状を聞いたセレネは、何故新しいホムンクルスが必要なのか疑問に感じた。
それもそうだろう。
先程アルファロンから聞いた話だが、アルファロン自身もホムンクルスであり、目覚めた時に出会ったアルファやそれと同格の存在がエターナル・ヴェインには複数存在する。
さらに言えば、扉の前で待機しているメイドもホムンクルスだ。
現状、足りていると思われるホムンクルスを増やす理由がセレネには思い当たらない。
そんな疑問であったが、それに対する答えが自分の為だとアルファロンは言う。
セレネは突然のことに言葉を詰まらせながらアルファロンに問いかけた。
「何故、私の為、なのでしょうか?」
「……貴女の国を再興するためだ」
「ッ!」
「……マスターが奥方の願いを叶えないわけがない」
ガツンと強い衝撃に襲われたような感覚を受けた。
先程まで元公族として体に叩き込まれた礼儀作法を用いてソファに座っていたが、その衝撃により力が抜けソファに深く座ってしまう。
ハルにはアヴェリス公国の再興の手伝いを願った。
だが見ず知らずの相手の願いだ。
仮にその願いの為に動くとしても他にもやることは多くあるだろう。
それはエターナル・ヴェインに来て、アルファロンと話ていくことで更に強まっていった。
だが、こんなにも早く自分の願いを叶えてくれるために行動していた。
その事実にセレネは、込み上げてくる涙を堪え何とか言葉を紡ぎながらアルファロンに告げる。
「あ、ありがとうございます」
「……俺じゃない。マスターに直接伝えるべきだ」
「そうですね。ハル様はいつ頃帰ってくるのでしょうか」
セレネは止めようと思っても溢れてくる涙を指で拭いながらハルがいつ帰ってくるのかアルファロンに聞いた。
アルファロンは立ち上がりながら呟く。
「……案内しよう」
アルファロンはセレネにそう言うと部屋の外へと出る。
先程まで涙を堪えていたセレネであったが、突然の行動に慌ててアルファロンの背中を追いかけるように外へと出る。
部屋から出たセレネの目にまず入ったのは、深紅に染まったカーペットであった。
両端には端正に織り込まれた模様があり廊下の壮麗さを際立たせている。
それを囲うようにしてある左右の壁は、白く輝き所々に彫刻が施されている。
セレネは、幼少の頃に訪れた大国であるエルドリオン王国に勝る勢いがあると感じた。
圧倒されていたからか、いつの間にか案内は終わっており、目的のハルの私室へと辿り着いた。
私室の前には1人の騎士の恰好をしている男が立っており、こちらに気付くと端麗な顔を朗らかに崩しセレネ―――正確にはアルファロンに話しかける。
「やっほー、先輩!噂のお姫様はいかがでした?」
「……口を慎めベタリオン。この御方がそうだ」
そう言いながらアルファロンは、後ろに居たセレネをベタリオンの前に出す。
セレネは、アルファロンと話ていくうちに緊張が解けたことで公女として相応しい様相を見せながら挨拶をする。
「お初にお目にかかります。セレネ・アーヴェルと申します。よろしくお願いしますね?ベタリオン」
「おお、貴方が!僕は近衛隊副隊長のベタリオンと申します!今後ともよろしくお願いします、お姫様!」
セレネは、アルファロンからの指摘でハル以外の相手に敬称を付けることを止めた。
ハルの従者に敬称を付けないことに躊躇いを感じたが、何とか実行することに成功した。
だが、ベタリオンの異様なテンションの高さに気圧される。
アルファロンはやれやれといった感じでセレネに告げる。
「……こいつはお姫様に仕えることに異常な憧れを持っている」
「は、はぁ。そうですか」
セレネは気の抜けた返事をするだけであったが、ベタリオンはアルファロンの言葉を聞いて「待っていました!」かのようにテンションを上げながら口を開く。
「はい!その通りです!近衛兵たる者、エターナル・ヴェインの重要人物を護衛するのは誉!……ですが、マスターは護衛が必要なほど弱くない……。アルファたちは基本的に外に出ないから意味がない……。ですから本当の意味で近衛兵をやれることに喜びを感じるのです!」
「よ、よろしくね?」
「はい!」
ベタリオンのテンションに着いて行けないセレネは、適当な返事をするしかできなかった。
ベタリオンの方は、無意識のうちに憧れのお姫様であるセレネを下に見ていることに気付かない。
セレネはそれに気付いていたが、何も言うことは無かった。
アルファロンとは違いベタリオンの強さを肌で感じることができたからだ。
自分以上の強さを持っていることが分かるが、それでも深淵蛇王程の絶望感は感じないため改めてハルの異質さが際立った。
セレネがベタリオンについて考えているうちに2人は話終えたらしくアルファロンから「……こっちだ」と言われ部屋の中へと入る。
部屋には、執務用の机が1つと壁に大きな時計があるだけであり、他には特に変わった物は無い。
アルファロンは本棚にある1つの本に触れると本棚が動き出しそこから別の部屋へと続く扉―――隠し扉が出現する。
アルファロンは振り返るとセレネに告げた。
「……ここからは1人」
「は、はい」
緊張の面持ちで扉を開ける。
部屋の中は明かりが落ちているのかほんのりと暗くリラックスできる雰囲気であった。
部屋の隅には机と椅子があり、その上には何も置かれていない。
そして部屋の中央。
大きなベッドの上に1人の青年―――ハルが居た。
起こさないようにゆっくりと近付く。
一定のリズムを取りながらお腹を上下させていることがわかる。
口元を見ると涎を垂らしていた。
その姿にセレネはつい笑ってしまう。
セレネから見たハルは強大な強さを保有し、アルファやアルファロンといった大国でも見たことが無い優秀な配下を持ち、ハルの気分次第で自分は塵のように消される。
だが、寝顔を見ているとハルへの印象が変わっていく。
今目の前にいるハルは涎を垂らしながら良い夢でも見ているのか時々寝言のように小さく呟きながら笑っている。
そして何よりも―――
「私を妻として向か入れると……そう望んでくれた」
<祝福の指輪>を指でなぞりながらそう呟いた。
セレネは顔を赤くしながらおもむろに毛布を取りハルの上に寝そべる。
「た、確かお母様が言うには一緒に寝た後は殿方に任せれば良いと……」
だが、これ以降については分からないセレネ。
アタフタしているうちに下にいるハルは苦しそうな顔をしだすようになった。
その時、ハルの右腕から小さく「シャァァ……」という鳴き声が聞こえると同時にセレネは力尽きるように段々と眠りに落ちて行った。